魔法少年ノ記録回帰 作:濃縮還元トレデキム
二階堂ヒロが暴走により看守に殺され、早速と人数が1人減ったのも束の間。
「……っ!」
緩慢な動きで死体を片付けている看守を前に、耐えきれなくなったとばかりに1人──紫藤アリサがその場から離れようと駆け出す。すると看守が、それを見てぎゅるんと動きを切り替える。
おそらくその行動が『逃亡を図っている』と判断されたのだろう、看守はアリサめがけて大鎌を振りかぶり、直撃コースに入るように振り抜く──直前。
割り込むように駆け出していた俺が、咄嗟にアリサを小脇に抱えて前に跳び、姿勢を変えて急ブレーキ代わりに壁に背中からぶつかり彼女を庇う。
「なっ、おめぇ……!?」
「ぐえっ、勢い強すぎた……!」
鎌を振り抜いた看守は、俺と庇われたアリサをじっと見てくる。ビクリと反応するアリサが俺に抱えられたまま震え、遅れて間に入ったレイアがレイピアを抜けるようにしながら声を荒らげた。
「よせ、彼女はルールを破っていない!」
そう、アリサは屋敷から逃亡したかったのではない。死体のあるこの部屋から離れたかっただけ。
レイアに睨まれた看守もそれを理解したのか、追撃などはしてこず、死体の処理を再開した。
しばらくして看守に片付けられた死体も無くなり、その場には血の臭いが充満している。殆どの連中が顔を青ざめさせているのを余所に、レイピアから手を離したレイアが注目を集めるように言う。
「皆、聞いてくれ! 私たちは共同生活をしなければならなくなったらしい。それがいつまで続くかはわからないが、今は従っておこう。知り合ったばかりだけれど、私は君たちを守りたいと思っている」
そう言ってから、レイアは俺……というか抱えられてぶらんぶらんしてるアリサを見て続ける。
「先ほどのヒロくんのような暴走や、アリサくんのような行動は全員に危険が及ぶ。今後は勝手な行動を慎んでほしい、いいかな」
「……チッ」
さしものアリサもそう言われては反論できないのか、噛み付くことはなかった。
その後は各自のポケットにスマホが入っていたことを知ったり、片手間で魔女図鑑なるアプリで規則やマップなどを確認して、ひとまず自由時間が終わるタイミングだからと解散することになる。
そうして全員でラウンジから出ていこうとした時、直ぐ傍から苛立たしげな声がしてきた。
「……おい、いい加減下ろせよ」
「あ、忘れてた」
「チッ、なんなんだよおめぇは」
「なんなんだろうな。俺もわからん」
「はぁ??」
さっきはヒロを見殺しにして、今回はアリサを助けた。その理由なんて、俺にもわからん。……いや、罪悪感か。2度も見殺しにするのは、そんなもん、俺が殺したのとなんら変わらないのだから。
「さっきもさぁ、ヒロのやつを全力で止めていれば、殺されずに済んでたかもしれないだろ」
「あァ? ……あんなもん、止められねえだろ。二階堂、急に暴れ出したんだぞ」
「────。かもなぁ」
皆が見ていたのは、火かき棒で看守をボコボコにし始めたヒロの凶行のみ。
止めに入らなかったら死ぬと分かっていながら脇に避けた俺の愚行には気付いていない。
……せめてこれ以上の犠牲者は出したくないと思っている愚かな俺を、ヒロはどう思うだろうか。怒るか、呆れるか、はたまた。
「ま、さっきのヒロの急な暴走という前例があったから、お前のことは助けられたんだ。ある意味お前はあいつに助けられたわけだな」
「……ふん。おめぇに、だろ、竜胆」
「…………。ふーん?」
「チッ。まあ、礼は言っておくぜ」
「はあ、さいですか」
そう言いながら、俺はアリサの腰に腕を回す形で小脇に抱えたまま、丸太でも運ぶように持ち上げた状態で地下に降りていく。
階段を降りている途中、アリサは一拍置いてから改めて俺に怒声を向ける。
「おい、ウチを下ろせっつってんだろ」
「いやぁ、ねえ? まだお礼言われてないし」
「はァ? さっき言っただろ」
「いやいやいや。言われてないね。『礼は言っておくぜ』は『お礼』ではないよね?」
「……屁理屈だろ」
「?? ニホンゴムツカチイネ」
「…………。………………。チッッッ!!」
アリサは逡巡を挟み、歯ぎしりしてから強く舌打ちをすると、渋々といった様子で、俺にギリギリ聞こえるかどうかくらいの声量で言う。
「…………さっきは助かった」
「う〜〜ん、まあ、良しとしよう。はい下ろしますよー、気をつけてくださーい」
「おめえ、ノリが少し、あの……橘? とかいうエセ探偵みてぇだぞ」
「その橘と同室という事実に耐えられるかな?」
「…………勘弁しろよ……」
めちゃくちゃ嫌そうなのおもしろ。
ともあれ、俺に下ろされたアリサは自分の足で立ち上がり、足早に自室に戻ろうと前を歩く。最後にその背中に、ひと言だけ伝えておいた。
「危ないことはすんなよー、折角助けた命なんだから無駄にされたら俺もイヤだし」
「……暫くは、大人しくしといてやる」
「ほんとかぁ??」
「っせーな」
まだまだトゲのある、しかし少しばかり柔らかくなった軽口を聞きながら、俺は地下最奥の部屋に戻る。すると、扉の前にはメルルが立っていた。
「あれ、まだ中入ってなかったのか」
「! リンネさんっ、そろそろ自由時間外になっちゃいますよ!」
「俺を待ってたのか? なんか悪いな」
俺の姿を確認してホッとしたように扉を開けるメルルについて行って、中へと入る。扉を閉めた数秒後に、カチリと鍵が掛かる音がした。
「これであとは夕方まで待機か」
「です、ね……。あの、リンネさんは、このあと何かしますか?」
「やることもないから少し仮眠取るかな。自室でうるさくするのはルール違反らしいし」
「わかりました。私も静かにしてますね」
「おう。…………あっそうだ」
二段ベッドの上段に上がってから、俺は下のベッドの縁に腰を下ろしたメルルに言う。
「メルル、わかってると思うけど、ここで生活する以上はえっちなのはダメだぞ」
「え゜」
「俺たちはまだ知り合ったばかりだからな。そういうのはな、早いからな」
それだけ言って、俺はまぶたを閉じた。
「え゛。……? ……?? …………!? わ、私が言われる側なんですかぁ!!??」
──なぜか赤くした頬を膨れさせてるご機嫌ナナメのメルル、略してナナメルルを連れて食堂に向かうと、既に何人かの少女たちが居る。
「……むう」
「機嫌直せよ、あとで寝るタイミングで今度はそっちが俺に言っていいから」
「私が言いたかったセリフを取られたから怒ってるわけではなくてですね…………」
食堂の片隅にある料理……料理……? の置かれた所に配置されているトレーに皿を乗せて、そこに……料理……?? をべちゃべちゃと盛っていく。
「いいですか? あんまり……え、えっち、とか、そういうことを言ったらダメなんですよ?」
「確かに。俺は言うより言われたい」
「もうっ」
会話の流れで不機嫌さはやや薄れたメルルが、俺に習って
「さっき部屋でラクガキに勤しんでたノアを除けば全員集まってるな」
「あとで、ノアさんの分を持っていきましょうか」
「んだな。……あ、エマの方にグループが出来てるぞ、あっち行ってきたらどうだ」
「リンネさんはどこに座りますか?」
「俺は別にどこでも。……あの辺が
「わかりました、ではまたあとで」
ふっと微笑するメルルと離れて、俺は食堂の料理が陳列された方とは真逆の隅に座る。
そこには2人──アリサとマーゴが対角線上に座って無言で料理をつついていた。
「相席いいか? イイヨ! ありがとう」
「おい、まだなんも言ってねえぞ」
「私は構わないわよぉ?」
「ありがとう、紫藤アリサ。ありがとう、宝生マーゴ。俺は……幸せ者だ……」
「あらあら♡」
「大袈裟すぎんだろ」
トレーを置いてから、アリサの隣でありマーゴの対面に位置する席にストンと座り、俺も早速と料理をスプーンで掬って食べる。ウオッ……控えめに言っても鰻のゼリー寄せの方がまだ美味い……
「大袈裟なもんかよ。これでお前らから『お前はなんかウゼーから別のとこに座れよボケ』とか言われたら……ちょっとツラい」
「……流石にそこまでは言わねえよ」
「『そこまでは』????」
「まあまあ。──それにしても、リンネくん。あなたって不思議な存在よねぇ?」
「俺の、どこが〜〜〜っ!?!?」
「全体的に、かしら」
「全体的にだろ」
美味いとも不味いとも言えない、ゼリーのようでプリンのような、辛いような渋いような変な味の物体を食べながら、俺はマーゴの言葉を聞く。
「まず当然の疑問として、あなたは唯一の男性魔女候補。それにあなたって、テンションが高いわりには、最低限の一線は引いてるように
「どうすんだぁ? これで俺の心臓が実はめっちゃくちゃバクバクしてたら」
「そうだったらぁ、聞いてみようかしら♡ 私の耳を、あなたの胸に当てて、直接。ね?」
「む……!」
「キモい会話してんじゃねえよ。『む……!』じゃねえんだよ。飯食え飯」
妖艶に微笑み、目尻と口角を歪めるマーゴ。まあ確かに俺の頭がどっか他人事みたいに冷静に物事を見ているのは、俺自身気持ち悪さを感じている。
横で呆れながら食事しているアリサは、そう言いながらも謎料理を掻き込むように口に運んでいる。味が変だから栄養のためだけにとにかく胃に運びたい、という心情が言われずとも分かった。
しかし、なんというか。普段はマスクで口許を隠してる奴が外してるのを見るのは新鮮だな。
「……? ンだよ」
「別にぃ。……にしてもこの料理……料理と呼んでいいかは不明だけど、なんでこんな見た目と味なんだかな。あの看守が作ってるとかか?」
「仮にそうだとしたら、あの手のような何かで包丁やらフライパンやらを掴んで、せっせと動いたりしてるのかしら? なんだか愛嬌があるわね」
「愛嬌より噛み応えのある食い物と塩と胡椒が欲しいね、俺としては」
「それについては同意だな」
カラン、と空になった皿にスプーンを放りながら、アリサが同意してくる。
「ンまぁ最悪の場合は俺が昆虫を捕まえてくるとして、真面目な話だけど、ほどよく固いもん噛んで顎を動かさないと体に悪いからなぁ」
「ああ……よく言うよな、人間ってのは口で飯食えなくなった時が終わりの時だって」
「ふふ。そんな悩みが出るくらい長生きできるかどうかは、分からないわけだけれどねぇ」
「…………」
「…………」
なんでそんなこと言うの……!! 思わず俺とアリサで顔合わせて絶句しちゃったじゃん。
「そこはお互い、長生きを目標に生き延びる努力をしようぜ、って話だろ?」
「難しいんじゃないかしら。だってほら、ほんの数時間前に、もう早速1人死んじゃったじゃない。ここはそういう空間なのよぉ?」
「……まあな。ウチらは特に、次第に誰かを殺したくなっちまうらしいし」
食事を終えてマスクで口を隠しながら、アリサは自虐気味に言うと、トレーを手に席を立つ。
「ウチは部屋に戻る。騒がしいのは嫌いだ」
「いま俺の悪口言った?」
「自覚あるのねぇ」
「3割はな。残りはあいつらだけどよ」
「ん? ……なにやってんだあいつら」
ちら、と視線を向けた先を辿れば、別の席で何かを話しているメルルたちのグループのうち、金髪ツインテールの……ハンナ、だったかが、何やら気合を入れてプルプルしながらちょっとだけ浮いていた。
「そういや、お前らって魔法使えるんだったっけ。メルルもエマの傷を治してたし」
「ああ。ウチのは見せる気はねぇけどな」
「そうねぇ。私も使えるけれど……ところで、あなたも勿論使えるのよねぇ?」
「さあ? わからん。だってここに連れてこられるまで魔女の存在すら知らんかったし」
アリサが立ち去るのを見届けつつ、俺とマーゴが会話を交わす。魔女に、魔法ねぇ。
治療に浮遊……あとはなんだろうな──とか考えていると、不意にアリサのルームメイトこと橘シェリーがリンゴを握ったかと思えば、シェリーはさほど力んだ様子もなくさらっとリンゴを握り潰す。
「あの怪力も魔法なのか?」
「たぶん、そうでしょうね」
「…………。ウーーーーン」
「……どうかした? リンネくん」
「いや、なんつうか、シェリーのあの怪力を見てると妙な胸騒ぎがしてくるというか」
なんだ……? 俺の中の何かが、シェリーの魔法を異様に警戒している気がする。
「確かにそうね、あの細腕であの怪力。うっかり強く握られただけで骨が折れそうだわ」
「そぉ〜、うだな。人間砲弾にされちまう」
「えらく具体的で物騒な発想ねぇ」
「…………? 確かに。なんでだ……?」
「さぁ〜、なんでかしらねぇ?」
互いに鏡合わせのように小首を傾げる。何が楽しいのか俺の顔を見てニヤニヤと妖しく微笑むマーゴと顔を見合わせて数秒の間を置いてから、その間に割り込むように2人の少女が向かってきた。
「やあ、少しいいかな!」
「ん?」
「あら」
「ど、どうも〜……」
それは中性的な少女とボリューミーな金髪の少女のコンビ。片方はなんかリーダーシップを前面に出してきていた奴──蓮見レイアで、もう片方は内気そうだった……佐伯ミリア、だったか?
「いやあ、改めて唯一の男性であるリンネくんと話をしてみたくてね。相席いいかい?」
「俺は構わんけど。マーゴは?」
「私もいいわよぉ?」
「だそうだ」
「ありがとう、失礼するよ!」
「失礼しま〜す……」
レイアに便乗してミリアも並んでおずおず座ると、俺から見て左にミリア、真ん中にレイア、右にマーゴといった並びになる。
…………?? なんで3対1なの???
おかしくない? 俺の方にマーゴが移って2対2で座るとかやりようはあったよね??
「え、なに、面接?」
「なにがだい?」
「……まあいいや。で、なんだ?」
「ふふ、そうだね。ではまず……志望動機を教えてくれるかな」
「やっぱり面接じゃねえか」
「はははっ、冗談だよ」
机に両肘を突いて手に顎を乗せながらふざけるレイアのボケに返しつつ、少しばかり真剣な顔をしてから話題を切り替える。
「──君は、ここの事をどう考えている?」
突然の質問。
なるほど、リーダーシップを発揮しているだけあって、敵を知ろうとしているらしい。
「漠然としてんなぁ。……そうだな、まず大前提として、恐らくだがゴクチョー側──屋敷陣営の人間が、俺達の中に入り込んでいるだろうな」
「なっ……私たちの中に裏切り者が紛れ込んでいると言いたいのかい!?」
「声を抑えな、レイア。別に俺がお前らを疑ってるとかそういう話じゃあねぇぞ? 可能性が高い、という話だ。まだ確実とは言えない」
「つまり、どういうこと?」
ミリアが続いてそう問いかけてきて、俺も少し考えを脳裏で纏めてから口を開く。
「周りを見てみろ。不思議に思わないか? なんで、
「それは……確かに。なんでだろう?」
「まあどっかに監視カメラを埋め込んでるとかはあり得るだろうが、それでもゴクチョーはおろか看守すら俺らの周りに居ない理由として、考えられるのは仮定でも2つだけある」
「なにかしら。ぜひ、教えてもらえる?」
ずい、と前のめりになるミリアに続いてマーゴも興味津々とばかりに体を前に倒す。こちらも片肘を突いて顔を近づけながら、更に言った。
「屋敷陣営の人間が、看守の攻撃に巻き込まれたら向こうが困るからだ。例えばヒロのように看守に攻撃を加える奴がこれまでにも居たとする、そして看守も反撃をするように指示されている。そのとき、もしも、近くに屋敷陣営の人間が居たら?」
「……そっか、あっち側にとっての味方を巻き込むわけにはいかないから、近くにあっち側の味方が居たら、なんらかの指示を優先して看守の反撃が中断されるかもしれない。そうすると、
「おじ? ……まあ、そういうことだ」
なんか急にとんでもない一人称がミリアから飛んできた気がするけど、それは一旦置いておく。
「あとは、そうだな。俺たちは魔女候補、いずれ魔女化が進行するのが確定しているなら……その原因はストレスなどが由来しているだろうし、看守を各部屋に配置してないのはそれが理由かもな」
「なるほどねぇ。看守がそこかしこに居て私たちを見張っていたら、それが原因のストレスで簡単に魔女化する子は出てきちゃいそう」
「うへぇ、確かに。あんなのが部屋の隅でじ〜っと見てきてたら、小心者のおじさんなんて2日で魔女になっちゃうよぉ……」
げんなりとしながらテーブルに突っ伏すミリアを一瞥しながら、俺はレイアに向き直る。
「俺の考えはこんなもんだな」
「……なるほど、なるほど」
考えるように頷くと、レイアはにこやかな笑みを浮かべて朗らかに言葉を返した。
「うんうん、よかった。どうやらリンネくんは私の考えと同じ結論に至ったんだね!」
「ほう。レイアも俺と同じ意見なのか」
「ああ、私も不思議だったんだ。ヒロくんを殺し、アリサくんに鎌を振るったあの看守が、なぜか我々を監視していないことが……ね」
相変わらず演技ぶった振る舞いと物言いだが、俺はどうやら勘違いをしていたらしい。
正直に言って、レイアからはリーダーぶりたいだけのアホっぽさを感じていた。しかしそれは俺の思い違いだったようだ。まさかそんな、ただの目立ちたがりのアホだなんてそんなわけないもんな!
つまりレイアは、リーダー足りうる慧眼を持っていたということだ。流石だァ……
「時に、話は変わるんだけどね。リンネくんから見て、我々の中に知っている人物は混じっていたりするかい? エマくんとヒロくんは知り合いだったようだから、他にも居るかもしれないだろう?」
と、話を切り替えたレイアにそう問われて、俺はそれとなく周囲を見回す。部屋に戻ったアリサと部屋から出てきていないノア、死んだヒロを除けば、今ここには全員集まっている……のだが。
「おん? ……う〜〜〜ん。
「────。なんだって?」
「悪いが俺が知ってるやつは誰も居ないな。エマとヒロだけ偶然だったんだろ」
「────」
一転。にこやかなレイアの顔が、笑みのまま固まる。両サイドではミリアが顔を手で覆い、マーゴは相変わらずニヤニヤと楽しそうにニヤけていた。
「……あ、そぉ〜うそう! レイアちゃん、ね! 実は色んなとこで活躍してるんだよね! おじさんもテレビで見たことあってビックリしたんだ〜」
「へえ。──マジで知らん、なんかごめん」
「────。そう、か……」
「……んんんおおおん……!!」
遂にはミリアは小さく呻きながら額をテーブルにゴンとぶつけて脱力した。いや、だって、俺ほんとにレイアのこと知らないんだもん……
「────。じゃあ、私は……ラウンジに居るよ……騒がしくして悪かったね…………」
「おう。んじゃあな」
とかなんとか話していると、レイアはどんよりとした雰囲気で食堂から出ていった。残ったミリアとマーゴは、俺を見て目尻を細めながら口を開く。
「──で、あれはなに、俺が悪いの?」
「う〜ん……そぉ〜、う、かなぁ〜? 流石にアレはねぇ〜……あんな面と向かって『知らない』はダメかなぁ。おじさん的にはマイナスだよぉ」
「そんなこと言われたって……」
そもそも記憶が正しければ、俺んちにはテレビ自体が無いのだ。ついでに言えばあったとしてもニュース番組のお天気コーナーくらいしか見ない。
「ああいう時はね、お世辞の『さしすせそ』だよリンネくん。とりあえず『さすが~、しらなかった〜、すご〜い、せやな〜、そ〜なんだ〜』を使い分けておけばだいたいなんとかなるから!」
「そうねぇ。見たことなくても興味が無くても、本人の目の前では知ってる風に装って、その場ではファンだったことにしておくのが無難よぉ?」
「お前らはお前らで結構酷いこと言ってるけどその自覚はあるのか……??」
少なくとも悪気は無さそうなミリアはともかくマーゴのそれは明らかに悪意あるだろ。
……はぁ〜〜。こいつらと会話するのめちゃくちゃ疲れるな、それにそろそろ、ノアの分の食事を持っていってやった方がいいか。
「さて、俺もそろそろおさらばするわ」
「あら。何か用事でも?」
「ここでお前らとお喋りしてるのもいいけど、下の自室から出てきてない娘っ子に飯を持っていってやらないとな。ほら、ノアって奴が居ただろ、ラウンジの家具を弄ってた白髪のチビが」
「そういえば見てなかったね。あの子、まだ下に居るんだ。それでご飯を持っていってあげる……にしても、食べるかな、あんな見た目のやつ」
ちら、とミリアが見やるのは食堂隅にビュッフェコーナーみたいに並んだ謎料理の数々。
「食わないで腹空かせるよりマシだろうよ」
「それもそっか……おじさんの舌には合わないやつばかりだったけど……」
うげ〜、と嫌そうな顔をするミリアに苦笑しつつ、俺は席を立つ。すると、背中越しにマーゴが不意に質問を投げかけてきた。
「ねぇ、リンネくん」
「ん?」
「さっきの仮定、合っていない部分も、結構あるんじゃないかしら?」
「…………。ま、そうだな」
「へっ? そ、そうなの??」
食べ終えた食器を乗せたトレーを片手に、俺はマーゴに言葉を返す。
「普通に考えて、『屋敷側の人間にも同じ対応をする』ように指示を出しておけばある程度は誤魔化せるし、なにより──」
俺はそこで区切ってから一度振り返り、2人の席の間に顔を近づけて小さい声量で言う。
「──ゴクチョーはあくまで『殺人事件が起こること』、を面倒がっていた。……逆に言えば、俺たちの魔女化は面倒ではないらしい。気をつけろよ」
他の連中には聞かれないようにそう告げて、俺は別のトレーと皿に交換してそこに料理を入れていく。そうした作業をしていると、横合いからひょこりとメルルが顔を覗かせてきてビックリした。
「うおう」
「ぴっ! ご、ごご、ごめんなさいっ」
「なんだメルル、おかわりか?」
「い、いえ……1杯食べれば十分です」
首をぶんぶんと横に振るメルルは、俺が新しく入れ直してるのを見て納得したように続ける。
「ノアさんの所に持っていくんですね」
「ああ」
「そうですか……ところでリンネさん」
「ん?」
皿に料理を盛ったトレーを持ち上げる俺に、メルルは身長差ゆえに下から見上げる形で、けれども確かに俺の瞳を
「──先ほど、レイアさんたちと、いったい何を話していたんですか?」
「あ〜〜。猥談」
「…………。はい?」
「この中で胸がデカい順に並べるとしたら、俺の胸筋もバストサイズに含めて判断するべきかどうかっていう議論を交わしてただけだ」
「え……、っ、っ!?」
「ま、そういうわけだから。俺は一足先に下に行ってるぜ〜っと」
ボンッと顔を真っ赤にするメルルを尻目に、俺はトレーを持って食堂を出る。
……先に言っておくが、俺は別に好きでメルルにセクハラしているわけではない。ごめん嘘、ちょっと反応が面白いと思ってやってる節はある。
というのも、俺はメルルの事を敵側だと疑っているのだ。こればかりは俺が顔合わせした時に本能的に感じた『気持ち悪さ』を信じることにしたから、としか言いようがない。しかしメルルはメルルで俺に探りを入れてきていることは察している。
だからといって、疑いに疑いで返したり、食って掛かるというのは悪手だろう。
こういう狭いコミュニティでは、騒いで目立ってしまう奴の印象が『良』になることはない。アリサに警告したのもそれが理由だ。
「たかだかセクハラ……もとい
仮に俺が下半身を露出することでトラブルが収められる場面が来たなら……俺は迷わず下半身を露出するぜ。ただまあ、あんまり同室相手にやりすぎると俺が不利になるからな。程々にしておこう。
「……と、ノアの部屋は〜〜〜」
俺とメルルの部屋が一番奥で、真逆がシェリーとアリサの部屋。スマホのマップを確認する限りでは、ノアはアンアンと同室だ……が。
「──ふんふんふ〜ん」
「おーい、ノア、飯持ってき……」
中から聞こえてくる鼻歌、何かを噴射する音、俺の鼻に突き刺さる刺激臭。
鉄格子の扉越しに中を覗くと、そこにあったのは、部屋中にスプレーを散布して真っ赤に染め上げているノアの姿だった。
「おい、ちょっとやりすぎだ──コ゜ッ!!」
「ん? あー、えーと、誰だっけ〜?」
強烈なシンナー臭に一瞬だけ気絶しそうになったのは、言うまでもない。
お気に入りと感想と高評価ください。
氷上メルル
・【記録回帰】で初日に戻った反動で記憶を失っても奥底では諸々を覚えているリンネに怪しまれ、周回ごとに毎回毎回疑われており、その疑いの目を誤魔化す手段の1つでセクハラをされている。可哀想に。
こんな可愛い顔してるんですよ黒幕なわけないじゃないですか!!
鰻のゼリー寄せ
・イギリスのゲテモノ見た目料理枠。ちなみに勘違いされがちだが、イギリスの料理は各自で味付けしてね!のスタンスのため、『全部が不味い』のではなく『だいたいの味が薄い』が正しい。
竜胆リンネ
・「下半身を出せば事態を収められるなら、俺は躊躇いなく下半身を出すぜ」と言って実際に出して場を収めたルートもあるが、何人かの目の色が変わり色々と大変な目に遭ったらしい。