埃と煤煙、油と錆。カバヤキ屋台のテリヤキ・ソースが焼ける匂い。タマ・リバーにかかる「絶望の橋」を渡った先にある、潰れかかったような平屋のプレハブが迷路のように立ち並ぶ地。それがオオヌギ・ジャンク・クラスターヤードである。
道路脇では煤と泥で真っ黒になった子供達がじゃれ合いながら駆け抜け、失禁しながらへたり込む泥酔者の脇を走り抜ける。プレハブに打ち付けられた無骨なトタン看板には「アンタイセイします」「毎日集会」「立ち退きしないと思う」といった戦闘的文言。
それらのスローガンと競い合うように、それぞれの家屋には、粗末な電球で飾り立てられた胡散臭い看板が掲げられている。
そんな食い詰め労働者の吹き溜まりにある半壊ガレージめいた食堂のオープンスペースでモジョー・ガレットを食べる男がいた。目深に被ったハンチング帽と重金属耐性のトレンチコートという身なりは、この町のネイティブたちと比べれば小綺麗とすら言える。
ラフなヤクザシャツとヤクザズボンを着た長身の男と重金属耐性のパーカーとカーゴパンツを着た小柄で豊満な少女が食堂に入り、ハンチング帽の男の対面に座った。
「ドーモ、モリタ=サン。フマトニです」
「ドーモ、サユリです」
「ドーモ、フマトニ=サン。サユリ=サン。モリタです」
アイサツの後、二人はモジョー・ガレットとケモ・コーラを注文した。
こちらのモジョー・ガレットは乾燥オキアミ、乾燥ベニショーガが混ぜられた物に乾燥カツオブシとバイオネギを乗せて食べる豪華仕様。トッピング全部盛りだ。
小麦粉と化学プロテインを水で溶いたペーストを鉄板に流し、半生の状態をヘラですくって食べるモジョー・ガレットは、安価な栄養源としてネオサイタマ下層民の間で重宝される食物である。ジャンクだが意外とクセになる味でそこまで悪い物ではない。
「モリタ=サンもドウグ社に用事でヤンスか?」
「そうだ。オヌシ達も注文していたのか?」
「これからサユリの分を注文する所でな。女の子なんだからもっと可愛らしい物を欲しがりゃ良いってのに」
「命がかかってるでヤンス。ダークニンジャ=サンやゲイトキーパー=サン対策に頑丈なブレーサーだけでも揃えておきたいでヤンス。本当は全員分揃えたいけどみんなには断られたでヤンス」
「使い慣れたやつがあるからな。今更浮気はできねぇよ」
二人は店主の老婆が運んで来たモジョー・ガレットを鉄板に流し込み、火が通った箇所をヘラで掬い、はふはふと舌を焦がしながら食べ進め、ケモ・コーラで流し込む。
先に来ていたハンチング帽の男はモジョー・ガレットを食べ切り、トークンを鉄板の脇に置き、オジギして立ち去った。
「ああ?何でオムラの社用車がこんな所に?」
「 ジアゲか何かでヤンスか?」
モジョー・ガレットを食べる二人の前をオムラの社章がペイントされた黒塗りの車が通り過ぎた。
(そういえば、この辺でオムラのロボが暴れる話があったような……)
サユリはうろ覚えの記憶に何かが引っかかったが思い出す事ができなかった。
モジョー・ガレットを食べ切った二人はトークンを鉄板の脇に置き、オジギして立ち去った。
━━━
好奇の視線を受けながら、二人は迷路のような路地を抜け、やがて目的の店「有限会社ドウグ」のプレハブへたどり着いた。軒先には木彫りのオメンが吊るされ、魔除けめいて通行人を睥睨している。
ショージ戸が開き、フロシキ包みを背負ったモリタが出て来る。互いに会釈を交わし、入れ替わるようにサユリが中に入って行った。
「モリタ=サン。話がある」
「どうした?フマトニ=サン」
ハンドポケット姿勢のフマトニがモリタを呼び止めた。
「ダークニンジャ=サンの事なんだが……アイツは生きている」
「だろうな。殺せたとは思っていない」
フマトニの言葉にモリタはわかりきった事のように反応した。
「折れたベッピンは行方がわからなくなったという話だが、油断はするなよ。アイツは素手でもイアイドーを使えるんだ。油断したらバッサリ斬られる」
「カタナも無いのにイアイドーを?」
モリタの困惑に答えるようにフマトニはポケットを鞘に見立て、指を内側に少し折りたたんだ構造のクナイ・ダートめいた変形チョップ突きをイアイめいた動きでゆっくりと実演してみせた。イアイドーの心得を得たフマトニの動きはモリタの目にカタナでイアイする姿を幻視させた。
「……これは、一体……」
「サユリ=サンが編み出したワザなんだがな、その時たまたまダークニンジャ=サンが見物に来ていたらしい。かなり高く評価してたって話だから使ってくるかもしれねェ」
「……何故、このような事を?私はお前達を殺そうとしたのだぞ」
「トミモト・ストリートでサユリ=サンとヤモト=サンを見逃してくれたからな。……そう簡単にくたばるんじゃねェぞ」
「……かたじけない」
フマトニのインストラクションに感謝して、モリタは路地の中に消えて行った。
━━━
真夜中のノビドメ・シェード・ディストリクト。ネオサイタマ有数のマイコ歓楽街に張り巡らされた運河を無人操縦の屋形船が行き来している。
運河沿いの道をひとつ奥へ入り、淫靡なネオン看板が表通りよりもさらに過密に交錯する路地裏、その一角にある雑居ビル。
ブルーとピンクのうるさいネオンで「オジサン」と飾られたマイコステーションの隣には錆び付いた日焼けサロンの看板がかけられている。その中にあるエレベーターで確定的な殺意を胸に二人のニンジャが地下13階に降りていた。
片方のニンジャはナインフィンガー。右手を完全カスタムオーダー精密サイバネティック義手化したハッキングが得意なニンジャだ。
もう片方、朱色のニンジャはオブリヴィオン。サイバネ改造した両手を使い、掴んだ相手を電磁超振動によって粉々に分解する恐るべきニンジャだ。
手練れが歓楽街の奥深くを探れば、屋形船のような移動密室でもなお不足な……スネに傷を持つ人々、あるいは企業の重要機密に触れる何か。そういった用途のために設けられた閉鎖空間を貸す店を見つける事が出来る。この雑居ビルはそういった「キンコ」と呼ばれる類の店の一つである。
二人は別の階のキンコを借りた後、ナインフィンガーのハッキングで目的の13階に降りたのだ。
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「イヤーッ!」
地下13階。オブリヴィオンがフートンの上で眠るチューブをたっぷりと張り付けた男に放った突きは素早い寝返りで躱された。彼の身体中に固定されていたチューブ類が寝返りの際にブチブチと外れる。オブリヴィオンの突きはフートンごと床を穿った。
「イヤーッ!」
男は両脚を振り回し、オブリヴィオンの脚を払う!不意をつかれ転倒しかかったオブリヴィオンの身体を男はスプリングキックでその胴体を蹴り飛ばした。
「グワーッ!」
オブリヴィオンは吹き飛びながらバック転を三連続で決め、ジュー・ジツの構えで着地した。
「イヤーッ!」
フートンから斜めに飛び出した男はダークニンジャだ!ニンジャスレイヤー、ドラゴン・ゲンドーソーとのイクサで昏睡していた彼は自身の危機に意識を取り戻したのだ!
ぴっちりしたシャツにボクサーパンツ姿のダークニンジャは冷静に状況を把握し、己が取れる最善手を取った。
「ダークニンジャ=サン!?まさか、ニンジャスレイヤーとのイクサでそれ程までのダメージを負っていたのか!?」
ダークニンジャはハンドポケットをするかのようにボクサーパンツに両手の親指以外の指を突っ込み、オブリヴィオンに向けてゆっくりと歩き出したのだ!オブリヴィオンとその後ろにいるナインフィンガーにはダークニンジャが自分に近付いてパンツを脱ごうとしているようにしか見えない!常軌を逸した行動に二人は動揺した!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
オブリヴィオンは右腕を振り上げチョップする!対するダークニンジャは鋭く踏み込み、ボクサーパンツを鞘に見立ててイアイめいた動きで繰り出す変形チョップ突きでカウンターだ!
「アバーッ!」
オブリヴィオンの右腕が振り下ろされる前にダークニンジャの変形チョップ突きが右肘ごとオブリヴィオンの首を刎ね飛ばした!
「サヨナラ!」
落ちた首が爆発四散してナインフィンガーが後ずさる。
「今からお前を尋問する」
「ソウカイヤを私するヨタモノめ……」
右手をボクサーパンツに突っ込んだままのダークニンジャを前にナインフィンガーは悪態をついた。
ダークニンジャファンの方々、ごめんなさい。これは全て書籍版の挿絵のせいです。
カッコよく居合拳でオブリヴィオンを瞬殺するダークニンジャ=サンを書こうとしたけど、挿絵が下着姿だったからついやってしまいました。
いくらダークニンジャ=サンでも命の危機で余裕が無いから冷静にこういう事をやってくれると思います。