レッドウィンター連邦学園の中央広場──そこは今異様な緊張が張り詰めていた。
仁王立ちするモモと背後に立つ部員2人、そしてそんな彼女達と対峙する様に並んでいる何十人もの生徒達。
それぞれが己の武器を持ち、まさに争いが起こる寸前といった圧を放っていた。
「では元部長...いえ唐衣モモ!貴方に正式な勝負を挑みます!」
生徒達の先頭に立つ1人の少女がモモを見つめながらそう宣言する。
「ぶ、部長...!本当に大丈夫なんですよね?あの人達完全にやる気満々ですよ...!」
「ふん、慌てるな!この私がこのような烏合の衆に後れを取るはずがないだろう!」
....何故こんな事になっているのか、その発端は昨日に遡る。
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「見ろ!この完璧な揚がり具合を!鶏肉本来の旨味を極限まで閉じ込めたこの黄金の塊こそ天が与えた奇跡の結晶なのだ!中身も.....」
「わかりましたから早く食べましょうよ...んー!やっぱり美味しいです!」
「いくらでも食べられちゃうねー」
その日モモ達はいつものようにテントの前で昼食を作っていた、誰も聞いていない話をし続けるモモとそれを無視して唐揚げを食べる部員達...至って普通の時間が流れていた筈だった。
「ふむ、しかし地道な運動こそが唐揚げの良さを伝える道と決めたはいいもののやはりこのままでは埒が明かん....」
「別に無理することないんじゃないですか?私はこうして毎日美味しい唐揚げを食べられれば十分満足ですし...」
「私も賛成ー、部長が毎日唐揚げ作ってくれるなら平和で一番いいよー」
「甘いぞお前達!向上心が無いまま惰性で過ごすのがどれだけ危険なことか!」
「でもそれでこれまで何回も失敗してきてますよね?」
モモが立ち上がり熱弁を振るい始める....その時だった。
「...ってあれ?部長...」
「何だ?まだ私の話は終わっていないぞ!そもそも唐揚げの歴史というのはだな...」
「いやそんな事よりあれ見てください!」
「ん?」
やけに焦った部員の声にモモは怪訝そうに振り返るとすぐにその目を見開く、彼女の視線の先には何人もの集団が銃を掲げてモモ達のいるテントまで歩いてくる光景が広がっていた。
「な、何事だ!?まさかこの前のことをまだ怒っている会長の仕業か!?」
困惑する3人を前に彼女達はテントの前で足を止めると、やがてモモを見下ろしながら冷ややかに告げた。
「唐衣モモ....そしてその仲間達の皆さん、貴方達は今すぐここから出て行ってもらいます」
「で、出て行く!?どういう事ですか!」
「理由を説明してもらわないとねー、急に出て行けって言われても困っちゃうよー」
「その通りだ!何故我々がそんな理不尽な要求に従わなければならんのだ!まさか事務局の奴らの指示か?....それに見覚えがあるぞ、お前達はかつての同志達じゃないか」
そう、そこにいた彼女達はかつてモモの元に集い共に唐揚げの良さを伝える同志であり、些細な対立により離脱していった部員達の一部だった。
「同志?ふふっ、笑わせないでください...そんなもの今となっては何の価値もない言葉です」
だが先頭に立つ少女はモモの言葉を鼻で笑う。
「私達は気づいたんです、今まで私達はマヨネーズ派、塩派、激辛スパイス派、野菜巻き派....それぞれ無数の派閥に分かれて不毛な小競り合いを繰り返してきました。でもよくよく考えてみれば味付けの好みにこだわっているだけで大元にある『唐揚げが好きだ』という純粋な想いは同じだったんです」
「....ほう?」
「だからこそ私達は互いの小さな違いを乗り越え分かれていた多くの派閥を取り込んで一つの大規模連合を作り上げました....それが今の私達です!」
少女が胸を張ると背後の連合軍が一斉に歓声を上げる。
「そ、それならどうして私達を目の敵にするような事を....」
部員の1人がそう問いかけた、同じ唐揚げ好きとして大同団結したのならむしろ自分達をこうして敵対視する必要などない筈だ。
だがそれを聞いた連合軍の少女は鋭い視線をモモへと向けると言葉を続けた。
「唐衣モモ...貴方が私達の大元凶だからです!」
「何だと?」
「どんなに私達が手を取り合いどれほど巨大な組織を作ろうとも、この学園における唐揚げ運動の始祖は貴方です!貴方がこの学園に君臨し続ける限り私達はいつまで経っても『モモの元から離脱した分派』という評価は変わらない....貴方がいる限り私達は本当の意味でこの学園の唐揚げの頂点に立つことができないのです!」
理屈が通っているようだがまるで意味のわからない身勝手な主張、だがその言葉を聞いた当のモモはフッと笑みを漏らしていた。
「...成る程、そうか」
「え、部長は理解したような感じですけど私全然わかりませんよ!?完全に言いがかりじゃないですか」
「大丈夫ー、私も全くわかってないからー」
部員達のツッコミなど気にする様子もなくモモと連合軍の少女は視線を交錯させている。
「だから勝負です!もし私達が貴方を打ち負かしたら...貴方にはこの学園を去ってもらいます!当然私達が負ければ潔く認めて私達が去ります....それくらいの条件であれば納得していただけるでしょうか?」
「ええっ!?学園を去る!?」
永久追放を意味する過激すぎる条件に部員達は青ざめさせた。
「確かにな.....それ程までに本気ということか、己の退路を断って挑んでくるとはかつての同志ながら天晴れだ」
「え、本当に『確かにな』なんですか!?勝手に納得しないでくださいよ!」
「よい受けて立とう!唐揚げに誓って二言はない!」
「わー、決めちゃったー」
「...では明日、中央広場で決着をつけましょう。それまでせいぜいこの学園での思い出でも懐かしんでおくことです!」
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そして現在....決戦の朝。
モモ達3人と対峙する唐揚げ派閥連合軍、その緊張感は極限に達していた。
「まさか本当に逃げずに迎え撃つとは驚きました、もし今からでも降参して逃げ出すのであれば情けをかけて見逃してあげてもいいんですよ?」
「ふん、ふざけた事を言うな。この私は信ずる道のためならば一歩も引くつもりはない!」
「はぁ...負けたらここから離れなきゃいけないんですよね....どこに行きましょうか...?」
「ミレニアムとか良いんじゃないー?あそこなら色んな発明とかしてるらしいしー、唐揚げを一番美味しく揚げてくれる機械とか作ってくれるかもー」
「あ、それいいですね!寒くないですし治安も良さそうです!」
「おいお前達!戦う前から負けた後の計画を立てるんじゃない!少しは私を信じろ!」
モモ達のやり取りを無視しながら連合軍の代表の少女は右手を高く掲げた。
「ではこれより!唐揚げ決戦を───」
「ま、待ってぇぇぇぇっ!!」
まさに戦いの火蓋が切って落とされようとしたその瞬間....
広場の端から悲痛な叫び声が響き渡った。
「「「「「...!?」」」」」
突然のことに全員の動きがピタリと止まる、そうして彼女達の元に息を切らしながら走ってきたのは1人の見慣れぬ少女であった。
「はぁ...はぁっ....!皆どうしてそんなに争うの!?」
「な、何だお前は!?」
モモは急に現れた少女に問いただすと、少女は乱れた息を整えながらモモと連合軍の生徒達を交互に見つめ涙ながらに言葉を紡いだ。
「皆思い出してよ!元は同じ.....同じ唐揚げが大好きな仲間だったはずでしょ!?」
「....待てよ、お前は最初の頃に私が元部員と争った時に真っ先に離脱していった奴か!」
モモの言葉に少女は小さく頷いた。
「そうだよ....私もモモ部長のあまりの頑固さについていけなくなって、部を離れた一人だった...でも部を離れても唐揚げが大好きな気持ちだけは絶対に変わらなかった!だから私は1人でひっそりと自分の好きな方法で毎日唐揚げを食べてたの....」
「でも気づいたら学園中に色んな派閥が出来上がってて....最初は皆それぞれ唐揚げを楽しんでて素敵だなって思ってた。だけど最近の皆はどうしたの!少しでも味付けや好みが合わないとすぐ銃を抜いて喧嘩ばかりして....そんな皆を遠くから見ていて本当に悲しかった!」
少女の瞳からは涙が溢れ続けている。
「そしてとうとうこんな....学園から追い出すだなんて、そんな戦いまで始めるなんて...皆どうしちゃったの!?元は一緒に笑顔で唐揚げを頬張ってた仲間じゃないの!?本当にこんな事をしてその先に何があるっていうの!?」
静まり返る広場、モモも連合軍の少女達も誰も言葉を発することができなかった。
「ここで争ったって何も生まれないよ!そんな争い唐揚げの神様が見たら絶対に悲しむよ!」
少女はとうとうその場に崩れ落ち顔を覆って泣きじゃくってしまった。
その悲痛な叫びに連合軍の列のあちこちから鼻をすする音が聞こえ始める。
「私は何をやってたんだろう...」
「そうだ...最初はただ美味しく食べたかっただけなのに...」
一人、また一人と武器を下ろし始める生徒達。
.....そしてモモと連合軍代表の少女がゆっくりと歩み寄り顔を見合わせ、同時に頭を下げた。
「....すまなかった、私はどうしても唐揚げに何かを付け足すという行為が許せんのだ。肉本来の旨味を損なう邪道だと頑なに拒絶してしまっていた...だがそれでお前達の存在そのものを否定し憎しみ合うことは間違っていた」
「私の方こそごめんなさい元部長....私もただ自分の好きな味付けを認めてもらえないのが悔しくて、意地になっていただけなんです...それなのに元部長を学園から追い出すなんていう暴挙に出るなんて.....どうかしていました」
「...確かに私とお前達は相容れない、私はこれからも何もつけないしお前達は何かを唐揚げにかけ続けるだろう、それはきっとこの先も永遠に変わらない」
「....はい」
「だがそれで良いじゃないか、互いに譲れない矜持があっても同じ"唐揚げを愛する者"として共に生きていく分には何の問題もないはずだ!」
「....っ!そうですね、私達は私達で...元部長達は元部長達で、それぞれが信じる唐揚げ道を歩めばいいんですよね!」
そして二人は力強く固い握手を交わした。
その瞬間広場を埋め尽くしていた生徒達から歓声と拍手が巻き起こる。
「「「うおおおおおおおおっっっ!!!!」」」
感動的な光景だった。
起こる筈だった争いは1人の少女の勇気ある行動で和解へと昇華されたのだ。
「よし!ならば今からこの広場で全派閥合同の唐揚げ食事会を開催するぞ!それぞれの誇る味をぶつけ合い心ゆくまで唐揚げについて語り合おう!」
「「「おおおおおおおおっっっ!!!!」」」
「お前も参加するといい、あの訴えが我々に本当に大切なことを思い出させてくれたんだ、お前は今日の真の主役だ!」
「本当!?嬉しいっ!」
泣き崩れていた少女は満面の笑みを浮かべ喜んだ、モモはそんな無邪気な笑顔に目を細め上機嫌で尋ねる。
「歓迎するぞ!.....ちなみにお前はどんな味付けが好みだったんだ?」
それを聞かれた少女は屈託のない笑顔のまま答えた。
「ううん、私ね───唐揚げの衣を全部剥がして中のお肉だけを食べる派なんだ!だって衣って油っこいし剥がせばカロリーも大幅に抑えられるでしょ?」
......その瞬間広場を支配していた歓声、熱気、感動の余韻の全てが一瞬にして凍りついた。
誰も動かない、風の音すら消え失せる程の静寂。
やがて広場にいた生徒達の視線が一斉にその少女へと向けられた。
「え...?あ、あれ?皆どうしたの....?」
あまりの空気の急変に少女は引きつった笑みを浮かべながらゆっくりと後ずさりを始めた。
静まり返った広場のあちこちからドス黒い呟きが漏れ聞こえ始める。
「.....衣を、剥がすだと?」
「それは....それは果たして唐揚げと呼べるものなんですか...?」
「大罪.....」
「肉と油と衣の三位一体を冒涜する悪魔だ...」
先ほどまでマヨネーズ派だの塩派だのと争っていた事に比べればこの冒涜の前には塵芥に等しかった。
全派閥の魂が今この瞬間かつてない程の結束を生み出していたのだ。
「ひっ...!?」
少女は自らが踏み抜いてしまった地雷の巨大さを察知した、そして彼女は最後に引きつった笑顔を浮かべると──もの凄い勢いでその場から全速力で逃げ出した。
「逃がすなぁぁぁっっ!!!!」
モモの絶叫が天を衝く。
「あの邪悪なる思考の持ち主を捕まえろ!衣の尊さと神聖さを骨の髄まで叩き込んでやるのだぁぁぁっ!!」
怒り狂った集団が逃げる少女を追って雪崩れ込んでいく。
「...私達も行きますか?」
「そうだねー、流石に衣を剥がすのは万死に値するかなー」
....その後、レッドウィンター内で何十人もの生徒達が1人の少女を追い回し続けるという事件が発生していたが、"いつもの事"として見向きもされずにその日は銃声と怒号が夜中まで響き渡ったのだった。
情報⑦
・唐揚げの衣を剥がすこと。
どんなことよりも許されざる大罪であり、あらゆる対立を一瞬で無に帰し、各派閥を1つに結束させるほどの衝撃を持つ禁忌中の禁忌。
ある日を境にその派閥を名乗っていた人物が数日間行方不明となっていたが、再び姿を見せた時には何故か狂気的な衣大好き人間へと変貌を遂げていたため現在この派閥は完全に消滅している。