魔法少女リリカルなのはJuggernaut 作:アラン・スミシー
彼女の人生は常に鬱屈としたものを抱え続けてきた。
9年ばかりの未だ短いといえる人生ではあるが、それでも鬱屈となるには十分な時間であった。
家族に迷惑を掛けたくないから良い子になる――それもある。
家族が構ってくれないから寂しくなる――それもある。
だがなによりも彼女の裡に有るソレが大きな原因だ。
ソレはとにかく強大な力だ。
もし発揮することが世界を大いに揺るがす程の力。
そう、もし――だ。
発揮し得ない力など無いも同然。
どれほど強大な力であろうと無意味なのだ。
そして彼女はそれを自覚している。
他の家族――兄や姉はその優れた身体能力を存分に振るってるというのに自分はなにもできない。
理数系に多少強いという点はあるがそれも慰めにはなりはしない。
振るう事のできない力ならばいっそ無ければ良かったのにと思うほど。
そうすれば少年期にかかる麻疹の様な病と思って後で笑う事もできた。
だが、力は有る。全能感に酔う少年期特有の妄想ではない確たる力が。
物心ついた時からどうにかしてそれが使えないか試してきた。
それは今になっても変わらず試し続けているが、結果は変わらない。
何も出ない。使えない。身体の裡で渦巻く力は益々強大になっていくというのにそれを使えない。
増大する力に比例して鬱屈さもまた増していく。
解放を。この身の裡で渦巻く力の開放を。
ただそれだけを願って、彼女は――高町なのはは日々を過ごして、運命に出会った。
「あははははははははははははははははっははははははははは!!!!」
天地に響き渡る豪笑。あるいは産声か。
目の前の怪物も、傍にいるイタチだかフェレットだかも忘れて彼女は腹の底から笑い声をあげる。
そうだ、これだ、これを待っていたのだと。
一日千秋の思いで待ち続けていた日がついに来たのだ。
力が、今まで使う事はおろか、放つ事すらできなかった力が遂に使える。
溢れ出る桃色の光は膨大で、この閉ざされた奇妙な世界を軋ませる。
だがそれすらもなのはからしてみればほんの僅かに零れ出た力に過ぎない。ずっと、ずっと耐えてきたのだ。生まれてきてから延々と耐えてきた。だが、それももう終わりだ。遂に解き放つ術を知ったから。
なればこそ、己の姿は強靭なものであるべきだ。
脆弱で抑圧されていた今までの自分とは違うのだから。
そうして思い描いたバリアジャケットは確かに強靭かつ強壮な物だ。
あるいは彼女がここまで強くなければ学校の制服をモチーフにした可愛らしいものになったかもしれない。
だが、このなのはは強すぎた。そして抑圧され過ぎた。
だからこそ、それを跳ね返すかのようにバリアジャケットは凶悪な姿となる。白を基調として所々に青が入る。色彩は大人しめだろう。
だが、造形は大人しいとはとても言えない。
一体どこのフロムなんちゃらだと言いたくなるぐらいにごつい。
それだけでもアレだというのに、でかいのだ。
小学3年生の少女がどうしてここまでと言いたくなるくらいにでかい。
これが魔法少女だと言ったら正気を疑われるだろう。
一体どこをどうすれば魔法少女と呼ばれる代物が2メートル半もの大きさになるというのだ。ましてや重量に至ってはおよそ800kg。
これはホッキョクグマに匹敵する体長もとい身長と体重である。
手に持つデバイスことレイジングハートすらその造形を変えて杖というより斧槍と呼んだ方がしっくりくる大きさだ。
馬鹿げている。本当に馬鹿げている。そうであるが故になのはは笑い続ける。だがそんななのはを置き去りにして状況は変わる。
なのは自身忘れているがこの変身は目の前の怪物に対抗するための物なのだ。そして怪物はなのはの事情など斟酌しない。
なのはの豪笑をかき消す程の咆哮を上げて最大の難物であるなのはに突進する。零速から超光速。物理法則を超越した突進。
もしこれが結界内でなければ人類は地球もろとも最期を迎えていたに違いない。ジュエルシードと呼ばれ、高度な技術を有する管理世界においても危険な遺物と看做されたものは伊達ではない。
たった一つでこれなのだ。ましてやその一つはその力に方向性を与えておらず無駄に垂れ流してるだけであり、仮に21個全てが集まりその力を発揮すれば宇宙の一つや二つ消滅してもおかしくないだろう。
だが、ジュエルモンスターという理不尽な怪物が突進したものは怪物をも超える大理不尽の魔法少女。
その巨体は超光速で刹那にも満たない時間で突進してきた怪物の一撃を食らって揺るぎもしない。
怪物の質量と超光速――質量×速度=運動量は破滅的な威力だというのにそれで成し得たのはなのはの笑いを止めるだけであった。
ここで一つ魔法について話をしよう。
次元世界において魔法とは一つの技術体系ができあがっている。
だからこそ学校があり、教本がある。
それでは機械科学ではなく魔法科学ではないのかと思うかもしれないがそれは違う。魔法とは文字通り魔法なのだ。
質量保存の法則を無視したり熱力学を鼻で笑える力なのだ。
あるいはより高次元においてはなんらかの法則があるのかもしれないが
少なくとも管理世界の技術力ではそれは解明できていない。
こう言ってはなんだが、少なくとも管理世界の機械技術はとても優れてるとは言えない。多元世界にすらその版図を広げられる程に文明が発達しているというのに、中心世界であるミッドチルダにおいてですら一般的移動手段は自動車だ。それもSFの様に浮いたりワープをしたりもしない。
タイヤがついてそれを回して走るのだ。
地球より優れてる点と言えば精々燃料がガソリンではなく水素である事ぐらいだろう。そう、それぐらいなのだ。地球より少し先の技術力しかない
文明なのだ。その程度の技術力で多元世界に版図を広げられるなら地球は
この宇宙位にならば人類の文明圏を広げられているだろう。
だが、そうはなっていないし、そうする事もできない。
ならば少し技術的に先にいる程度の管理世界が多元世界に版図を広げられた理由というのは最早語るまでも無いが、魔法が要因である。
次元航行艦であれなんであれ、その動力源は魔導炉と呼ばれる魔法の産物である。それがあるからこそ、多元世界にその手を伸ばす事ができたのである。もう一度言おう。魔法とは文字通り魔法なのだ。
故に
物理や数理の法則を飛び越えて自分が望む事象を都合の良いままに創り出す神の御業に等しい魔の法である。
上記においては結界が無ければ地球が最期を迎えると言ったが、これが怪物でなく人間だったならば別である。
例えば戦闘機が超音速で飛んだとしよう。その場合、当然の事ながらソニックブームが発生し場所によってはガラスが割れたりするだろう。
だが、魔法であれば、魔導師であれば結果は異なる。
意図的でない限りは例え超音速で飛んでもソニックブームは発生しない。
なぜなら術者がそうであれと願ったからだ。
ただそれだけで超音速で発生する衝撃波や轟音その他諸々を無かった事にできる。
慣性だとか気圧だとかそういうものはどうでもいいのだ。
では、それを踏まえて話を戻そう。
笑いを止めたなのははようやく怪物と対峙している事を思い出した。
そういえばこんなのいたなぁ、と可愛らしく思っているが外見は実にアレだ。
皮膚は鋼で、流れているのは血ではなくオイルな外見である。
実際にはそんな生易しいものではないが。
とりあえずこの開放感を味わうのはまた後にと考え、未だ自分に媚び諂う様に体を摺り寄せてくる(なのは主観)怪物を可哀想だが退治しなくてはならない。
そしてゆっくりと腕を動かす。
身長が2倍近くになったというのに違和感は無い。
これは自分なのだから。
バリアジャケット言うがなのはは着込んでいるわけではない。
身体そのものを変えたのだ。まさしく変身である。
そして思考もまた最適化されている。
普段通りに動けるのだ。
仮に四肢を増やしても普段通りに動ける――最適化とはそういう意味だ。
そうしてなんだかオイルとか硝煙とか鉄錆の臭いが漂ってきそうな手を広げて怪物を掴む。
いや掴んだというのは間違いであった。
五指を広げたままなのはは怪物の体内に手を突っ込んだ。
馬鹿の所業に等しいだろう。
なのはにしてみれば子犬がじゃれてる様に思えるだろうがこの怪物は超銀河団位ならば消滅できる程の超高エネルギーの凝縮体である。
ブラックホールに手を突っ込んだようなものだ。
そんな事をすれば素粒子レベルで分解されるのがオチだろう。
だが、なのはの手は無事だ。
いまのなのははブラックホールに突っ込んでも鼻歌交じりで帰って来る存在なのだから。
むしろブラックホールを取り込んで縮退炉は浪漫があると言いかねない。
そしてゴソゴソと怪物の体内を掻き乱して、核となっていたジュエルシードを勢いよく取り――いや、抉り出す。
その勢いのままなのはジュエルシードを握った手を高らかに天に突出し
「取ったぁあああ!!」
凱歌の如く高らかに叫ぶのであった。
尚、忘れ去られているユーノ少年は、なのはの魔力奔流見てから現実逃避をし続けている事を追記しておく。