「....部長、本当にまた行くんですか?」
相変わらず凍てつく風が吹き抜けるレッドウィンター連邦学園の雪に埋もれた一角...そこに聳え立つ図書館を前に部員の1人がモモに問いかけていた。
「この前あんなに酷い目に遭ったばかりじゃないですか、結局あの後全員で何個も銅像を磨く羽目になったんですよ?....まあ原因の九割九分は部長のせいでしたけど」
「そうだよーあの管理人の子怒るとすっごく怖かったねー」
「ふん!案ずるな、今回は大丈夫だ!」
2人の声を吹き飛ばすようにモモは胸を張り答える。
「前回の敗因は読書狂である彼女の聖域に油煙を持ち込もうとした私の勇み足にあったことは認めよう...だが今日はどうだ?完全に丸腰!純粋に知識を求めに来たのだ!どれほど気難しい管理人であろうと本を読みに来た生徒を砲撃するような真似はせん!」
「それが普通なんですけどね....部長が言うと全然安心できないのは何ででしょうね」
部員が呆れたように呟くのを背中に受けながらモモは堂々とした足取りで扉をノックをする、だが建物の中からは何の反応も返ってこなかった。
「何だ?いないのか?」
そう思っていると唐突に重々しい施錠が外れる音が響き、薄く開けられた扉の隙間からモミジが警戒心むき出しの顔を覗かせた。
「....今度はどんな迷惑をかけに来たんですか?」
開口一番外の外気よりも冷ややかな声が飛んでくる、おまけに彼女の指先はRPGに伸びかかっていた。
「ま、待て誤解するな!今日は断じて騒ぎを起こしに来たわけではなく純粋に本を探しに来ただけだ!見ろ、何も持ってないぞ!」
「...本当ですか?でも前に言ってたような『唐揚げだけを徹底的に語った専門書』なんてあれからも追加してませんけど....」
「そこは妥協するつもりだ!一冊丸ごと唐揚げの本などという至宝がそう簡単に手に入らぬことは理解した、だから今回は少しでも唐揚げや鶏肉に関連のある本を真面目に読みに来たのだ!」
モモの言葉にモミジはしばらくの間値踏みするような目線を向け、やがて小さく息を吐くと扉をゆっくりと押し開けた。
「...わかりました…ただ少しでも図書館の空気を汚したり読書の邪魔になるような大声を出したらその時はすぐに静かにさせますからね……?」
「あ、ああ、肝に銘じておこう!」
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「ううむ、やはりあまり無いか....」
暫くして、図書館内の床の上でモモは唸り声を上げていた。
壁一面を埋め尽くす膨大な蔵書を棚の端から端まで調べあげたが、モモの求める唐揚げの真髄に迫るような文献は一向に見つかる気配がなかったのだ。
「揚げ物のページがある料理本なら何冊かありましたけど、どれも基本的な作り方しか載ってませんね」
「それどころかーなんかこの棚プリンの本ばっかり並べてあるよー?」
『世界のプリン大全』『カラメルソースの黄金比』『なぜプリンはこれほどまでに偉大なのか』などの謎の本の数々、果ては『チェリノ会長とプリンの歴史』などという料理本なのかプロパガンダ本なのか分からない代物までがズラリと一列を占拠している。
「なんだこの偏り具合は....唐揚げの本が一冊もないというのに何故プリンの本ばかりこんなに充実しているんだ!」
「あ...それは前にチェリノ会長が『おいらの大好きなプリンの本を全校生徒が読めるようにしろ!』と言って勝手に置いていったものなんです...邪魔だからって棚から外したり処分したりするとすぐに粛清されちゃうので仕方なく...」
「くっ、ここにもあの幼き独裁者の魔の手が及んでいるというのか...」
「まあまあ部長、とりあえずこの『肉料理の基本』って本でも読んでみましょうよ」
部員に宥められながらモモは渋々閲覧用のテーブルへと腰を下ろした。
静まり返った図書館の中でページをめくる乾いた音だけが響く...時折モミジが「うへへ....この古書の装丁やっぱり素敵ですね...」と一人で恍惚とした吐息を漏らす以外は案外悪く無い時間が流れていた。
そのまま何冊かの料理本を読み漁り始めて数十分が経過した頃....
「あああああああーーーっっ!!」
「な、何だ!?」
突如として図書館の最奥部から悲痛な絶叫が響き渡った。
モモ達は驚き思わず立ち上がると、暗い書庫の通路の奥からズルズルと足を引きずるように1人の少女が姿を現した。
その正体は髪はボサボサに乱れ顔は思い切り疲れ果てている少女....メル。
「メル先輩、また叫んでましたけど新刊のネタはどうなったんですか...?」
モミジが慣れた様子で声をかけると、彼女は椅子へと崩れ落ちるように座り込みテーブルに突っ伏して深い溜息を吐き出した。
「全然駄目だよぉ....インスピレーションがこれっぽっちも湧かない!次のイベントの締め切りはもう目の前まで迫ってるっていうのにさぁ、ネームすら真っ白で一コマも進んでないし....」
「だから計画的に原稿を進めてくださいっていつも言ってるじゃないですか...」
「な、何があったんだ?ずいぶんと憔悴しているようだが...」
モモの声にテーブルに突っ伏していたメルはゆっくりと顔を上げ、不思議そうに眉を顰めた。
「んぇ...?誰、あんた達?モミジの知り合い〜?」
「いえ知り合いというか...最近学園中で色んな騒ぎを起こしてはよく粛清されてる唐揚げの人達です....」
「おい!その不名誉な紹介の仕方はやめろ!」
「ああ〜!あの子達か〜ふむふむ...なるほどねぇ....確か事務局に突撃したり工務部と組んで会長を一時的に引きずり下ろしたりしたっていう...!」
メルはそこまで口にしたところでハッと息を呑み、彼女の瞳に怪しい光が灯り始めた。
「おお?待って待って!なんか今猛烈にネタの気配がするっ...!」
「え?」
「あの体躯に秘められた反骨精神....既存の権力構造に唐揚げ一つで立ち向かう無謀なカリスマ...そして取り巻く美少女達との愛憎渦巻く人間関係....感じる、感じる!新しい神カプと修羅場のオーラをっ!!」
そう叫んだメルは椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、一瞬にしてモモの前に詰め寄った。
「ねぇ!私知識解放戦線のメル!同人サークルでは『メルリー』ってペンネームで活動してるんだけどさ....モモだっけ?あんたがこれまでやってきたこと私に詳しく一から百まで全部教えてくれないかなぁ〜!?」
「な、何だ貴様は!近い!顔が近いぞ!」
モモはあまりの圧に一歩後ずさる。
目の前の少女から放たれる自身の唐揚げ愛とはまたベクトルの異なる狂気的な熱量に本能的な危険を察知したのだ。
「それに断る!私の輝かしき闘争の歴史は安々とお前のような怪しい奴に語るものではない!」
「えーそんなケチくさいこと言わないでよぉ!あ、そうだ!もし私の取材に協力してくれたらさ、そっちが欲しがってるっていう唐揚げの専門書、今度の事務局への図書申請枠を使って私が特別に仕入れてあげるって約束するけど、どう?悪い話じゃないでしょ!」
「えっ、ちょっとメル先輩!?ただでさえ数が足りないのにそんな勝手に料理本なんて入れたら、私の頼みたい小説の枠が減っちゃうじゃないですか....!」
「まあまあモミジ落ち着きなって!新刊を無事に脱稿するためなら背に腹は代えられないでしょ!それにモミジが欲しがってた限定版の本も私の隠しルートで手に入れてあげるからさ!」
「えっほ、本当ですか...?えへへ....なら少しだけなら枠を譲ってもいいですけど....」
反対していたモミジが途端に頬を緩めて引き下がると、メルは再びニヤリと笑ってモモへと向き直った。
「さあどうする?すこーし昔話をするだけで念願の唐揚げ本が手に入るんだよ!」
「ぐぬぬ...!」
モモは腕を組み必死に悩む──事もなく、わずか3秒ほどそういつ素振りを見せた後あっさりと陥落した。
「....ふっそこまで頼むのであれば仕方ないな!我が『衣を剥がすのを許すべからず』の崇高なる歩みを特別に語り聞かせてやろう!」
「やっぱりチョロいですねうちの部長は」
「自分の自慢話が出来る上に本も貰えるなら断る理由ないもんねー」
部員2人が呆れ囁き合う中モモは椅子の上に仁王立ちし、身振り手振りを交えてこれまでの"偉業"を盛大に語り始めた。
食堂での演説、レモン派との涙の和解と再分裂、マリナを唆してのクーデター、そしてチェリノを追い出して手に入れた1週間の天下等々....もちろん自分が最後に粛清されてトイレ掃除や除雪をさせられた都合の悪い部分は華麗に脚色されていた。
「──というわけだ!どうだ、私のカリスマと唐揚げへの情熱、しかと理解できたか!」
「ふむふむ!なるほどねぇ....つまり幼き独裁者チェリノと反逆者モモの間にはプリンと唐揚げという決して交わらないイデオロギーの対立がありつつも、互いの孤独を埋め合うような歪んだ執着が存在するわけ...そして忠臣マリナとの間にはクーデターの夜に交わした禁断の契りが....!完璧だよ!これ完全に神ジャンルの誕生じゃん!!」
メルは猛烈なスピードでペンを走らせ常人には解読不能な相関図やネームのラフを次々と描き殴っていく。
「....おい、何か私の話と違う単語が聞こえた気がするがちゃんと聞いていたのか?」
「聞いてる聞いてる!バッチリだよ!それよりもっと教えて!その別派閥のリーダーの子の話ももうちょっと詳しく描写してくれないかなぁ〜!?」
「ああ、あれは私の渾身の唐揚げをだな──」
熱心に語り続けるモモとトランス状態でペンを走らせるメル、一方その異様な熱気から早々に離脱した部員2人は少し離れたカウンターの席でモミジとすっかり打ち解けていた。
「へぇモミジさんも結構苦労してるんですね...」
「まあ...でもお二人もあの部長さんの下で大変ですね....あ、もしよかったらこの本なんてどうでしょうか...?」
「おー面白そうー、借りていってもいいー?」
「はい、お二人ならちゃんと返してくれそうですし...えへへ、どうぞ....」
そんな和やかな歓談が続くこと約1時間、やがてノートを真っ黒に埋め尽くしたメルはペンを置いて満足げな吐息を漏らした。
「はぁ....最高!おかげでインスピレーションが大爆発!これなら3日くらい徹夜すれば過去最高に滾る新刊が脱稿できる!」
「まあ役に立ったようで何よりだ、じゃあ約束の唐揚げの本は頼んだぞ!」
「任せてよ!メルリー先生に二言は無いからね、今度の申請で必ず取り寄せてテントに届けてあげるから!」
晴れやかな笑顔で親指を立てるメルに見送られモモ達は大きな達成感を胸に図書館を後にしたのだった。
——————————————————
それから十日ほどが経過したある日の早朝。
「ちょっ、部長!起きてください!」
「...うぅん、なんだ騒々しい....私は今夢の中で黄金の鶏肉を揚げている最中なのに....」
部員の腕の中に抱き枕のように収まって熟睡していたモモはもう1人の声に渋々まぶたを押し開けた。
「寝言を言ってる場合じゃないんですって!それどころじゃないんです!これ!」
「んん...なんだ?もう約束の唐揚げ本が届いたのか?」
視線の先にあるのは少し大きめの段ボール箱、そして部員の手に握られていた本を受け取ったモモはじっとそれを見つめると、表紙にはキラキラとした花の背景と共に流麗なフォントでこう記されていた。
『揚げたての心は蜜の味 〜反逆のカリスマと孤独な独裁者の秘められた夜〜著:メルリー』
「....ん?なんだこのタイトルは?」
嫌な予感が背筋を一気に駆け上がる、モモはゴクリと唾を飲み込み恐る恐るその本のページをめくった。
そこに描かれていたのは───、
『くっ...この部屋に呼び出すとは一体何のつもりだ!』
『ふふ、モモよ....昼間はあんなに激しくおいらに反抗していたくせに2人きりになると可愛いものだな』
『な、何をっ....やめろ!そのつけ髭が当たってくすぐった...あぁんっ!』
『おいらのプリンよりもお前の方がずっと甘くて美味しそうだぞ?さあ、今夜は朝までお前をじっくり二度揚げしてやろう...』
.....ページをめくるごとに展開されるのは、8頭身の美少女へと過剰に美化されたモモに似たキャラクターと妙に大人びた妖艶な目つきをしたチェリノ会長やトモエ、さらにはマリナや別派閥のリーダー達までもが次々と現れ、何故か油まみれになりながら濃厚に絡み合うという直視するのも憚られるほど過激な百合ロマンスの連続であった。
「......」
「おー凄いねこれー、絵がすっごく上手いし部長がなんか身長高くてカッコよく描かれてるー」
先程まで一緒に寝ていた部員が隣から顔を覗き込ませ感心したように呟く。
そして数秒後、モモの顔色が沸騰したような赤色と急激に変化した。
「な、な、ななな何だこれはぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
テントが吹き飛ぶかのような絶叫が朝の広場にこだまする。
「ど、どういうことだ!?何故私があの会長とこんな破廉恥極まりないことをしているんだ!?あと『心を二度揚げしてやろう』とは何だ!意味が分からんぞ!!」
「け、今朝起きたらテントの入り口の前にこれが置いてあって...一応中にはちゃんと『世界の鶏肉料理図鑑』とか『揚げ物の科学』っていう真面目な本も数冊入ってたんですけど、それの一番上に『取材協力ありがとう!魂を込めた新刊の献本です♡byメルリー』っていうメモと一緒にこの本が入ってて....!」
「あ、あいつ....!なんて事を!」
モモは薄い本を握りしめ全身を震わせた。
確かに唐揚げの本を仕入れるという約束は果たされていた、だがそれと引き換えに錬成されたらしきこの本がもし学園中にばら撒かれようものなら唐揚げの布教どころか、社会的な意味で完全に抹殺されることは火を見るよりも明らかだった。
いや、それ以上にチェリノやトモエの目に触れれば今度はトイレ掃除などでは済まない真の粛清が待っているに違いない。
「ゆ、許さん...断じて許さんぞメルリー!私の崇高なる唐揚げ闘争の歴史をこんなドロドロの愛憎劇に捏造しおって....!」
モモは寝間着の上から強引にコートを羽織ると愛用のショットガンを片手に飛び出して行った。
「そのふざけた新刊の在庫...!1冊残らず私の手で油に沈めて揚げ尽くしてやるぅぅぅ!!!」
「あ、部長!待ってください!?」
「まあ今回は部長の気持ちもちょっと分かるかもねー」
雪煙を巻き上げ突撃していくモモの絶叫が、朝の冷たい空気にいつまでも虚しく響き渡っていたのだった。
情報⑧
・『揚げたての心は蜜の味』
メルリー先生最新作のナマモノ同人誌。
内容はとある唐揚げ好きの反逆児と、学園の権力者やライバル達による秘密の蜜月を描写した1冊。
元ネタはモモ自身による武勇伝の語りだったがメルの妄想フィルターを通した結果、九割以上が事実無根の捏造ストーリーとなっている。
なお頒布される直前に血相を変えて攻め込んだモモによって差し止められ、献本として送られた1冊もモモによって焚き火代わりに処分された為幻の奇書となった。