「スゥーッ! ハァーッ!」
ロン先生のテントに力強い呼吸音が響く。事務机にはソバとスシのセットが二人分置かれ、ソバからは食欲をそそる香りと湯気が広がっている。ロン先生は心配そうな顔でフジキドを見ていた。
「モリタ=サン、もしかして、食欲が無いのかい?食べれるだけで良いから食べると良い。ソバが冷めてしまうからね」
「アッハイ、イタダキマス」
フジキドは食事を受け取り、ロン先生と一緒に食べ始めた。
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
ソバを啜る音がテントに響く。一流のソバシェフまでここに流れてきたのだろう。浮浪者が集まるキャンプには不釣り合いな味だ。
スシは行動食として良く売られているイナリズシだ。二度も取り逃がしたあのニンジャを思い出す。
食べてみると、中のシャリに小さなブロックの成形マグロをヅケにした物、シソ、ショーガが混ぜられている。取り逃がしたあのニンジャ、クチュリエールが持っていたイナリズシと同じ味だ。心なしか、ほんのりカラテを感じる。食欲が湧き、ニンジャ回復力の強い高まりを感じる。
「驚いたかい?さっきここに来たヤモト=サンと一緒にここで食堂をやってるサユリ=サンが作っているんだ。ここでこれ程のソバとスシにありつけるとは思わなかったよ」
「……彼女達はいつからここに?」
少し自慢気なロン先生にフジキドは思わず問いかけた。
「一ヶ月前からだね。ここのヨージンボーのワタナベ=サンが家出した娘とその友達を連れて来たんだ。どうなる事かと思ったけど、文句も言わずこのキャンプに馴染んでくれて良かったよ」
「そうですか……」
ここのヨージンボーも多分ニンジャだろう。そうでもなければヤモト=サンとクチュリエール=サンをここに連れてこれないはずだ。
ソウカイヤが何を企んでこのキャンプに一ヶ月もニンジャを潜伏させたのかはわからないが、碌な事ではないだろう。探らなければならない。
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
フジキドとロン先生は食事を再開して残りのソバとスシを完食した。スシにより高まったニンジャ回復力により、フジキドの血色が良くなっている。ロン先生はこの急激な体調の回復を見て驚いた。フジキドはおもむろに立ち上がる。少しふらつくが無理している様子は無い。
「大丈夫かい?調子が良くなったのは良いけど、無理はしないでくれよ」
「ダイジョブです。村長にお礼を言いたいのでテントの場所を教えて頂けますか?」
「一番奥にある水牛革製のテントだよ。重ねて言うけど、無理はしないで体調が悪くなったらすぐに戻って来なさい」
「ありがとうございます」
フジキドはゆっくりと村長のテントに向かった。
━━━
ロン先生のテントから少し離れた一番奥の水牛革製テント。フジキドは村長のテントから出てきた浮浪者とすれ違い、そのままテントに入っていった。
「噂をすれば、だ」
フジキドはテントに入った途端、サイバネティック義手をした太った老人に指を差された。老人の前にいた男がこちらに振り向く。がっしりとした四角いシルエットの男だ。只者ではない。やはりニンジャだ。フジキドのニンジャ第六感が囁いた。
「ドーモ、はじめまして、ワタナベ・サカキです」
「ドーモ、ワタナベ=サン。モリタ・イチローです」
ワタナベがアイサツし、フジキドもオジギとアイサツで返した。
「ひどい怪我だな」
「タジモ=サンのおかげで大事には至りませんでした」
イチローはタジモにオジギした。
「モリタ=サンはすぐそこの下水のところで倒れていたのだ。今朝の事だよ。意識を失い極めて危険な状態だったが、ロン先生の処置で息を吹き返した。驚くべき生命力だとセンセイも驚いていたよ」
「ふうむ」
「ロン先生は言うておる。それでも満足に動けるようになるまで一週間はかかると。わしらはしばらくとどまるようにモリタ=サンに伝えておるのだが、聞き入れてくれなくてな。ワタナベ=サン、あんたからも頼むよ」
タジモ老人が困り果てた表情でワタナベを見た。
「事情がどうあれ、急いだヒキャクがカロウシした、という言葉もあるぞ。モリタ=サン」
「.......」
「焦りの理由を話してくれれば、なにか力になれるかも知れんぞ」
ワタナベは言った。フジキドは険しい顔でワタナベを見返した。何か情報を引き出せるかもしれない。フジキドは折れた。
「人を探している。行方知れずなのだ」
「家族か」
「......そうだ」
フジキドは言葉を吐き出すように言った。
「モリタ=サン。とりあえず寝場所が要るな。俺のテントを使え。軽く話でもしようじゃないか、お客さん」
━━━
「ただいま。サユリ=サン」
「おかえり。ヤモト=サン」
ラストオーダーが終わった食堂のキッチンでは余った食材を使った賄いの調理中だ。出来上がった料理は二人の夕食とワタナベの晩酌用ツマミになる。ヤモトは客席のテーブルを拭き始めた。
「ロン先生のテントにいる患者のモリタ=サン、死にかけてたんだって」
「……ヨタモノに襲われたでヤンスか?」
「さあ、そこまでは聞いてないよ。ただ、あの人アグラ姿勢でチャドー呼吸してた。……そうだ、あと何故かアタイを見て驚いてた」
「……只者じゃないでヤンス。もしかしたらニンジャスレイヤーかもしれないでヤンス」
二人は作業の手を止めて互いを見た。
「多分、遠からず追手が来るでヤンスね。ダイダロスの顔を見ずに済んだ日々もこれで終わりでヤンス……まあ、追手の前にこの閉所で逃げられないままニンジャスレイヤーに殺されそうでヤンスね」
「まさか、本当にニンジャスレイヤーだったらアタイはもう死んでるよ」
「その通りであって欲しいでヤンス」
二人は作業を再開し、ニンジャ身体能力と器用さであっという間に賄い作りと仕込み作業、片付けを終え、賄いを抱えてワタナベのテントに向かった。
━━━
全員の帰宅タイミングが重なったようだ。テント前で四人が合流した。
ワタナベのテントは牛革とビニールを複雑に継ぎ接ぎし、カワラをニカワで貼り付け補強した立派な住居のような佇まいだ。
「ただいま。この人はモリタ・イチロー=サン。人捜しをしているそうでな。お前達にも心当たりがないか知りたいから一緒に話を聞いて欲しいんだ」
「ドーモ、モリタ=サン。ヤモト・コキです」
「ドーモ、ワタナベ・サユリです」
「ドーモ、ヤモト=サン。サユリ=サン。モリタ・イチローです」
ワタナベから事情を聞いた二人はフジキドとアイサツを交わしてテントの中に入る。
記憶の中のニンジャスレイヤーと一致する声にサユリの気は重くなった。フジキドはサユリをじっと見ている。多分正体に気付いているのだろう。
テントの中は、外見以上に驚きだった。二段式のベッド、うず高く積み上げられた書物やマキモノ。ワタナベはクーラーボックスからサイタマ・シュリンプ・ビールの缶を二本取り、ひとつをモリタに手渡した。モリタは断りかけたが、結局受け取った。
並行してサユリとヤモトがテキパキと準備を進め、食事の準備が整う。サユリとヤモトの分のチャを淹れ、チャブダイの上には成形マグロのヅケを使ったスシ、ペペロンチーノソバが載っている。
「まあ座れ、モリタ=サン。」
「ドーモ」
フジキドは頷き、ワタナベはニヤリと笑った。
「お互いの家族にカンパイだ」
スシを肴にシュリンプビールを缶のまま飲みながら、モリタはテント内のあちこちに張られた色褪せた写真に目をやった。
写真に映るのはキモノを着た美しい女、そして、四歳ぐらいの子供。それらに混じってワタナベとサユリが一緒に写った写真が並べられている。
「ソウカイヤの企みについて警戒してるなら、その心配は無いでヤンス」
唐突に核心を突かれてフジキドがサユリを見つめた。
「お父さんはソウカイヤで殺しをするのが嫌になって出奔したでヤンス。その後、私達二人が近くを通った際にソウカイヤを辞めさせるチャンスだと思ってIRC端末を壊してここまで連れて来たでヤンス。ソウカイヤは営利団体でヤンス。アッシら程のニンジャで何かするなら、大企業相手にやってるでヤンス。そもそもここで何か企んでるなら、ニンジャスレイヤー=サンは手当てされないでヤンス。その前にキャンプはツキジになってるでヤンス。」
説得力に溢れた身も蓋もない暴露を聞いてサユリ改めクチュリエールを除いた三人は目が点になった。
Q.なんで急に暴露したんですか?
A.変に疑われるなら先に全部バラした方がいいかなと現実を見てヤケになりました。