リヒトゲッティン   作:八雲白蓮

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第2話 Memory

「星が見たい」

 

 ある日の放課後、突然幼馴染の初瀬香苗が言い出した。どうやらネットで星空に関するサイトに辿り着き、行ってみたくなったらしい。

 日頃は大人しく思慮深い割に、突拍子なくライブ感で物事を決める友人に零は押し切られ、取りあえず京都山崎の、自宅の裏山である天王山へ2人で登ることにした。夜中の山に女子高生2人はどうかと零は思ったが、香苗の方は零の家に泊まり込みで遊びに行くことにして抜け出してくるらしい。零自身は家が比較的放任主義なのと、並の男相手なら負けることはないのであっさり許された。一応護身用に得物を納めた袋は持ってきていた。

 

 こうして、零の家で食事を取った2人は夜の登山を始めたのだが――

 

「れーいー、足がいたいー。休もうよ―」

 運動に関しては完全に専門外の香苗は、登り始めて10分程度で弱音を吐き始めた。彼女の状況を示すように赤銅色の長髪が風に弱々しく揺れている。

「ちょっと、あんたが言い出したんでしょ。まだ先は長いわよ」

 少し呆れながら零は言った。友人の運動の出来なさは十分承知していたが、流石にここまで酷いとは想定外だった。

「休憩したら余計しんどくなるわよ。どうする、帰る?」

「……がんばる」

 なんだかんだで根性と負けん気は零に劣らない香苗はゆっくりとまた登り始めた。

(やれやれ、いつになるやら。夜が明けなきゃいいけど)

 

 このようなやり取りが数十回繰り返された末、漸く2人は展望台へたどり着いた。暗くてよくわからないが、香苗の顔から生気が抜けきっているのは感じ取れた。香苗はよほど疲れたらしく、息も絶え絶えに死にそうな顔になっている。

「お疲れさま。ついたわよ」

 その言葉で何かが切れたのか、遂に香苗は背中からベンチにぶっ倒れた。大企業・初瀬重工令嬢とは到底思えない動きだった。

 

「綺麗……」

 しばし息をなんとか整えていた香苗は言った。

「いつもモニター越しに何かを見ることが多いけど、やっぱり実物でしかわからない、味わえないことがあるのよね」

「そうね……」

 零も空を見上げ答えた。青い目に星空が映る。

「だからこそ、私はあの星の海に行きたい。直接、何があるか見てみたい」

 香苗は倒れたまま言った。

「……宇宙局から、もうオファー来てるんでしょう?」

「うん」

 事実だった。今年の進路希望に1から3まで全て「宇宙飛行士」と埋め、かつここまで成績優秀、運動能力も文句なしとなれば、人員拡張を進める宇宙局からも誘いが来るのは当然と言えた。何より彼女は「松本家」の人間なのだ。

 

 松本家は宇宙を目指す人類の縮図だった。日本のみならず、世界のロケット・宇宙探査機開発に影響を与え、今なお最前線で影響を与え続ける祖父・敏郎、その叡智を継ぎ彼の後継者と目される母・美香、祖父に見出され婿入りした宇宙サイエンティストの第一人者の父・志郎。松本家は宇宙に愛されているのではないか、そう言われるほどの家であった。

 

「じゃあ、あなたが乗る宇宙船、その制御システムは私が作るね」

「それは頼もしいわ、あなたのシステムだったら命を預けられる」

 香苗のエンジニアとしての腕は、長い付き合いの零はよく知っている。開発者として既に世界トップクラスの実力を持つ一方、あらゆるシステムに「お遊び」で侵入するなどハッカーとしても化物で、ネット上の表裏両面で名が通った存在だ。

 

 しばし言葉を忘れ空を眺める2人。零は腕時計を見た。既に23時になろうとしていた。

(やばい、婆ちゃんに殺される……)

 放任されているとはいえ、日付を跨ぐのは許されない。以前もやらかして祖母・翠に殴り飛ばされた経験を持つ零は、若干の焦りを覚え香苗に声をかけて帰ろうとした。そのとき、地面が揺れた。

「地震!?」

「いや、それにしては少し妙な気がする……!」

 2人は立ち上がった。揺れは徐々に強くなっていく。そして、3つの川が合流する地点が盛り上がった。大量の土砂と川の水を押しのけ何かが現れた。暗くてよく見えないが、昔図鑑で見た二足歩行の恐竜に似ていた。

「何あれ!何あれ!」

 香苗が叫ぶ。

「知らないわよ!ご近所にあんなデカブツが居たなんて!」

 怪獣はゆっくりと天王山方向へ動き出した。展望台からもサイレンや喧騒で町が大変になっていることが見て取れた。

「とにかく、私たちも逃げよう。一旦山頂を目指そう」

「あなたのお祖母様は!?」

「婆ちゃんがこの状況でパニック起こすことないわ。急ぎましょう」

 零の言葉に香苗は頷くと、怪獣と逆方向、山頂を目指し再び登り始めた。

 

 すこしして山頂についた。この時ばかりは香苗も弱音を吐かず零に遅れずについてきていた。眼下を見ると町が燃え、怪獣が暴れまわっている。

「こんなの映画の中だけにしてよ……」

「まったくね、シャレにならないわ」

 2人はこの非常事態で、妙に冷静になり始めていた。

「これ、ウィスキー工場も燃えたよね……あと数年で飲めたのに」

 香苗が残念そうにつぶやいた。それには零も同感だった。

 その時、南西の空から爆音が轟いた。零はその方向を見る。2つの光点が動いている。それは徐々に大きくなり、やがて人の形をなした。

「あれは……自衛隊の新兵器?」

 零の疑問に、同じく接近する2つの機影を眺めていた香苗が答える。

「きっとうちで作ってる人型機動兵器ね。運用用途までは知らなかったけど、いま出てきたことを考えるとたぶん……こういうことを想定したものだと思う」

「ふーん。なんであんたがそんなこと知ってるの?」

 零のさらなる質問に、少し自慢げに香苗は答えた。

「私がシステム系統を少しいじったからよ。2機あったんだけどそのうちの1機。たしか……」

 思い出しながら、香苗は続けた。

「触ったのは青と白の機体だったかしら。詳しくは知らないけど、色はパイロットの要望らしいわ。故郷の旗の色だって」

 

 2機の機動兵器は更に怪獣に接近する。怪獣――零は後に名前をデヴァステーションと知る――も飛んでくる2つの物体に気づいたのか、迎撃のため口から炎をはいた。散開してかわしたあと1機は更に突進、もう1機は一定距離を維持しつつミサイルによる攻撃を開始した。多数のミサイルによる飽和攻撃。通常の単弾頭弾の他、目標付近で分裂する物も混じっているらしい。山崎周辺は一気に紅蓮の花火会場と化した。

「あれ、あんたのやつじゃない」

 しばしミサイルによる爆炎パーティーを眺めていた零だが、突進する1機を見て香苗に言った。なるほど、その機体は青と白に彩られている。

「あ、ほんとだ!行け―!」

 青い機体はある程度距離を詰めるとレーザーライフルを放ち、デヴァステーションを攻撃する。デヴァステーションは怯まずに青い機体をめがけて火炎放射で反撃する。直撃。しかし青い機体は見た目以上に装甲があるらしく、大した効果はなかったようだ。そのまま顔面にレーザーを連射する。ミサイルの攻撃も続き、デヴァステーションの動きが鈍った。

「さあ、とどめよ!」

 自分が操縦していないにもかかわらず香苗が叫んだ。青い機体も勝機と見て一気に距離を詰める。そして片腕に装備されていた大型近接装備、パイルバンカーの機構が展開し、怪獣の土手っ腹に爆炎と共に鉄杭を打ち込んだ。

「やった……?」

「やったに決まってるわよ!私の機体だもん!」

 確かに怪獣の動きは止まった。青い機体も突き刺さった鉄杭を引き抜いた。しかし―――。

 

 突如、沈黙していたデヴァステーションの目が赤く輝いたかと思うと、尾で青い機体を打った。完全な不意打ちとなり、もろに食らった青い機体はそのまま地面に叩きつけられた。デヴァステーションはそのまま叩きつけた機体を掴み握りつぶし始めた。最初に自らを貫いた左腕のパイルバンカー、ついで頭部、脚部と次々と破壊していく。無論、僚機であった方も必死に引き剥がそうとしているが巻き添えを恐れてか攻撃できない。やがて破壊された機体をデヴァステーションは天王山の方向へ投げた。

 

 頭上を飛び越え轟音と共に叩きつけられる青い機体をみて、香苗は呆然としている。

「そんな……私の機体が……」

 香苗がつぶやくのを見て、あんただけが作ったわけじゃないでしょ、と内心思いながら、零は逃げる方向を考えていた。南は怪獣がいるから無理、なら北に行くしかない。

「香苗、行くわよ!」

「あ、うん……」

 2人は駆け出した。その2人を追うように、デヴァステーションは向きを変えた。そしてそのあとを追うように山中へ踏み込んだ。ひたすら山中を駆ける2人には、デヴァステーションが執拗に追ってくるように感じられた。香苗は思わず叫んだ。

「何で追っかけてくるのよ!」

「いいから走って、香苗!」

 攻撃ヘリが到着したのだろうか、これまでと違う音が響き始め怪獣に火線が集中しているようだ。しかし今の2人にそんなもの確認する余裕もなかった。少なくとも音で判断する限り、怪獣の歩くペースは変わっていないように零には思えた。

 空が赤く染まった。はっと零は空を見上げると怪獣が放った炎が頭上にあった。薙ぎ払うように周囲を焼いていく怪獣。もう1機の人型兵器は躱し続けているが攻撃ヘリは避けきれず何機か墜落し燃え上がる。徐々に周囲は火の海になりつつあった。

 

「うう……」

 刻々と周辺が赤くなっていく中、遂に香苗はその場に座り込んだ。

「ごめんね。私が星を見たいなんて言わなきゃ……」

「気にしないの。立てる?」

「もう無理……零は先に行って。あなたは、ここで終わっていい人じゃない」

 息が絶え絶えの香苗は言った。長い付き合いの零には、彼女の体力が限界を通り越していることが手に取るようにわかった。それでもここまでこれたのは危機的状況でアドレナリンが出ていたためだろうが、それも限界のようだった。だが、まだ止まってもらうわけにはいかなかった。

 零は、覚悟を決めた。

「ゆっくりでいいから」

 背負ってきた細長い袋から2本の得物を取り出す。一本は木刀、もう一本は正真正銘の真剣、それも太刀だった。

「先に進んで。私もあとから行くから」

 零は真剣をベルトに佩き、木刀を右手に持った。

「零、あなた何する気!?」

 よろよろと立ち上がった香苗は友人の異常な行動に驚きながら言った。

「あの****を止めてくる。先に行って!」

 言い残し、零は猛然といま来た道を引き返し始めた。後ろで香苗がなにか叫んでいるが、よく聞こえなかった。

 炎の森をしばらく駆け抜けると眼前に怪獣の足があった。裂帛の叫びと共に木刀で殴りかかる。零自身、なぜこんなことをしているのかよくわからない。後々振り返っても意味不明な行動だった。ただ、こいつに腹が立っている、それで女子高生の行動理由としては十分だった。

 

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 1人残された香苗は、とにかく道に沿って歩くしかなかった。このあたりはインドア派の香苗にとって未知の場所であったし、夜道に備えて持ってきていた懐中電灯やらヘッドライト、地図の類はこの混乱の中でどこかへ行っていた。頼みの友人も突然怪獣に殴り込みに行った以上、手探りで進むしかなかった。

「うわ!」

 段差を踏み外しド派手にコケた。周囲の炎で少し明るいとはいえ限界はあった。立ち上がろうとするが右の足首が非常に痛い。少なくとも捻挫はしてしまったようだ。

(零……)

 この状況でも、香苗は友人を信じていた。おそらく自分を逃がすため囮になったのだろう。それでも、1人残されるより傍に居てほしかった。

「零、助けてよ……一緒にいてよ……!」

 思わず声が出た。徐々にその声は大きくなっていく。

 その時、草が揺れる音と共に足音が聞こえた。徐々に近づいてくることに気づき、思わず香苗は身を強張らせた。

 やがて、その人物は香苗のすぐ近くまでやってきた。香苗は顔を上げ相手を見る。男の年齢はおそらく自分より10以上は上だろうか、190cmはあるであろう長身に白銀の髪が印象的だった。パイロットスーツらしきものを着用していることから、危険な「輩」ではないことはわかったし、雰囲気も優しかった。

「ここで何をしてる」

 男は聞いた。

「えっと、友達と星を見に来て、それから……」

 経緯を説明しようとするが、うまく話せない。何故かは香苗にもよくわからなかった。

「まあいい。君は逃げなければ。立てるか?」

 男の問いに香苗は首を横に振る。右足首の痛みは更にひどくなってきていた。

「……すこし触るぞ」

 男は香苗の身体の状態を調べ始めた。彼はすぐに彼女の右足首に異常があることに気づいた。応急処置を手早く施す。香苗の痛みはだいぶ楽になった。

「処置をしたとはいえ、この怪我では歩けない。おぶっていこう」

 そう言いながら、男は香苗を背負った。香苗は彼に任せた。ただ零のことが心配だった。

「友達が、怪獣に向かって行っちゃったんです!」

「何?」

 男は戸惑いながらも、僅かに笑った。

「同じことを考えるやつがいたとはな。いずれにしても、君の安全を確保するのが優先だ」

 そう言って彼は歩き始めた。香苗もそれ以上は何も言わず、彼を信じて全て委ねることにした。彼の背中に身を預けると、不思議と恐怖が和らいだ。なぜ出会ったばかりの男にこれほどまで安心できるのか、香苗自身もわからなかった。

 歩きながらも男が時折通信の状況を確認し、爆発が続く戦場の方向を眺めて何かに耐えるような表情をしていることが香苗にはわかった。しかし彼の左脚がありえない角度に曲がり、それを引きずりながらも歩いていることに、このときの香苗は気づかなかった。

 

*******************************************

 

 

「ふぉああああ!」

 奇声を上げながら零は転がった。歩く怪獣の足元で先ほどから木刀で殴り続けていたが、遂に木刀が折れ勢い余ってころんだのだ。気づいてすらいない怪獣の足裏が頭上に迫っているのを辛うじて躱した。頭上では怪獣に対し攻撃ヘリによる攻撃が続いているが、そちらも意に介さず動いていた。

(表皮は、ダメそうね。当たり前だけど)

 ここに来て妙に冷静になった零は、内心自嘲しつつ次の行動に移った。

(よじ登って、目玉をぶち抜いてやる)

 タイミングを見計らい怪獣に取り付いた零は、狂気の勢いで怪獣の体を登り始めた。

 

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「こちら第二中隊、損耗80パーセント。状況は最高、これより攻撃を再行する」

「第三中隊、損害多数。戦闘継続に支障なし。第二中隊と連携しつつ交戦を続行する」

「第四中隊、残存機の再編完了。指示を」

 撃墜された機体の救援のため派遣された戦闘ヘリ部隊は既に壊滅的損害を受けていた。それでもなお、彼らはたった1人の男を救うため狂ったように戦い続けていた。部隊を指揮する渡良瀬二佐もその1人で、彼こそが狂気の源流だった。そして既に部下はこの狂気に身を投じ、あるいは煽り、また焚きつけていた。

「あんたら、いい加減下がりな!このまま全滅する気かい!?」

 撃墜されていない、もう一方の機体の女性パイロットの声だ。

「大佐、命は等価と言いますが、我々よりも彼1人の方が今後の戦いに必要になるはずです」

「命令だ、下がれ」

「ご厚意に感謝します。しかし我々は貴官の指揮下にありません。ご武運を」

 通信の向こうで、女が低く唸り、大きく息を吐いた。

「……了解。すまない」

 通信を切り、渡良瀬は自らの部隊指揮に専念する。直率する第一中隊も突撃準備を整えた。

「各部隊、陣形再編。とにかく墜落機体に近づけさせるな。第二、第三中隊は合同して墜落地点との間に展開して我々に注意をひきつけさせろ。第一中隊及び第四中隊、攻撃開始……」

「全部隊射撃待て、射撃待て」

 渡良瀬が命令を下そうとしたタイミングで、観測機から通信が割って入る。

「どうした?」

「怪獣の首あたりに人影らしきものがあります。詳細確認……はぁ?」

 明らかに困惑する観測機からの報告を待たず、渡良瀬自身も怪獣を確認する。そして半笑いになりながら言った。

「おいおい、あいつオリンピックに出れるぞ。競技は、何になるだろうな」

 

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 凄まじい速度でよじ登った零は怪獣の肩を利用して態勢を整えた。そして首の後ろを一気に駆け上がり、頭頂部から長く突き出た鼻上の角へ跳んだ。

「ぬあああ!!滑る!滑る!!」

 足を滑らせながらも何とか態勢を整える。そして太刀を抜き、構えた。

(クソったれが……)

 零は内心ムカついていた。目の前で凶器を構えているにも関わらず、意に介していない怪獣に対して。

(いい度胸じゃない、嫌でもこっちに向けさせてやる……!)

 独特の構えのまま、零は再び跳躍した。全身の勢いを一本の切っ先へ乗せ、怪獣の眼球をめがけて突きを放つ。

「くたばれ、この****!!」

 目玉の中央に、きれいに突き刺さった。刺さった瞬間、腕の力で更に突きこむ。流石に痛いのか、怪獣は身悶えて彼女を払おうとする。零は反射的に足場を蹴ろうとした。だが足先は何も捉えず、ただ空を切った。眼球へ突き刺さった太刀の柄にぶら下がり、両脚は宙を掻いている。眼下には炎に包まれた山肌があった。

ここでようやく、零は正気に戻った。

「うわー! どうすればいいのこれ!」

 

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「あいつ、あそこからどうする気だ」

 山道を抜け少し開けた丘にたどり着いた男は、香苗を背負ったまま怪獣を双眼鏡で観察しながらつぶやいた。

「貸してください!」

 香苗は男から双眼鏡をひったくるようにもらうと接眼部に目を当てた。軍用の高性能モデルらしく、夜間でもよく見えた。

「零!あなた、どうする気なのよ!」

 香苗も男と同じようなことを叫ぶ。香苗の視界の中で零は目に突き刺さった太刀の柄にぶら下がりじたばたしている。どう考えても先のことを考えていない行動の帰結だった。

「何とかなりませんか?」

 香苗の言葉に、男は少し考え込んだ。

「……残りの機体で接近して強引に助け出すほかあるまい。少し待て」

「お願いします……あぁ!」

 男が通信機に何かを言いかけた瞬間、香苗は悲鳴を上げた。

「刃が、折れちゃった!零!!」

 香苗の視界の中で柄を握ったまま真っ逆さまに落ちていく零。そして怪獣の体に隠れ見えなくなってしまった。直後、強烈な閃光が彼女の視界を襲った。

 

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(走馬灯、かしら)

 落ちていく零は、時間がゆっくり進んでいるように思えた。不思議と恐怖心はなかった。ただ、過去の思い出や後悔ではなく、友の無事と、未だ視界に入る星空へ行けなかった未練が心に渦巻いていた。

(……まだ、終われない)

 時の流れが、思いの強さに比例して遅くなっていく。まだ、終わりたくない。自分はまだ何も成していない。祖父母や両親のように、何かを成し遂げていきたいのだ。

「こんなところで、死んでたまるか!!」

 零が叫んだ瞬間、周りの全てが静止した。眼下で燃えていた炎の揺らめき、風の流れ、デヴァステーションの動き、全てが止まった。

「……は?」

 自らも逆さまで完全に空中で固定されている零には、何が起こっているのか理解できなかった。どうすればいいのかわからない。漫画で読んだ未知の攻撃を受けているのか――一瞬そんな考えがよぎったが、突如眼前に異変が生じた。そこに光が突然現れた。その光は徐々に強くなっていく。

(光……?なんなの、これは)

 戸惑う彼女の頭の中に、巨大な女神が怪獣と戦うイメージが一気に流れ込んでくる。イメージ内の敵は、目の前の怪獣に酷似していた。

 

 零は、覚悟を決めた。

 

「これが、何なのか、なんでここにあるのか、なぜ私なのか、そんなもの、今はどうでもいい」

 零はゆっくり光に手を伸ばす。

「だけど、今この状況を変えられるなら!」

 彼女の手が光を掴んだ。

「私に力を貸しなさい!この****!!!!」

 掴んだ瞬間、零の身体は強烈な閃光に包まれた。

 

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「うぅ……」

 双眼鏡で閃光をまともに見てしまった香苗の視界は真っ白だった。

「大丈夫か」

 男が尋ねる。彼も見たようだが裸眼だったので多少はマシだったらしい。

「大丈夫、です……」

 徐々に視界が戻っていく。デヴァステーションも何らかのエネルギー波で吹き飛ばされたのか、少し離れたところで倒れている。強烈な光が未だ元の場所にあった。それは徐々に人型に形作られていった。

 やがて光は巨人として完全に現出した。身長はおそらく50m以上。腰までに至る金色の長い髪、強い意志を秘めたような赤い瞳。そして美しい体型がはっきりとわかる黒を基調として緋色と銀で彩られたスーツ。豊かな胸の上には鉄十字の青い光を放つクリスタルがあった。顔つきは人と全く同じであった。香苗は出現した巨人の顔が身近な誰かに似ているような気がしたが、不思議なことに誰なのかは全く紐づけられなかった。

「……リヒトゲッティン」

 男が思わずつぶやいた。香苗は意味を聞いた。ドイツ語で『光の女神』を意味する言葉だった。

 

*******************************************

 

 零は自身の変化に戸惑っていた。まず視点が明らかに高い。先ほど落下していた場所より更に高くなっているようだった。しかし足は地に着いていることから、どうやら巨大化していることに気づいた。身体も感覚が違った。肩あたりまでだった黒髪は今や腰付近まで伸びて金色に輝き、体付きも4~5年ほど年をとったようなスタイルとなっていた。

(いや、なんなのこれ!?)

 なによりこんな変化が起きているにも関わらず、顔つきもほぼ変わっていなさそうだった。身体と同じく数年後の彼女の顔になってるかもしれない。

(顔丸出しなの?こういうのって何かで隠すのが王道じゃない?)

 零が戸惑っているうちにデヴァステーションは立ち上がりこちらに向かってきた。防御姿勢をとる間もなく横殴りにされ山腹に叩きつけられる。デヴァステーションはそのままのしかかり、角で攻撃してくる。攻撃をかわしながらもどこか零は冷静だった。

(……そんなに痛くもないし、重くない!)

 今の状況は大柄な女子と柔道で組み合い、固められた時と同じような感覚であったし、先ほど殴られた時もそこまでの痛みを感じなかった。

(行ける……!!)

 タイミングを見計らい、両足を折り曲げ怪獣を蹴り飛ばす。離れた隙に立ち上がり構える。怪獣が突進してくる。零は跳躍した。

(すごい跳べる!!)

 驚きながらも空中で体勢を整え飛び蹴りを角目がけて放つ。狙い通り角をへし折った。そのまま数発デヴァステーションに突きを入れるも、相手のカウンターで後方へ弾かれた。零は体勢をすぐ立て直すと、口から放つ火炎をかわし距離を詰めようとするが、尾の一撃に捉えられた。

(しまっ……)

 デヴァステーションは倒れこむ零を、何度も尾で叩き更に胸部や腹部を踏みつけて追い打ちをかけた。その顔には、どこか嗜虐的な色が浮かんでいた。そのデヴァステーションにミサイルが直撃した。ミサイルが飛んできた方向を見ると残った戦闘ヘリ、そして先ほどの人型機動兵器が怪獣に再び火力を集中していた。

(今だ!)

 デヴァステーションの腹を数回蹴り転がり抜けた零は、勢いそのままに立ち上がろうとした。だが突如、脚から力が抜けた。片膝をつき片手で何とか倒れないよう耐えるのが精一杯だった。

(力が、入らない……)

 胸の、先ほどまで青く輝いていた鉄十字型のクリスタルが赤色に変わり警告音と共に点滅を始めていた。

(この力、長くは保てないの……?)

 

*******************************************

 

「巨人さんが!!」

 観戦していた香苗が叫ぶ。

「何をエネルギー源としているかわからないが、長くは姿を保てないようだ。どうやら限界らしい」

 男が言った。

「どうすれば!どうにかしてよ!」

 無茶なのは香苗も承知していたが思わず口にしていた。男は複雑な表情を浮かべ、答えた。

「今の俺には、どうしようもない。すまない」

 

*******************************************

 

「はあ、はあ……」

 荒い息を上げる零にデヴァステーションが迫っている。立たなければ、今戦えるのは自分だけだ、と思いながらも身体がいうことを聞かない。

 更に距離を詰めるデヴァステーションの、その横っ面に機動兵器がドロップキックを放った。デヴァステーションにクリーンヒットし、その反動で距離を取った機体は再びミサイルの雨を降らせた。死角からの攻撃でデヴァステーションがひるんだ。

『立て!立って見せろ、光の女神!!』

 蹴りを放った機体のパイロットが外部音声で叫ぶ。幾多の修羅場を潜り抜けたであろう、低い女の声だった。

(言われ、なくても……!)

 声に引きずられるように、零は最後の力を振り絞って立ち上がった。胸の点滅は徐々に早まっていた。

(時間はない、どう決める?)

 その時、頭の中に技のイメージが流れ込んだ。腕を十字に組み光線を放つ。直撃したイメージの怪獣は一撃で倒された。

(これだ……!!)

 立ち上がった零に再びデヴァステーションは尾で攻撃しようとした。零はそれを受け止め、尾を掴みそのまま振り回す。ジャイアントスイングだ。

(何度も、同じ手を食らうか!!)

 そのまま投げ飛ばす。再び山腹にたたきつけられたデヴァステーションは完全にグロッキーでふらふらと立ち上がり逃げ出そうとした。その怪獣へむけ、先ほどイメージで浮かんだ光線を放った。白亜の光に緋色が混じった光が伸びていく。光線の直撃を浴びた怪獣は最後の断末魔を上げ爆散した。光の粒子が天に昇っていく。

 

*******************************************

 

「目標消滅、よくわからんが巨人がやったぞ!」

 通信越しでも皆の喜びは手に取るようだった。あの絶望的な戦況の中、巨人の登場でひっくり返したのだ。無理もなかった。

「大佐、あまり無茶しないでください。貴女も大切な方なのですから」

「ああ、善処しよう」

 そう答える女性にあることを聞こうとした時通信が入った。その内容で渡良瀬は凍り付いた。そして即座に対応しようとした。

「全機、残弾確認!再戦闘準備――」

 そう言い残し、渡良瀬機は叩き落とされた。生存者はいなかった。

 

*******************************************

 

 零も、その新しい敵への対応が遅れた。背後から猛スピードで迫ってきた怪獣の気配に気づき振り向いた際には既に眼前に迫っていた。そのまま体当たりを受け吹き飛ばされる。

(そんな、この状況で新手なんて……)

 翼を持ち、黒い体色のこの怪獣は、先ほどの相手よりも圧倒的な力を持つことは、零にも容易に察せられた。それでも何とか立ち上がり、構える。しかし――

(消えた!?)

 そう思ったとき背後から鉤爪の一撃を浴び、彼女は悲鳴を上げた。そのスピードの前に零は翻弄され、圧倒されていた。最早戦いではなく、一方的に嬲られていた。彼女を援護しようとしていた部隊も次々落とされ、残っているのは彼女に喝を入れたあの機体だけであった。

(まだ、終わるわけには、いかない!)

 僅かな隙で先ほどの怪獣を倒した光線を再び放った。しかし怪獣はその光線をあっさりと受け止め防いでしまった。呆然とする零にカウンターのように怪獣は火球を放つ。防ぐことも、よけることも出来なかった零はまともにくらい吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。胸の点滅は更に早くなっていた。

(だめ、勝て、ない……)

 徐々に迫ってくる怪獣に対し、上体だけは起こしてなおも戦おうとする意志は示そうとしていたが、既に心も身体も限界を迎えていた。怪獣はとどめをさすべく口にエネルギーを充填し始めた。おそらく先ほどの比ではない火球を放ち倒すつもりなのだろう。口に巨大な火球が生成されていく。最早零に打てる手はなかった。

(ここまで、なの?)

 そう思ったとき、白緑色の光弾が怪獣を貫き、口内の火球のエネルギー諸共爆発した。何とか腕で爆風を防いだ零は光弾が飛んできた方向を見た。そこには、今の自分と同じような、緑色の髪に薔薇のような赤い花の髪飾り、白と緑を基調として金色のラインが走るスーツを身に纏った巨人がいた。胸には零とは形が異なるが、やはり半球型の青いクリスタルがあった。

「あなたは?」

 零の問いに答えず、消えていく緑の戦士。力強さ以上に、寂し気で、罪悪感を抱えたような表情が印象的だった。

(私も、戻らなきゃ……)

 よろよろと零も立ち上がる。とはいえ彼女は元の姿への戻り方がわからなかった。とにかく、香苗が無事か考えているうちに意識を失った。

 

*******************************************

 

 

「……消えた」

 全てを見ていた香苗は言った。あまりにも様々なことがこの短時間で起きたため、彼女自身理解が追い付いていなかった。そして最も重要なことを漸く思い出した。

「そうだ、零!すいません、友達を……」

 そう言いかけたとき、裏の藪で草が揺れる音がした。男が拳銃を取り出し構える。そこから人影がふらふらと出てきた。

「零!!」

 香苗の呼びかけに、零は笑みを浮かべながら言った。

「ああ、香苗。よかった、無事で……」

 そう言い零は倒れた。男の見立てでは、極度の疲労を除けば問題はなく、外傷はほとんどない。その言葉は香苗を安心させた。ただ、あの巨人の顔の既視感が引っかかっていた。どこかであったような、身近な顔だった記憶があるが既におぼろげになっていた。

 男のほうも、零の顔を見て少し考え込んだようだった。戦場と零の表情を何度か見比べていたが、それでも結論には至れないようだった。

 

「それにしても」

 意識を失ったままの零の頭を膝に乗せながら香苗は男に聞いた。

「あの巨人達と、怪獣はどういう関係があるんでしょう?」

「さあな、俺も知りたいが……敵なら倒すまでだ」

 軍人らしい回答を聞き、少し釈然としない表情をした香苗だが、あることに気が付いた。自分も名乗っていないし彼の名も知らないのだ。自分の名前を伝えると、彼の名前を聞くことができた。ウォルター、という名前らしい。所属は教えてもらえなかった。機密事項らしい。

 

「……う?」

 零が次に気がついたときは、既に臨時避難所となっていた学校の体育館に運び込まれていた後だった。

「零、気がついた!……よかった、心配ばかりかけて……」

 香苗が泣きそうになりながら零の顔を覗き込んでいる。零は香苗を振り払うように立ち上がるとそのまま外へ出て、空を見上げた。

「また星を見てたの、零?」

 香苗も傍に来た。松葉杖をついている。

「ごめんね、私のせいで面倒くさいことになっちゃって……でも、また来ましょ」

「……そうね」

 零は答えた。数時間の黒煙で見えにくくはなっているが、未だ宇宙の輝きは変わらない。しかし零にはその距離が先ほど見ていたときに感じた手が届きそうだった感覚がなくなり、果てしない距離に思えた。

 

*******************************************

 

 201X年7月、この日から物語は大きく動き出した。それが地球を、宇宙を巻き込む壮大なものになることを、この時の零はまだ何も知らない。

 

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