リンネが囚人13人魔女化RTAをするだけなので。
リンネ「おいメルルァ!お前の大好きな大魔女様ならなぁ、お前のことなんかほったらかして、村で俺と結婚していちゃいちゃラブラブしてたぞ!!」
メルメルメー「マ゜ッ゜(即死)!!??」
──目が覚める。
低い天井。俺は二段ベッドの上に寝かされていることに気づいて、早速と下に降りる。
──瞬間、俺の頭の中で尋常じゃない痛みが埋め尽くされて、視界にチカチカと星が明滅した。
「……っ、づぁ〜〜〜ぃいぃででででで」
例えるなら、頭の中の脳が膨らんでいくのに、頭蓋骨に阻まれているせいで、内側でパンパンになっていって圧迫されているような感覚。
全ての記憶を持ち越したことで、俺の脳みそが、物理的に破裂しそうになっているのだろう。
これが、俺が無意識に防衛本能で【記録回帰】する度に全てを忘れていた理由だ。数えるのもバカらしい回数の死と初日へのループで積み重なった俺の記憶は、人間1人の処理能力を大幅に超過している。
「──くっ、ぉおぉおおぉお……ッ」
頭の中で鉄球が暴れ回っているかのような激しい鈍痛が、心臓の鼓動に合わせたテンポでガンガンガンガンと響いている。これちょっと、シャレにならんかもしれん……!
「……ぁ、ぁっあの、だ、大丈夫ですか?」
「…………」
ベッドの上段から降りた俺が床にうずくまっていることを異常に感じたのか、
…………。
………………。
いや、違う、大丈夫だ、忘れてない。こいつはメルルだ、氷上メルル。
大魔女・月代ユキの娘にして、すっとぼけた態度の裏で牢屋敷を運営している側でもある黒幕。
500年前から今に至るまで、ただただ親との再会を夢に見ているだけの、普通の子供。
……大丈夫だ、ちゃんと覚えてる。
「っ、メルル……」
「!? ──ど、どうして、私の名前を」
「頭が、破裂しそうだ。とにかく1回俺に【治癒】を使ってくれ、考えがまとまらん」
「…………。わ、わかりました……」
訝しみながらも、メルルは俺の額に手を当てて──驚いた様子でバッと手を離す。
「熱っっっっっつ!? 高熱じゃないですか!?」
「も、問題ねえ。……時間が無いんだ、今すぐ、囚人全員を集めて、裁判を行わないといけない」
「……!! あなたは、いったい……?」
「──
「────」
魔法で軽く治された頭の不調を確かめながら立ち上がり、振り返る。メルルは俺の言葉に、目を丸くして小さな口を開けて驚いていた。
【あー、もしもし。聞こえてますかね。どうも、囚人の皆さん。私、ゴクチョーと申します。そちらは地下の牢屋でして、わけあって皆さんを捕らえさせていただいたのですがね。どうやらちょっと……問題が起きたようでしてね、はい】
牢屋内の壁に設置されたテレビモニター越しに、ゴクチョーと名乗る謎のフクロウが、言い訳するかのように言葉をまくし立てる。
【今から牢屋の鍵を開けます。皆さんの服に入れてあるスマホのマップを確認して、今すぐに、屋敷1階の裁判所まで来てください。当然ですが、外に出ようとしたら捕まえて無理やり連行するのであしからず】
その言葉を最後にモニターの映像が消え、直後に扉の鍵がガチャリと開けられる。それらの確認をしてから──二階堂ヒロは苛立たしげに眉をひそめた。
「……ふん」
何が何やら、という状況。目が覚めれば忌々しい同級生と同じ牢屋に放り込まれ、かと思えば解放するから裁判所に来いという指示。
ポケットに入っていたスマホを確認すれば、確かに裁判所が存在していたが、言われた通りにするべきかどうかで思案して、ヒロは横目で後ろを見やる。
「ひ、ヒロちゃん……どう、しよう?」
「…………」
──現状以上に自身を苛立たせる憎い存在と同じ狭い空間に居たくない。
ヒロの脳裏に過る選択肢が、彼女を牢屋から通路に身を出させる行動に移させる。
相部屋の住人──エマを無視して、警戒しながらも通路に躍り出れば、他の部屋に収容されていた少女たちもチラホラと同じように出てくる。
無意識に互いに顔を見合わせて困惑する表情を向け合う少女たちは、やがて──最奥の部屋から出てくる2人の男女に目を奪われた。
「──んごごごごご……やっぱきついにょ……」
「しっかりしてください〜〜っ」
「…………な、なんだ、あれは……」
男女──特に男の方を見て、その場のほぼ全員が驚愕に表情を歪める。なぜなら、シスターのような白い服装の少女に支えられながら部屋から出てきた男が、顔のあちこちから血を垂らしながら、ふらついた動きで壁に半身を押しつけるように歩いていたからだ。
「ぎゃああああ!? なんだこいつ!?」
「だ、大丈夫なんですのあなた……!?」
最奥から1つ手前の部屋から出てきた、猫耳カチューシャの少女とお嬢様風の少女が、男を見て驚いている。その光景を見て真っ先に動いたのは、長身で中性的な雰囲気の少女だった。
「大丈夫かい!?」
「…………あ゛〜、まぁ〜……あ、ちょうどいいや。お前、ちょっと肩貸してくれ、こいつに頼みたいことがあるけど1人になると俺が動けねえ」
「え? あ、ああ、構わない、よ……?」
白い少女から一度離れた男が、中性的な少女に支えられる。すると、男は白い少女に顔を向けた。
「助かる。メルル、今すぐ地下に行って金庫から儀礼剣と拳銃を取ってこい。トレデキムは要らねえ」
「……! そこまでわかっているということは、あの話は本当だったんですね。わかりました!」
白い少女──メルルは、短い指示に頷いてから清楚な見た目とは裏腹に大急ぎでその場から駆け出していく。支えながら会話を聞いていた中性的な少女は、困惑気味に問いかける。
「いま、物騒な単語が聞こえた気がするのだけど……というか、彼女とはどんな関係なんだい?」
「初対面だよ。まああいつはアレだ、俺らをここに閉じ込めた側の人間だから、言うなれば黒幕だな」
「なんだって……!!?」
「──!!」
肩を支えている少女の声に、ヒロもまた釣られて内心で驚愕する。
ヒロは2人の元に駆け寄ると、呼吸の荒い状態の男に声をかけた。
「今の話、どういうことだ」
「……キミもここに捕まっていたのかい?」
「そうだ。……その男がなぜそんなにボロボロなのかは知らないが、逆に我々の知らないことを知っている以上────さっきの白い少女と同じように、その男も黒幕側と見ることはできる」
「っ! 確かに、そうかもしれないが……少なくとも怪我人ではあるだろう、今はとにかく上に連れていくべきだ。話はその後でもできる」
少女がヒロに言うと、支えられている状態でなんとか立てている男が気だるげに口を開く。
「ン゛〜〜。お前らの疑問は全部あとで説明するから、とりあえず運んでもらえるか〜〜。こうして立ってるだけでどんどん体力削れててわりとマジで冗談言えないくらいキツいんだワぁ……」
「……いいだろう、裁判所で全てを話してもらう」
「話す元気があったらな」
男はヒロの言葉に口角を歪めるように笑う。それから男は、周囲から奇異の目を向けられながら上に連れていかれ、屋敷の玄関であろう位置を塞ぐ巨躯の怪物に睨まれながら──通路を通って裁判所に辿り着く。
「……っ、うぃー、あんがとさん。真ん中の台に座らせてくれ」
「ここでいいのかい?」
「っ……ふうーっ、ふぅ〜〜っ、ああ。あとは……お前ら〜、各自の囚人番号と同じ席に立て。メルルが戻ってきたら説明するから」
「……」
中央の台に腰掛けた男が、疲れたように息を吐きながらそう言って、ヒロたちを台を取り囲むように配置された席に移動するように促す。
各々が現状に流され渋々といった様子で番号順に立つと、そのタイミングで扉を蹴破る勢いでメルルが裁判所に入ってくる。
「リンネさんっ! 持ってきましたよ!」
「はいご苦労さん〜〜」
なぜか妙にテンションの高いメルル。彼女の手には、武器として使えるかも怪しい絢爛なデザインの剣と、反してそこにあるだけで物々しく威圧感を放つ凶器──リボルバー拳銃が握られていた。
「今回必須なのは儀礼剣だけだ」
「? じゃあ、こちらは?」
「それは
「?? は、はぁ……?」
2つの凶器を男に渡すメルルは、疑問符を浮かべながらもその表情には期待の色が強くある。
「──それで、これからどうやって大魔女様を喚び出すんですか!?」
「まあ待て、物事には順序ってやつがある」
拳銃をズボンのベルトに挟むように挿し、儀礼剣を杖代わりにしてふらつきながらも中央の台に立ち上がると、メルルからリンネと呼ばれた男は周囲の全員をぐるりと一瞥してから口を開いた。
「──今からお前たちには、魔女になってもらう」
「……魔女、だと?」
「ああそうだぜ、
「なにを、ふざけたことを……!」
耳から、鼻から、涙腺からポタポタと血を垂らすリンネの言葉にヒロは激昂する。
──魔女は私ではない、エマこそが魔女だ。
そう続けようとしたヒロは、ニヤリとした笑みを浮かべるリンネの一言に、動きを──思考を止めた。
「月代ユキ」
「────────。な、に」
「ヒロ、お静かに。お前はあとだ、最初のターゲットはもう決めてあるんでね。なあ?
「……? え? ……わ、私ですか!!?」
「お前以外に誰がおんねん」
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったらしいメルルが、リンネの言葉に一瞬困惑してから2度見するように驚愕する。
「メルル〜、大魔女に置いていかれた哀れな娘。500年もの間、育ての親を待ち続けた、巣立ちのし方を忘れた雛鳥。お前らがここにいるのは、ただ単純に、メルルが大魔女探しをするためだけの理由だ」
「……! あ、あなたは、いったい何者なんですか? どうしてそこまで……あなたは、何を、どこまで知ってるんですか!?」
「何を、どこまで?」
メルルの悲鳴に近い荒らげた声に、リンネは台座の上に立ち、冷たく見下ろしながら、短く返した。
「──全部だよ」
「……っ!?」
「それじゃあやろうか、最初で最後の魔女裁判を」
──死屍累々、と表現するに相応しいほどに、裁判所内は苦痛と苦悶の声に溢れていた。
なぜなら魔女化して強力になったミリアの【入れ替わり】によって、全員が俺の持ち込んだ未来の記憶を大量に流し込まれたからだ。あ〜かわいそ。
でも俺は困ってないし、なんなら容量削減できて脳みそスッキリしてるから別にいいかなって……
ともあれ、13人全員の魔女化は完了した。親を待つ娘に魔女ではなく改造された人間である事実を突きつけ、目立ちたがりにもう注目されないことを突きつけ、暴力を愛と誤認している子に偽りの愛の言葉を伝え──と。手を替え品を替え、俺はメルルたちに思いつく限りのトラウマをえぐる発言をぶちまけた。
──ちょっと言い過ぎた結果6回くらいミスって手元の銃で十数秒前に短期間の【
「ヒロ、万年筆を出せ!」
「ぐ、お、ぉ……あとで、覚えておけ、リンネ……」
「くそっ……ヒロ! 誰にやられた!?」
「君だが……????」
顔に目が増え、頭に角が生え、髪の一部が蛇に変化している異形──魔女化したヒロが、頭痛に耐えながらポケットから万年筆を取り出す。
それに合わせて、俺は台座の中心で儀礼剣を掲げながら口を開く。
「……なんか良い感じの呪文とか要るんかなこれ」
「せめて決めてから戻ってこい!!!」
「うおおおなんとかなれーーーーっ!!」
ヒロの怒号を聞きながら、とにかく気合を入れて儀礼剣を上に持ち上げる。
────と。
「……なんだ?」
そんな言葉と共に、ヒロの手元の万年筆から、目には見えない
『それ』は裁判所の中央──処刑台の中心で止まり、続けて処刑台からごぽりと、血のような、ワインのような、深い色合いの紅い液体が溢れ出す。
「うおっ、と」
咄嗟に台から降りるが、液体の動きは留まることを知らず、どんどんと量を増していき、やがて裁判所を埋め尽くす勢いで足腰を浸していく。
「……リンネくん、不味いんじゃないかしら」
「もしかしたらあいつに許されてなくてこのまま俺らを溺死させるつもりだったら面白いな」
「全然面白くないですわよ!!??」
焦るマーゴに言葉を返すと、ハンナが声を荒らげる。さてどうしたもんか、と内心でちょっとばかり焦っていると────胸元まで迫っていた液体が、重力に逆らうかのように逆流し、全てが処刑台へと収束していき、やがて大きな塊を形成した。
「おい、竜胆……なんなんだよ、これ」
「今回の世界線は俺も初見の世界だからなんもわからん。もう朝からぜーんぶアドリブだから」
いつでも【発火】できるようにと緩く手を開いているアリサにそう言いつつ、念のためにと逆手に持っている儀礼剣を握る手に力を入れていたとき──眼前でピシリと塊に亀裂が走る。
「っ」
塊には均一に、線のような亀裂が駆け抜け、やがて『それ』は、花開くようにして正体を顕にする。『それ』は、紅い液体に反した白。『それ』は、幼い少女。『それ』は────白と銀の中間のような、儚い色合いの、長い髪を揺らしていた。
「────」
「…………ユ、キ」
俺の口が、気づけば勝手に名前を呼んでいた。少女は、白色は────、月代ユキは。問いかけに反応するようにして、閉じていたまぶたをゆっくりと開き、視界に俺を捉えて愉快そうに目尻を細める。
「──どうしました? 感動の再会に打ち震え、大泣きしながら抱きしめてくれてもいいんですよ?」
「……バーカ。何回ここの生活を繰り返したと思ってんだ、精神年齢でいうならお前より遥かに歳上なんだぞ。泣くわけねぇだろ」
「そうですか。残念ですね」
「それに────」
「ん?」
台からふわりと降りるユキ。さらりと当たり前みたく、最近も顔を合わせていたような軽快な会話を区切り、俺は体ごと横にズレる。
「そういうのは娘にやってもらえ」
「──大魔女様ぁぁぁぁぁ!!!!」
「ウ゛ッ゛」
俺が立っていた位置をすり抜けて、ロケットもといメルルがユキにタックルを食らわせる。頭が腹に突き刺さる勢いで突撃されながらも、ユキはなんとか倒れずにメルルを受け止めた。
「大魔女様っ、ずっと……ずっと、待ってたんですよ……ずっと……帰ってきてほしかった!」
「ええ、ええ。ごめんなさい、メルル。待たせて……いえ、置いていってしまって。つらい思いをさせると思って、残すべきだと判断した私が間違っていました。──大丈夫、これからは一緒です」
「っ、ぅ、ぁあぁああぁ! うぁああぁぁあぁ! 大魔女様! 大魔女様っ……あぁぁあぁうぁあ!」
膝をついて腹に顔をうずめ、ボロボロと大粒の涙をこぼすメルルの声が響く。
ユキは勢いのあまりにフードが外れたメルルの頭を優しく撫でながら、そのまま俺を見て言う。
「──ここが、私を……大魔女をこの世から消し去る、最後のチャンスですよ?」
「あ? いや、ちゃんと守りますけども」
「…………。そうですか」
ユキの言いたいことは、わかる。大魔女は、言ってしまえば全世界規模のテロリストだ。因子をばら撒き、全人類に感染させ、【魔女殺し】で絶滅させようとした。未遂とはいえ、その罪は重い。
──
「……ユキ」
「ユキ、ちゃん」
「ヒロ。……あなたには、大変なことをしましたね。エマにも、酷い思いをさせてしまいました」
「全くだ。君が私の部屋で自殺などしなければこんなことにはならなかったのだからな」
「え、こいつヒロの部屋で死んでたの?」
「……ああ」
「そうですが?」
「『そうですが』!!??」
苦々しい顔のヒロに対して、あっけらかんと肯定するユキに思わずオウム返ししてしまう。
そりゃ……そりゃ、ヒロも自殺がトラウマになるわけだよ……! 留学から帰ってきたら自分の部屋で親友が自殺してたらトラウマにもなるよ!?
「……やっぱこいつ始末するべきか……?」
「リンネ、一度言ったことは曲げないでください」
「決意がガタガタ揺れまくってるからこんなことになってるようなアホがよく言うぜ」
「…………」
俺の些細な一言に、ユキの目元がすーっと細まる。あ、これ不機嫌になったあとに俺を魔法でボコろうとしてくるときの顔だ。
……あれ? 今さらだけど現代風に言ったら完全にDV嫁じゃんこいつ!!
「ま、詳しい話は別の部屋でやろうぜ。みんなこの裁判で疲れてるし」
「半分以上はリンネくんのせいだと思う……」
「俺が何をしたって言うんだい!!」
「ミリアちゃんの魔法を利用してボクたちに大量の記憶を流し込んできたよね???」
「アレは必要な処置だからノーカンだろ」
「…………2人とも、似た者同士だよね」
「俺とユキが? それは……どうかと思う」
エマにチクチク言われながら、全員を集めてぞろぞろと裁判所から出ようとする。──が、背後からか細い助けを求める声が届く。
「あの、リンネ?」
「ナンスカ」
「メルルを剥がしてください」
「うう……大魔女様ぁ……!」
「…………。ウーン」
「いえ『ウーン』ではなく」
振り返れば、ユキは背後からメルルにしがみつかれて身動きが取れなくされていた。
「俺としては、親子の感動の再会を邪魔するべきではないと思ってるわけでさあ」
「リンネ? ちょっと?」
「大魔女様……離れないでください……! いえ、もう離しません……!」
「メルル? 私が悪かったので離してくださいメルル? 段々力が強くなってきていますよメルル?」
エマたちに先に出てもらいつつ、俺は最後尾で裁判所から出ていく。その背後では、ユキがメルルに吊り天井固めされながら悲鳴を上げていた。
「じゃ、俺ら食堂に居るから……」
「リンネ、助け────あ゛あ゛あ゛〜〜〜!!」
おー、楽しそ。
──食堂で淹れた紅茶を全員に出して一息つくと、ミリアがふと問いかけてくる。
「……落ち着いて考えると、リンネくんってとんでもない回数、牢屋敷生活を繰り返していたんだよね」
「そうだな」
「どれくらい、とか覚えてるの?」
「いんや? ……例えば、お前らの頭の中に思いつく限りの大きな数字を思い浮かべるとするだろ?」
「う、うん」
「その横に0を1つ追加したくらいの回数死んでる」
俺がさらりと言えば、その場の全員が絶句する。しかし話を聞いて、シェリーが疑問符を浮かべた。
「あれ? そもそもの話なんですけど」
「どうした?」
「いえ、リンネさんの魔法……【記録回帰】はヒロさんの【死に戻り】よりは融通が利きそうな魔法ですが、ならなぜユキさんは当時その魔法を使わなかったんでしょう?」
…………。まあ……あ〜、あー、確かに。
「──それは単純な話ですよ、橘シェリー。リンネの魔法は私の与えた魔法ではないからです」
「ようやく戻ってきたか」
「お陰様で」
シェリーへの問いは、満足気にしがみつくメルルを連れて食堂に入ってきたユキが代わりに答える。どことなく疲れているが、いったい何があったんだ……俺には見当もつかない。
「といいますと?」
「リンネの【記録回帰】は、私の因子とリンネの体内の病魔が食い合ったことで変異した特殊なモノなのでしょう。少なくとも、私の持つ魔法にこんな変な魔法はありませんよ」
「そうなんですか?」
「そもそもの話ですよ、こうも便利な魔法があったら、とっくに人類は滅んでます」
「…………」
「…………」
「…………」
「おや、大魔女ジョークですよ」
俺もエマもヒロも、さしものシェリーもユキのニヤリとした笑みと共に放たれる言葉に固まる。……まあそうだよな、薄々わかってたから頭の片隅に追いやってたけど、俺の【記録回帰】ってどう考えてもユキから貰った魔法ではないんだよな。
「魔法とはすなわち【呪い】、あるいは【祝福】、あるいは──【願望】です」
「……願望、ねぇ」
「最初から『◯◯の魔法が詰まった因子』を埋め込むわけではありません。母親の視線を向けさせたい想いから、【視線誘導】の魔法を得たように。両親へのワガママが【洗脳】の魔法を開花させたように。因子を持ち、素質のある者が、心の内からの願いを叶えるために、最も近しい魔法を得る。それだけです」
ユキは手を触れずにふわりとティーポットを【浮遊】させ、空中でカップに【液体操作】で注ぎ、手元に引き寄せて一口飲む。
「……そういや、もう俺らの中にある因子は回収しちまったのか?」
「ええ。もう計画も終わりですしね、エマたちと世界中の因子は回収してあります。ただ──」
「ただ?」
ユキはカップとポットを魔法で遠隔操作してテーブルに置くと、俺とメルルと通路の外を順に指差してから更に口を開いた。
「あなたとメルルの因子は回収していません。それと、屋敷内外をうろついているのと地下に冷凍保存されてるなれはての因子はまだ回収していません」
「……俺たちのは、ってのはなんでだ?」
「簡単な話ですよ、メルルはこれまでの囚人に恨まれてるでしょうから、今後を考えると不死性を失ったら不味いかもしれない。そして、なれはての因子を奪えば人間に戻せますが……しばらくは昏睡するでしょう。大量の元人間を寝かせる場所がありません」
「ああ、そうか。で、俺のは?」
淡々と説明するユキは、最後に俺を見上げて微笑を浮かべながら視線を逸らす。
「病人のあなたから因子を回収したら、そのまま死んじゃうので」
「…………。あ、そうなの?」
「私の因子は、体内の病気を食い尽くしたわけではありません。なんというか、包み込んで無害化させているようなイメージです。なのでリンネの体から因子を回収したら、またぐちゃぐちゃになって死にます」
「……それは、まあ、困るな。俺も別に死にたいわけじゃないしなぁ」
──それに、【記録回帰】は便利な魔法だ。使えなくなったらそれはそれで困る。
「というわけなので、現状、この世界に魔女は私を含めて3人……ということですね。絶滅危惧種です」
「あの、大魔女様? 魔女は普通の生き物みたいに魔女を増やすことは出来ないんですか?」
「どうでしょう。他の魔女たちだったら何か知っていたかもしれませんが、私はそういった方法を知りません。……案外、普通の生殖で増える可能性はありますが、
「…………。当時の竜胆と夫婦だったくせにそういう経験ねーのかよ」
ボソリと呟くアリサ。ユキは一瞬ピシリと固まってから、首をぐりんと曲げてアリサに迫った。
「いけませんか? あのときは偽装夫婦だったんですから仕方ないじゃないですか。いけませんか? 私がリンネと生殖したことがなかったらいけませんか?? 言ってみなさい紫藤アリサ。言ってみなさい」
「わ、悪かったから真顔で迫るな!!!」
「……まったく。これから忙しくなるという時に、変な話をしないでください。────リンネ」
「おん?」
「あのフクロウ……ゴクチョーはどこですか」
「え? ああ、そういやどこいったあいつ」
ため息をついてから、ユキは俺にそう聞いてくる。そういえばと周囲を見回せば、あの喋るフクロウことゴクチョーは姿を消していた。
「……やれやれ、逃げましたね。まあ、まだ島のどこかには居るでしょう。私が居ない間に戻ってくるでしょうから、その時に話をする──として。さ、リンネ。早速行きますよ」
「もう少し前後に文脈を付けてくれると助かる。『どこ』に、『なにを』しにだよ?」
呆れながら問いかければ、ユキは視線を斜めに上げて逡巡してから改めて口を開く。
「それはもちろん……政府に、『和平交渉』を
「お前がしに行くんじゃねえのかよ」
「はて……? なぜ、私がしに行かなければならないのでしょう。向こうにも探られたら困る傷が脛に幾つもあるんですから、『お互いにこれ以上潰し合うのはやめましょう』と提案されるべきは私ですよ?」
そうかな……そうかも……
「そういうわけなので、私とリンネで、あなた方とメルル、これまでの冷凍保存されてきた囚人たち、なれはてたち。全員の今後の安全と人権が保証されるように、言質を引き出してこようと思います」
「…………。あ〜、そりゃ俺が必須なわけだ。……手伝ってやるけど、なるべく回数は減らせよ?」
「努力します。たぶん、おそらく、きっと」
ギギギ、とぎこちない笑みを浮かべるユキに、俺は深いため息をつく。そりゃそーだ。こんなコミュニケーション能力が壊滅してる大魔女様が、人間と交渉なんかできるわけがない。
俺が適宜【
「それでは、なるべく早く帰ってきます。お土産に期待しておいてください」
「長くても1週間で帰る。メルル、地下倉庫の食料でなんとか食い繋いどいてくれ。あとゴクチョーが居たら『逃げたらユキが絞め上げる』って脅しといて」
「は、はいっ」
──果たして、俺の戦いは終わった……と見せかけて、あともう1戦あったわけだが。ともあれ、魔女因子問題は解決し、ユキを取り戻し、長く長く、永い永い牢屋敷ループ生活は終わりを迎えた。
もう、ユキは復讐しなくていい。
もう、メルルは囚人たちを苦しめなくていい。
もう、エマたちは殺し合わなくていい。
ようやく『これから』を考えることが出来るようになって、肩に伸し掛かっていた重苦しい荷物を下ろせて、俺は少しだけホッとしている。
──そんな事を考えながら、俺は、ハンナ以上の精度で操るユキの【浮遊】によって、魔女島を離れて海上を高速飛行させられているのだった。
あの……頼むから速度落としてください…………風圧が……風圧がものすごいんですけど……!!
お気に入りと感想と高評価ください。
・次回、最終回。
竜胆リンネ
・ちなみにこれまでの裁判では、初日にヒロが死んでいたことで彼女の席を使って議論していた。
なお、初日に戻る際に記憶を失っていた頃のリンネが『15歳の青年』のような記憶や振る舞いをしていたのは、無数のループで無意識に積み上げた知識や経験を元に、脳が架空の人生をでっち上げていたから。
月代ユキ
・魔女たちを殺した人間への恨み、メルルとの生活、リンネへの愛、村の壊滅、ヒロとエマとの交流などで恨みつらみと情緒をぐちゃぐちゃにしながら復讐計画を実行する寸前まで来ていた真の元凶。
原作の最終裁判は大魔女ユキの人類虐殺を止めるために裁こうとしたヒロの行動だったが、本作ではあくまでリンネがユキと再会することをゴールとしているため、復活後の最終裁判は中断される形で終わった。
政府
・えっここに来る?大魔女が??マジ???
えっもう来てるの!!!???
ドアの前に居るの!!!???