魔法少年ノ記録回帰 作:濃縮還元トレデキム
「ゴリラーーーーっ!!」
「あわわわわ、ハンナちゃーん!」
そんな悲鳴を上げながら、ハンナが俺の目の前でラウンジの床をコロコロと転がり横切っていった。それを追いかけていくエマも見送ってから、その原因である当人──シェリーを見やる。
「アイムウィナー! わーっはっはっは!」
「何やってんだお前ら」
「──! おい竜胆、いい所に来たな」
「つまりいいタイミングではないってことだ俺は失礼させてもらう」
「おい待てェ失礼すんじゃねえ」
「エーーーウ!」
早口で言いながら即座に踵を返して立ち去ろうとした俺の腕をガシリと力強く掴むアリサが、逃さないとばかりに全力で引き止めてきた。
「もうおめぇしか居ねえんだ、橘を倒してくれ」
「戦力の逐次投入は悪手だとあれほど……んで、まあ。それはそれとして説明をしろって」
「腕相撲ですよ〜、腕相撲!」
「…………。あ〜〜〜〜〜、察した」
腕をぐるんぐるん回すシェリーが楽しげに言って、俺は察する。
何周かに1回はあるんだよな、こいつと腕相撲するルートが。……うげぇ、今回もあったのか。
ラウンジ内を見回せば、俺とアリサやハンナとエマとシェリーの他には、面倒くさそうな顔をしているヒロと右肩を押さえているレイアと魔法をかけているメルル、ミリアに連れられて避難しているアンアンとノア、隅でそれらを眺めているナノカが居る。ココとマーゴだけが居ないのを見るに……逃げたな。
「ウチと蓮見と遠野が瞬殺された。あの野郎ウチの【発火】で手を炙っても気にせず握ってきやがって……どうなってんだ」
「
「う゛っ」
──当たり前のように魔法ありきで腕相撲をするな、って俺は何回ツッコミをすればいいんだよ。
アリサにデコピンしつつ、俺は……なんかもう明らかに““
「だぁあ〜〜〜、わかったわかった。やってやるよ、俺がシェリーを倒してやる」
「お、チャレンジャーですね? リンネさんとは一度どちらが強者か白黒付けたかったんですよ!」
「ふん。何を勘違いしている?」
「およ?」
ピッ、とシェリーを指さして俺は言う。
「チャレンジャーはお前だ、勿論【怪力】込みで挑んできな。ちょうどいいハンデだぜ」
「────。ほぉーう??」
そう挑発されれば、さしものシェリーの眉がピクリと跳ねる。ついでにヒロの眉間にもシワが寄る。はいはいはいはい、人に指さすのはいけないことですねごめんなさいでした。
ったく、うちの教育ママは細かくていけねぇや。
「んじゃ、ちょっと準備してくるから待ってろ」
「準備?」
「腕相撲っつったら立ってやるもんだろ、いい感じの樽が物置にあるから持ってくる」
と言って、俺は玄関側じゃなくて医務室側に出る方に向かう。途中、壁際に居たナノカと目が合い──頬を赤くして逸らされる。なんで???
こないだの一件以来、なんか妙に距離を取られている気がする。あのとき変なものを【幻視】したか、はたまた……やっぱアレかな。サイコメトリー系の能力者に「†俺の過去を見ろよ†」って迫るのはなんらかのハラスメントに該当するのかな。
魔法ハラスメント……マホハラ? なんでもハラスメントになるんだから嫌な時代になったもんだぜ。
「はぁ〜いどいてくださーいゴロゴロゴロゴロ」
「……本当にあったんですのね」
呆れ顔のハンナの言葉を横目に、俺はラウンジに樽を転がしてきた。シェリーの前に持ってきて立てると、ちょうど互いの腰くらいの高さがあり、俺は指でコンコンと叩きながら口を開く。
「結構頑丈な作りをしてるから、まあお前の【怪力】にも耐えられるだろ。準備はいいか?」
「ええもちろん。──むっふっふ、本当に【怪力】を使ってやっちゃいますよ? 吐いたツバは飲み込めませんからね?」
「お前こそ、魔法アリだと負けたあとの言い訳が出来ないことを今のうちに悔やんでおけよなぁ?」
立てた樽の蓋に互いに肘を置いて、右手をガシリと掴む……ぅ〜あぁいでででで!! もうこの時点で右手が痛みを訴えている!!!
「づ、ぐぅ」
「腕の1本は覚悟してくださいよ?」
「にこやかに言うことかァ〜〜〜っ!」
俺の手からミシミシと嫌な音が出ているのを余所に、ふと近くに立つ人影が1つ──ヒロだった。
「準備は出来たか?」
「あ、お前が審判なんだ」
「私以外に誰が出来るんだこんなことを」
「まぁそれはそう」
我々のような暴れ馬を押さえ込める奴はそうそう居ないからな……とかなんとか思案しながら、足を置く位置と、手首や腕、肘、肩の力の配分を意識する。
それからヒロが片手を上げて、俺とシェリーを一瞥して────合図をした。
「では────始め!」
「──せ〜いッ!」
「ふんぬっ……!」
どのルートでもそうだが、対シェリー戦の鉄則は……初撃を凌げるかどうかで決まる。
そして俺は、
「…………、……えっ……!?」
「どうしたァ、豆鉄砲でも食らった顔をして……!」
シェリーは俺の腕を横に倒そうとしている。しかし、俺の腕は拮抗するようにぷるぷると震えるだけで、
周りの観客も、俺がシェリーに抵抗できていることに驚愕して息を呑んでいる。
「なん、で……私の魔法は確かに発動しているはずなのに……!」
「お前の魔法は、結局のところ、体の出力がバカ高い
「っ、ふんっ……ぬぬぬぬぬぅ……!!」
今の俺は、シェリーの腕力を手から足まで力を伝達して床に流している状態だ。
……どうやってんの? と聞かれても説明が難しいのだが、こいつに対抗する技術を会得するまでに結構な数の俺が命を散らしているとだけ言っておく。
と、まあ。あとは簡単だ、どっしり構える俺と違って、無理やりにでも押し込もうとして力んでいるシェリーの方が先に息を切らす。そこを狙って倒すだけ。どれだけ腕力が強かろうと、
「くっ……ふへぇ」
「腕相撲のコツはぁ〜〜〜、横じゃなくて手前に巻き込むイメージで腕を畳めェい!!」
「ちょおわぁ〜〜っ!?」
──その一瞬、無意識に止めていた息を吸うようにシェリーの力が緩み、そこを狙って俺が逆に張り倒す。果たして床に倒されたシェリーが、ゴロゴロと転がって、俺を見上げて目を見開いていた。
「勝者、リンネ!」
「アイムチャンピョ〜ン」
「ま、マジで勝ちやがった……」
「頼っといて期待してなかったのかぁ? アリサお前こらオイオイオイオイ」
「うおおお悪かったから詰め寄ってくるな!!?」
すり足で音も無く近づいて、真横で首を傾けて顔を覗き込めば、アリサは逃げるように上体を逸らしながら謝ってくる。やれやれ、照れるな照れるな。
「まったく。ほら、これで腕相撲大会は終わりだ! リンネ、樽を片付けるように」
「へいへい。はいどいてくださーい、樽が通りますよ〜ゴロゴロゴロゴロ」
パンパンと手を叩いてこの場の全員に手短に伝えるヒロに言われて、俺は樽を倒して元の場所に持っていくべく転がしていく。
「…………リンネさん」
各自が解散するなか、樽を転がして物置に向かう俺の後ろをついてくるシェリーが問いかける。
「なんだ?」
「私に武術を教えてくれませんか?」
「え、やだ」
「即答!?」
物置の一角に樽を立ててズリズリと押して戻し、全力で握られてめちゃくちゃ痛え右手をぷらぷらと振りながら、振り返った先でガーンとしているシェリーに言葉を続ける。
「別に意地悪したいわけじゃ──いやまあ意地悪みたいなもんか、お前に教えたくないのはなぁ……単に自衛みたいなもんだ」
「と、言いますと?」
「【怪力】に加えて実戦的な武術まで教えたら、誰がお前に対抗できるんだ?」
「…………。あぁ〜〜……なるほど」
わりと切実な理由を話せば、シェリーも合点がいったように頷く。
「それもそうですね!」
「現状、お前を押さえ込めるのは看守か俺くらいなんだから、貴重な武器を渡すわけねーだろってことだ。というわけで諦めろ」
「ちぇ〜、私も発勁! とかやってみたかったんですけどねー」
「俺の心臓が爆裂するからやめろ」
──なんなら爆裂したことある。
ともあれ、シェリーが掛け声と共に突き出した掌底がボッ! と空気を割いていたのは見なかったことにしつつ、俺は物置から離れてシャワールームに向かうべく歩き出す。
「おや、お次はどちらに?」
「風呂だよ風呂。誰も居ない今のうちにさっさと汗を流したいの」
「そうでしたか。一緒に入ります?」
「入りません」
「私は別に見られても気にしませんよ? あ、でもリンネさんの腹筋には興味があります!」
「そんな面白いもんじゃないだろ……」
すたすたと歩いていると、シェリーは愉快そうにカラカラ笑いながら言う。
「じゃあ私の胸とトレードでどうです? こう見えて結構ありますよ?」
「知っ────。…………。ン゛ン゛」
「いま何か?」
「いや何も〜〜〜〜??」
売り言葉に買い言葉で反射的に『知ってるよ、見たことあるし』とか言いそうになり、咄嗟に口を閉じる。危ねえ危ねえ、脳みそパッパラパーに見えてシェリーはかなり頭が回るからな。
迂闊な発言をしていれば、俺が【
慌てて誤魔化すように咳払いをしてから、俺は改めて口を開いた。
「と・に・か・く、俺は1人で風呂に入りたい派なんだよ。仮にお前に三助を頼んでみろ、背中が削られっちまうだろうが」
「失礼ですねぇ、流石に加減しますよ!」
「ふん。そういうのはエマとかハンナみたいな女友達とやってろっつーの」
「えぇ〜。……ん〜、誘ったことありますけど、エマさんは恥ずかしがるんですが、ハンナさんはなんというか……
「似たようなもんだろ」
「全然違いますよぉー!」
顎に指を添えて考え込むシェリーを横目に、目的地に到着して扉のノブに手を置く。
「ほら、帰った帰った」
「むぅ〜。つまんないですね」
「何を期待しとるんだ」
「はぁ〜。……あ、そうだリンネさん!」
「ナンスカ」
ガチャリと扉を開けた俺の背中に声をかけてくるシェリー。入る前に一度振り返ると、無駄にいい笑顔でグッドサインをしながら提案された。
「今度、本気でケンカしてみましょうよ!」
「あーはいはい。ゴクチョーに直談判して看守と懲罰房の世話にならないと確約されるならしてやるよ」
「────。言いましたね?」
そろそろ面倒になって、話半分に流した提案。俺が気だるげに扉を閉める直前。静かにそう呟いたシェリーの、普段の朗らかさが鳴りを潜めた冷たい瞳が、扉の隙間から俺を捉えていた。
「……あの野郎、俺に何を期待してやがる」
これまでの『周』でもあまり見たことがないような無表情に、思わず衣服を脱いだ背中がぶるりと震える。さっさとお湯出して温まるとしよう。
そう思案しながら、各囚人の着替えが収納されているコーナーにある俺の着替えの上にポケットから出したスマホを置いて、脱いだ方はダストシュートに放り込み焼却炉に落下させる。
うっかりスマホを紛失するとね……ゴクチョーのめちゃくちゃ心底面倒くさそうなため息混じりの小言と共に再発行することになるから気をつけようね……
「はぁ〜〜〜、そろそろ放置されてるバスタブも洗ってお湯張れるようにしてぇなあ。あいつらも湯船に浸かりたいだろうし、ちゃんと磨かねえと」
昔は使われていたが今は使われていない、そんな状態の汚れたバスタブを一瞥してから、俺は体を洗っていく。いったい誰が得をするのかわからんシャワーシーンに謎の申し訳なさを抱きながら、全身を洗い終えて泡を流し、シャワーのバルブを閉じる。
「俺的にはもうちょいお湯が熱くてもいいんだけどなぁ。屋敷内に焼却炉があるんだし、風呂の温度もなんとかならんのかねぇ」
冷たくはないが熱くもない、びみょ〜〜〜な温度のぬるま湯しか出ないから不完全燃焼だな。
バスタブにぬるいお湯を張って、アリサの【発火】で加熱してもらうとかか? ……いや、水をお湯にする火力を出し続けてもらうのは流石に可哀想か。
……よくよく考えると、魔法のリソースってどうなってるんだ? あまり使い続ける状況にならないから、その辺はよくわかっていないのである。
例えば、走れば疲れるのと同じように魔法の使用には体力を使うのか、それとも目には見えないなんらかのエネルギーを消耗するのか。
「考えることは盛りだくさん、か」
おまけに、誰も死なせないようにしなければならないと来たもんだ。
大変なのはこれからだろう──と。備え付けのバスタオルで体を拭きながら考える。
このタオルも消耗品としてダストシュートに捨てるモノだ。勿体ないと考えるべきか、俺たちが病原菌か何かとして扱われていることに憤るべきか。……まあ、洗濯機すら無いこの屋敷で洗って使い回せと言われてもそれはそれで困るのだが。
「変なところで不便、変なところで贅沢。この屋敷は本当によくわからんな」
水気を吸ったタオルをダストシュートに捨てて、俺は全裸のまま出入口の近くにある衣服収納のコーナーに歩いていく。────と、その瞬間。
「〜〜♪」
「あん?」
ガチャリと、無造作に、扉が開け放たれる。気分よく鼻歌混じりに中に入ってきた何者かは、扉を閉めてからようやく、室内に別の誰か──俺が居ることに気がついて視線を上げた。
「〜♪ ……え?」
「あ〜、このパターンは初めてだな」
入ってきた何者か──レイアは、衣服を取ろうとしていた直前の俺と視線を合わせて、思考が停止したように動きを止める。
それから何が起きているのかを悟ったように、ぎこちなく首を動かす。顔から足元に、足元から顔に。しっかりと俺の全身を眺めてから、思い出したように顔全体を真っ赤に染め上げて────叫んだ。
「うわーーーーーーっ!!??」
こ、いつぅ……! 俺の全裸を余すとこなく見てから悲鳴をあげやがっ……たぁ!?
お気に入りと感想と高評価ください。
竜胆リンネ
・対シェリーのためだけに図書室の医学書関連の書物を読み漁り、自身の骨や筋肉の動かし方を工夫して【怪力】に対応できるようにした。
本人曰く「感覚的にはヒグマと真っ向から相撲を取ってるようなものだし普通に痛え」らしい。
橘シェリー
・【怪力】の魔法を持つ少女。とある事情から痛みを不快に感じない(気にならない)ようになっており、自身のダメージや疲労には無頓着になりがち。
うっすらと『この人(リンネ)、なにか隠してませんか……?』くらいには勘づいており、加えて自身の【怪力】に真っ向から対抗できている唯一の人物として、なんらかの
蓮見レイア
・逆ラッキー(?)スケベにより、突然男の全裸が視界に入ってビックリした。それはそれとして全部見た。上から下まで全部見てから悲鳴をあげた。