魔法少年ノ記録回帰   作:濃縮還元トレデキム

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指笛を鳴らすと地面から出てきてボールと一緒に飛んでいくわけではない。
でも1号(ヒロ)はたぶん足に噛みついてきます。


リンネ vs 牢屋敷の狂犬2号

「ゴロ……ヒロリ、今日は我々の事情を把握してくれる協力者を作っていくぞ〜!」

「いま誰と言い間違えた??」

「おいおい。台本通りに頼むよ」

「……言わない」

「『え゛ぇ〜、そんなの作れっこないよぉ〜だ!』って言えッッッッ!!!!」

「絶対に嫌だ」

 

 牢屋敷から離れた位置にある森の中。俺はある人物に来るようにメッセージを飛ばしてから、ヒロを連れて目的地に向かって歩いていた。

 

「しかし、初日に戻ってから歩いてばっかだ。怪我のリハビリも兼ねた、いい運動になるな」

「全然表情にも動きにも出ないから忘れていたけど、脱臼した腕のダメージはどうなんだ?」

「ンやぁ、へーきへーき。昔から自然治癒力は高くてね、絆創膏とか貼ったことないんだよな」

「そうか。それはよかった」

「で、台本通りに頼むよ」

「まだ言うか。絶対にやらない」

「…………」

 

 なんてノリの悪い女なんだ、二階堂ヒロ……! 

 

「まったく……『ヒロヒロさ〜ん、今日は何を作るんだい?』『今日はねヒロリ、我々の事情を把握してくれる協力者を作っていくぞ〜!』『え゛ぇ〜、そんなの作れっこないよぉ〜だ!』」

「こ、こいつ……私が乗らないからって一人二役を始めた……!?」

 

 ──ドン引きするくらいなら乗ってよ!!! 

 

 先導して前を歩く男がブツブツと一人二役で謎の演技を始めたくらいでドン引きするんじゃあ、ない! 

 

「…………。君のイカれ……もとい独創的な行動は置いておくとして、だ。結局のところ、誰に、こんな所に来るように呼び出したんだ?」

「まず最低条件として『牢屋敷側の人間ではない』ことが必須だな。そんでもって理解力も高くないと困るし、単独である程度動けるやつでないと困る。全部の条件を満たすのはこの囚人〜〜〜」

 

 約束の場所──森の奥にある拓けた一角に手を向けて高らかに言い放つ……が。

 

「〜〜〜……あれ?」

「居ないみたいだが」

 

 時間の指定もして、もう来ているであろうと予想していたその人物は、影も形もなかった。

 

「あれぇ……? あんまり時間無いから遅刻されると困るんだけどなぁ……仕方ない、鬼電するか。ワンコール切りを出るまで繰り返す」

「なぜそうも嫌がらせに事欠かないんだ」

 

 後ろで引いているヒロの声を流しつつ、ため息混じりにスマホを取り出そうとした──瞬間。

 

「──! リンネ!」

「なにっ」

 

 声を荒らげるヒロに従って振り返ろうとしたとき、視界の端で茂みの中から黒い物体が飛び出してきたのを捉える。それは真っ直ぐ俺の方に手を伸ばして来ており、掴もうとしているようだった。

 

「う わ あ あ あ あ あ」

 

 

 ぬ

 る

 り

 

 

「っ!」

「だったらさっきの俺のセリフは聞いてるだろ、この竜胆リンネには一切の攻撃は通用しないと」

「初耳だが……??」

 

 はいそこお静かに。

 

 相手が相手だからな、こういう行動を取られるのはとっくに予想済みだ。俺は脇をすり抜けるようにダッキングで避けつつ、相手の背中に吊るしている銃のベルトを外して抜き取って対面する。

 

「とりあえず、平和的に行こうぜ?」

「……竜胆リンネ。あなた、こんな所に私を呼び出してどういうつもり?」

「いやメールしたよね? 『話がしたい、俺はお前のことを知っている』って」

「……その文面だけで判断するなら、6割くらい脅迫メールになっているのだが」

「マジ〜〜〜??」

 

 全体的に黒と白の衣服を身に纏い、左腕に包帯を巻いている少女──黒部ナノカが、露骨に俺を警戒した様子で距離を保っている。

 それから俺の後ろに立ち腕を組んでいるヒロに視線を向けると、更に口を開いた。

 

「二階堂ヒロ、私はあなたも警戒している」

「ほう? それはなぜかな」

「あなたは初日から場を仕切るように全員に自己紹介させた。更にはまだ知らないはずの名前まで言い当てている。あの流れは、スマホの図鑑を見たから、では説明が不十分に感じたのよ」

「なんだ。ただの君の主観じゃないか」

「私はあなたたちを信用していない。何かするつもりなら容赦は──「これなーんだ」──!?」

 

 そう遮って、俺は手に持っている銃を見せる。一拍遅れて、ナノカはようやく自分の背中に銃が背負われていない事に気がついた。

 

「──この銃は6発装填のライフルで、1日1発補充される魔法の銃。……だろ?」

「……っ!」

「過去に囚人が作って隠したモノを、ここに来てすぐナノカが回収したやつだな。その手段は、お前が【幻視】の魔法を使って探り当てたから」

「…………。どうして、そのことを」

 

 手元から武器が失われたことと、自分の行動を言い当てられたことが重なって、警戒心に恐怖が混じっている。すぐにでも逃げられるように意識が自身の後方に向いているナノカに、俺は言った。

 

「俺(・)の(・)魔(・)法(・)は(・)【死(・)に(・)戻(・)り(・)】、死ぬことで時間を遡って、やり直すことが出来るんだ」

「──なんですって?」

「ヒロは俺の協力者でな、命を救ったうえで事情を話して手伝ってもらっている」

「……どういうこと?」

 

 傍らの木に銃を立て掛けながら言った俺の言葉に、ナノカは警戒心よりも興味に意識が傾いたようで、ようやく話を聞く流れに変わる。

 

「『あの初日』は俺にとっては経験済みなんだよ。前回の初日では、ヒロはあのラウンジでの説明時に看守に殴りかかって反撃で殺されている」

「…………看(・)守(・)に(・)、攻(・)撃(・)……?」

「やり直した俺がこいつに死因とお前ら囚人の情報を話したから、ああやってスムーズに自己紹介していく流れになったわけだ。……今(・)回(・)の(・)ヒ(・)ロ(・)は(・)看守に攻撃しなかった、それはお前も見ているはずだぜ?」

 

 俺の経験を元にした嘘と真実を混ぜた会話は、おそらくマーゴやノアですら見破れない。

 だって『嘘ではない』し、『本当のことを全部言ったわけでもない』だけなのだから。

 

 思い出すように少し視線を下げたナノカは、それから顔を上げてヒロに問いかける。

 

「……確かに、そうね。……でも、そう言われて二階堂ヒロは疑問に思わなかったの?」

「まあ、そうだね。『お前はこのあと看守に殴りかかって反撃で死ぬぞ』と言われたときは驚いたものだ。だけど、そう言われたから私は手を出さなかった。そのお陰で生きている。……でもね、ナノカ。君の疑問の本題はそ(・)こ(・)ではないはずだ」

 

 ヒロが会話に加わって、間を置かずまくし立てる。ナノカは俺に視線を移すと、自分の右手を胸元に持っていきながら聞いてきた。

 

「……私の魔法が『何』なのかを知っているのも、この銃の詳細を把握しているのも、その【死に戻り】とやらの効果ね。あなたは未来で見聞きした情報を持ったまま、初日に戻ってきた」

「そういうこった。そして、この情報を明かすことこそが、俺がお前の味方である証拠になる」

「…………。証拠?」

「ああ。俺はお前が単独行動している理由を知っている。──お前の目的は、黒幕を始末して、デスゲームを終わらせることだろう」

「──!!」

 

 流石に少しロジックがガバガバだが、ナノカの目的を考えれば、俺の存在は『黒幕かもしれない。だって唯一の男だし』だ。実際そんな感じで疑われたことはこれまでで結構ある。

 しかし『この男が黒幕なら自分の目的を知っていてなお歩み寄ってきたのはなぜか』という疑問に思考が逸れ、更に俺の方から物理的に歩み寄って彼女の選択肢を『協力する』方に狭めれば……どうなるかな。

 

「ナノカ、俺に【幻視】を使え」

「えっ。……でも、私の【幻視】は……」

「そうだな、ランダム性が高い魔法だ。でもお前はここで、何度か上手いこと望む光景を見てきたはずだ。なら出来る。見たいものを強く望みながら触れば、きっと、俺がお前の味方足りうる俺の記憶という過去の光景を見ることが出来るはずだ」

 

 ナノカの【幻視】は触れた相手や物体の記憶を覗く魔法だ。しかし必ず発動するわけでも、見たいものを見られるわけでもない。

 だが、ナノカはどのルートでも毎回必ずどこからか魔法の銃を見つけている。

 つまり【幻視】には魔女化の進行によるパワーの増加とは別に、本人の精神状態や見たいものを強く望む、言うなれば欲求も必要なのだと推測できる。

 

「俺の目的はただ1つ、誰も死なせたくない。それだけだ。味方になれとは言わないが、俺の目的のためにも、不必要なトラブルを起こしたり、誰かを傷つけようとしないと約束してくれないか?」

「…………っ」

 

 俺の方から右手を差し出せば、ナノカは俺と俺の手を交互に見て、おずおずと自身の右手を伸ばして──その手をパッと引っ込めた。

 

「その話は、呑むけれど。握手は今はやめておくわ。お互いを信用できた時にしましょう」

「んじゃ、ナノカの承認待ちってことだな」

 

 そう即答すれば、ナノカは呆気にとられたようにキョトンとしてから言葉を返す。

 

「……その身に覚えのない信頼感。本当に、あなたは私たちとの牢屋敷生活を繰り返しているのね」

「そこで嘘ついてどぉ〜すんのよ」

「──なら、ついでに聞くのだけど。あなたが覚えている限りでの私はどんな人間なのかしら」

「え゛」

「どうした、リンネ。それぐらい答えてやればいいじゃないか。信用を得られるいい機会だぞ」

「お前なに楽しそうな声出してんだよ……!」

「さて、なんのことかな」

 

 ヒロ……! こいつ、俺がちょっと困った雰囲気を出した途端にイキイキし始めやがってぇ……! 

 後ろを見ずともわかるニヤニヤした顔を想起しつつ、俺は返答に困る問いかけに仕方なく返した。

 

「正直に言うと、全然わからん」

「…………そうなの?」

「だってお前、どの世界線でもずーっと単独行動してるし、裁判のときくらいしか合流しないし、黒幕に近づきすぎるのかいつの間にか死んでるんだもん」

「…………そうなの……」

 

 バカ正直に話せば、ナノカは考え込むように視線を下げる。……まあ、ここで下手に誤魔化すのも悪手だろうし、なぁ。

 

「──確かに、私ならそうなる可能性は高いわね。……ありがとう、誤魔化さないでくれて」

「俺なら『お前協調性が無くて孤立するよ』って言われたらグーかパーが出るけどね」

「……じゃあ、私は……チョキ?」

「そうではなく」

 

 …………。あんまり絡む機会が無くてどういう人間なのかいまいち掴みきれなかったけど、ナノカってもしかしてだいぶ愉快枠寄りなのか? 

 あとこいつの名前のせいで文脈がす〜ぐダジャレみたいになるのがわりと困るな……

 

「はいはい、んじゃ話は終わりってことでな。これも返しとくぜ」

 

 小首を傾げて片手でピースサインを作るナノカに苦笑しながら、俺は立て掛けた銃を拾って横向きに持ち上げて彼女に返す。

 

「それで、私はこれから何をすればいいの?」

「特に決めてない。ただ……そうだな、今後の俺たちだけに伝わる符丁は決めておくか」

「符丁……?」

「いわゆる隠語や暗号に近いかな。『Aと聞かれたらBと返す』、みたいなモノだよ」

 

 ヒロの簡単な説明に、ナノカもなるほどと頷く。それを見てから、俺は2人に言った。

 

「そういうこと。……で、考えてみたんだが、明日からヒロとナノカには、起(・)き(・)て(・)か(・)ら(・)最(・)初(・)に(・)出(・)会(・)っ(・)た(・)俺(・)に対して『戻ったか?』と聞いてくれ」

「────。そうか、『【死に戻り】を発動して未来から今の時間に戻ってきたのか?』という確認を、これから毎朝行おうというんだな」

 

 俺の決めた符丁を察したヒロの説明を聞いて、ナノカは再度頷いてから背中を向ける。

 

「……その符丁については理解できたわ。それじゃあ、私はそろそろここを離れるわね」

「ん? おう。あと、看守を撃ったりすんなよ、ヒロみたいになっちゃうぞ」

「私を反面教師に使うんじゃない」

「なんだっけ、『悪は死ね!』だっけ」

「人の死因を弄るんじゃない」

「…………!」

 

 背中を向けて歩き去ろうとするナノカを前に、俺がヒロに言うと──不意に、ピタリと足を止めたナノカが振り返り、怒りの中に強い悲しみを混ぜたような眼差しで俺たちを見て口を開く。

 

「……最後に、私からも1つ頼めるかしら」

「何を?」

「あの看守と呼ばれている【なれはて】を、みだりに傷つけないでほしい」

「私が言えた義理ではないが、なぜだ?」

 

 手に持っている銃をショルダーベルトに付け直しながら、ナノカはヒロの言葉に返す。

 

「考えたことはない? 怪物のような姿をしたなれはてだって、元は私たちと同じ人間だったのよ」

 

 ナノカの言葉に、俺とヒロが顔を見合わせる。言われてみれば確かにそうだったか。

 

「ま、そりゃそうだ。わかった、少なくともこっちから手出しはしないよ。あいつの鎌を逸らそうとして肩が外れたんだ、文字通り骨身に染みてる」

「ああ。シェリーたちの蛮勇も、リンネの怪我を利用して強めに咎めてある。もう不用意に手を出す者はそうそう現れたりしないだろう」

「…………。そう。なら、いいのよ」

 

 改めて声に出して宣言すれば、ナノカはホッとしたように僅かに表情を緩めて、それを誤魔化すようにそそくさと草木を掻き分け姿を消した。

 

「なれはてもまた、人間……か。反撃で殺された私が言うと意味が変わってくるな」

「アレに関してはシンプル加害者だもんな」

「…………。これだけは反論のしようがないから聞き入れてやろう。次はないぞ」

「へぇ〜い」

 

 俺とヒロもまた、自由時間の終わりを確認して牢屋敷に戻るべく踵を返す。

 

「それにしても、よく考えたものだな。【死に戻り】を使うのは私ではなくリンネだ、ということにして私を協力者の立場にしてしまうとは」

「これで黒幕も、【死に戻り】と【記録回帰】でループ能力者が2人も居るとは思わないだろうよ」

 

 協力者の確保も終わり、俺たちは山場を一つ越えたような充足感を胸に自室に戻って、その後は普通に過ごして1日を終えた──の、だが。

 

 ──そう、俺たちは甘く見ていたのだ。ナノカの事情から来る黒幕への強い憎悪を。

 

 牢屋敷の狂犬は、たかが口約束程度では抑えきれるはずがないのだ……ということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日の朝、自由時間のラウンジで、早速と事件は発生した。

 

「あなたの正体は分かっているわ、佐伯ミリア。──いえ、その体を使っている誰(・)か(・)」

「えっ……」

 

 俺が気配を消して部屋に入った時に目にしたのは、テーブルを挟んで奥の暖炉側に居るミリアに、入口側から銃を向けているナノカの姿だった。

 

「私の魔法は【幻視】。触れた相手や物体の記憶を読むことが出来る。偶然あなたの過去を読んでわかったわ、あなたはその体が持っていた【入れ替わり】の魔法を使って、佐伯ミリアと入れ替わった」

「そ、れは、その……ち、違っ」

 

 …………。

 

 …………は??? 

 

 こぉ、いつぅ……! 俺が昨日やるなっつったこと全部やりやがっ、たぁ!! 言ったよね? 俺、トラブルを起こすなって、言ったよね!? 

 

 俺が脳内で混乱の極みに至っている眼前で、銃口を向けられたミリアは顔を青褪めさせている。

 それは銃口を向けられているがゆえの恐怖ではなく、自身の過去の一部を言い当てられた部分に対する驚愕の方が強い印象だ。

 

 ──あ゛〜〜〜そうだった〜〜。ナノカこいつ、俺を疑わない時はミリアを疑うんだったな。色んな世界線の大量の記憶が頭の中でこんがらがってるから、的確な記憶を引き出すのが難しい。

 

「ちが、うんだよ……確かにおじさんの魔法は【入れ替わり】だよ? でも、ナノカちゃんは誤解してるんだよ! 違うんだ!」

「黙りなさい。あなたなんでしょう? この牢屋敷内で私たちにデスゲームをやらせている黒幕は!」

「黒……!? そ、それこそ誤解だよ!!」

「っ──待って!」

 

 ナノカの鬼気迫る表情と向けられた銃口。いつ引き金を引くかも分からない状況に、割り込む人影が1つ。白髪を揺らしてミリアの前に立ったのは、絶賛ヒロに嫌われ中の少女──桜羽エマだった。

 

「やめてよナノカちゃん! こんなの間違ってる! ミリアちゃんは黒幕なんかじゃない!」

「っ……! どきなさい、桜羽エマ」

「どかない! 銃を下ろして!」

「え、エマちゃん、おじさんは大丈夫だから……危ないから離れて……」

 

 ミリアを庇うエマ、エマを気遣うミリア。それを目の前で見せられているナノカの顔に宿っているのは、怒りでもなんでもなく──深(・)い(・)絶(・)望(・)。

 

「────。なんで」

 

 俺以外には届いていない小声での疑問。それからナノカが引き金に置いている指に、徐々に力が籠もっていく。──不味い、撃つ気だ。

 

 起きてすぐに符丁での確認を済ませたヒロは自室から出てきていないし、暫定リーダーのレイアは朝風呂中って聞いたからそろそろ出てくるか。

 とにかくポケットに入れていたスマホで2人に『緊急事態、ラウンジ』とだけ書いたメッセージを飛ばしつつ、俺は逡巡する。

 

 ──ラウンジ内では事態に割り込めない奴らが集まっている、発砲時に銃口を逸らせば誰かに当たる。もう発砲は避けられないとして、弾を防いで2人を守るワンアクションが必須なら、ツーアクション目でナノカを取り押さえないといけない……と、よし。

 

「…………?」

「…………!」

 

 俺は壁際から2人の前に出ようとしているシェリーの動きを視線で制しつつ、誰の視界にも入らないように限界まで姿勢を低くして最短距離でミリアを庇うエマの前に向かい、テーブルの縁に指を置く。

 

「ふんッ」

「っ!?」

 

 テーブルを垂直に立てるように跳ね上げた──瞬間、ダンッ! と撃ち込まれた銃弾が、テーブルの表面に突き刺さり深々とめり込む。

 

 続けて陰から速攻で飛び出し、2発目を撃たれる前に手刀でナノカの手首を叩いて銃を手放させ、するりと胸ぐらを掴み、足を払って宙に浮かす。

 

 果たして跳ね上げたテーブルがドスンと音を立てて元の位置に戻るのと、ナノカが背中から絨毯に叩きつけられたのは、ほぼ同時だった。

 

「──かっ、は……!」

「……ナノカ。おいたが過ぎるぞ」

 

 痛みに悶えるナノカを見下ろして、俺は銃を拾ってシェリーに投げ渡す。

 

「おっとと。これどーします?」

「銃口を天井に向けた状態にしといて」

「了解しました〜!」

 

 受け取った銃を肩に銃身を置く形で上に向ける呑気なシェリーを尻目に、俺は出入口の方から聞こえてくるバタバタとした足音に目を向ける。

 

「──何があった!」

「大丈夫かい!?」

「来んのが遅〜〜い」

 

 遅れて現れた2人──ヒロとレイアが、俺と足元のナノカを見て顔をしかめた。

 

「リンネ、説明をしてくれ」

「ナノカがミリアを疑い、庇ったエマごと撃とうとした。だから手荒になったけど止めさせてもらった、それだけだ。悪いけど、一旦こいつを懲罰房に放り込んでおいてもらえるか」

「そう、か。……やらかしてくれたな」

「……ナノカくん、なんてことを……」

「づ、ぐ……っ」

 

 俺に強めに叩きつけられたナノカにヒロとレイアが近づき、腕を掴んで立たせる。

 力なく立ち上がり、俺たちを一瞥したナノカの表情は、どこかホッとしている。……誰も怪我をしていないことに、安堵しているのだ。

 

「…………。…………。はぁ〜〜〜……」

 

 不器用な奴め……お陰でこっちも決意しなくちゃならなくなったじゃねえか。

 

「ヒロ」

「なんだ?」

「──あとは頼んだ。俺も、す(・)ぐ(・)に(・)戻(・)る(・)」

「────っ!!」

 

 小声でヒロに言えば、何をするつもりかを察したのか、何も言わずに目を見開く。

 それから苦い顔をしながら、レイアと共にナノカを地下に引っ張っていった。

 

「さて……さっさとやっちまうか」

 

 ラウンジでは、殺人未遂が起きた空間内で、危うく殺されるところだったミリアとエマを励ます面々が騒いでいる。それを見てから、俺は1人で誰にも注目されないうちにと医務室に向かう。

 

 

 

「ったく、戻ったらお説教だからな……」

 

 そう独りごちりながら、俺は薬を入れた瓶を並べている棚の奥に手を突っ込み、通常では見つけられないような位置に隠された木箱を取り出す。

 引っ張り出した木箱を開ければ、古い小瓶が宝石でも包むかのように収まっていて、瓶の底の方には小さじ1杯分程度の白い粉末が入っている。

 

「久しぶりにお前を使うなぁ。銃で頭吹っ飛ばすのはたまに生き残っちゃうから、確実に死ぬならお前を飲んだほうが手っ取り早いんだよねぇ〜〜っと」

 

 粉末を医務室に備え付けられたコップに全部出して、水差しの水を入れて中身を溶かす。粉末が水に溶けて混ざったのを確認してから、俺はベッドに腰掛けてその中身を一息に全部飲み干した。

 

「……ナノカ、お前が悪いとは思ってねえ。勿論ミリアも黒幕なんかじゃない。あいつはただの……ふつーの女の子なんだよ」

 

 ──きっと、お前も。

 

 

 

 

 

「……ごぼっ、が、げぇ……」

 

 俺の言葉が続くことはない。飲み干した昇(・)汞(・)の毒性により、全身の激痛に視界が明滅し──口から溢れ出た大量の血液が服や床を汚す感触を最後に、意識が暗闇へと沈んでいくのだった。




お気に入りと感想と高評価ください。


黒部ナノカ
・牢屋敷の狂犬2号。原作でも私物を紛失した際に『なんか泥棒とかやってそうだから』くらいの理由でアリサを疑って喧嘩になりかけたほどで、冷静だったり論理的なように見えて意外と感情的。
【幻視】の魔法を持ち、触れた人物や物体に宿る過去の記憶を覗くことが出来る。時おり未来を見ることもあるが、魔法の発動はランダム性が強い。
ミリアを疑った時に向けた銃は撃つつもりは無かったが、『エマがミリアを庇った』ことでトラウマを刺激され、思わず引き金を引いてしまった。

二階堂ヒロ
・牢屋敷の狂犬1号。【記録回帰】の効果で無かったことになる世界線の話とはいえ、遠回しに「すぐに戻る(ちょっと自殺してくる!)」と言われたときは結構強烈にショックを受けている。

桜羽エマ
・原作風に言うならBADEND選択肢を選んで庇いに行ったようなもの。仮にリンネが居なかった場合、更に割って入ったシェリーが撃たれて死んでいた。

竜胆リンネ
・協力者に選んだナノカが翌日にミリアを疑い武器を向けた状況を無かったことにするべく【記録回帰】発動のために自殺をした。
あくまでも、やり直しのためには躊躇ってはいけないと学んでいるだけであって、死ぬのが怖いわけではないし、死なずに済むなら死にたくはない。

昇汞(しょうこう)(塩化第二水銀)
・いわゆる始皇帝が不老不死になれると思って飲んでいたアレに塩素を加えたモノ。昔は実際に消毒や殺菌などの用途で薄めたものを使っていたが、毒性が強すぎたために現在は使われていない。致死量は0.2〜0.4グラムで、リンネは『これ』を使って死のうとする際に必ず瓶の底に残っていた小さじ1杯分(約2グラム)を水に溶かして飲んでいる。
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