別に竜胆の花言葉がどうとかは関係ありません。たぶんおそらくあんまり。
「────。リンネ……さん」
「……おーん?」
メルルが娯楽室の中に入ると、そこでは白黒映画用のスクリーンと向かい合うように置かれたソファにぐったりと深く座り込むリンネが居た。
「……えっと、その……」
「……ぉぁ〜〜〜……まぁ座れよ」
「あ、はっ、はい」
「……俺邪魔か。はいはいズレますよぉ〜〜……ぉぁぁいぃでででで……」
ぼんやりと天井を眺めていたリンネがメルルに気がついて、視線だけを向けてからそう言ってソファの中央から横にずれる。僅かに動くだけで、全身の痛みに顔をしかめてうめき声を上げた。
「大丈夫、ですか……?」
「掴まれた右腕の骨にヒビ、脇腹殴られた衝撃で肋骨にもちょっとヒビ、その他で言えば拳が掠めた全身とガードに使った左腕に打撲。まあヒグマに襲われてこの程度で済んだだけラッキーだな」
「うう……すみません、
メルルが申し訳なさそうに言いながら、リンネの隣に座ると、特にダメージが大きい左腕と脇腹に再度【治癒】の魔法を使う。そのまま片手で首などの肌が出ている部分に触れて触診すれば、リンネの体が怪我のせいで熱を持っていることに気がつく。
「体が熱いですね……」
「死んでない証拠ってやつだ。痛み止めも飲んだし我慢できる、お前も無理して魔法使わなくていいぞ」
「は、はい……でも、我慢できないくらい辛かったら、遠慮せずに言ってくださいね」
「んー」
「…………」
「…………」
数分の魔法による治療をし終えて、改めて2人の間に無言の時間が流れる。
「……あの、リンネさん……その……えっと」
「なあ、メルル」
「はいっ!?」
それから指をもじもじさせて口ごもるメルルに、リンネが力無く天井を見上げながらふと口を開く。
「──お前の身の上話でもしてくれないか」
「……えっ?」
「メルルのことなんも知らねえんだもん。いいだろ? 怪我人の暇潰しに付き合ってくれよ」
「…………」
怪我と痛みからか、呼吸が浅く細いリンネの横顔を見て、メルルは
「……でしたら、まず……リンネさんのことを教えてくれませんか」
「俺のぉ〜〜〜……?」
「リンネさんは……外の世界で、どんなことをしていたんですか?」
「…………。えぇ〜〜、と、その質問は困るな」
「どうして、ですか」
メルルからの問いに、リンネがそう言って一度深くまぶたを閉じると、ため息混じりに言った。
「
「えっ……!?」
「なんつうかなあ、ここに来る前までは……色んな国? かどっかをふらふら放浪してたような気はするんだよね。でも、具体的なことは……な〜んも覚えてねえ。型抜きしまくったあとのクッキー生地みたいに記憶に穴がある感じだな」
「スカスカじゃないですか!?!?」
「そりゃもうスカスカよ。シロアリに貪り食われた家の柱くらいスカスカよ」
驚愕するメルルを横目に、リンネは自虐気味に口の端を歪めてクツクツと喉を鳴らすように笑う。
「俺は、何か……大事な何かを求めて、世界中を彷徨っていたんだと思う。世界中にある
「…………っ」
──お、思ったより壮絶だった……。
思わず絶句するメルルは脳裏でそう独りごちる。確かに
奇妙な背景とふざけた言動行動の裏にあった、壮絶な事情。日ごろから二階堂ヒロをおちょくるか他の囚人と仲良くしているか二階堂ヒロをおちょくるかのいずれかばかりで、そういえばと、メルルはリンネが自分のことを語ったことは無かったと思い出す。
リンネは自分が何者なのか、どこの誰なのか、家族は居るのか居ないのか、まだ生きているのかもう死んでいるのか。それも全て、一切わからないのだ。
──彼こそが、本当はこの中で一番の不安を抱えていたのではないか?
そう考えてしまえば、これまでの行動も合点がいく。メルルはリンネに同情的な意識と視線を向けつつ、逡巡を挟んでからポツポツと言葉を漏らした。
「……私は……本当の両親が居ないんです。幼い頃に孤独になって、それからは……ある人に拾われてからその人と一緒に過ごしていました」
「……へぇ」
「その人は私にとって、姉であり、母親でもある……大切な育ての親でした。私に知識を、住む場所を、服を、食事を与えてくれて。誰かと一緒に過ごし、眠ることの暖かさを教えてくれました。でも……」
そこで一度区切ると、メルルは座ったままで前屈みにうなだれて、頭に被るフードで出来た影を顔に落として辛そうな声色で言う。
「……あの人は……私を置いて、居なくなってしまいました。ずっと、ずっとずっとずっと、何年も待っているのに、あの人は、帰ってこなかった……!」
「…………」
少しずつ、メルルの仮面が剥がれていく。堰き止めていたダムに入った亀裂が広がっていくように、抑え込んでいた感情が漏れ出て、フード越しに両手で頭を掻きむしるように強く掴む。
「どう、して……! どうして!! なんで私を連れて行ってくれなかったんですか!! どうして私を、置いていったんですか!!」
「メルル……」
「いつか、帰ってくるって信じて……何年も経って……色んな人に、たくさん、酷いことをして……それでも、いつかは、って……」
顔を上げたメルルの頬は濡れ、大粒の涙がボロボロと流れ落ちる。それからすがりつくようにリンネの服を掴んで、肩に額をこすりつけて問いかけた。
「私が、要らないから……私が邪魔だから、ここに、捨てていったんでしょうか……」
「違う。不安だからだ」
「……え」
リンネの断言に、メルルは驚いて顔を見やる。彼はメルルを慈しむように見下ろして、片手でフードを外して彼女の目尻の雫を拭いながら言う。
「不安だから、置いていった。心配だから、置いていった。それだけなんだよ」
「そんな、わけ……だ、だって、そんなわけないです!
遮るような強い声に、メルルの肩が跳ねる。一拍置いてから、リンネは彼女の目を見て続けた。
「──どれだけ、力があろうと。知識があろうと、魔法が使えようと。それでも、大切な人が死ぬことのつらさが変わるわけじゃない。不安で、怖くて、心配で……つらいから。耐えられないから。だから、置いていったんだよ。いつか帰ってくる場所に……大切な家族に残っていてほしかったんだ」
「り、リンネ、さん」
「
ふと、リンネの声が途切れ、目を丸くして、メルルの顔や体を確かめるように確認する。
「リンネさん……?」
「──ああ、そうか。お前が、あいつがよく話していた、あのメルルだったのか」
「え、と……どう、いう…………、……!!」
メルルはリンネから離れて、そういえばと、本来聞こうとしていた質問の内容を思い出す。
──竜胆リンネは、大魔女様を、知っている。
「──やっぱり、知っているんですね? あの人を……大魔女様のことを……!」
「ああ知ってるよ。……ようやく思い出せた。なんで忘れていたのかについての理由も、俺が何者なのかも、あいつのことも……全部」
どことなくスッキリしたような顔をして、しかしてリンネは悲しげな眼差しで、メルルに返した。
「俺は、とっくの昔に死んでいるはずの人間だったんだよ。お前と同じように……あいつに魔女因子を投与されて魔女化した、元人間なんだ」
「私と、同じ? ……いえ、違います、私は大魔女と同じ【魔女】なんですよ?」
キョトンとした様子のメルルに、リンネは首を横に振って更に言う。
「それこそ違う。当の本人から聞いたから確かだ、お前は500年前にあいつに保護された人間で、あいつが人類への復讐のために因子を用いた実験をした際に、人間の姿のままで魔女化……つまりある種の【なれはて】にされているんだよ」
「────」
目を見開いて驚愕の表情で固まるメルル。リンネはそれを見ながら、痛む体を休めるためにソファに体重を預けてから間を置いて口を開く。
「……俺が2〜300年前に住んでいた村には、流行病が襲来してな。俺以外の村人は全員死んじまった」
「え……!」
「最後まで残った俺も、全身が病気のフルコースでぐちゃぐちゃになっててなぁ。あいつは……そんな俺に因子を投与して、魔女化させることで延命させようとしていた。……一応、成功
──でも。
リンネはそう独りごちてから、疲れたように息を吐いてメルルに過去を語る。
「あいつ自身も病人の魔女化は初めてだったから、不具合が生じたんだろうな。因子と病原菌が食い合いでもしたのか、俺の体はメルルと同じ……言うなれば【人間型なれはて】であるにも関わらず、不死性を持っていないし、魔女化してから目覚めるまでに1年も時間が空いちまった」
「1年も……それでは、大魔女様は……」
「あいつも少しの間は待ってたんだろうが、流石に1年は待てなかったんだな。目を覚ましたときには周りには誰も居なかったし、それに俺自身、病気のまま魔女化した弊害か何かで記憶を失っていたんだぜ?」
当時を懐かしむように遠くを見やるリンネは、思い出した記憶を少しずつメルルに語っていく。
「目が覚めたら、誰もいない山奥の村の中に1人だけ。感覚で自分が普通の人間じゃないことだけは分かっていて、胸の奥には『あいつに会いたい』という想いだけがあって──何年も何十年も何百年も、魔女因子をばら撒くために行動していたあいつの旅路をなぞるように全国を放浪していたわけだな」
「……その、なんと言いますか……よく今まで無事でしたね……?」
「────。ま、コツがあんのよ」
呆れるように苦笑するメルルに、リンネも軽い口調で返してから、考え込むように深くため息をつく。
「……もうぶっちゃけた話をしちゃうけどさ、お前ってこの牢屋敷の運営側──いわゆる黒幕だろ?」
「あ、はい、黒幕です……」
「なんで俺らをここに閉じ込めたりしたんだ?」
リンネは膝に肘を置いて、手のひらで顔を覆いつつ、視線をちらりと向けてメルルを見る。
「……大魔女様は、人間の中に紛れると言っていました。だから、魔女候補の中に大魔女様が居るのではないかと思って……何年も何年も、何度も何度も、政府の人に因子の反応が強い魔女候補を集めてもらっていたんです。そして魔女化を促しては、大魔女様かどうかの確認をして、ダメそうなら……まあ……冷凍したりで……処理をしてきました」
「お前すげぇなぁ……」
皮肉気味にそう呟いて、メルルの所業に口角をひくつかせるリンネは少し考えて言葉を吐き出す。
「メルル、残念だがあいつは恐らく……死んでる」
「────。え……?」
「俺はここに来る直前まであいつの気配を追って動いていた。日本で生き倒れたのは、あいつの気配が途切れた直後の話だ。つまり、つい最近まであいつは
「そん、な……! 嘘です! 大魔女様が、死ぬなんて……! そんなわけが……!」
「──だが、だ」
リンネが取り乱しそうになるメルルを落ち着かせるように、力強く声で遮り続ける。
「そこで疑問も生じる。俺たちを生かしているのはあいつの因子だが、仮にあいつが死んでいるとして、じゃあなんで俺たちの因子は残ったままなんだ?」
「…………それは……わかりません」
「あいつが死んだのは、俺の感覚の話になるけど確実だろうな。しかしあいつがまだ死んでいないとも仮定すると、考えられるのは1つ」
メルルの顔を見て、リンネはピッと指を1本立てながら言った。
「──月代ユキ。あいつの魂は、消滅していない。おそらく今も、どこかで生きている」
「──エマ」
「……! ヒロ、ちゃん……?」
シェリーとリンネの最低限の治療を終えたのち、ラウンジに居たエマは、通路から入ってきたヒロに声をかけられドキリと肩を跳ねさせる。
その場には暇を持て余している他の少女たちも何人かおり、神妙な面持ちのヒロに何事かと全員が視線と意識を2人に向けていた。
「話を、しよう。大事な話だ」
「……話……?」
「私はこの屋敷で、ずっと君のことを嫌っていた」
「っ、う、うん。そう……だね」
ヒロはラウンジの椅子に座っているエマとテーブルを挟んだ対面のソファに腰掛けて、真っ直ぐ彼女を見据えて言葉を続ける。
「だが、エマ。君はきっと、なぜ自分が私からここまで嫌われているかをわかっていない」
「……うん。どうしてなのか、わからなかった。……その理由を、教えてくれる……の?」
おずおずと、刺激しないように。そんな問いかけをするエマに、ピクリと眉を跳ねさせたヒロが、少しばかり悲しげな声色で言う。
「────。その反応が答えだ、君は私が嫌う……いや、怒る理由を知らない。……いや、そもそも
「……覚えて、ない……?」
「きっとこれまでの私だったら、覚えていないことに怒りを覚え、これまで以上に君に敵意を──殺意を向けていてもおかしくなかっただろう」
「っ!」
物々しい発現に、さしもの周囲も空気をヒリつかせ、エマ自身も僅かに身構える。
「だが、まあ……幸か不幸か──不幸だな、間違いなく不幸なことに、私は……あのバカに絡まれ続けたおかげで君に殺意を向けることもなく、一周回って冷静に物事を考えることが出来ていた。むしろあのバカの方に殺意を向けていたのだがね」
「……り、リンネくんのこと?」
「そうだが」
「『そうだが』!?」
あんまりな発言にに思わずオウム返しするエマを前に、咳払いを挟んでからヒロが口を開く。
「ともあれ……今なら理解できる。エマが『なに』を、『なぜ』忘れてしまったのかも」
「ねえ、ヒロちゃん。お願い、教えて……ボクはいったい、何を忘れてしまっているの?」
「…………」
──エマが問い、ヒロは、重苦しく答える。
「私と君との間には、もう1人親友が居た。学校中から嫌われ、いじめを受けていた、不思議な少女が」
「親友……いじ、め……?」
「けれど、彼女は私たちが牢屋敷に来る少し前……私が留学先から帰ってくる前、突然自殺してこの世を去った。君は……そのことが辛かったあまりに、彼女のことを忘れて自分の心を守ろうとした」
「────!!」
重々しくそう言い放つヒロに、エマは驚く。しかし、問題はそれだけではなかった。
「──そして、彼女は以前、私にこう言った。『エマは大勢を傷つける魔女になる可能性がある』と」
「ボクが、魔女!? ……え、ちょっと待って? ここに来る前に、どうして
「……あのときはふざけた発言だと流したが、ここに連れてこられたことと、あの囚人が落としたこの
ヒロは懐から取り出した1枚の写真をテーブルに放ると、エマたちに表面を見せながら言う。
「──月代ユキ。そして、氷上メルル。この2人こそが、かつて牢屋敷に住んでいた魔女だったんだ」
そこに写っていたのは、銀髪を伸ばした少女が、幼いメルルに膝枕をしながら本を読んでいる光景。
「……あ、ぁ……ぁあ……!!」
銀髪の少女──月代ユキの顔を見て、エマは全てを思い出す。彼女が、ユキが、自身の目の前で、何度も何度も何度も何度もいじめられていた事を。
まるで
「…………ユキ、ちゃん……」
──エマは、その全てを、思い出した。
お気に入りと感想と高評価ください。
氷上メルル
・実は過去に大魔女によって保護され、魔女因子で人体を作り変える実験に使われた元人間であり、牢屋敷で500年間ずっと大魔女を待ち続けながら、現代で政府に選ばれ強制的に連れてこられた魔女候補たちに牢屋敷生活をさせていた黒幕。
魔女因子によって【人間型なれはて】にされているため、既に成っている以上は魔女化することがなく、なれはて同様に基本的には死ぬこともない。
原作1章4話および5話の犯人で、4話で自殺するつもりだったアリサに睡眠薬と称して
竜胆リンネ
・メルルと同じように大魔女から因子を与えられた、2〜300年前の時代を生きていた元人間。
流行病で村人が全滅した際、最後に亡くなる直前に因子を投与されて【人間型なれはて】になったが、全身を病に侵された病人の魔女化は初めてであったためか、目覚めるまでに1年の時間を要し、更には目覚めたリンネは記憶を失っていた。
病人の魔女化というイレギュラーが原因だからか、通常のなれはてとは違い『種族としての魔女』と同じで殺されれば普通に死ぬ。これまでのリンネが自身の魔女化に気づかなかったのは、自身が不死ではないことや記憶喪失に加えて、『(魔女因子により)魔女(化した囚人)は基本的には死なない』という初日に聞かされる情報に基づく状況を何度も見てきたため。