ちなみに余談その2ですが、仮にリンネが一人ずつ殺人を行い裁判をする場合は誰も勝てません。なぜなら【記録回帰】で証拠隠滅と犯人のでっち上げを勝つまで無限に繰り返すクソ戦法をかましてくるから。
ところでなぜまた1万文字を超えているんだい??
「ユキ、ちゃんが、魔女……」
「──そのとぉ〜りでごぉじゃいます」
残酷な真実にショックを受けるエマ。しかしその耳に、声と共に乾いた拍手の音が届く。
その場の全員が声のする方に顔を向けると、出入口付近にリンネが立っており、悠々とした動きで中に入ると意味深にニヤリと笑う。
「ようやく『気づいた』か……上がってきたようだな、俺たちの『ステージ』に……」
「リンネ、君は……知っていたのか!?」
「いやごめん聞き覚えある名前が出たから反応しただけ。ついさっき下に来たからなんの話ししてたのかとかなんも知らん」
「なのに黒幕みたいな言動を取ったのか???」
「ちょっと……ね。今テンション高くてね」
そう言って、リンネは眉をひそめるヒロから視線を外すと、左右に視線を向けてから後ろを向いて、目的の当人の首根っこを掴んで前に持ってくる。
「ぁぅぅ」
「はい逃げないでくださーい。こちら〜、牢屋敷の黒幕こと氷上メルルさんでーす」
「め、メルルちゃん……!」
「…………!! えっエマさん!!」
「はい!?」
リンネに持ち上げられた猫のようにぶらぶらと揺れていたメルルは、エマの手元にある写真を見るやいなや、一転して素早い動きで近づいてきた。
「その写真、返してください!!」
「え? あ、ああうん、ごめんね」
「待てエマ、返すな────」
鬼気迫る表情で慌てるメルルに、エマは反射的に持っていた写真を返す。ヒロの忠告よりも先に写真を取り返したメルルは、リンネの背後に回って写真が無事であることを確認してホッとしていた。
その写真を横から覗き込むリンネが、そこに写っている少女を見て、懐かしむように口を開く。
「はぁ……よかった」
「…………おー、マジで本人だ。本当にあいつが親らしいことをしてたんだな、意外だぜ」
「意外とはなんですか、大魔女様はご立派です!」
「飯に野菜を出すと文句言ってくるポンコツだぞ」
「…………大魔女様は繊細なんです!」
「どっちやね〜〜〜ん」
「──! リンネ!」
「おん?」
気心の知れたような軽い会話を聞いていたヒロが、リンネとメルルの前に来て問いかける。
「……君は、
「────。ンまぁ〜〜、そうだな。……そうだな、すまん、さっきも言ったけど俺自身テンション上がってて、色々とすっ飛ばしてた」
ヒロの警戒心と期待、困惑が混ざった顔を見て、リンネは自分でも驚くほどに逸っている気持ちを抑えるように深呼吸を挟む。
「──よし、はい注目! 今から全員で医務室に行くぞー。俺のこととメルルのこと、それに大魔女のことも話すとなると、怪我で動かせないシェリーのところに集まる必要があるだろうからなぁ」
「それは……わかったけど、時間はどうするんだい? そろそろ昼の自由時間が終わってしまうよ」
強く手を叩いて注目させながら言うリンネに、おずおずとミリアが小さく挙手しながら聞くと、写真を懐にしまい直したメルルが答える。
「だ、大丈夫です。運営権限で今日の時間ルールは一時的に停止してありますから」
「そう、なんだ……本当に黒幕、というか牢屋敷側の人間だったんだね、メルルちゃん……」
「…………ええ、まあ……はい」
ミリアからの視線に、メルルは気まずそうに声を落とす。それからシュンとしながらも、リンネのあとをついてくる形で、全員で医務室へと向かった。
──医務室の扉を数回ノックすると、中からなにかドッタンバッタンと大慌てしている音がする。
少し待ってから俺が代表で扉を開けると……中では何故か息を荒くしながら顔を赤くしているハンナと、何故か妙にツヤツヤしている、俺にボコられた怪我が目立つシェリーが居た。
まあ、まぁ〜〜〜まあまあまあ、セーフ……いやアウ……ぅ〜〜んセェ〜〜、ウト〜〜……?
「ンまあ……見逃してやるか」
「な、なななっななななにがですの!!??」
「も〜、リンネさん邪魔しないでくださいよー」
「シェリーさんシャラップ!」
「ウ゛オ゛ッ」
不満そうに文句を言うシェリーに、ハンナが脇腹に貫手をねじ込んで黙らせる。うわあ痛そう……それはそれとしてプロレスごっこは夜にやってくれ。
「こほん。それで? わたくしたちになんの用ですの? なにも、してない、わたくしたちに!?」
「もう語るに落ちてるから静かにしとけって。……ちょっとなぁ〜〜、真面目な話をしに来たんだよ」
「──真面目な話ですかぁ?」
俺がテンパりすぎてるハンナに言うと、座ったままの状態で前のめりに倒れていたシェリーが上体を起こして、俺──とメルルに視線を向けて言った。
「それって、
「なっ……!?」
さらりとそう言ってのけるシェリーに、メルルが驚愕して一歩後ずさる。
「……ふぅん? お前、よく分かったな」
「ンやぁ、簡単な推理ですよワトソンくん」
シェリーはニヤリと笑って指を立てるが、お前がホームズだとするとさっき助手にボコられたことになるけどいいのか……?
「私はさっきメルルさんに口の中を治して貰いました、が。そのときメルルさんはミスをしたんです。さっきリンネさんに顔面を殴られたときに折れた奥歯まで、綺麗さっぱり治してしまった」
「…………あ」
「メルルさんの魔法は軽傷を治せる程度の弱いモノ、なのにエナメル質・象牙質・セメント質の塊である歯を修復できてしまったということは、その理由は2つ。『魔女化が進んで強くなった』か、『元から魔女だった』かのどちらか」
メルルは自分の凡ミスを察して顔を青くする。……それにしてもシェリーのやつ、やっぱりヒントを与えすぎるとすぐ答えに辿り着くな……
「それで、メルルさんが魔女だとすると牢屋敷側の人間すなわち敵なのでは?」
「そ、そうですわよ! メルルさんは……裏切り者だったということでしょう!?」
「うう……すみません……」
「こら! メルルを虐めるんじゃありません!」
「広義の意味で虐めを受けていたのはわたくしたちの方だと思われますが!!?」
まあそうなんだけど。
しかし、一応の罪悪感みたいなものはちゃんとあるからこそメルルを説明の矢面に立たせると話が進まないため、仕方なく俺が仕切ることになる。
この場に俺以外の13人が集まっていることを確かめてから、俺は再度手を叩く。
「それはさておき、だ。全員集まったことだし、情報のすり合わせと行こう。とはいえあれもこれも聞かれても困るから、とりあえず順番にやろう。聞きたいことはあるか〜? はいアリサくん早かった!」
「いや手ぇ上げてねえんだけど……まあいい。ウチらが聞きてぇのは、まず大魔女についてだろ。月代ユキ……だったか? なんで氷上の親みてえなヤツが、桜庭と二階堂の親友だったんだよ」
「えっなにそれ」
「は?」
「え?」
「え?」
アリサと俺とメルルの頭に疑問符が浮かぶ。
……えっ、いや、えっ、なにそれ知らん。
「……あいつがエマとヒロの友達? ……いやまあ、あの後も現代で活動してたとなると人間と交流してるか。それにしたってお前らとぉ〜〜〜? ──ああそういうことか、学校の先生だった感じ?」
「いいや、中学からの同級生だが」
「……………………」
それはちょっと話が変わってくるなぁ……!!!
「歳の差を考えんかァ〜〜〜!! あいつとお前ら43回りくらい年齢違うじゃねえか!!??」
「私に言われても困る……いや本当に困るのだが、こちらとしてもユキが魔女だったことに驚いているし、諸々をまだ飲み込めていない」
「……だ、大魔女様が……ち、中学生……? 大魔女様が……?? 制服を着て、通学を……???」
「メルル、しっかりしろ! 俺もだいぶ参ってるから! 知りたくなかったよこんな情報!!」
目眩が起きたかのようにくらりとよろけるメルルを支えてシェリーの横のベッドに座らせる。そりゃつらいよな……! 育ての親が女子中学生コスプレで子供に混じって学校に通ってたなんて知らされたら、つらいに決まってるよな……!!
「……ところで、リンネ。貴様はなぜそんなにも月代ユキとやらに対して馴れ馴れしいのだ?」
「もしかしてリっくんって、普通の人間じゃないの? メルルちゃんみたいに魔女だったり?」
──と、ふとアンアンとノアが続いて問いかけてくる。というかノアはノアで勘が鋭すぎてほぼ答えに到達してるの怖いんだけど。
「……そうだな。んじゃまず時系列順に話すとするか。つっても話は今から500年前に遡るんだけど」
「え、なが。端折ってくんね?」
「…………」
「な、なんだよぉ」
俺にそう言ってくるココを見て、そういえばと思い出す。この世界線に来てからこいつと話したことそんなになかったな……ということに。
じゃあまた今度ね。色々終わったら、俺と一緒に『パペットリンリン』やろうね……! それでお前の配信乗っ取るからな……!
「お前、なんつうか存在感薄いよな」
「ンでディスってきたんだよこいつ!? ……そりゃ、あてぃしもあんたと話す理由自体が無かったし……男相手に話すことねーし、配信したかったし」
「ま、そういう時もある。……で、話を戻すけども」
──咳払いを挟んで、俺は語り始める。
「──今から500年前、この島にはたくさんの魔女が存在した。ユキは当時の最年少の魔女で、他の魔女たちと一緒に暮らしていたらしい……が、あるとき島に来た人間たちにユキ以外の魔女は皆殺しにされた」
「それは……どうしてなんだい?」
レイアの問いに、俺は首を振って返す。
「さあねぇ。当時の人間なんてもうとっくに寿命かなんかで死んでるし、生き残りのユキは当然ながら復讐しか頭にない。真相は闇の中だな」
「……なぜ魔女たちは反撃しなかったのかしら」
「魔女たちの間には、『人間を攻撃しない』っつう暗黙のルールがあったからだ。相当なお人好しだったのか人間を下等生物だとなめ腐ってたのかは知らんが、それで絶滅手前まで行くんだから世話ないぜ」
続くナノカの言葉に呆れ気味に言うと、メルルが俺を睨み口を開く
「っ、リンネさん! その発言は看過できませんよ」
「事実としてアホなんだよ魔女たちは。『人間を攻撃しない』なんて曖昧なルールで自分を縛って結果ユキ以外は全員死んだ。相手を殺さない程度に撃退する手段なんて幾らでもあるにも関わらず、自衛の手段としてすら魔法を使おうとしなかった。これがアホじゃなかったらなんなんだぁ? おぉん??」
「っ!」
「ぐうの音くらいは出せるか?」
「ぐ、ぐう……!」
「出せたじゃねえか……」
聞けてよかった……
「ちなみにユキに今みたいな詰め方をすると暫く不機嫌になったあとに5分くらい俺を川に沈めてくるから。お前はあんな大人になっちゃだめだぞ」
「えぇ…………」
あいつは当たり前のように俺の体を地面に埋めるし川に沈めるし山でクマ呼び出してけしかけてくるからな。まあ地面くらい余裕で抜け出せるし頑張れば6分は潜水できるしクマ程度なら逃げ切れるが。
ともあれ、お互いになんかもうユキのイメージ像を破壊し合う形になりつつも説明は続く。
「ン〜〜、で。最後の魔女になっちまったユキは、その後色々あって憎っくき人間だったはずのメルルを保護するんだけど……ちょっと長くなりすぎるんだよなぁ……さっきの要望通りに少し端折るとして──本当に要点と俺とメルルの正体に絞るけどいいか?」
「ああ……こちらも飲み込む時間が必要だからそうしてくれるとありがたい」
ヒロを筆頭に、俺の提案には頷いて返される。さわりの前にあらましを話さないとどんどん横にズレていくからな……ユキに畑耕させようとしたら地面に大穴空けやがったエピソードとか話されても困るだろ。
「ってわけ。おわかり?」
「…………。なるほど、同胞の死……メルルの保護と魔女化の実験……かつてリンネが暮らしていた村への来訪、村の壊滅、リンネの魔女化……そして私たちの友人として社会に溶け込んでいた──と」
「ざっくり纏めるとそんな感じだな」
ヒロが要点を纏めて口にすると、それから気まずそうに俺の横のベッドを見やる。
「……本来なら黒幕の存在に怒り心頭になるべきなのだろうが……」
「…………リンネさんが……大魔女様と……結婚……? 夫婦…………? 私を置いて出ていった大魔女様が……人間と…………結婚…………」
そこでは、うわ言のようにブツブツと呟きながら、育ての親がよそで人間の男を引っ掛けていた事実に脳を破壊されている娘がうつ伏せに倒れていた。
うわあ可哀想……すっごいかわいそ。
「──当の黒幕がこうなると流石に同情が勝る」
「くそっ、メルル! 誰にやられた!?」
「り、リンネさん……」
「まだ息があったか!」
「トドメを刺そうとするな」
まあ大丈夫だろ。それに、俺と違ってちゃんとした【なれはて】だから死なないし。
「ね、ねえリンネくん」
──などと茶番を挟んでいると、ふとエマが不安そうに問いかけてくる。
「結局、ボクたちって何をするのがゴールなの?」
「そうだな……黒幕だからってメルルを殺しても解決にはならんしな。問題はあくまでお前らの中にある魔女因子──ユキが埋め込んだ時限爆弾だ」
「そもそも、大魔女さんはなんのためにおじさんたちに因子を埋め込んだんだろう?」
「あー、人間への復讐に必要な手順とかなんとか言ってたけど……詳しいことは聞いてねーんだよなぁ。流石にそういう所では口を滑らせなかった」
「────。おそらく、ですが」
「お、復活した」
精神ダメージが復活したメルルが、自分の頭に【治癒】を当てながら起き上がる。こ、こいつ……脳破壊のダメージを無効化しようとしている……!
「大魔女様がやろうとしていることは、【魔女殺し】を使った人類の虐殺です」
「【魔女殺し】……ってのは?」
俺が問い返すと、メルルはなぜか疲れたような顔で言葉を続ける。なんでだろうなぁ不思議だ。
「大魔女様が持つ最も強力な魔法です。効果は文字通り、魔女を殺すことができる力。……どんな魔法を持っていようと、関係なく魔女を【殺す】ことができます。もし……大魔女様が、人類全体に因子を撒いている計画が本当だとしたら……」
「なるほど。因子を宿した人類=魔女と定義すれば、【魔女殺し】で皆殺しに出来るってことか」
「……かも、しれません。ただ、問題もあります」
メルルは考え込むように逡巡し、それから改めて口を開いた。
「……大魔女様が自殺してしまったのであれば、
「────。そうか、お前らの魔法は本来ならユキが持っている力、つまり因子と共にばら撒いた形で他人に分け与えている力なわけだ」
そして、よりにもよって元の持ち主であるユキは居なくなっている。じゃあ、今どこにあるんだ?
「【魔女殺し】はユキの切り札中の切り札であり、なおかつ復讐計画の要だ。言うなれば全世界に仕込んだ爆弾のスイッチ、なのにあいつは使う前に自殺した。……つまり、
「誰か……私の魔法は少なくとも【魔女殺し】ではないな。ここにいる全員の魔法も違うは────」
──ず、と続くはずだったヒロの言葉が途切れ、その視線がエマに注がれる。
「…………。もし、かして……ボク……?」
「……ユキは言っていた、『エマは大勢を傷つける魔女になる可能性がある』と。それが、【魔女殺し】を託した相手だからという意味だと仮定すれば、あの意味深な発言にも合点がいく」
「確かに、ボクはいまだに魔法が使えていない……けど、それじゃあ……ユキちゃんは、ボクに【魔女殺し】を使わせようとしてたってこと? ボクに……人類虐殺を、させようと……?」
エマはヒロの言葉に声を、体を震わせる。友人だと思っていた相手にそんなことを……ともなれば、そりゃあショックだろう。──だが。
「ンなわけあるかい」
俺からしたら、鼻で笑っちまう推測だ。
ありえないんだよ。あのアンポンタンが、曲がりなりにも友人だと思っているであろう相手に虐殺をやらせようなんて……
「ユキはな、自分のやろうとしたことをちゃんと分かってた。だからこそ迷ったんだ、メルルを保護して育てて、あの村で俺らに出会っちまって、それからエマとヒロに出会って。……自分の手で人類を虐殺するべきか、迷ったんだよ。だから、エマに託した」
「ボク、に……?」
「お前ほど優しい人間が、それでもなお人類虐殺を選ぶようであれば、それでいい。迷いに迷ったあいつは、きっとそう考えて【魔女殺し】を託した。……悪く言えば押し付けられたわけだがな」
「そっ、か。そう……だよね、ユキちゃんが、ボクに人殺しをやらせようとするわけがない。……やらせようとしているなら、それだけの理由がある」
──良くも悪くも、ユキは甘ちゃんなのだ。
俺と村で過ごしてたあの時よりも前……メルルを保護して育てていたという時点で、あいつは既に絆されかけていたわけだ。
それで終いにはエマとヒロに出会っちまったんだろ? もう無理だろ復讐なんて。
……それでもなお止まることが出来なくて、保険を託しつつ計画を進めることだけはきっちりやろうとして。それで友人の前でわざといじめられたり、自殺をしちまうんだからなぁ。バカだよなぁ……
「…………。『何をするのがゴールなのか』、か。そりゃもちろん、ユキの撒いた魔女因子を取り除くことだろうな」
「でも、大魔女は自殺してしまって、もう居ないのでしょう? いったいどうやって取り除くのかしら」
マーゴが目尻を細めて小首を傾げる。まあ、問題はそこだよな。とはいえ予想はしている。
「ユキは自殺して肉体を捨てたが、魂はまだ残っている……ってのが俺の考え。なぜならあいつ由来の因子がまだ残ってる理由がそれしか考えられないから。だとしたら、じゃあどこにあいつの魂があるのか……とすると、考えられるのは1つ」
「1つ?」
と、オウム返しするヒロを見てから、俺はエマとヒロの2人の周囲をぐるぐる回る。
「はいちょっと失礼〜〜〜」
「わっ、ど、どうしたの?」
「おいなんだ……ぐるぐるするな」
「エマ……じゃないな、ヒロ……ん〜〜〜??」
「おい、ちょっ、と、待て……顔を近づけるな!」
エマを確認。特になし。それならばとヒロに近づいて、気配を感じ取るための意識を集中。
人間に取り憑く……のは無いだろう、魂同士で反発し合うだろうしな。となると、考えられる憑依先は自ずと限られ────、
「居たァーーーーっ!!!」
「耳元で叫ぶなァーー!!」
思わず叫びながら、俺はヒロの服のポケットに後ろから覆い被さるように手を突っ込んで引っ張り出す。反射的な頭突きを食らいそうになって上体だけ反らして避けつつ、手の中に転がるそれを見る。
──そこにあったのは、赤い万年筆だった。
「それは、私の万年筆……」
「…………。………………。居るな、この中に」
「ユキちゃんが、ヒロちゃんの万年筆に!?」
おれが、手のひらに乗せてコロコロ転がす万年筆を、ヒロとエマが横から覗き込む。
「居る、けど……反応があまりにも微弱だ。寿命間近のゾウガメくらい弱々しい」
「例えが独特すぎる……」
「えっと、ユキちゃんが万年筆の中に居るとして、それでどうすればいいの?」
「ン〜〜〜ちょい待ち、よっこいしょ」
エマの疑問に答える前に、俺は背中に片手を回して、自分の上着とシャツの間に手を突っ込んで入れていたモノをずるりと取り出す。
それは、図書室でマーゴが暇潰しに解読を進めている辞書のような大型本だった。
「今どこから出した???」
「おいおいヒロ、俺の懐の広さは知ってるだろ?」
「………………………………。そうか」
「ヒロちゃんが諸々を死ぬ気で呑み込んだ……」
「それ、私が解読中の本よね?」
「そ〜だな。さっき上から戻るときについでに持ってきた。これに大魔女復活の手段があると思ってな、どうせなら全員集めてから読もうと思ったんだよ」
マーゴの言葉に返しつつ、テーブルを引っ張ってきて部屋の中央に置き、本を乗せてパラパラと捲る。
「うげぇ、つーかこれ何語?」
「魔女語だ」
「ほーん。リンネお前これ読めんのぉ?」
「昔の記憶を思い出したお陰で読めるぞ〜。村に居たときにユキが魔女語の文字で知識マウント取ってきてムカついたから、1週間で読み書き出来るようになったらなぜかドン引きされた覚えもある」
「……なんかこいつ……すげぇけどキモいな……両立すんのなこの感情って」
ココにまでドン引きされた。いや、だって仕方ないだろ……すんげぇナチュラルに『山奥暮らしの田舎者には計算はおろか読み書きも難しいですよね?』って言われたんだもん…………
あいつ本当にそんなんだから人間に絶滅されそうになったんだろ……としか言いようがないレベルで基本的に超絶上から目線だからな。
「んじゃ解読するか……ここじゃない、ここじゃない、これでもない……ここ……じゃないな、これか? ──これだ、大魔女復活の儀」
とかなんとか考えながらページを捲っていけば、魔女語で書かれた内容が流れていく。やがてあるページに目が留まり、そこにある内容を黙読する。
「リンネくん、何が書かれているの?」
これまで1人で解読を続けていたからこそ、マーゴが代表のようにそう聞いてくる。
「…………。────。…………」
「おい、竜胆?」
「……あー、あー。そうか。うん。
「……は?」
マーゴに続くアリサの声。それすらも気にならないほどの事実。本を閉じて、その近くに万年筆を置く。
「──結論だけ言おう、大魔女復活の儀を
「……っ! どういう、ことだ……!?」
焦るように声を荒らげるヒロに、俺は続ける。
「大魔女復活の儀を行うには、13人の魔女を用意する必要がある。では問題、どうやって?」
「……私たち全員を、魔女化させる……?」
「そう。お前たちを魔女化させればいい。既に魔女化しているメルルを除けば残り12人……だが、ここが一番のネックだ」
俺は全員を一瞥してから、ため息混じりに言う。
「──お前たちの精神の負荷が、バラバラすぎる。誰かを魔女化させられたとして、別の誰かを魔女化させている間に、先に魔女化させた方が時間切れで理性を失い、なれはてになってしまう可能性が高い」
「……そうか、今の私たちは……良くも悪くも事情を把握してしまっている。義務感での魔女化は、なおのこと時間が掛かってしまうだろうな」
ヒロが納得したようにそう言って苦い顔をする。──そう、この世界線では、全員生きている。なんだかんだと生活できている。そしてメルルが黒幕と判明して、大魔女の正体を知って……いざ大魔女復活の儀を行うには『みなさん、改めてトラウマえぐられて魔女化してください!』と来たもんだ。
無理だろ、どう考えても。
「そうねぇ、自分から魔女化をするとして、ストレスを掛けることが必要になるとはいえ……今の私はちょっと安定してるから無理そうねぇ♡」
「俺を見ながら言わんでくれ」
ねっとりした無駄に熱い視線を向けてくるマーゴから顔を逸らしつつ。ともあれ俺の言いたいことはすなわち『それ』なのだ。
「ならどうするのだ。わがはいたちを魔女化させるのが難しいのなら、結局、大魔女復活は事実上の不可能ではないか」
「落ち着けよアンアン。だから言ってるだろ、この世界線では……って」
「世界線…………」
アンアンが俺の言葉に考え込むようにうつむき、それから続く言葉に驚愕する。
「──俺の魔法で、過去に戻る。今のお前たちがある程度安定してしまっているのなら……安定していない頃のお前らを追い詰めればいい」
「そんな魔法を持っていたのか!?」
「言ってなかったっけ? ……そういやさっきの説明の時も言ってねえな、敵にバレると困るからクセで隠しちまってたわ。メンゴ」
口をあんぐりさせて呆れているアンアンを横目に、俺は口角を歪めて薄く笑う。
「しっかし……こんなところにうちの嫁さんが居たとはなぁ。灯台下暗しってやつだ、気付けるわけがねえよ。……こんな姿になってまで、お前はいったい何やってんだか────」
自虐気味に笑って、置いた万年筆に言う。そこで、ふと──ようやく思い出した。
あの日、俺が死ぬ寸前だったとき、あいつに何を言ったか。あいつが……なんて返したか。
死に際のうわ言に、あいつは……ユキは、本気だったのだ。だから計画を止めなかった。自殺して、万年筆に意識を移した。
全ては、いつか、俺がヒロたちと牢屋敷で出会うことを見越してのサブプランだったのだ。
「……ああ、そうだ。そうだな。約束したんだったな……だから、ずっと俺を待ってたのか」
「……リンネ?」
「────。よし! 思い立ったら即行動! ……今から魔法を使う、だから……いったんのお別れだ」
から元気を誤魔化すように、俺は力強くそう言って、決意が鈍る前に行動を開始する。
「ヒロ、説明は任せる。俺は……道具を取りに行ってくるから」
「…………。ああ、わかった」
「ヒロちゃん? ……ど、どういうこと?」
エマの困惑の声を尻目に、医務室から出ようとすると──不意に俺の背中に声がかけられる。
「リンネ!」
「……なんだ?」
「……また、会えるんだな?」
「────。もちろん」
「そうか。……なら、行け」
ヒロの問いかけに、俺は曖昧に、けれども答えれば。彼女はそれだけ言って、俺とエマたちを遮るように間に立っていた。
──外にある小屋、
丸暗記している暗証番号を打ち込んで開けば、中には幾つかの資料と、毒薬。儀礼剣、そして──6発装填のリボルバーが1丁。
「さて、と。……今ならやれるかね、
過去に戻り、関係の浅いあいつらを、一度に纏めて魔女化させる。それが最初で最後の計画。そのためには……俺が蓋をしている記憶と、ミリアの【入れ替わり】が必須になってくるだろう。
魔女化で魔法の能力が向上するのであれば、精神の交換というミリアの魔法を拡大させ、俺の持つ記憶をあいつらに共有させることも可能な筈だ。
──あらゆる世界線で、あらゆる殺し方を、殺され方をした記憶を叩き込み、強烈なストレスで一気に全員を魔女化させる。もはやこれしかないのだ。
「下手したら俺の脳が戻ると同時に物理的に破裂するかもしれんが……まあその時はその時だな」
カラカラと乾いた笑いをこぼしながら、俺はリボルバーにカチカチと弾丸を装填して撃鉄を起こす。それから口の中に銃口を突っ込んで、上顎に当てる。
「……ユキ、約束通り、お前を見つけたぞ」
その言葉を最期に、俺は引き金を引いた。
──ドンッ。
『……げほっ、ごほっ。ユキ、改めて考えてみたが、やっぱお前の計画ってわりとはた迷惑だよな』
『っ、リンネ……リンネ! 喋らないで! あと少しで……あなたの魔女化は完了します!』
『……全ての物事には、側面ってやつがあるんだ。人間が一方的に加害者なわけではないし、魔女が一方的に被害者なわけでもないんだぜ』
『──わかっ、てた。そんなこと、わかってたんです……私が愚かなだけだった……! でも、それでも……この感情を、理屈で抑えられなかった』
『……重要なのは、愛を以て、視点を変えることだ。そうすりゃあ……そう、すれば……ああ、時間さえ、機会さえ、あれば……お前に、教えてやれるんだ……人の心に優しさがあるって、証明してやれる、のに』
『リンネ、リンネ……! 意識を、保って! ……あなたにまで、死なれたら、私は……』
『…………ユキ。泣くなよ。じゃあ、仕方ないから、いつか会いに行くよ。復讐をやめられないでいるお前に、会いに行くから……もう泣くな』
『────そんなの、嘘でしょう?』
『……嘘なもんかよ。嘘な、もんか』
『……じゃあ、嘘じゃないのなら……』
『──いつか、私を見つけてください』
『……リンネ?』
『…………リンネ』
『【起きて】』
『リンネ、【起きて】。リンネ……』
『……あなたを愛しているんです。嘘じゃないんです。いつか、いつか、娘にも会わせたかったんです。なのに、なんで……起きてくれないんですか』
『…………』
『…………』
『……計画を、進めなければ…………』
お気に入りと感想と高評価ください。
竜胆リンネ
・仮にも妻である大魔女が中学生に混ざって学校に通っていた事実を知って苦悶の表情を浮かべている。
氷上メルル
・育ての親である大魔女が中学生に混ざって学校に通っていた事実を知って苦悶の表情を浮かべている。
月代ユキ
・自殺後に万年筆の中に意識を宿していたが、当時のリンネ(病人)の魔女化に因子を浪費しすぎたあまりに力を消耗していて外に干渉できないでいた。
リンネが居る本作において、エマがどの世界線でも魔法を使ったことがないのは、そもそも【魔女殺し】を覚醒させる