「ニンジャってのはよ」
タナカ・カギ改めシルバーカラスは言葉を探しながらホワイトボードに図を描いて解説する。
「所謂ニンジャ洞察力、ニンジャ記憶力ってのか……生身の人間の学習セオリーとはだいぶ違う」
ブロッサムとクチュリエールはやや緊張した面持ちで聞き、ソニックブームは楽しそうに聞いている。全員がジュー・ウェア姿で、手には木剣。
「……なんでシックスゲイツにまで教える事になっているんだ?」
「どうした?何か問題でもあんのか?」
「……いや、何も問題は無い」
四人がいるのは主の無いアドバンスト・ドージョーであった。ビル街の中にこうした物件が放置されているのがネオサイタマだ。おそらくオーナーはドージョー設立から日を待たず、死ぬか夜逃げするかしたのだろう。タタミはまだ新しく、壁の「イアイ」「カラテ」「ヤツケテ」のショドーも劣化が無い。
「話を続けるか。俺たちニンジャにはニンジャ洞察力やら何やらがあるから、とにかく集中して基本のムーブメントを覚えりゃいい。水門が閉まった湖に雨が降っても、川には水が流れない。基本カラテは水門を開くカギだ。……ってもう分かってるか」
「……はい」
ブロッサムは頷いた。そんなブロッサムを見てクチュリエールがうんうんと頷き、クチュリエールの頭をソニックブームが撫で回した。
「ところで……何故ソニックブーム=サンまでイアイドーを学びたがるんだ?」
「ちょいと試したいワザがあってな」
シルバーカラスが聞くとソニックブームはハンドポケットをするかのようにジューウェアの帯に両手の親指を引っかけてドージョーの隅にあるサンドバッグに向き直った。サンドバッグまで3m程離れている。
瞬間、ズドンと重い衝撃音が響き、サンドバッグが大きく揺れて壁にぶつかった。指を引っかけた帯を鞘に見立てて加速するイアイめいたソニックジャブだ。サンドバッグを壊さない程度に手加減されている。
「……なるほどな」
「面白いだろ?本来はこれをポケットで行うから挑発、心理的アンブッシュ、イアイの術理による威力とパンチスピードの上昇を同時に出来る。これを考えたクチュリエールサマサマだな」
ソニックブームにイアイドーの心得が無いだけでシルバーカラスから見ても理屈そのものは見事にイアイであった。
シルバーカラスの目がクチュリエールに向いた。とんでもない発想をするお嬢さんだ。
「理由はわかったから続けるぞ……基礎の基礎、武器無しのカラテとの共通部分はもう出来てるから巻きで行く」
三人にイアイドーをインストラクションしながらシルバーカラスは昨晩の事を思い返した。
━━━
「で、何をやらかしてきたんだ、お前さん達は」
コインランドリーでタナカが二人に問いかけた。近くの洗濯機にはナッツクラッカーの血しぶきがかかり、乾燥機の上には切断された左手が転がっている。
「ソウカイヤから逃げてきたでヤンス。直属の上司からの嫌がらせに耐えかねたアッシら二人はオハギ中毒のニンジャに拉致されて、丁度良いからそのまま帰らずにいたら彼氏も追っかけて来たでヤンス。今は四人で逃避行中でヤンス」
「言葉にすると変なクスリでもやってそうな話だよね」
「……そうか、ちょっと理解が及ばないがなんとなくわかった」
クチュリエールの話を聞いてタナカが痛くなった頭を抱えていると、コインランドリーの自動ドアが開いてコンビニのビニール袋を持った長身の男が入ってきた。
「迎えに来たぞ……なんだ?この状況は……」
「アー……このお兄さんはお前さんの彼氏かい?」
「そうでヤンス」
タナカは入ってきた長身の男に見覚えがあった。ソウカイ・シックスゲイツの一人、ソニックブームだ。
シックスゲイツの一人がソウカイヤを抜けるという自分の想定を遥かに超えた話にタナカの頭が更に痛くなる。
「ソニックブーム=サン。この人はタナカ=サン。刺客ニンジャを返り討ちにするのを手伝ってくれた人だよ」
「ドーモ、はじめましてソニックブーム=サン。シルバーカラスです」
「ドーモ、はじめましてシルバーカラス=サン。ソニックブームです」
タナカは自身のニンジャネーム『シルバーカラス』を名乗ってアイサツした。ソニックブームもまたアイサツを返す。
「二人を助けてくれてありがとうございます」
「……どういたしまして。俺の助けは要らなかったようだがな」
ソニックブームの感謝にタナカは謙遜で答えた。実際、自分の助けは要らなかった。あそこからナッツクラッカーが逆転するのは無理だっただろう。
「それでもあんたは二人を助けようとしてくれた。何かしらの形で謝礼させてくれ」
「……そうだな」
ヤクザ上がりのニンジャだからこういった事には厳しいのだろう。何か受け取らないと収まらなさそうだ。
ふと、タナカのニューロンに出っ歯のドクターから受けた余命宣告が響いた。
『まあ、ここまで来ると、オタッシャ重点なんですねえ』
『ニンジャでもダメなものはダメだという事が最近解って来ました、ハイ』
『半年もつか?』『いえ、残念ながらで』
『マネーあるんでしょ?ニンジャなら。好きな事して暮らしたらどうです?』
『それかボンズですね。罪の意識とかありますか?いいんじゃないですか?そういう余生とか……或いは、やり残した事とか』
(やり残した事か……)
「もし、お嬢さん達がイアイドーに興味があったらインストラクションさせてくれ」
「それで良いのか?」
「 医者から余命半年以内、オタッシャ重点と診断されてな……欲しい物は無いが、何かを残したくなったんだよ」
「そうか、それなら俺にもインストラクションしてくれるか?」
「え?」
━━━
基礎が出来ていて飲み込みも早いからか、シルバーカラスが教えられる範囲のインストラクションは全てあっさりと終わった。彼女達がたまたま隣に住んでいてほぼ住み込みに近かった事と仕事を辞めてインストラクションの時間を大きく取った事も大きかった。
イアイドーの究極、カタナにカラテを注ぎ、自らをカタナと化す『ゼンめいたイアイ』これについても自分の知ってる範囲の全てをインストラクションして自分に出来る事は全て無くなった。
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホーッ!ゲボーッ!」
シルバーカラスは何度も吐きながら、薬を探ってもがいた。
どうにか薬を飲み、落ち着いたシルバーカラスは自宅の窓辺に座って外を眺め、『少し明るい海』と書かれた箱から最後のタバコを取り出し、火を付ける。じっくりと吸いながらソーマト・リコールめいて昔を振り返る。
(なんともったいなき事)
シルバーカラスがニンジャとなり、ドージョーに通う意義を失ってドージョー通いを辞めた日の事。
(願わくは、オヌシ自身の中のイアイドーが、いつかオヌシを促さん事を)
師であるタオシ・ワンツェイとの最後の会話。
(イヤーッ!)
(グワーッ!)
ニンジャとなってからの戦いの日々。
(ねえ、アタシと一緒だと落ち着く?アカチャン)
懇意にしているオイラン、ノナコとの日々。
ヤモトとサユリとの出会い、コインランドリーでの戦闘、ソニックブームの合流、イアイドーのインストラクション、ヤモトとサユリが作った豪勢なオーゾニ。
意識が現在に戻ったシルバーカラスは吸いきったタバコを灰皿に押し付けると壁に身体を預けて力を抜いた。ドアが開き、壁に寄りかかるシルバーカラスを見たヤモトとサユリが慌てて駆け寄る。慌てた様子で喋っているが、何を喋っているのかよく聞こえない。
シルバーカラスは大げさだと笑いながら眠気に身を任せた。
ヤモト=サンが強くなりすぎた上にソニックブームとクチュリエールも付いてるから追手がみんな画面外で死んでる……
シルバーカラス=サンはインストラクションした相手が元々強く、基礎も出来ていてニンジャ学習能力ですぐ覚える為、自分の知るイアイドーの全てをインストラクションする事ができました。やり切った達成感を抱えて『少し明るい海』を全て吸い切り、眠るように死にました。