「……う」
零は目覚めた。自宅の白い天井が視界に入った。
(また、あの時の夢か)
数週間前、グロワールと交戦して再び力を使い、戦うことが日常になって以来、何度も同じ夢を見るようになった。6年前の敗北、そしてあの緑の戦士の姿。
あの戦いの後、彼女は自らの意思で進路を変えた。約束されていた宇宙飛行士の道を捨て、同時期新設され募集が始まっていた地球防衛軍訓練大学校へ志願書を出した。慌てたのは両親や周辺だけではなかった。両親の知り合いの宇宙飛行士経験者、果ては宇宙局の偉い人まで彼女の説得に訪れた。しかし彼女の意思は固かった。こうなると変わらない彼女の性格を知り尽くしていた両親、祖父母は結局零の選んだ道を尊重し、関係者へ頭を下げて回った。
そして入校した訓練校での厳しい生活の中、彼女は実験も兼ねて何度か「力」を使おうとした。最初は何もない平常時、次に訓練で過酷な状況に陥った時に。どういったときにあの力が発動するのか、零自身も知っておきたかった。しかしどちらの時も反応はなく、あの時の力を感じなかった。
『人の力で乗り越えられるときは使えない』
少なくとも零はそう理解した。訓練もしごきも、結局は自力で乗り越えてしまった。これがあるべき姿なのだと、彼女自身も思っている。
この「力」の意味がわからないまま、気づけばかつて見た人型機動兵器「ヘイロー」のパイロット適性を見いだされ、エースの一角に名を連ねている。卒業後数年で既に怪獣撃破数も共同撃破で十数体に及んでいた。
そんな「力」も、グロワールとの戦い以来、怪獣に追いつめられた状況であれば、ある程度自分の意思で使えるようになっていた。少なくとも怪獣災害の際は使えるのか、彼女の最近の認識はそういった物となっている。
(なんなのかしらね、これ)
何故自分なのか、という考えは彼女の中になかった。自分がやらなければならない「宿命」(祖父はこの言葉を嫌っていたが)のようなものかもしれない。それに他人が余計な面倒に巻き込まれるなら自分だけでやればいい。それが彼女の信条の一つだった。
そんな物思いにふけながら寝転がっていた零の視界に時計が映った。友人からもらった古い時計だ。
「……あ゛あ゛!」
時間を見て零は飛び起きた。既に時間は9時を回ろうとしている。今日はこの時計をくれた友人と会う予定なのだ。零は急いで身支度を始めた。
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茨城・つくば。EDFの極東管区司令部はこの地に置かれている。いくつか連なる建物の一角にその部屋はあった。
「それにしても、こいつはなんなのかね、ウォルター」
怪獣と巨人の交戦記録映像を眺めながら女は言った。ソファーに腰掛けていてもわかる長身、濃い青色の髪をシニヨンにまとめた女は特徴的な金色の瞳を光らせ言った。劉愛蘭、極東管区総司令を務める女性だ。年齢は60を超えようとしているが、その美貌は未だ30代のそれを維持している。
「わかりません。今のところ我々に手を貸してくれていますが、どこまで信じていいのか」
「その割に、大層な名前をつけたじゃないか。『リヒトゲッティン』、光の女神ねえ」
「まあ、当時思わず口に出た単語がそのまま公式採用されるとは思いませんでしたが」
ウォルターが答えた。彼も腰掛けている。
グロワールとの戦闘の余波は大きかった。山崎で隠匿され、半ば都市伝説扱いだった巨人の存在をEDFは公に認めた。呼称は最初の目撃者であるウォルターが名付けた。
そして2体のうち黒い方は、零の提案によって「シグルーン」のコードが当てられていた。
EDFは宇宙時代の到来を見越して地球防衛のため組織された、ということに表向きはなっている。しかし実態は違っていた。
冷戦終結直後、ある事件が起こった。第二次ツングースカ大爆発、表向き第一次と同じく隕石の墜落で処理されたこの事件は、実際は宇宙船の難破事故であった。異星人の生存者はいなかったものの、先進技術を多数取得し技術は大きく進歩した。その象徴がヘイローであった。
一方、ある事実も判明した。
太陽に「怪物」がいる。そして地球に脅威をもたらしている。
最初は、誰もが半信半疑だった。しかし、20世紀より何度も失敗していた金星への地表観測機投入が成功したことにより、このことが裏付けられた。金星に地球を遥かに上回る文明がかつて存在し、その「怪物」に滅ぼされたことが判明したのだ。そのことがEDFの設立を後押しした。
愛蘭は湯呑に口をつけた。彼女のお茶好きは折り紙付きで、茶葉を切らせると露骨に機嫌が悪くなるため、彼女の副官最大の仕事だと噂になっている。
「山崎以来か。おそらく私たちの戦い方も変えていかなきゃいけないだろうね」
ウォルターは複雑な顔をして頷いた。彼にとって最も苦い思い出であった。
山崎の戦い、コードネーム「デヴァステーション」との交戦で大きく変わったのはヘイローの運用方法だった。開発当初2機一個大隊で怪獣を倒せると踏んでいたが、機動力・防御力は一定の能力を示したが、怪獣に対する火力不足を露呈した。直ちに火力増大が求められたが、技術的に不可能だった。現在の15〜20m級から怪獣と同程度、50m級のサイズに巨大化させることに絶対的な壁が存在した。火力・機動力・防御力のうち、2つ以上を両立させることが出来ないことは明らかだった。そして携行可能の装備開発にも限界があり、特に攻撃面の強化はどうしても無理があった。
結局、ヘイローは怪獣の誘引を主目的とすることが決まった。そのうえで破壊力に優れるが機動力に難がある大型牽引メーサー砲、レーザーカノン等でキルポイントを設定しそこで殲滅するドクトリンが採用された。
その統合指揮を行う部隊、特殊戦闘団隊長にウォルターを抜擢したのは愛蘭だった。
左脚に障害が残るほどの重傷を負いながら民間人を救った「英雄」、ウォルターは敗戦とリヒトゲッティンの存在を隠蔽すべく大々的に宣伝された。一方本人は自らを救出するために多くの人員が失われたことを知っていた。民間人を救うのも当たり前のことをしたまでだ――こうした周囲の状況全てに嫌気がさしたウォルターは退役を申し出た。
それを引き止めたのは愛蘭に他ならなかった。ウォルターから辞表を受け取った彼女はこういった。
「被害はあんたの責任じゃない、作戦指揮を執っていた私の責任だ。これ以上、部下を死なせたくないのなら、あんたが私の椅子に座りな」
愛蘭の手回しで、ウォルターに対する過剰な宣伝も同時期にパタリと止んだ。こうしてウォルターは愛蘭の元、特殊戦闘団隊長就任要請を受けることに決めた。
「……なんにせよ、我々の成すことは変わりません。見敵必殺。それを自らの手でやり遂げる」
「彼女たちはどうするんだ?」
愛蘭は自然とリヒトゲッティンを「彼女」と言った。
「作戦に協力的なら活用します。ですが、有害の場合は」
ウォルターは少し間を取り、やや強く言い切った。
「人類に危害を加えるようなら、殲滅するまでです」
「殲滅か。敵に対しては単純明快、あんたのいいところだ。だが」
愛蘭の金色の瞳が光る。ウォルターには少し強く輝いたように見えた。
「……いや、いい。今はそれでいいか」
その後少し事務的なやり取りをした後、ウォルターは司令室に戻るべく杖をとり、立ち上がった。
「ああ、一つ言い忘れていた」
愛蘭は何かを思い出したかのように言った。
「あんたの「ファン」からいつものように弁当を預かってる。後で司令室に届けておくからちゃんと食べておきな」
愛蘭が手を回した後、ファンレター等の類はほぼなくなった。ただ唯一例外がいた。ウォルターに救われた張本人である。あまりの熱烈さに愛蘭らは茶化して「ファン」と言っている。
ウォルターは再び苦い、しかし先ほどとはどこか違う表情をし、善処しますと答えて部屋を後にしようとした。
その時、緊急警報が鳴り響いた。
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零は久しぶりにプライベートで全力で走った。かつて陸上でも鳴らした脚力は未だ衰えていない、むしろ訓練の過程で大きくのびていた。待ち合わせ時間には何とか間に合った。
「ごめんなさい、エルリア。待った?」
「いいえ、私も今来たところよ」
深緑の長髪に濃い鳶色の瞳。活動的な零の服装と対照的にゆったりとした服装をしていた。
2人はいつもの喫茶店に入った。
「零。考え事?」
先ほどの「リヒトゲッティン」について考えを巡らせていた零の表情を読み取ったらしいエルリアが尋ねる。
「ああ、ちょっと、ね……」
この人には隠せないな、とは零も思っている。何か考えていても彼女はちょっとしたしぐさや表情の変化で相手の状況を推し量り、聞き出すことが天才的にうまい。
「もし、仮定の話だよ。自分が何かとんでもない力を得て、ただ何のための力かよくわからないとき、エルリアならどうする?」
「そうね……」
エルリアは窓の外を眺めた。外の景色の、その遥か彼方まで見ているような目だった。
「力を得ることには、何か理由があるの。それは自分で見つけるしかないかもしれないわ」
エルリアは外を眺めながら続ける。どこか哀愁が漂っている。零は時折こういった彼女を目にする。そして独り言のように呟いた。
「……だけど、他の人を巻き込みたくない。もう、誰も……」
「エルリア、あなたも――」
力を持っているみたいな言い方ね、と言いかけたとき、エルリアは遮るように言った。先ほどとは打って変わって明るい表情だ。
「なーんて、冗談。零はエースパイロットだからそういったことを考えちゃうのかしら?」
「……そうよ、世界で十数機しかない機体のパイロットよ!もっと褒めたたえなさい」
エルリアの言葉に乗っかり軽く返す零。しかし彼女の中には少し何か引っかかりが残った。
零とエルリアの出会いは約4年前。訓練学校でしごかれ最初の外出日、大学研究のアンケートの協力で知り合った。それ以降もエルリアから誘いを何度も受け、気づけば友人と言える間柄になっていた。零自身、なぜエルリアがここまで積極的に声をかけてくるのか、わからなかった。だが訓練中は「娑婆」から隔絶されていた零にとって、プライベートの安らぎを与えてくれるエルリアの存在は日増しに大きくなっていった。
エルリアから更に聞き出そうとした直後、零の軍用携帯デバイスが鳴った。緊急招集、零は内心舌打ちした。極東にはヘイロー4機2個大隊が配属されているとの話だったが、実情は零が所属する大隊のみ稼働している。少数機故予備機がほぼないのが絶対的な欠点だった。
直後、店内のあらゆる端末がアラートを発した。「Tアラート」、緊急災害時を知らせるものだ。端末で詳細内容を見て「またか」というような表情をする客の顔も見えた。
「ごめんね、エルリア。行かなきゃ」
「いいのよ、お仕事だもの。明日にはまた会えるでしょ。ここは払っておくから、いってらっしゃい」
「ありがとう!行ってくる!」
いつも支払いを引き受けてくれるエルリアに感謝の言葉を述べながら零は店を飛び出した。
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「Tアラート、コード1954(怪獣災害)発動、各部隊第一警戒態勢へ移行」
「目標、現在高度約2万m。関東地区へ急速降下中」
「監視網はどうした。反応なかったのか?」
稲葉の報告を聞きながらウォルターが問い返す。EDFは高高度レーダーのほか多種多様の監視網を月軌道内側に置き常時モニターしている。普通なら何かに引っかかるはずだった。
「いえ、何も……ログにも残っていないのと、破壊の形跡もないあたり、高度なステルス能力を備えていると思われます」
報告を聞き、ウォルターは僅かに唸った。
「機動大隊は」
「両機ともスクランブルしました。<ブリュンヒルト>はヤマザキとの合流地点へ移動中、その後ツシマと合流し目標とは高度1万mで会敵予定です」
「こちらです」
ビルの管理会社担当に連れられて零は屋上へ出た。今からつくばに行っても間に合わないのでこのまま乗り込むのだ。
「……来たわね」
零の声に釣られ担当者もその方向を見る。なるほど白い機体がこちらに近づいてきている。コーダに制御された<ブリュンヒルト>は完璧にビル屋上のヘリポートに降り立った。
「AIでもここまで制御できるんですね、今は」
「私の奴は特別製なんです。ここまでできるのはそうそうないですよ」
零は答えつつ足場を何度か跳びコックピットへ乗り込む。私服のまま操縦しても安全性が保たれているのもヘイローの長所だ。外部音声で呼びかける。
「ここまでのご協力に感謝します。あとは指示に従って避難誘導をお願いします」
「はい、ご武運を!」
「ありがとうございます。微力を尽くします」
そう言うと<ブリュンヒルト>はビルから離れ、本来の乗り手の指示のままに飛翔した。
「ヤマザキとツシマ、合流し目標に向け上昇中。高度現在7500」
レーダースクリーン上の両機の高度数値が上がっていく。一方目標は逆に降下を続けている。想定より動きが速い。既に1万2千を切っていた。
「目標識別、完了しました。これは…」
「…どうした?続けろ」
珍しく声が震え、読み上げる声が止まった稲葉にウォルターが督促した。稲葉の報告を受け、ウォルターもまた唸り、絞り出すように声に出した。
「…カテゴリー2、だと」
EDFの怪獣識別には、主に2つのカテゴリーがあった。カテゴリー基準は「怪物」から発生するN因子の保有量によって定められている。一般的に保有量によって戦闘能力が向上する。加えてN因子自体にも厄介な特性があった。地球上の、というよりおそらくあらゆる生命体に対し毒性を示し、死滅させるだけでなく汚染した生物を怪物化させる厄介な代物だ。この因子をまき散らすのである。
カテゴリー1は保有量が比較的少ない部類に入る。近年出現した一部個体を除けば人類兵器でも対処可能であり、汚染除去も人間の技術で何とか出来るレベルであった。少なくとも過去の事例では汚染された物質をどこかに「隔離」出来る程度に収まっていた。
問題はカテゴリー2である。戦闘能力は格段に上であり、明確に人類戦力では正面切って太刀打ち出来ない、とされている。そして、汚染の度合いも段違いであると想定され無人地帯として放棄せざるを得ないと考えられている。幸い、過去一例のみの出現の際は何故か汚染は発生しなかった。
「ヴィントシュトース」――6年前、シグルーンを完敗させた怪獣がその唯一の出現だった。
「……カテゴリー、2……」
零は震えていた。かつて山崎で、完膚なきまでに叩き伏せられた相手。それと同格の怪獣が迫っているのだ。彼女の異常を感じた星原が声をかけてくれたが、いつものような明るい返答は出来なかった。
(あの時、一方的に打ちのめされた相手と格は同じ。でも……)
「目標、光学センサーに捕捉。共有します」
<スサノオ>から共有された怪獣の姿が<ブリュンヒルト>のモニターに映る。かつて自らが敵わなかった怪獣と酷似した怪獣が再び迫りつつあった。
(こいつを倒すために、私は――!)
操縦装置に伸びた手足に余計な力が入った。これまでの戦闘ではあまりなかったが、そのことに今の零は気づいていない。
「目標を以後、『ヴィルベルヴィント』と呼称する。両機は可能な限り市街地への着地を阻止しろ」
ウォルターの声がヘッドセットから響いていたが、頭に入らなかった。あの怪獣を、何としても自らの手で倒す。そのことだけに意識が向いていた。
「――零」
「……あ、はい!」
あまりにも反応がなかったためか、本名で呼びかけられた。ウォルターは続けた。
「不安かもしれないが、それは我々も同じだ。今は君たちしか対応できない、頼むぞ」
その10数秒後、会敵した。相手は超音速で迫ってくる。
(――やってやる)
<ブリュンヒルト>はリニアライフルを構えた。しかし――
(速い……!)
ヴィルベルヴィントの速力はゆうにマッハ5を超えていた。放つ前に一瞬ですれ違ってしまった。そして高速飛行するヴィルベルヴィントが自然と放つ衝撃波 ――ソニックブームが<ブリュンヒルト>を襲った。
「ぐああああああ!」
今まで受けたことのない衝撃が零に襲いかかった。訓練で模擬的にソニックブームを浴びた事もあった。だが今受けたそれはその時と比べものにならなかった。バランスを一瞬で崩された<ブリュンヒルト>は錐揉みで墜ちつつあった。
「ヤマザキ、しっかりしろ!機体を立て直せ!」
「わかって、る……!コーダ、お願い!手を貸して!」
「わかりました。機体制御補助システム作動」
コーダの補助もありなんとか零は機体を立て直し、目標の位置をすぐに探した。
「下です、右下方約1000より最接近します」
稲葉の声を聞きその方向を見る。再びヴィルベルヴィントは<ブリュンヒルト>に迫っていた。相手は上昇しているにも関わらず、信じがたいことに速度はむしろ増していた。
(中距離戦はあれ相手にこの機体じゃ相手にならない。なら―)
零は即断した。向こうの突進にあわせ、一撃離脱攻撃を行うしかない。リニアライフルを放り投げショットガンを構え、すれ違いざまに発砲する。しかしあまりの速さに偏差があわず命中しない。
(クソッタレが)
なんとかソニックブームはかわして零は毒づいた。<スサノオ>から放たれた多数のミサイルも目標に追従できず、ただ青空に白煙を引くだけの存在と化している。ミサイルを振り切ったヴィルベルヴィントは再び突進するべく急旋回を始めた。
「おいおい、あの速度であそこまで小回り利くのは反則だろ」
最新鋭戦闘機ですら出来ないであろう超旋回に半ば呆れながら星原は続けた。
「ツシマからヤマザキ、マニュアル照準で催涙煙幕弾を奴の鼻面に叩き込みます。動きが鈍ったところを叩いてください」
マニュアル照準で当てられるのか、という疑念は零にはなかった。星原「教官」の射撃の腕はよく知っている。
「ヤマザキ、了解。コーダ、エネルギーブレードを!」
すれ違いざまの一撃離脱。追いつけない以上、向こうの突進にあわせこちらはそのタイミングで攻撃をかけるしかない。零は機体を操作しながら、自らの身体が震えているのがわかった。無理矢理そのことから意識を離し、ヴィルベルヴィントに向けブレードを構えた。
ヴィルベルヴィントは再び<ブリュンヒルト>への突撃コースに乗った。速度は先程よりさらに加速し<ブリュンヒルト>へ直進している。
(直線的な動きなら、いくら速くても捉えるのは容易いな……)
<スサノオ>機体内から照準調整を行っていた星原は無表情のままだった。乗り手の意向でAIによる照準補正が最低限の<スサノオ>は、ほとんどの射撃調整を星原自身で行っていた。それができるだけの実力を彼は持っている。
(しかし……)
狙いの最終調整を行いながらも、考え続けていた。
(あれだけ動ける奴が、何故真っ直ぐ突撃する……?)
<スサノオ>は多目的投射機から催涙弾を発射した。それでも思考は止まらなかった。
(……奴は、あえてそういう動きをしてるのじゃないか?)
ある結論に達したとき、星原は全てを放り出して逃げ出したくなった。同時に自己嫌悪から顔が歪む。恐怖の表情ではなく、自嘲的な笑みが浮かんでいる。彼の癖だった。
(試されているのか、僕らが)
催涙弾は寸分の狂いなくヴィルベルヴィントの顔面へ直撃した。零は<ブリュンヒルト>を駆り、ブレードを構えながら白煙に向け突進した。
「ツシマからヤマザキ、目標への近接攻撃は危険だ。急いで退避しろ」
「は?何言って……」
零は返答する間もなかった。ヴィルベルヴィントは催涙ガスをものともせず、一切怯まずに<ブリュンヒルト>へ襲いかかった。勿論、零は回避も何もできなかった。
「があああああああ!」
零は激しく揺さぶられ悲鳴を上げた。<ブリュンヒルト>はヴィルベルヴィントの体当たりをもろに受け、そのまま捕らえられた。ヴィルベルヴィントは<ブリュンヒルト>を抱えたまま凄まじい角度で急降下を始めた。
(この速度だと数秒で地表に落ちる……!)
「光」もまた、零の中で強さを増していた。
(やらなきゃ、やられる。でも……)
零は躊躇していた。相手は間違いなく6年前の怪獣と同格かそれ以上だ。
(――勝てるの?)
先程からの身体の震えは収まっていない。その震えが恐怖から来るものであると零は自覚しつつあった。
「零」
零の迷いを察してか、コーダが声をかけた。
「行ってください。あとは私がなんとかします」
「……わかった」
零は遂に覚悟を決めた。右手を上に掲げる。瞬間、機内は光に包まれた。
*******************************************
閃光が走り、蒼天にシグルーンが現出し、そのままヴィルベルヴィントに蹴りを浴びせた。そのダメージで<ブリュンヒルト>は解放された。コーダの操作で離脱していった。
ヴィルベルヴィントはすぐに体勢を立て直すとシグルーンへ狙いを変えた。再び猛然と体当たりを仕掛ける。シグルーンもそれに応じ、ヴィルベルヴィントに向け飛んだ。ヘッドオン状態ですれ違い、互いの身体から火花が飛んだ。
(くぅ…!)
鋭い痛みがシグルーンの背中を襲った。やはりこれまでの怪獣とは格が違う。このような攻撃では先に自分が力尽きてしまう。再びヴィルベルヴィントが迫ってきた。今度は辛うじて体当たりをかわした。何とか追いすがろうとするが、スピードも旋回力も向こうが数段上手で防戦一方になってしまっていた。空中でこのままやり合うのは不利だ。
(なら、これならどう!)
シグルーンはクナイを投げるような動きで鏃状の光弾を放った。威力は大したことはないが、牽制には十分だ。初撃はあっさりかわされた。しかしそれはわかりきっていた。
(連続なら、どうだ!)
シグルーンは猛烈な勢いで光弾を放ち続ける。しかしその全てをヴィルベルヴィントは涼しい顔で、掠めるようにかわしていく。弾幕の中で踊っているようだった。
(駄目だ……!)
星原は言葉にならない呻きを漏らす。今のシグルーンでは到底敵わない、少なくともあんな無様な戦い方をしているようではヴィルベルヴィントに遊ばれているに等しかった。<スサノオ>自体も弾幕で近づけない。なにより彼女自身が完全に我を忘れているように見えた。
(……しょうがない。日頃同じような、無茶をする女の面倒を見ているからな)
投射機に弾種を変え装填する。狙いを光弾の嵐の中心に定め、発射した。
軽い衝撃が背中に走った。間を置かず弾が炸裂し、シグルーンは白煙に包まれた。
(……何、これは!?)
一瞬、視界と同じように思考が止まった。そしてようやく、光弾の乱射で体内のエネルギーが弱まっているのを感じ、シグルーンは状況を把握した。
(……このまま空中で戦い続けても勝てない。地上戦に持ち込むしかない)
冷静さを取り戻したシグルーンは降下し始めた。ヴィルベルヴィントはそれを悠然と追っている。
「目標およびシグルーン、現在高度5000。なおも降下中」
「ツシマは2体を追撃中ですが、速度差で離されています」
「ヤマザキから応答ありませんが、<ブリュンヒルト>は<スサノオ>に追従して飛行中」
「N因子、現状拡散の様子はありません」
矢継ぎ早に報告が飛び交う。戦闘開始から僅か数分。ウォルターは報告を聞きながらモニターを眺め状況を整理している。
「降下予測地点、出ました。秩父山地周辺です。人口希薄地帯なので最悪の事態は避けられましたが、避難に手間取る可能性があります」
稲葉が報告する。
「地元警察と消防にも協力を要請し、避難誘導を至急進めろ。最善を尽くせ」
ウォルターは言った。山地となると大規模な地上部隊の迅速な展開はほぼ不可能、残る手段は限られていた。
「スクランブルに上がっている機体も秩父周辺へ。残余の即応可能な航空部隊も全て上げろ」
固定翼機、回転翼機では火力が足りないことは百も承知だった。だがそれでもウォルターは戦う姿勢は崩さなかった。
秩父山地に降り立ったシグルーンは振り返り空を睨む。ヴィルベルヴィントは上空から一気に迫ってくる。口から炎が漏れていた。
(まずい……!)
ヴィルベルヴィントが放った火球をシグルーンはローリングしてかわした。そのまま周辺を飛び回りながら火球による爆撃を仕掛けてくる。地に足が着いたためか、相手の動きを見る余裕が出てきた。
(そこ!)
これまでで一番エネルギーを込めた光弾が遂にヴィルベルヴィントを捉えた。小爆発を起こし僅かに姿勢を崩したヴィルベルヴィントも遂に地表に降りた。
ヴィルベルヴィントは咆哮を上げるとそのまま突進してきた。相変わらずの速さだが、空中にいた時ほどではない。シグルーンも構え、迎え撃ち横殴りの攻撃を防ぐ。凄まじい衝撃がシグルーンを襲うがなんとか受け止めた。
(やっぱり、強い。でも……!)
逆の腕を使った同じような攻撃を屈んでかわすと、シグルーンはそのまま腹部へ蹴りを見舞った。ヴィルベルヴィントは僅かに後退した。
(地上なら、十分戦える!)
自信を取り戻し、相手へ踏み込みながら連続で突きを繰り出す。ヴィルベルヴィントは防ぎながらも徐々に後退していった。ヴィルベルヴィントは機を見て翼を広げ跳躍し、再び空へ飛翔した。シグルーンは敢えて追わずにその動きを見つつ、エネルギーを右腕に集中し、構えた。急上昇したヴィルベルヴィントは急降下に転じシグルーンめがけて猛スピードで突進してくる。交錯する刹那、僅かにステップを踏み突進をかわしたシグルーンは、右腕でヴィルベルヴィントの左翼にチョップを叩きつける。一撃で翼が切断され、バランスを崩したヴィルベルヴィントは錐もみしながら山肌に突っ込んだ。
(やった、けど……!)
シグルーンの右腕から僅かに白煙が上がっていた。ヴィルベルヴィントの体液に含まれるN因子と反応し焼けるような痛みが走っている。この姿の時は耐性があるとはいえ、これまでの怪獣とは比べ物にならない痛みに右腕を押さえ膝を着いた。その隙にヴィルベルヴィントは立ち上がっていた。
(くそ……ここで倒し切らなきゃ……私が……!)
再び立ち上がり、シグルーンは構えなおした。地上戦なら互角以上に戦える。更に片翼を失い戦闘力は落ちているはず――自らを奮い立たせシグルーンは猛然と突進した。
しかし、ヴィルベルヴィントは予想外な行動を取った。自ら残った翼を引きちぎると、それをシグルーンに向けて投げつけた。
「なっ!?」
あまりに唐突な動きに対応できずシグルーンは翼で視界を奪われた。すぐに払いのけたが、ヴィルベルヴィントは既に視界から消えていた。
(クソ、どこに行った!?)
自分に影がかかる。反射的に空を見上げた。ヴィルベルヴィントが急降下蹴りを自分に放ってきているのが見えた。避けることも、防ぐこともできず胸のエネルギア・コル付近に蹴りをもろに受け吹き飛ばされた。
「ああああああああ!」
あまりの衝撃に数百メートルは優に滑った。止まったところでようやく体勢を立て直そうとした。
「ゴホッ!ゴホッ!」
息が整わず上手く立てない。ヴィルベルヴィントは猛スピードでこちらへ迫ってくる。どうにか気合で立て直す。既に目前にまで迫っていた。
(舐めるんじゃ、ないわよ!)
シグルーンもまだ負けていない。負けるつもりもない。突きと蹴りのコンビネーションでヴィルベルヴィントを攻め立てる。だがヴィルベルヴィントの動きは先ほどと目に見えて変わっていた。小刻みにステップを踏みシグルーンの攻撃を捌きながら間合いをとり、カウンター気味に踏み込み的確な反撃を繰り出してくる。野獣そのものの動きから熟練のボクサーに変わったヴィルベルヴィントを前に、徐々にシグルーンは押され、焦りが見え始めた。
(この怪獣、翼を捨てたことで格闘戦に特化したってこと……?)
シグルーンはバク宙で少し間合いをとると腕を十字に組み、光線を放った。クロイツ・シュトラール、これまで何体もの怪獣を屠ってきた光線だ。
(これなら……!)
光線は確かに着弾した。しかし、怪獣の表皮に弾かれ効果がない。そのまま光線を浴びながら一気に間合いを詰めたヴィルベルヴィントは再び跳んだ。先ほどと違い尻尾の反動で跳び、前宙した。
(そん……な……)
唖然とするシグルーンにヴィルベルヴィントのかかと落としが炸裂しシグルーンは一撃で地面に叩きつけられた。
「う……ぐ……」
追撃はこない。シグルーンは痛みに耐え顔をあげる。そこにはヴィルベルヴィントがまるで、自分が立ち上がるのを待っているかのように見下ろしていた。
(こいつ……私を……)
試しているのか。意地で立ち上がり戦おうとする。しかし力が抜けすぐに膝をついてしまった。胸のエネルギア・コルが点滅を始めていた。
『ソノテイドカ』
ヴィルベルヴィントが言ったように感じた。一歩ずつ、ゆっくりと距離を詰めてくる。シグルーンは、その圧力から蛇に睨まれたカエルの如く動くことが出来なかった。
(駄目だ……やっぱり、私には……)
勝てない。積み上げた自信が揺らぎ、シグルーンの心は徐々に恐怖に支配されつつあった。
「ツシマよりバイロイト、現着。シグルーンが押されている」
ようやく<スサノオ>は追いついた。速度をあげるため武装を捨ててきたため、残っているのはガトリング・インパルス・カノンのみだ。
「バイロイト了解。航空部隊も間もなく到着する。共同して目標を攻撃」
「ツシマ了解」
司令部との通信を切ると別の通信が入った。司令部が言っていた航空部隊らしい。
「アツタよりツシマ、こちらも間もなく攻撃可能圏に入る。指示を」
「……貴官のほうが上位かと思いますが、私が指揮をしていいんですか?」
星原が確認する。アツタの階級は大尉か少佐だと記憶していた。少尉の星原より上の階級だったはずだ。
「君の噂は自衛隊にいたころから陸自の知り合いを通じて知っているよ。悪い話も含めてね」
アツタが答えた。好意を持った声だった。
「こちらは全員、対怪獣戦の初陣だ。なら実戦経験豊富な君のほうが適任のはずだ」
「なるほど」
星原は言った。実力も含めてかもしれないが、自分に好意を向けてくれる希少な人物らしい。
「なら、今回は僕に従ってもらいます、アツタ」
「了解だ、ツシマ」
ヴィルベルヴィントがとどめをさすべく近づき、遂にシグルーンに届く距離まで来た。シグルーンは相変わらず膝をつき顔だけ相手を睨むのがやっとの状態だった。その時、怪獣に複数のミサイルが命中した。その方向を見ると、航空部隊が自分を援護すべく攻撃をかけているらしい。
(……何を弱気になっているんだ、私は!)
後方に転がり、シグルーンは距離をとる。その間ヴィルベルヴィントは火球で攻撃してくる航空部隊に反撃をかけていた。だがどうやらエース部隊らしく、巧みに攻撃をかわしながらミサイルを放ち続ける。そして彼らは何より「無理」をしていなかった。必要以上に近づかず、撃ったら即離脱。その繰り返しであった。
そしてその攻撃に紛れ<スサノオ>が距離を詰めガトリング・インパルス・カノンを浴びせかける。効果は微々たるものかもしれない。しかしシグルーンが勇気を取り戻すにはこれで十分だった。
立ち上がったシグルーンはエネルギア・コルへ力を集約する。この技がエネルギーを大きく消耗することは承知の上だった。
(これで、決める!!)
スーツの緋色の個所が鮮やかに輝き、銀色の縁取りも若干金色を帯びた。そして集約したエネルギーをエネルギア・コルから光線として放った。
「はあああああああああ!!」
すさまじい閃光と共にシグルーン自身も光線の反動で後退する。それを自身の脚力で抑えつけた。光線はヴィルベルヴィントに直撃し、爆発した。
「はぁ……はぁ……!」
再びシグルーンは膝をついた。胸のエネルギア・コルの点滅は先ほどと比べ物にならないぐらい早まっている。それが示すように彼女自身も限界だった。
(さすがに、やったか……?)
荒い息を吐きながら直撃した地点を見る。そこには――
(嘘、よ……)
ヴィルベルヴィントは立っていた。身体のあちこちから白煙を上げ、無傷ではないようだったが、未だに戦意は衰えていないようだった。そのままこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。それを見て、シグルーンはつい俯いてしまった。
足音が迫って来る。ヴィルベルヴィントが咆哮を上げ、それにつられシグルーンは僅かに顔を上げた。ヴィルベルヴィントの口内から炎が溢れている。先ほどとは比べ物にならない火球で自分を消し飛ばす気なのだろうか。シグルーンは攻撃して妨害することも、避けることもできないほど消耗しきっていた。ただ自分に死が訪れるのを待つことしかできない。
「アツタよりツシマ、シグルーンは戦闘不能か?」
「わからんが、だいぶ消耗しているのは確かだ」
星原は戦況を眺めながら答える。アツタ隊はミサイルを全弾撃ち尽くし残りは機銃だけ、<スサノオ>自体も残弾が乏しい。援軍到着も、あと数分かかる。悠長に待っていられる戦況ではない。
「本機のみで再度攻撃をかけます。アツタ、貴隊は離脱を」
「それは許容できない、ツシマ。我々も付き合わせてもらう」
「……馬鹿ですか。あなた方は」
「ああ、馬鹿だ。単機で突っ込む馬鹿を助けないで逃げる趣味はない」
「なら、地獄の果てまで付き合ってもらいましょう、アツタ」
互いに笑い、再度突進をかけようとしたとき、通信機が警報を鳴らした。星原は咄嗟に叫んだ。
「右方向より高エネルギー弾接近!各機全力離脱!」
彼女の視界は6年前と同じ閃光に包まれた。
白緑色の光弾がヴィルベルヴィントを貫き、一撃で、あれほど自身を苦しめた怪獣が、悲鳴をあげ光の粒子となって爆散した。
爆風を腕で防いだシグルーンはよろよろと立ち上がり、光弾が飛んできた方向を見る。やはり6年前と同じ、緑色の髪に薔薇のような赤い花の髪飾り、白と緑を基調として金色のラインが走るスーツを身に纏い弓を携えた女神が立っていた。
「……ありがとう。あなたは?」
シグルーンは問いかけた。6年前と変わらない、どこか罪悪感を抱えた表情で緑の女神は答えた。
「……フレイヤ」
そう言い残し、彼女は消えた。
「……い、零!」
ようやく意識を取り戻したとき、そこは<ブリュンヒルト>のコックピットだった。無意識に戻る場所として選んでいたらしい。
「コーダ……現状は……?」
「<スサノオ>に追従し帰投中です。通信復旧させますか?」
「ええ、お願い……」
全身の節々が痛む。すさまじい疲労感、そして無力感が襲い、何もかもがだるく感じる。それでも彼女はなすべきことがあった。
「……こちらヤマザキ、通信復旧。すいません、気を失っていたようで……」
「こちらバイロイト。了解……大丈夫か?」
声のトーン、こういうちょっとしたことにウォルターは簡単に気づく。
「帰投するまで、少し休め。好きにしていていい」
「ありがとうございます。大佐」
通信を切るとシートに深くもたれかかった。手で顔を覆う。そのまま思いっきり叫んだ。コーダはあえて何も言わず、ただ零に代わり基地へ飛んだ。
「目標消失地点周辺のN因子反応、急速低下中。あと数分で正常値に戻りそうです」
「アツタ隊、数機が閃光の余波で墜落。パイロットは脱出し全員無事。救出機が急行中」
「戦闘地域内の民間人の死傷者は現状ありません。詳細は調査中」
ウォルターは静かに報告を聞いていた。傍らには愛蘭の姿もあった。
「どうやら、乗り切ったな」
「ええ、死者も何とか出さずに済みました。零が少し心配ですが……」
「身体のほうは大丈夫だろうねえ。問題は――」
愛蘭はレーダーの光点の一つを見つめながら何か言おうとしたように見えたが、彼女は別の話を切り出した。
「ついに、緑のほうもお出ましか」
「ええ」
ウォルターは答えた。
「どう扱うべきか、考えなければならないでしょう」
彼の発言に、総司令は笑いながら言った。
「その『扱うべき』相手に、何度も救われている私たちは何なんだろうねえ」
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翌日、前日のこともあり零は特別休暇を与えられた。自宅に籠っていても頭から「敗北」が消えなかったため、気晴らしに街へ出ることにした。
ただ目的もなく、徐々に赤に染まる街並みを歩いた。それでも負の思考は止まらなかった。
(次は勝てるの……)
(この街を、人々を守れるの……)
背後から声をかけられ、零は振り返った。エルリアだった。昨日と、いつもと変わらぬ笑顔だった。
「どうしたの、零。浮かない顔をして」
夕日に照らされる彼女を見て、突然零は涙を流し、大声で泣いた。なぜエルリアに泣きついたのか、なぜ張り詰めていた何かが切れたのか、この時の零はわからなかった。そしてエルリアの手がいつもよりも冷たく、顔色も悪いことにも、この時の零は気づくことはなかった。