ウチの名前は、『アナスタシア・ホーシン』。
——プオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「うわ~! デっっっカ~~~い!! 超デカ~~~い!!」
「言ってる場合ですか!? お姉ちゃん!!」
「積荷は全部捨てぇ! 命あっての物種やで!!」
「お嬢! 危ないからあんま顔出すなや!?」
仕事の最中に運悪く【災害】に見舞われている、凄腕の美人商人や!
「ほんまに、ついてないわ……!(よりにもよって、『白鯨』と出くわすなんて……!)」
——『白鯨』。
それは、400年以上前から存在し『霧の魔獣』と恐れられる【三大魔獣】の一角にして、ウチら商人においては『最悪の厄災』とされている存在。
『霧を見かけたら積荷を捨ててでも即座に逃げろ』というのは、商人たちの間では常識中の常識。せやからウチやって輸送の際には、毎回街道の情報は勿論のこと『白鯨』の情報も念入りに調べ上げていた。
無論、今回やってそうや。『白鯨』の最新の目撃情報を確認して入念に下調べをした上で、輸送のルートを設定した。
せやけど……それでも遭遇してしまうんやから、ほんまに厄介な【災害】やわ!
「みんな! ちゃんとおるな!?」
「おー! ちゃんといるぞー!」
「大丈夫ですです、お嬢! みんなちゃんといるですよ!」
ウチは立ち上がって御者台まで移動して全員の無事を確認した。何人かが『危ないですよお嬢!?』と止めるように言ってきたが、『白鯨』に追われているという危険な状況に何ら変わりはないので無視して問いを投げると、ミミとティビーが大きい声で答えてくれる。
その声で少しだけ元気が貰えたウチは、視線を件の『白鯨』へと向ける。
「このまま見逃してくれる……ってことは、期待できそうにないなぁ」
「チッ! ホンマめんどくさい鯨やわ!」
「それにしたってタイミングの悪い…(せめて、ユリウスが居てくれたら…っ)」
もしかしたら興味が無くて見逃してくれるかもしれないという淡い期待を込めて後ろを見てみたが、現実はそうウチらに甘いわけもなく奴さんはこちらに向かってきている。
ウチは迫って来ている『白鯨』の姿を眺めながら、自分の運の悪さを呪ってしまう。というのも、今回の輸送は急ぎの仕事であったこともあり速さ重視で護衛が最低限しかいない。当然、『白鯨』と戦えるような兵器もあるはずもなく、ウチらは一目散に逃げを選択しとる。まだウチの騎士である『ユリウス・ユークリウス』がいてくれたら何か違った選択もあったかもしれないが、これまた運の悪いことに現在ユリウスはウチらが向かう王都にて任務に当たっているため、そんな考えはないものねだりなんやけど。
「どうしますですか!? 団長!」
「……よし! おい、ミミ! ティビー! ワイらで足止めするき、お前らお嬢連れて先行けェ!」
「! 何言うとんのリカード!?」
「残念ながらアチラさんの方が足が速い! それなら誰かが止めなあかんやろ! 丁度最近運動不足気味やったから、アチラさんの望み通りちょいと遊んでくるわ!」
リカードが言ったことにウチは食って掛かった。だってそれはリカードたちが死ぬと言っているも同然やったから。
ウチはリカードたち『鉄の牙』の実力は信用してるし信頼してる。けど、相手はあの『白鯨』、先代剣聖こと『テレシア・ヴァン・アストレア』を殺したとされる魔獣や。いくら何でも相手が悪すぎる。リカードたちはウチのかけがえのない大切な家族や。家族を死なせることなんて出来るはずもない!
——せやけど、商人としての冷静な部分は、リカードの意見が正しく最善であることは理解していた。
このままでは『白鯨』に追い付かれることは明確。そして、『王選候補者』であるウチが死ぬわけにはいかない。ウチがいると‶護衛″のリカードたちの足を引っ張ってしまうことになるのも明確。それならば、少数で離脱して、少しでもリカードたちが戦いやすくなった方が良いに決まっている。
ただ、理性では理解していても納得なんか出来るわけないっ。…こういう時は、同じ女性で『王選候補者』であるクルシュはんが羨ましく感じてまう。戦う術を持っているのだから。
俯いていた顔を上げてリカードたちを見ると、みんな得物を手にしながら大丈夫だと言わんばかりにウチに笑みを浮かべている。
「っ。……ちゃんと、生きて帰ってくるんやで? 絶対やからな!?」
「ガハハハッ! ワイがくたばるわけないやろ、お嬢! ええから早う行けェ! ミミ! ティビー! お嬢のこと頼むでェ!」
「おっ任せー!」
「了解ですです!」
「フッ。——いくでェお前ら! 鯨狩りや!!」
『おお!!』
リカードはミミとティビーにそう告げると、反転して『白鯨』へと突貫していき他のみんなもそれに続いて行った。
「リカード…」
「大丈~夫! 団長ちょ~強いから、鯨くらいぶっ殺してきてくれるよー!」
「そうですよお嬢! 団長のしぶとさは世界一ですです! ちゃんと帰ってくるですよ!」
「……せやな。ありがとな、2人とも。さぁ! みんなのために早う逃げるで!」
「「「おー/はい!!」」」
ウチの心情を察してかそんな言葉をかけてくれるミミとティビーの優しさに温かみを感じつつ、ウチは気を持ち直した。
「!? お嬢すいません…!」
「へ? なにを——って、きゃぁ!?」
そうしたのも束の間、御者の子が慌てた様子で手綱を放してウチによってくると、ウチのことを抱えるとミミの方へと投げ飛ばしたんや。
ウチはいきなりのことで思わず声を上げてもうたが、ミミがちゃんと受け止めてくれたことで事なきを得た。ウチは御者に投げ飛ばしたことに文句を言おうとしたんやけど、それは出来ひんかった。
なぜなら……
——ドゴォォォォン!!
「きゃぁぁぁぁ!?」
「うわ~!?」
「くぅぅぅ!?」
ウチが乗っていた竜車が、‶白いナニカ″によって吹き飛ばされてしまったからや。それの衝撃は凄まじくて、余波でウチらも吹き飛ばされてしまった。
「一体…何が……?」
「うはー! ビックリしたー!?」
「ミミ! 大丈夫!?」
「うん! ミミ、へーきー!」
身体を起こしたウチは、近くにいたミミを抱きしめた。そしてその身体に傷がない事にホッとしつつも、何が起ったのかを確認すべく周りを見回した。
ただ衝撃によって周りに土煙が舞い上がっていることで、状況が把握出来へんかった。
そのせいでウチは気づくんが遅れてしもたんや。ウチとミミに迫りくる脅威を。
「——お嬢! お姉ちゃん! 逃げてー!!」
「! お嬢! 下がってッ!!」
「ミミ!? ——ッ!!」
ミミから突き飛ばされて尻もちをついたウチは、そんなことをしたミミに顔を向けた。そしてそれとほぼ同時に、目の前の土煙が晴れたんや。
そうしてウチの眼に映ったのは……ウチを飲み込まんと口を大きく開けた『白鯨』が凄い勢いで迫りくる姿やった。
「……(——あかん。これ、死ぬわ……)」
ウチはそう思ってしまった。目の前にいるミミは何とかしようとお得意の咆哮を放とうとしとるけど、奴さんの口に飲み込まれる方が早いんは素人のウチでも分かった。
死ぬと分かると視野が広がるっちゅう話を耳にしたことがあるけど、どうやらそれはホンマのようや。
だって、ウチの視界には絶望を露わにしながら叫んでいるティビーの姿や『白鯨』の背後から必死な形相で叫びながらこちらに走って来ているリカードたちの姿が見えたから。
「……(これが、ウチの最後かぁ…………)」
ウチは『せめて痛くなく死にたいなぁ』と、どこか現実逃避をしながら目を閉じた。
——バグンッ!!!!
『お嬢ーーーー!!!!』
ウチの人生は、幕を閉じた。
………
……
…
——はずやった。
「————へ…?」
「あっれー!?」
「あっぶねぇ~~~!? マジでギリギリだった…!!」
ウチは誰かに抱えられていることを察して、閉じていた眼を開いた。そうして開けたウチの眼に映ったのは、同じく抱えられて不思議そうにしているミミの姿と、焦りや安堵といったものがごちゃ混ぜとなった表情を浮かべているルグニカでは珍しい黒髪の青年。
その青年の顔は整っていた。けど、ラインハルトやらユリウスやらで美男子には慣れているウチには、特段気にすることではない。そう、気にすることないことなんやけど……なぜかわからんけど、ウチは青年から目を離せなかった。
そうしてじっと青年を見つめていると、ウチに見られていることに気づいたのか彼はこちらに顔を向けた。そしてウチの姿を見て心底安心した様子で、笑みを浮かべながら問いかけて来た。
「——間に合って、良かったです。大丈夫ですか、お嬢さん?」
「ッ!?///(い、今…っ/// 心臓が、キュって……!///)」
今のウチには知る由もないけど、未来のウチはこう語ったんや。
『あん時にはもう、ウチはユーマくんに惚れとったんや』、と。
どうでしたでしょうか?
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