魔法少年ノ記録回帰 作:濃縮還元トレデキム
「へぇ〜、リンネくんかぁ。じゃあリっくんだね。のあはノアだよ〜」
「それは知ってる」
「? なんで?」
「魔女図鑑ゥ……」
話のテンポとノリが独特な少女──ノアが、もっちゃもっちゃと謎料理を食べている。
部屋中のカラースプレーを彼女の液体操作魔法で缶に戻してもらったあと、俺はノアとアンアンの部屋の中でそんな会話をしていた。
「あとなぁ、ここはお前だけの部屋じゃないんだから、ルームメイトのためにもあんまり臭いの強い物で部屋中を染めるんじゃないよ」
「え〜……そんなのつまんない」
「つまるつまらないの話じゃないっつの。あーもう口許べちゃべちゃ」
「んむむむう」
ノアが持っていた布で口を拭いてやる。絵の具か何かを拭く用にするつもりだったのか? まあまだ何も拭いてないやつだから大丈夫だろ、たぶん。
「のあと部屋一緒の人って誰だっけ」
「夏目アンアンだ、……スケッチブックで筆談してる、お前と同じ白髪のチビが居ただろ」
「あ〜あの子かぁ〜」
「ああいう気弱なのは刺激臭とかにも弱いだろうし、気を遣ってやれよ。出来るよな?」
「……でも〜、のあはお絵かきはしたいときにしたいからなぁ〜」
「せめてここじゃないとこでやれ」
「じゃあどこならいいの?」
「む」
と聞かれて、俺も少し言葉に詰まる。
「あー……んー。それもそうか。それなら……俺がいい感じの部屋とか探してみるから、自室で描くのは我慢しろ。いいな?」
「え〜〜……それでいーよ。じゃあ明日は、のあもリっくんと屋敷探索する」
「…………。おぉ〜〜〜ん……!」
やっちまった、少しダルい流れになったか。そこまで面倒見るつもりはなかったんだけども。
「…………ぅぅ」
「あん?」
「…………ひう」
ふと、扉の方から視線を感じてそちらを見れば、俺とノアをひっそりと覗いている奴が居た。
ノアくらいの背丈の白髪の少女──夏目アンアンが、長い袖で口許を隠しながら眉をひそめている。
「はいはい、俺は帰るから安心しろ」
「ん? ……あ、おかえり〜」
「…………」
俺がノアの食べ終えた皿を乗せたトレーを持って立ち上がると、アンアンは扉を開けて脇に立つ。……変なところで善意があるんだな。
「どーも。ああそうそう、ノアにはこの部屋でカラースプレー使うなっつっといたからな」
「……『そうか』」
アンアンが手元のスケッチブックにサラサラと文字を書く。こいつ、喋れる……んだよな? なんらかの理由で声を出したくないだけで。
「ずぶり」
「ひゃあぉい!?」
「あ、ちゃんと喋れるんだな」
「っ〜〜〜〜……!!」
不意打ちで脇腹を指でつつくと、アンアンはすっとんきょうな声を出した。
押し当てる程度で痛みは無かった筈だが、驚きの方が強かったらしく、それ以上に自分の口から出た声に驚いたようにして、彼女は顔を真っ赤にして俺を睨むように見上げてくる。いやごめんて。
「……ぐ、ぎ、ぃ〜〜〜っ」
「悪かった悪かった。じゃあお休み」
「お休み〜、リっくん」
……なんかここに来てからの俺、小学生みたいなイタズラしかしてないな……??
自分の行動を客観視しながら、俺は食堂に戻ってから改めて自室に戻りベッドに寝転がるのだった。遅れて帰ってきたメルルから強い視線を感じたのは、きっと気の所為だろう。おそらくメイビー。
──許せない。
彼女の脳裏を満たすのは、屋敷内で唯一の少年に対する、強烈な嫉妬心だった。
「すご〜い、のあが扉描いたらほんとに開いちゃった。ここだけ。なんで?」
「さあなあ。……まあでも、ここなら好きなように描けるだろ。よかったな」
「うん! じゃあこの部屋は〜、【ノアのアトリエ】と名付けます!」
ストリートアーティストのバルーン。その正体が城ヶ崎ノアであると判明した後、彼女が自由に絵を描いていい場所をリンネくんと探し出した。
ノアから笑顔を引き出したリンネくん。バルーンであることを気にしていないリンネくん。相手の望むことに自然と寄り添うリンネくん。
──邪魔だ。
「ねえリンネくん、このあとぉ〜、さ。おじさんと映画でも見ない?」
「ん? 別にいいぞ〜」
「よかったあ、みんな白黒フィルム映画なんて見たがらないからさあ〜。あ、これとかどう?」
「良いんじゃない? アレだろ、真実の口に手突っ込んだらもげるヤツ」
「もげるイタズラのやつ! どちらかというとリンネくんがしそうなやつ!」
同室の少女──佐伯ミリアですら、あっさりと竜胆リンネの
──邪魔だ。
──邪魔だ。
──彼は、敵だ。
「面白い占い方法を考えたのよぉ♡ あなたの背中を針で刺したり
「世間ではそれを鍼灸と呼ぶんだ、ぜ──ッ!」
「ちょっとやってみていいかしら♡」
「嫌です……」
「なんで? 嫌って言っても脱ぐのよ上半身を」
「嫌です……!」
──リンネくんが、邪魔だ。
「おいリンネぇ、暇ならあてぃしの配信の手伝いしろよ〜。同接増えないんだよぉ〜」
「絶対やだ」
「おい! なんであてぃしのときだけなんか当たり強いんだコラぁ!」
──誰も、
──だから。
────だから。
──だから、殺そう。
そう決意したその日、蓮見レイアは、ラウンジに飾られていたボウガンの矢を1本だけ盗んだ。
それからは一瞬だった。連日他の少女たちと関わり続けて疲れているリンネを屋敷裏に呼び出して、気分転換の散歩と称して森の奥に向かう。
そして1本の木に『違和感がある』と言って近づかせて、視線を誘導する魔法で顔を逸らせなくしてから、背中からレイピアを突き刺した。
「がっ────」
「……君がいけないんだよ、リンネくん」
「な、なに、が」
「君が、私よりも注目を集めるから。君が……私よりも目立つから……!」
レイピアが半ばまで埋まるほどに力強くねじ込まれ、リンネは身に覚えのない殺意に疑問を抱きながらも痛みに顔をしかめる。
「私は、誰よりも目立たないと……誰よりも1番でないと、誰よりも注目されないといけないんだ。なのに! 君が居たら! 誰も私を見てくれない!」
「そ、そんなことで…………、あ」
──そういうことか。と、リンネはようやく、レイアの態度に合点がいった。
度々レイアが強い視線を向けてきたのは、自分よりも目立つ位置にリンネが居たから。
レイアが知っている人物は居ないかと確認してきたのも、自身が有名人であることでマウントを取り、
ただ、それだけ。
「ところで……リンネくん」
「づ、ぐ」
「どうしてこちらを見ないんだい? 失礼じゃないか、観客は……舞台の主役を見ないと……!」
「……は、……?」
背中を向けさせた本人からの支離滅裂な発言。誰にも言えない事情を抱えた少女のそれゆえの凶行は、過度なストレスとなって魔女化を進行させる。
──瞬間、リンネの首が、嫌な音を立てながら勝手に向きを変え始めて激痛を放った。
「……!? そうか、お前の魔法は……!」
「そう、視線の誘導。でも、どうやら魔法が強くなったようだね。例えば、ほら、こうやって……視線を
リンネの首が
「ちょっと待てッ、待てまて待てま────」
──ミシミシミシ……ゴキッ。
「……はっ、はは、はははは」
死んだ。蓮見レイアが、竜胆リンネを殺した。それが、
果たしてボウガンで背中から射たれて木に縫い留められ、更には首が180度回転している、猟奇的な死体による魔女裁判が行われる──筈だった。
しかし、この世界線はここで終わり。ゲームの電源を切るように、ブツンと世界は終わる。なぜならばもう、この世界線には、
「…………やんほぬ……」
首から響く鈍い痛みに耐えながら、俺は起き上がる。よくもやってくれたなレイアのやつめ……でもお陰で、色々と思い出せた。
俺の魔法が何か、発動条件が何か、これまでに──何度繰り返してきたか。
「……死ぬのがこんなに早いのは初めてだな。普段は結構裁判が進んでから気づくから新鮮だ」
俺の魔法──【記録回帰】。これは俺が記憶している地点までを『記録』とし、死亡時に特定の地点の『記録』まで戻る事が出来る魔法。
そしてその時点で『戻った地点より先の世界』は、発動者である俺が観測していないことで、元から存在してなかったことになる。残るのは俺の記憶だけ。あの時間は、どこにも存在していない。
だからまあ、あのあと俺を殺したレイアの犯行を暴く裁判は起こっていないだろう。
それよりも問題なのが…………
「……やっぱダメか、思い出せねえ」
流れで行けるかと思ったけど無理だったか。やはり俺は、前回の周……レイアに殺される前、すなわちかなり先の裁判についての記憶を思い出せない。
おそらくその辺りのタイミングで、俺が初日まで戻る長距離時間移動を行なっているのだろう。【記録回帰】は長すぎる距離を移動するとき、対価で一番新しい記憶を吹っ飛ばしてしまうのだ。
よって、最後に何が起きて初日に戻ってきたのかも、誰が黒幕なのかもわからない。
ついでに言えば、戻る度に誰が誰を殺すかの流れが変わるから裁判が面倒くさい。
例えばレイアがノアを殺す時もあれば、アリサがハンナを殺す時もあるし、ミリアがアンアンを殺した事もあった。そして、俺の魔法が発覚するのは最初に死んだヒロを含めて7人くらい死んだ辺り。
そこまで進んでようやく、なんらかの理由で死んだ俺は自分の魔法に気が付き、そして全員を救えなかったことにも気付いて絶望する。
いったい何回、『もっと早くにこの魔法に気がついていれば』と絶望したことか。逆に言えば、俺はこの時くらいでしか魔女化が進行しない。
まるで普段の俺が楽観的なバカだって言われているような気もするが、それはさておき。
「……重要なのは、この段階で魔法を自覚できたまま初日に戻ってこられたことか」
だと、したら。……助けられるんじゃないか? このあと暴走をかますあの直線番長を。
「やってみる価値はあるか」
「あ、あのう……」
「おん?」
小声で呟きながら思考を纏めていると、下から見上げている少女に気がつく。
──氷上メルル。今にして思えば、もうこいつとも何百何千と初対面を経ているわけか。
そして毎回毎回毎回毎回、記憶を失った俺に妙に警戒された結果、こちらから向ける疑いの目をはぐらかすためだけにセクハラされていたのか。
か、かわいそぉ〜……すっごいかわいそ。
「あなたも、ここに捕まっているんですか?」
「そうらしいな。……俺は竜胆リンネだ」
「は、はいっ、私は氷上メルルです」
この挨拶も何回目だったか。
ともあれ、俺は耳にこびりつくくらいに聞き飽きたゴクチョーの気だるげな声を流しつつ、メルルを連れて牢屋から出る。確かこの辺りで、いつもなら引っ付いてくるエマを鬱陶しがったヒロが彼女を突き飛ばすはず……だったのだが。
「…………。あれ?」
「どう、しました?」
──おかしい。予想通りに前を歩いていたヒロとエマ……しかし、今回のヒロはエマに何もせずにさっさと歩いていってしまう。
「……いや、あいつら、白髪と黒髪の2人が知り合いっぽいなと思ってな」
「ああ……そう、みたいですね、なんだか仲は良くないみたいですけど……」
慌てて追いかけたエマが何もない所で転んでしまい、膝に怪我をする流れは同じだったが、ヒロはそんなエマを嫌悪の目で睨むだけ。
──この流れ、なにか……変……!?
まあこの牢屋敷生活をしていたときに変じゃなかったことは一度としてなかったが。とはいえさっきの行動が変わった以外の変化は無さそうなため、俺はメルルと共に1階のラウンジに向かう。
最後尾の俺たちがラウンジに入り、出入口を
──魔女因子を持つ俺たちを災厄をもたらす悪として扱ってくるゴクチョー陣営に敵意を向け、火かき棒を手にエクストリームし始めるヒロを止める。
初っ端から記憶と魔法をある程度取り戻した状態で再スタート出来たのは、ここに介入するためと言っても過言ではないかもしれない。
そうして、いつでもヒロを止められるように……と、それとなく近くに寄りつつ構えていたが、ここでも変化がある。ヒロが、
憎々しげにゴクチョーたちを睨み、奥歯が砕けそうなくらい食いしばってはいる。けれども、必死に衝動を抑え込もうとしているようだった。
……なんだ、何が起きている……?
これまでで
その後も、ヒロは暴走することはなく。何度も聞きすぎて一字一句を重ねて話せるまでになっているゴクチョーのセリフが終わり、全員で使う用のスマホの会話グループを作って々が解散した。
「ふぅ〜〜〜ん」
俺は部屋に1人残って怒りを鎮めるように深く呼吸しているヒロを、横から腰を曲げるようにして覗き込んでじっと見やる。
すると視線に気づいたヒロが俺と目を合わせて、きゅうりを見た猫くらい驚く。
「っ……!!??」
「ちわっす」
「な、なんだ、君は確か……竜胆リンネか」
「そういう君はジョナ……二階堂ヒロだな」
「いま誰と言い間違えた??」
「いや気にするな」
その場で跳躍するんじゃないかと言わんばかりに全身をビクリとさせたヒロは、俺に訝しむような視線を向ける。なんだ、俺だけ男なのがそんなに嫌か。ここには一人称おじさんの女だって居るんだぞ。
「それで、何か用なのかな」
「いんやぁ? ただちょっと、ねぇ。さっきの説明の時によく耐えられたな~って驚いただけで」
「…………。なに?」
俺の言葉に、ヒロは過剰に反応する。
……どうする、深く突っ込んでみるか? 別に失敗したらやり直せば済むだけだしな。
──突っ込んでみるか。
「お前ってなんか潔癖っぽいし。いかにも看守に殴りかかって反撃で死にそうだったからさ」
「…………。参考がてら聞いてみるけど、私がどうやって、死ぬというんだい?」
「そりゃあ、なあ?」
警戒心を顕にするヒロの前で、俺は、人差し指を首に当てて、スッと横になぞる。
「──!!」
「なあ、二階堂ヒロ」
その反応で確信に至る。
「俺とお前の魔法は、似てるみたいだな。ヒロ、お前……
「そんな、まさか……! 君も私と同じ、【死に戻り】の魔法を……!?」
……? ……あ、ヒロは俺の【記録回帰】と同じ系統の魔法をそう呼んでるのね。な、なるほど、最近のナウなヤングはハイカラな名前を使うんだな。
……待て、俺も同年代だった。いかんなあ、何度も牢屋敷生活を繰り返してると精神がちょっとアレになるから自分が何歳だったかあやふやになる。
「まあ死ねば戻れるって意味では同じか。お前も難儀な魔法を持っちまったもんだな」
「私も、自分以外にこんな魔法を持っている者が居るとは思わなかったよ」
「ねー、これキツいよね。遠すぎると記憶ぶっ飛ぶし、俺もここの生活ずっと繰り返してるし」
「……? なんの、話だ……?」
「え?」
「は?」
俺とヒロは首を傾げた。
「待て、私はここでの生活を1日も過ごしていない。前回を知っているなら分かるだろう、私はあの看守を攻撃して死んだ。それだけだ」
「……? ってことは……ヒロの魔法は俺とは効果が違うのか。……お前もしかして、死んだ回数そんなに多くないのか?」
「当然だ。私が魔法に気づいたのは幼少期に水難事故で死んだのが切っ掛けだったが、自主的に使う気は絶対に無い。──自殺は、悪だ。正しくない」
「ふぅ〜〜ん?」
俺すらをも、憎しみの対象かのように睨みつけるヒロ。自殺は悪。それは確かに正しい。でもヒロのその態度は、『いけないことだからいけないのだ』という単純なモノでは無さそうに見える。
……身内が自殺でもしたか?
それなら、自分の魔法を使いこなせていないのも理解できる。結局、こういう魔法は数をこなさないとどうにもならんからな。
「ま、俺の戦い方は死に戻りありきだ。お前にそこを否定される謂れは無い。そっちの価値観は否定しねえから俺のやり方にも目を瞑れ」
「…………。…………。わかった、今はそれでいい。それで、この屋敷──牢屋敷ではこれから何が起こるんだ? 教えてくれ」
「この流れは初めてだからわからん」
「なに……? ──ちょっと待て、いずれ殺人が起きるというなら、君の目線では既に起きたことがあるんだろう。これから誰が死ぬ? 誰が殺す? いったい誰がこんなことをしでかしたんだ!?」
「だからわかんねえんだって」
胸ぐらを掴んでガックガックと揺さぶられるが、揺らされたってわからんもんはわからんし、思い出せないものは思い出せないのだから仕方ない。
「俺の魔法は古い記録に遡るまでの距離が長いと、新しい記憶がぶっ飛んで忘れちまうんだよ。いや……思い出せない……のか? 魔女化の進行に伴って、段階的にロックが掛かってるような感じだな」
「……いきなり君への信用が失われつつあるぞ。大丈夫なのか?」
「なんとかなるなる。それに、この時点でまだ全員生きてるのは奇跡なんだ、ここからなら……誰も死なせずに済むかもしれな────」
「? どうしたんだ」
ふと、違和感。
「……これまでは、毎回お前が興奮のあまりに看守に対してエクストリームしてたわけだが」
「その隠語はやめてくれないかな」
「今回は、まだ誰も死んでない。それはつまり、看守の危険性をまだ誰も知らない事になる」
「…………。そう、なるだろうね」
「──くそっ!」
「っ、どうしたんだ!?」
嫌な予感が脳裏を過り、俺は即座にラウンジから飛び出す。慌てて追いかけてきたヒロと共に通路を駆けると、遅れて奥から悲鳴が聞こえてきた。
「居るんだよ、俺らの中に、魔法のせいで腕っぷしが強くて頭がアレな奴が1人……!」
「まさか……私が死なないと、この段階で別の誰かが看守に襲いかかるのか!?」
「やるかやらないかで言えばやる!」
そうだった。これまでは毎回初日にヒロが死ぬことで、看守に逆らおうとする奴は殆ど居なかった。たまにアリサ辺りが逃げようとしては捕まってたけど、少なくとも攻撃する奴は居なかった。
人死にが出ていない状況で、看守の恐ろしさを理解していないのであれば、倒せるのではないかと考えてしまう者が現れるのは当然の話。
そんな事を思案しながら廊下を駆けていくと、そこには俺たち以外の何人かが集まっており、その中心には──鎌を振り回している看守が居た。
「これは……!」
「ヒロ、間合いに入るなよ。死ぬから」
「っ」
大鎌の威力を文字通り身を以て体験しているヒロは、俺の言葉に足を止める。
俺たちの前にはマーゴ、その奥に暴れる看守、廊下の反対側に位置する辺りにエマたち。暴れながら向こうに進んでいく看守に対して、マーゴは喉に手を当てながら口を開き、
「【おやめなさい! 許しませんよ!】」
「バッ……カ、看守からしたらそれは
「リンネ!?」
理由や内容はどうあれ、マーゴは魔法を使って看守に干渉を図った。ゆえに、看守は動きを止めたかと思えば、振り返りながらマーゴへと鎌を振りかぶる。
「くそッ、戻れるにしても、痛えもんは痛えんだからなぁ……!」
が、まあ、仕方ないか。ヒロが死んでいないこの時間を維持するためには、俺が体を張る必要があるのはわかっていることだ。
「──流せるかぁ……?」
「えっ……きゃっ」
マーゴを両断しうる大鎌の軌道に割り込み、鎌の外側に両腕を押しつけるように添える。
そのまま勢いに逆らわず、それでいて最低限の軌道を変えさせるように俺の力を加えていくと、かろうじて鎌は俺たちへの直撃コースからズレていった。
よし。マーゴが無傷なら、被害は軽微か。
精々、なれはて特有の超怪力で振り抜かれた大鎌の勢いに巻き込まれた俺の右腕が、ゴキンと軽快な音を立ててあらぬ方向に曲がっただけである。
「ぉ、が──ッ」
それから、まるで真横を通り過ぎた大型車に服の袖を巻き込まれたような動きで俺の右腕がぐわんと可動域を超えて曲がり、俺自身も床を転がる。
看守は俺を見下ろすと、それ以上の攻撃はして来ずにその場からのそのそと去っていった。
「ぁ痛ぇ〜〜っ」
「あなた、どうして……!?」
咄嗟に俺の上体を抱き起こしたマーゴが、その顔を驚愕に歪める。そりゃ驚くよな、出会って数時間も経ってない奴が自分のことを庇ったら。
それから近くに駆けてきてしゃがんだヒロに問われて、腕の痛みと感覚から判断する。
「リンネ! 無事か!」
「感覚的に言えば脱臼しただけだ、折れてない」
「それでも十分に重傷だろう!?」
「り、リンネさんっ!」
更に遅れてメルルが現れ、脱臼してぐにゃんぐにゃんしている俺の右腕を見て顔を青くした。
「いっ、医務室に行きましょう! まずは……外れた肩を嵌め直して……それでもかなり痛むでしょうから……何か鎮痛剤でもあれば……」
「あいあい、っつぁ〜いでででで」
「ほら、私が肩を貸そう。案内してくれ」
「はい、こ、こちらです……!」
俺は別に痛いのが得意なわけでも死にたいわけでもない。痛い思いをしなくて済むならそれに越したことはないし、死なずに済むならそれでいい。
……が、それはそれとして、やり直しがベストだと判断したらそこまで躊躇わず死ねるだけ。
今回みたいなのはギリギリでラッキーの範疇だったな。もし骨折や深い切り傷なんかで『死にはしないが暫く身動きできない』みたいな状況になっちまうと、少しばかり厄介なことになる。
『大怪我をしたが死ねない』という状況は、下手したら詰みセーブになりうるからだ。
「…………」
果たしてヒロに左腕を支えられながら、メルルの案内で医務室に向かう途中。ただじっと俺を見ているマーゴの顔が、妙に印象的だった。
お気に入りと感想と高評価ください。
二階堂ヒロ
・【死に戻り】の魔法を持っている。幼少期の水難事故が切っ掛けで能力に気づいたが、牢屋敷内で発動したのは今回が1回目。
竜胆リンネ
・『長くても2〜3ヶ月くらいの牢屋敷生活』を延々と繰り返しているため、合計年数を含めると黒幕(すっとぼけ)の年齢は余裕で超えている。
余談だがリンネの【記録回帰】も【死に戻り】と同じく『死亡すること』を発動条件としているため、睡眠薬漬けにされたり冷凍保存されるなどで仮死状態になる事だけは避けなければならない。
蓮見レイア
・自分より目立ってるやつが居るとちょっと殺意が芽生えちゃう系ウーマン。原作1章1話でも、ノアを殺害した犯人として処刑された。
本作においても、リンネが観測する限りでは『最初の事件』を起こすのはだいたいがレイアで、時点ではマーゴ。極まれにアリサが殺る場合もある。
宝生マーゴ
・たかが出会って数十分の自分を庇ったリンネに対してめちゃくちゃビックリしている。