身も蓋もない暴露を聞いたニンジャスレイヤーは、ヨロシサンの第一ユタンポ工場で起きた電脳戦のさなか、ダイダロスがIRC上で発した言葉を思い出した。
『ナンシー=サン!貴方を手に入れ、私のネンゴロのクチュリエールを連れ戻し、生体LAN直結して並べてファックします!』
ダイダロスからの扱いを思えば、戻りたくないのは明白だ。クチュリエールの暴露は嘘ではないのだろう。
話自体も筋が通っている。ニンジャスレイヤーは確信を持ってクチュリエールの言葉を信じた。
「オヌシの言葉を信じよう。クチュリエール=サン」
「アッハイ」
すぐに信じて貰えるとは思わなかったクチュリエールは驚いた。二度も戦い、そのどちらもニンジャスレイヤーに痛打を与えた自覚があるからだ。
現実味を感じられず、呆けていたクチュリエールをブロッサムが抱き締めた。
「サユリ=サン!信じて貰えなかったらどうするの!」
「こういうのは下手に隠すより全部伝えた方が良いと思ったでヤンス……」
「ヤモト=サン、サユリ=サン、落ち着くんだ。これ以上の手は無かったんだからな」
ブロッサムをインターラプターがなだめる。インターラプターにはニンジャスレイヤーについてはクチュリエールとブロッサムから説明済みだ。
逃げに徹したクチュリエールを追い詰め、ソニックブームとクチュリエールの二人がかりでタタミ・スリケンを全て当てた上で逃げられたと聞いて素直に『今の自分より上』であると理解したのだ。
━━━
肴があれば酒が進み、酒が進めば話も弾む。
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
「ズルッ!ズルズルッ!ズルーッ!」
間にスシを挟みながらペペロンチーノ・ソバを啜るクチュリエールとブロッサムの前で、ニンジャスレイヤーとインターラプター……否、モリタとワタナベはスシと酒を楽しみながら談笑していた。
「俺の家族だ。妻の名はミマヨ。娘の名はオハナ」
ワタナベはビールをあおった。色褪せた写真に映るのはどれも同じ人間だ。キモノを着た美しい女、そして、四歳ぐらいの子供。
「二人は今はロッポンギに住んでる。新しい夫とな。……それでよかったんだよ」
モリタはワタナベをさえぎらず、ただ耳を傾けていた。
「俺は家族を顧みなかった。デッカーとしてネオサイタマを守る。それが義務と固く信じていた。
ヤクザをカラテで殴るこの手から、知らないうちに、いろんなものがこぼれていった。いろんなものが」
ワタナベは震える手のひらを見つめた。ワタナベはタッパーからオハギをつかみとり、口の中に押し込む。
モッチャモッチャと咀嚼して飲み込み、ワタナベの目がぼんやりと曇った。
「オハギが止められないんだよ……情けないだろう。闘争に明け暮れ、オハギで疲労をごまかした。
妻が娘を連れて出ていったのを知ったのも、一週間も経ってからだ。出迎えてくれたのはサユリだけだった。
こんな俺の為に残ってくれたんだ……」
色褪せてないワタナベとサユリの写る写真を手に取るワタナベの目から堪えきれない涙が流れる。
「妻の再婚相手は、当時の俺の部下だ。だが……あいつなら、俺のようなクズとは違う、幸せな家庭を築けるはずだ。
それで良いんだ……会うべきじゃない……」
ワタナベは流れる涙を袖で拭った。
「サユリは俺がデッカーですらなくなり、ソウカイ・ニンジャになってザイバツニンジャを殺すようになってもニンジャになってついて来てくれた……」
「ザイバツニンジャ?」
モリタは知らない言葉が出てきたので思わず聞き返した。
「ザイバツ……ザイバツ・シャドーギルドはキョート共和国を牛耳るニンジャ組織だ。ザイバツニンジャはザイバツ所属のニンジャの事だ。
ソウカイヤを遥かに超える規模を誇り、ソウカイヤと敵対していて、絶えずネオサイタマに攻撃を仕掛けている。ソウカイヤでは強くて有能なニンジャは大体、対ザイバツに当てられるな」
「そんな組織があったのか……」
「……攻めて来るザイバツニンジャを返り討ちにする生活を送っていた俺は殺しに耐えきれなくなって逃げ出して、ここでヨージンボーをやっている。
その上、娘を七ヶ月も放置しておいて、通りかかったからと思い出したように友達共々ここに連れて来て、ソウカイヤから引き離そうとしている。俺は今、何をやっているんだろうな……」
ワタナベは三本目のビールを開けた。
「家族を守っている」
モリタが言った。
「そうだろう。ワタナベ=サン。今はこのキャンプと家族を守っている。尊い仕事だ」
ワタナベは驚いた顔をし、瞬きしてモリタを見返した。ワタナベは震えていた。オハギ中毒の症状ではない。涙をこらえて震えているのだ。
「俺はただ、会う奴みんなにこんな話をして、同情を買いたいだけなんだ、モリタ=サン。情けない男なんだよ。だが……」
ワタナベは目頭を押さえた。
「来月は娘の誕生日なんだ。会いには行けないが、サユリと一緒に祝う事になってる。……見つかるといいな、その……」
「名は、ユカノだ」
モリタは静かに答えた。
「私のセンセイの忘れ形見で、18になったばかり。血のつながりはないが、守ってやれるのはもはや私だけだ。センセイは死んでしまった」
「行方知れずか…心配だろうな」
ワタナベは言った。
「仕事柄、ネットワークは無い訳ではない。知り合いの情報屋に掛け合ってみよう。スシを食べてるからお前の怪我はすぐ治るはずだ。
治ったら相撲バーの『チャブ』にいるバーテンのマイニチに会いに行くといい」
ワタナベはモリタに右手を差し出し、モリタは握手に応じた。
「家族はいい、モリタ=サン」
ワタナベの言葉は自らに言い聞かせるようでもあった。
「じゃあ、人捜しの依頼はアッシが出して来るでヤンス。
ヨージンボーがいつもと違う行動をしてたら目立つでヤンスから」
クチュリエールが会話に割り込んだ。
「これでもソウカイヤでは偵察諜報をやってたでヤンス。この手の探し者は任せて欲しいでヤンス」
━━━
翌日の日の入り。パトロール中のワタナベは自分をつけてくる足音に気付いていた。引きずるような弱々しい足音だ。
何度か路地を選び、注意深く角を曲がって試したが、足音がワタナベをつけているのは確実だった。
ワタナベはあれこれ考えるのをやめた。最悪、カラテで対処すれば良い。ワタナベは立ち止まり、言った。
「何の用かね」
「アイエエ……!」
「お前は!」
ワタナベは振り返った。狭い路地に立っていたのは、彼が助けた浮浪者のノリタだった。
「確か、お前は……ノリタ=サン?」
「ドーモ。ワタナベ=サン。いや。インターラプター=サン」
浮浪者は顔を歪めて口を開いた。濁った目がワタナベを見据えた。
「ソウカイヤでヤンスか。随分遅かったでヤンスね」
ノリタの後ろから角を曲がって中年女性が現れる。路地に入り込むと、服と身体がほどけて中からクチュリエールが現れた。
「はじめまして、私…わた、私は……」
浮浪者の首がガクガクと不気味に揺れた。
「わたし、は、ウォーロック、です。インターラプター=サン。クチュリエール=サン。このひと、の、カラダを、かりて、います」
「偵察諜報部門のエースまで出すでヤンスか?ゲイトキーパー=サンも本気で来たでヤンス」
「チューニング、が、なかなか、はああああ、ああ、アババババ……もう大丈夫です、インターラプター=サン、クチュリエール=サン」
痙攣がおさまると、やせ衰えた顔には別人の様な凄みが宿っていた。
「お会いできて光栄です、インターラプター=サン、クチュリエール=サン」
「その名で呼ぶな。カラテを叩き込むぞ」
「カラテ!あのタタミ・ケンですな。見ていましたとも、この目でね!ヒョットコをハリツケに!なんともムゴいカラテでしたな。あなたの拳は錆びついていない。ボスもお喜びですよ」
浮浪者……ウォーロックと名乗った正体不明の存在は歯を見せて笑った。
「モータルを撫でたくらいでニンジャのカラテを語るようなニンジャをアッシら相手に送って来たでヤンスか?
ソウカイヤも終わりが近いでヤンスね……」
ウォーロックはクチュリエールの揶揄に少しも動じていない。
「私がソウカイ・シックスゲイツに入ったのはつい先日です、インターラプター=サン。クチュリエール=サン。
と、言いますのも、クチュリエール=サンとブロッサム=サンからお聞きしてると思いますが、大幅に欠員が出ましてね……」
「それについては聞いている。ニンジャスレイヤーが殺して回ったのだろう?」
「どうせ、ニンジャスレイヤーをテウチにすれば私達全員のオトガメは無かった事になりますって話でヤンス」
「ホホホ!話が早くて素晴らしいですね!流石、偵察諜報部門の若きエースと呼ばれただけあります!」
物わかりの良い二人の反応にウォーロックも上機嫌だ。
「追加報酬で464大学病院の血中アンコ透析と神経洗浄の治験まで入ってそうでヤンスね」
「……どこでそれを?」
ウォーロックがクチュリエールをじっと見つめる。
「雑誌の飛ばし記事を見て面白そうだから調べてたでヤンス。インターラプター=サンへの交渉材料に使われそうな気もするでヤンスからね」
「サユリ、いつからそれを……」
「残虐性が復活したら面倒になるから教えずにいただけでヤンス」
クチュリエールは肩をすくめた。
「クチュリエール=サン、貴方にとっても良い話があります」
「ダイダロス=サンが死んだでヤンスか?」
「ご明察ですね。流石クチュリエール=サン。セキュリティ部門の部門長の座が空いてますよ」
「座り心地の悪そうな椅子でヤンスね」
「ホホホ!とにかく、ニンジャスレイヤーの首、お待ちしておりますよ」
言い終えるとウォーロックであったノリタは唐突に意識を失い、糸の切れたジョルリ人形めいて倒れ伏した。
オハギとクチュリエールへのインストラクションが酷い悪魔合体してとんでもない回想になってる……