辺りが燃えているなか、奇妙な静けさに包まれていた。
先ほどまで張り詰めていた魔力が少しずつ落ち着いていく中、ミラークは召喚陣の中央に立ったまま、周囲を見渡している。
仮面の奥から覗く視線は鋭い。
その姿を見ているだけで、オルガマリーはどうにも落ち着かなかった。
「……それで?」
ミラークが口を開く。
「私を呼び出した理由を、まだ聞いていない」
「あ、うん」
立香は頷き、これまでの出来事を説明し始めた。
人類史が何者かによって焼却されたこと。
カルデアがそれを修復するために活動していること。
そして、この冬木市そのものが人理焼却が原因で生じた特異点であること。
マシュも補足する。
「私たちは、この特異点を修復したあと、他の時代へ向かいます。焼却された人理を取り戻すために」
「なるほど」
ミラークは腕を組んだ。
「つまり、お前たちは失われた世界を一つずつ取り戻していくというわけか」
「簡単に言えばそうね」
オルガマリーが答える。
「そして、そのためには強力なサーヴァントの力が必要なの。だからあなたを召喚したのよ」
「ふむ」
ミラークは少しだけ考え込んだ。
「面白そうだ」
「……え?」
立香が聞き返す。
「面白そうだと言った」
ミラークは平然としていた。
「世界そのものを焼き尽くした存在を追い、失われた歴史を取り戻す。私の知るどの戦争とも違う」
そして、わずかに仮面の下で笑う。
「興味がある。」
「じゃあ……!」
「協力しよう。」
あまりにもあっさりとした返答だった。
立香は思わず笑顔になる。
「ありがとう!」
「礼は不要だ、マスター。まだ何もしていない」
「それでも助かるよ!」
その横で、オルガマリーは腕を組んだままミラークをじっと見ていた。
「あなた…」
「何だ?」
「一体、何者なの?」
ミラークは彼女を見る。
「先ほど言っただろう。ドラゴンボーンだ」
「そうじゃなくて!」
オルガマリーは少し声を荒らげた。
「ドラゴンボーンなんて、私の知識にはないわ。あなたの魔力反応も普通じゃない。サーヴァントとして召喚されているのに、既存の英霊とは明らかに違う」
「所長……」
「気になるでしょう!?」
オルガマリーはミラークから目を逸らさない。
だが、その表情には警戒があった。
恐怖。
そう認めるのは、彼女のプライドが許さなかった。
しかし、ミラークから感じるものは、これまで見てきたサーヴァントとは違う。
敵意を向けられているわけではない。
それでも、まるで巨大な獣を前にしているような圧迫感がある。
「あなた……本当に私たちの味方なの?」
「今のところはな」
「今のところって……!」
「私はお前たちの世界の人間ではない。知らぬ世界のために命を賭ける理由もない」
「じゃあ、どうして協力するのよ?」
ミラークは少し考える。
「単純な興味だ」
「……興味?」
「そうだ」
ミラークは淡々と答えた。
「私は長い間、同じ世界にいた。竜、ドラゴン・プリースト、そして人間。権力を求める者、神に縋る者、神に逆らう者……そういうものをみてきた。旅もしたが…完全に別の世界は初めてだ。」
その声には、かつての長い年月を感じさせる重みがあった。
「だが、別の世界の歴史を修復する者たちには、まだ
興味がある。」
マシュが質問する。
「それで、私達に協力を?」
「そういうことだ」
だがオルガマリーは納得していなかった。
「……本当に、それだけ?」
「何か問題があるか?」
「いえ……」
オルガマリーはミラークを見つめる。
「あなたには、何か別の目的があるように見えるのよ」
「鋭いな」
「!」
ミラークは否定しなかった。
「だが、今のお前たちを害する理由はない」
「……信用していいの?」
「好きにしろ」
あまりにもミラークらしい返答だった。
マシュが恐る恐る尋ねる。
「では、ミラークさん。あなたは具体的に何ができるのでしょうか?」
「剣を扱う。魔術も使う。竜の言葉を操る…」
「竜の言葉……」
「そして、竜を殺し、その魂を得る。」
マシュが目を丸くする。
「竜の……魂を?」
「ああ」
「それって、サーヴァントにも有効なのでしょうか?」
クー・フーリンが横から口を挟む。
「おいおい、お嬢ちゃん。そこは試してみない方がいいんじゃねえか?」
「……そうですね。」
ミラークは気にした様子もない。
「私はドラゴンボーン。竜を殺すための力を持つ。それ以外については、実際に見れば分かる。」
「随分と簡素ね。」
オルガマリーが呆れる。
「私が聞きたいのは、もっと具体的な――」
「所長。」
立香が止める。
「?」
「たぶん、聞いても全部は教えてくれないと思う。」
「……それもそうね。」
ミラークは静かに立香を見る。
「理解が早いな。」
「褒められてる気がしない……」
「気にするな。」
その時、ミラークがふと顔を上げた。
「そういえば、一つ問題がある。」
「問題?」
「私は元の世界に、待たせている者がいる。」
「え?」
立香が首を傾げる。
ミラークは腕を組み、少しだけ遠くを見るような仕草をした。
「私を倒し今は共に旅をしている、ドラゴンボーンだ。」
その場にいた全員が沈黙した。
「……え?」
「あいつは私を探しているかもしれない…」
「旅をしていた人…あなたと同じ、ドラゴンボーン?」
マシュが尋ねる。
「ああ」
ミラークは平然と答えた。
「あまり奴を待たせると『どこに行ってたんだ』とどやされるかもしれん。」
「……」
オルガマリーが頭を抱えた。
「召喚されたばっかりなのにもう帰った時のことを考えてるなんて…」
「何が問題だ?」
「問題しかないわよ!」
クー・フーリンが吹き出した。
「ハハッ! そりゃいい。世界を救う旅に呼ばれたと思ったら、帰ったら別のドラゴンボーンに説教されるってか!」
「笑い事ではない。」
「いや、悪い悪い。」
ミラークはため息をつく。
「ともかく、そいつをあまり待たせるわけにもいかない。」
「じゃあ……」
立香は微笑む。
「早く人理を修復して、元の世界に帰ろう。」
ミラークは立香を見る。
「……そうだな。」
その返事には、ほんの少しだけ人間らしい響きがあった。
「ならば行くぞ、マスター」
「うん!」
「次は何をする?」
立香はマシュとオルガマリーを見る。
マシュは端末を確認し、オルガマリーは深く息を吐いた。
「まずはこの特異点を修復する。それが私たちの最優先事項よ。」
「了解。」
クー・フーリンが杖を肩に担ぐ。
「じゃあ決まりだな。」
そしてミラークもまた、召喚陣を離れる。
その背中には、未だ底の知れない威圧感があった。
しかし今は、それが敵に向けられるものだと分かっている。
少なくとも――今のところは。
こうしてカルデア一行は、新たな仲間を加えた。
最初のドラゴンボーン、ミラーク。
その目的は、世界を救う使命でも、人類への愛でもない。
ただ、未知への興味。
そして、元の世界で自分を待つもう一人のドラゴンボーンを、あまり長く待たせないために。
奇妙な理由ではあったが。
それでも彼は、人理修復の旅に同行することを決めたのだった。