「──ただいま戻りましたよ」
「…………モドッタゾ〜〜〜」
「お帰りなさい、大魔女様、リンネさん!」
「ウ゛ッ゛」
事前に連絡を入れておいたからか、早朝の帰宅にも関わらず、屋敷の玄関にメルルが立っていた。
俺たちの姿を見て駆け寄ってきたメルルはユキにロケットのように飛び込み、ユキはユキで因子を回収したお陰で使える【怪力】でなんとか踏ん張る。
「……リンネさん」
「ん?」
「ん!」
「ん??」
メルルがユキに抱きつき……というか体格差で抱きしめている状態で、俺を見て片腕を伸ばす。……あー、あ〜、はいはいはい。
「ほい、ただいま。メルル」
「ん〜〜〜っ♡」
俺がユキごと纏めてメルルを抱きしめれば、彼女は満足そうな声を上げる。
まあ、ユキが復活したその日にいったん別れて、そのまま宣言通りに1週間待たせたわけだからな。
……「お帰り」と「ただいま」って、言いたかったし、言われたかったんだよな。
「メルル、満足しましたか?」
「はいっ! ……それで、えっと、後ろの大量の荷物はいったい……?」
「まず最初にそこに目が行くと思うんだけどな。ンまぁアレよ、資材やら食料やらをね」
メルルが俺たちから離れて、背後でふよふよ浮いている巨大な荷物群を見て口角をひくつかせる。大量の荷物がユキの【浮遊】で操られ、牢屋敷の出入口付近に積まれていくのを横目に、俺は口を開く。
「とりあえず和平交渉の件とか今後のことを話したいから、あいつら起こしてきてくれ」
「は、はいっ!」
「あいよろしく〜。……さて、ユキ」
「なんでしょう」
メルルが屋内に駆けていくのを見届けてから、俺は指だけを近くの木の陰に向けた。
「そこ」
「おや」
【げっ】
隠れていたゴクチョーを見つけた俺の指を辿り、視線と同時に手のひらを向けたユキ。
その直後、瞬間的にゴクチョーの体が【引き寄せ】られ、彼女の手のひら十数センチ前の位置で止まると、【念動力】でギリギリギリと絞め上げられる。
【おごごごごご】
「残念でしたね、
ねじって水気を絞ってるときの雑巾みたいになっていくゴクチョー。
ユキはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら、ねじれていくゴクチョーに語る。
「この世界はリンネが観測している『今現在』と『それより以前』しかありません。そして、リンネを殺し切れるのは【魔女殺し】のみ。仮に科学技術産のトレデキムを飲ませたところで、意味は無い」
【むぎょぶぶぶぶぶ……そ、それで、私をどうするつもりです? 殺して終わりにしますか……?】
「まさか、私以上に優しい人物は居ないとされているこのユキちゃんが、あなたのような小動物ごときを殺すわけないじゃないですか」
「言葉の節々から
というかお前より優しい人物なんてごまんと居るしそれこそ5万と居るが……???
──って口に出すと、俺の首から下を地面に埋めようとしてくるから黙っておく。
「私に返ってきた【魔女殺し】できっちりトドメを刺してもよいのですがね、使えるものは喋るフクロウでも使えと昔からよく言いますし……どうでしょう? 今後も牢屋敷運営のワンオペを頑張っていただくというのは。ねえ? やってくれますよね?」
【それ拒否権が無いじゃな──むべべべべべ】
「え、なんですって?」
【いや拒否権が無いでしょうそれ。私にも人権……いえフクロウ権というものがおぼぼぼぼぼ】
「え、なんですって?」
「ひでぇ」
絞って、ちょっと緩めて、絞って、ちょっと緩めて、を繰り返すユキ。ゴクチョーは何度も雑巾のようにねじられて、やがて息も絶え絶えで頷いた。
【わ、わかりましたよ……】
「わかればよいのです」
【んごごごごご!?】
「おっと、流れでつい」
「ひ、ひでぇ……」
最後にもうひと捻りしてから、ようやくユキはゴクチョーを解放する。慌ただしく木の枝に留まると、ゴクチョーは翼で額の汗を拭うような動作をしてから服装を正しながら言う。
【やれやれ、面倒くさい上司から解放されたと思ったら、お次はパワハラ社長ですか。勘弁してくださいよまったく……】
「そういう事を言われてしまうと、明日から1日1回雑巾絞りハラスメントをしたくなってしまいますね」
【…………。やれやれ】
逃げるように飛び去るゴクチョーを尻目に、ユキが俺に振り返りニコリと笑う。
「……では、あの子たちに報告をしましょうか」
「はいよ。……あー疲れた、俺あの施設に行ってから交渉成立までに
「数えた限りでは176回ですね」
「あ゛〜〜〜、魔法使えてよかった」
生きてるって素晴らし〜〜〜、とか考えながら、俺は朝食の材料と器材やらだけを持って2人で屋敷に入っていくのだった。
「えーっと、どこから話せばいいんだ。……おえらいさんとの和平交渉に向かった施設に地下研究施設があって、調査しに忍び込んだらレーザートラップに細切れにされた所からか?」
「誰がバイオの話をしろっつったよ???」
食堂で用意した朝食──大量のサンドイッチと粉末スープ、大量のおにぎりとインスタント味噌汁のいずれかを食している少女たち。
俺がお湯で溶かすタイプの簡単なコーヒーを啜りながら言うと、ココがサンドイッチを口に放り込みながら突っ込んできた。
「いや、なんか通らないといけない通路に入ったら閉じ込められて『ビャ〜〜〜!』ってレーザーが横切ってきたんだもん……4回目までは避けたけど、5回目で網目状になったせいで避けきれなくてさ」
「そこの話をしろとは言ってねえよ!!」
「で、3回【
俺は一息置いてから話を続ける。
「──和平交渉の件だが、端的に言えば話は終わった。国の方で誘拐されたお前らを家に帰すように話を通したし、元魔女候補だろうがきちんと人権を保障し、なおかつなれはてと冷凍保存されている歴代の魔女候補たちにも、社会に戻れるように今後対応するようにしてくれるとさ」
「本当ですのーーっ!?」
「じゃあ、帰れるんだな、ウチら……」
ハンナが声を荒らげ、アリサがマスクの奥でホッと息を吐く。それらを見てから、少し考えてヒロが悩むように重々しく口を開いた。
「……どうやって、交渉を終えたんだ?」
「ん?」
「言ってはなんだが、女子学生の誘拐と監禁、殺人事件の誘発と裁判、魔女化と冷凍保存による封印……それらを行い黙認している組織が、なぜ大魔女との和平交渉を受け入れられたんだ?」
「そこはまあ……ほら、俺が潜入した地下も無関係じゃなくてさ」
「アレ関係あったんかい!?」
ココの鋭いツッコミ。こいつ配信者やるよりボケと組んで芸人やる方が向いてるんじゃねえかな。
「時に話は変わるんだけどさぁ、メルル」
「はいっ!?」
「お前が政府からトレデキムを送られたとき、それは
「…………。はい、送られてきた時点で完成品でしたよ。それがいったいどうし────」
改めて考えて、メルルは気がつく。
「えっ、あれ、うそ……そういえば……どうして、魔女に効く毒薬を、効くとわかっている毒薬を、送ってくることができたんですか……?」
「…………。
察したようで顔を青くするメルルに続いて、俺の問いの意味を理解したレイアとシェリーが言う。
「ちょっと待つんだ、それってつまり……」
「政府側も、魔女候補を利用して実験してたってことですかね? ……よくよく考えてみれば、違和感はあったんですよねー。牢屋敷に送られてくる魔女候補ってだいたい12人前後じゃないですかぁ? でも魔女候補たりうる15歳前後の女性なんて、この現代社会に最低でもウン千万人は居るわけですよ」
顎に指を添えて、シェリーは続ける。
「ユキさんは全人類に魔女因子を感染させた。そしてユキさんがばら撒いた因子に宿る魔法の数が、たかだか十数個だけなわけがない。では、ほぼ毎年現れるであろう無数の魔女候補はどこへ行ったのか?」
シェリーの推察に、ヒロが続く。
「……12人前後の魔女候補を選出してメルルの元に送り、残りは政府が殺処分……ということか」
「だと思いますよー」
「……しかし、わがはいたちのような歳の子供を毎年毎年、日本各地あるいは世界各地で誘拐して殺していたとなると、もっと世間が騒ぐのではないか」
話を聞いていたアンアンがごもっともな疑問を口にすると、近くに座っていたミリアがコーヒーを入れたカップをテーブルに置いて言葉を返す。
「そうでもないよアンアンちゃん、日本だけでも年間の行方不明者数は8万人を超えるし、10代の行方不明者も意外と多いんだよ」
「む。……そうなのか」
「でもおじさんたちって、ほら、ニュースで『誰々さんが行方不明になりました』って聞いてもあんまり気にしないでしょ? 結局は、他人事だからさ」
「まあ、そうだな。……なるほど、わがはいたちも『大多数のうちの1人』に過ぎないわけか」
「……話を戻そう、それでリンネはいったい地下の研究施設とやらで何を見たんだ?」
ミリアとアンアンの会話を遮るように、ヒロが改めて俺に問いかけてくる。
……ン〜〜〜、参ったな。
「そこはまぁ、ほら。ねぇ?
「────。君がそう答えるほどのモノか」
「やめとこうぜ? せっかく和平交渉が終わったんだ。確執をぶり返すべきじゃあない」
「そうか。…………そうか」
そう、知らない方がいい。
政府主導で魔女……不死身の【なれはて】をあの手この手で殺せないかと試行錯誤していた痕跡があったことなんて知らない方がいい。
──地下の一角に、膨大な数の死体が保管されていたことなど、知らない方がいい。
などと内心でげんなりしていると、俺の膝に座って呑気に紅茶を飲んでいるユキが口を開いた。
「さて、政府との和平交渉の件でしたか。いやはや、アレは面白かったですね」
「アレを面白いと形容できるのお前だけだぞ」
「和平交渉とは言いましたが、結局のところ、相手方が如何にして失言をするかの耐久戦でしたからね。政府側の傷をチクチクつついていけば必然的にこちらが勝てる勝負でした」
「ユキが要らんこと言うたびに俺は即座に【記録回帰】を使わなきゃいけなかったんですがね」
くつくつと喉を鳴らすように笑うユキだが、こいつは俺の苦労を理解しているのだろうか。
コミュニケーション能力が壊滅してるこいつが迂闊なことを言うたびに、俺がいったい何回自分の頭を撃ち抜いてやったと思っているんだ。
「ほら、政府側も、魔女因子の検査が出来るということは、
「……ま、擁護するなら、そもそも悪いのはぜ〜んぶこいつだからな。国もしたくないことをやらされていたようなもんだし、俺らもメルルも政府も、全員ユキの被害者みてーなもんだ」
「うににににに」
後ろから手を回してユキの頬をむにょ〜んと伸ばしながら言って、俺は更に続ける。
「だが、政府はそのことをバラされるわけにはいかない。国そのものが魔女への対処という大義名分で人間の殺処分を行なっていたと知られれば、国は『国』であるからこそ担保されていた信用を失い、国民は国民同士で文字通りの魔女狩りを行い始めちまう」
「……双方に非があるとは、なんとも頭の痛い話だな。それで、君たちが何をしてきたかはわかったが、これから私たちはどうすればいいんだ?」
少しだけ額を手で覆っていたヒロが問いかける。これから、これから……か。
「そりゃもちろん、お前らは帰れるさ。ただ、今すぐにってのは無理だ。向こうも世界中から因子が綺麗さっぱり消えちまったことで色々とごたついてるし、なによりお前らにゃ先ず検査が待ってる」
一通りユキの頬を伸ばし終えた俺に、ヒロの横に座っていたエマが口を開く。
「検査、って?」
「もうお前らの体には因子が無い、無い以上は魔女じゃない、家に帰すことになったが念のための最終確認をしたい。っつうわけで、このあと何日かしたらヘリが来るから、俺とメルルを除いたお前ら12人には数人ずつ乗り込んで病院に検査しに行ってもらう」
「マジ? あてぃしらもう家に帰れんの!?」
「まあな。ただ、『こっちにヘリ降ろして何人か乗せて日本に帰って病院に送って検査して解放されて、そこからまたヘリが島に来て〜』って流れだから、早くても5日〜1週間おきの作業になるぞ。向こうの俺らに回すリソースも無限じゃねえからな」
身を乗り出すココと、ついでに全員に聞こえるようにそう言えば、皆が『帰れる』という事実に浮足立って空気が明るくなる。
──と。
「ちょっといいかしらぁ」
「どしたぁ、マーゴ」
そこに、ひらひらとテーブルに肘をついたまま手を振るマーゴが注目を集める。
「お願いがあるのよぉ、最初に検査で島から出るメンバーは、私とノアちゃん、それとアンアンちゃんの3人に行かせてほしいの」
「ンまぁそこはお前らの自由だが……いちおう理由は聞かせてもらえるか?」
俺がそう聞けば、マーゴは薄く笑みを浮かべて言葉を続けた。
「実はね、私たち、牢屋敷に残ろうかと思ってるのよ。……今後の因子を回収して人戻るであろうなれはての介護をメルルちゃんに任せっきりになるのも悪いし、なにより……帰る気もあまりないから」
「あ〜、お前って詐欺師だもんな」
「オマケに帰る家も待ってる家族も居ない。ここで暮らすのに関しては適任でしょう?」
「ン〜〜〜〜返しづらいんだけど〜〜?」
ニッコリと笑って言う話じゃねえだろ。
「……そりゃわかったが、ノアとアンアンはなんでここに残るつもりなんだ?」
「のあとアンアンちゃんは、こっちの方が居心地が良いからかなぁ〜」
「わがはいもノアも、社会を生きるのに向いていない。……良くも悪くも、ここが向いているのだ」
「────。ま、お前らがどう生きるかはお前らが決めることだし好きにすりゃいいさ。ここでの選択が今生の別れに繋がるわけでもなし」
ノアとアンアンも、理由はちゃんとあるようだ。その内容の良し悪しを俺が判断する権利は無いし、帰りたい奴は帰ればいいし、残りたい奴は残ればいい。
「……その順番やら帰る帰らないやらは、ゆっくり決めりゃいいさ。なにも今日か明日にヘリが来るわけでもないからな、ただケンカはすんなよ」
俺がそう締めくくると、ユキがちょいちょいと腕をつついてから見上げてくる。……なんだ、どっか行きたいのか?
「……? リンネさん、大魔女様。どこかに行かれるのですか?」
「少し散歩をしたくなったのです」
「俺は付き添い。野良なれはてもうろついてるし、念のためな」
「私が負ける前提で心配するのはやめませんか」
視線で短く会話をしてから、ひょいと膝から降りて食堂から離れるユキについて行って、俺はそんな会話を最後に外へと出る。
……なんというか、まあ、な。ユキも薄々察しているんだろう、一段落ついて、この場の全員が集まれる機会が最後になりつつある状況を。
──リンネとユキが牢屋敷の外を歩く。花畑のある空間に足を向けて、2人は歩きながら言う。
「エマとヒロはよい友人です。私のような奇妙な存在にも手を差し伸べてくれた」
「そうらしいな」
「遠野ハンナは令嬢に憧れながらも貧しい生活を送り、けれども魂に光を宿している。橘シェリーはどうやら、その光に強く惹かれているようですね」
「ああ」
風が吹き、髪が揺れる。リンネは歩いていて気がつく、足取りが軽いことに。
「蓮見レイアも、佐伯ミリアも、宝生マーゴも、黒部ナノカも。紫藤アリサも佐渡ココも、夏目アンアンも、城ケ崎ノアも、メルルも。……この世界を生きて、誰かと過ごし、時には傷つけ、それでも愛し、この世界を回していく」
ユキは風に揺れる花を見て、それからリンネを見上げると、まぶしそうに目尻を細める。
「政府と繋がりのあるメルルがまだ生きていることこそが、人間も捨てたものではないと思わせる証拠だった。……500年前のあの日、私の仲間を殺した人間をタカ派とするなら、メルルを殺さない選択をしている政府はどちらかといえばハト派。──種族で善悪を決めるべきではなく、必要なのは、赦すことだった」
ユキは、ようやく気づけたのだろう。一息に言った彼女に、リンネもまた間を置いて口を開く。
「あの大魔女様が、随分と丸くなったもんだな」
「ふ、ふ。誰のせいでこうなったんでしょう」
「俺のせいだって言いたいんですかぁ〜〜?」
「違うんですか〜?」
「…………」
「…………」
──ある男はかつて言った。
「全ての物事には側面がある」と。
──ある男はかつて言った。
「愛を以て見方を変えることが大事だ」と。
──ある男はかつて言った。
「人の心に優しさはあると、証明してみせる」と。
「──月代ユキ、俺は証明できたか?」
長い時間の果てに、復讐を忘れた魔女。彼女と再会した男は、小さく幼く愛しい魔女に言った。
「どうだ? 俺は、お前は、あの子たちは、この世界は。赦しに、慈しみに、愛に──祝福に満ちている」
「ええ、ええ。花丸満点を差し上げましょう。あなたたちは見事、私に証明してみせました。──人間たちの心にも、醜いなりに、優しさが宿っていると」
「……見て、聞いて、知ったわけだ。あとは、ほら、これから一緒に……もっと経験していこうぜ」
「────。ふふ、あなたは本当に私のことが大好きですね。……仕方がないから、付き合ってあげます」
男は魔女を見下ろして、魔女は男を見上げる。島の仲間を失った魔女と、村の家族を失った男は、数百年ぶりの懐かしいような笑みを向け合う。
──それから少しして、花畑の中で。果たして屈んだ影と背伸びした影が、1つに重なっていた。
『完結』
お気に入りと感想と高評価ください。
本作完結後リンネ&ヒロを放り込むまのむら編を書く日が来れば、そのときにお会いしましょう。
それと、『メインの方』で11月スタート予定の新シリーズもよろしくお願いします。(ダイマ)