中国地方の五割を覆う、広大なタマチャン・ジャングル。ここは重金属酸性雨耐性を獲得したバイオバンブーとバイオパインから形作られる、陰鬱でサツバツとした密林だ。
陰謀渦巻くメガロシティ、ネオサイタマ。その遙か北に広がるこの密林をジャングル仕様に改造された軽トラベースのキャンピングカーが重金属酸性雨が降りしきる中、駆け抜けてゆく。
前方の車両の運転席にはサバンナルックの小柄な少女。その上の荷台には更に小柄な少女がギリースーツを着て座り、周囲を警戒している。
しばらくキャンピングカーが走っていると、突如としてギリースーツの少女の背後に赤黒の人影が音も無く降り立った。
「ドーモ、クチュリエール=サン。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。クチュリエールです」
ニンジャスレイヤーにアイサツされたクチュリエールは背後のニンジャスレイヤーに向き直り、ジツ生成ギリースーツを分解してアイサツを返した。
中に着ていたのはブロッサムとお揃いのサバンナルックだ。左手にはピッチングマシンめいた機構の付いたガントレット、右手にはドウグ社のオーダーメイドブレーサー、肩にスリングで偽装用のハンティングショットガンのレプリカをかけている。
「どうしたでヤンスか?ニンジャスレイヤー=サン。アッシらと同じく噂を真に受けて猛獣狩りでヤンスか?」
「似たような物だ。オヌシ達こそ何故このような目立つ行動をする?追われていたのではなかったのか?」
「ダイダロス=サンとゲイトキーパー=サンがアッシにやった事がソウカイヤ内に広まって問題になった結果、まだ生きてるゲイトキーパー=サンのケジメ案件になって指三本ケジメした上にアッシら四人の指名手配が取り下げられたでヤンス。今のアッシらは自由でヤンス」
「なんだと?」
ソウカイヤらしからぬ行いにニンジャスレイヤーは驚いた。
「元ヤクザのニンジャ達がソンケイが無さ過ぎると怒ったからでヤンス。わかってるだけでソウカイヤの三割が脱退しかけたこの事件でラオモト=サンの器が疑われ、ラオモト=サンはゲイトキーパー=サンのせいで面子を潰された上に組織の大きな弱体化を招きかけた事に怒ってケジメさせたでヤンス。指三本で済んだのはこれまでの貢献を考慮したからでヤンス。
ついでにラオモト=サンの度量の深さをアピールする為にアッシらへの指名手配が取り下げられたでヤンス。今ではフリーランスでザイバツ迎撃をインターラプター=サンが、スカウトをソニックブーム=サンがこなしてるでヤンス。
アッシとブロッサム向きの仕事は部外者に任せられない類の仕事だから今はフリーでヤンス」
「ソウカイヤの為に働いているのか?」
「……やらないとダークニンジャ=サンをけしかけられて、アッシら皆殺しでヤンス。命がかかってるから、こればかりは見逃して欲しいでヤンス……」
「……いいだろう。今の情報は有益だった」
ニンジャスレイヤーは思案するふりをした後、返答してニンジャ装束を解いた。中に着ていたのはサバンナルックだ。
キャンピングカーが今にも朽ち果てそうな小さな橋を渡り、「雇用の問題」と書かれたコケシ・トーテムの脇を抜けて走ると、不意に視界が開けた。旧世紀の郊外型スーパーマーケットと思しき空間が三人の前に広がる。アスファルトの大半はバンブー・スプラウトによって地下から突き破られている。ビルディングは廃墟と化していた。
現在は農場として使われていると思しきその駐車場跡一帯の手前でキャンピングカーが停車する。車のエンジン音が響き、後ろから強い明かりがキャンピングカーを照らした。
トーフめいた無機質な一台の車が後ろから追い付いてきたのだ。キャンピングカーの側に停車すると、スーツを着た金髪の女が赤い傘をさして車を降りた。キャンピングカーからも少女がハンティングショットガンのレプリカ片手に降車する。
「ドーモ、ブロッサム=サン。ニンジャスレイヤーです。こちらはナンシー=サンです」
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ナンシー=サン。ブロッサムです」
「ドーモ、クチュリエールです」
「ドーモ、ナンシーです」
アイサツを交わすと、四人の視線は駐車場跡に横たわる四十頭余りの水牛に向いた。
「……酷すぎるわ」
「手口は同じだ」
ニンジャスレイヤーはアスファルトに片膝をつき、そのうち三頭の死体に特徴的な傷跡を発見した。この三頭だけは、腹がさばかれ内臓が抜かれている。血は一滴も残されていない。
「狂ったイタマエの仕業だろうか? とてもそうは思えない。こんな事ができるのは……ニンジャだけだ」
「バイオパンダだったら肉も食べてるよね」
「ヨロシサンの新しいバイオ生物だったら剥製にして売り飛ばせば儲かりそうだけど、この様子だとその線も薄いでヤンス……」
「「チュパカブラ……」」
ニンジャスレイヤーとナンシーが同時に呟いた。
チュパカブラとは、メキシコの伝説的なUMAの名だ。IRC上で流れる噂話の情報から推察できる能力がピタリと当てはまった為、タマチャン・ジャングル全域で水牛ミューティレーション行為を繰り返す正体不明のニンジャ存在に対して、二人の間でこのコードネームが当てられた。
「ザッケンナコラー!」
「スッゾコラー!」
不意に怒声。編笠を被った三人の農民が建物から駆け出してきて、タケヤリとカービン銃を組み合わせた恐るべき農民武器を構える。ニンジャスレイヤーはナンシーを庇う立ち位置を取った。
「ドーモ! 落ち着いて! 私はネオサイタマ新聞社の特派員、ナンシーです!」
ナンシーは首から下げたジャーナリスト・パスをかざして身分を証明する。NSNWのロゴが輝くハッキングによって作成した偽造品だ。
「どうか興奮しないでください! 私たちは反ブッダの運動家ではありません!」
「アイエエエエエ!!」
「アンタイブディストじゃないのか」
「安心した!」
農民たちは銃口を下げて近づいてきた。緊張に引きつっていた農民たちの顔がわずかに緩む。リーダー格の男だけは沈痛な面持ちを崩さない。
「……ナンシー=サン、ご覧の通りの有様です。俺たちのオーガニック水牛が……残酷に殺され続けているんです」 「ドーモ、特派員のモリタ・イチローです」
「ドーモ、ハンターのワタナベ・サユリです」
「ドーモ、ハンターのヤモト・コキです」
ニンジャスレイヤーが偽名を名乗り、クチュリエールとブロッサムがハンターを詐称する。キャンピングカーの「紛うことなきハンター」、「実際スゴウデ」のステッカーが農民達にクチュリエールとブロッサムがスゴウデハンターであると信じさせ、疑いを持たせない!欺瞞!二人は実際ニンジャなのだ!
「これは一体、誰の仕業なのです?」
「……ドーモ、名乗るのが遅れました、タバキ・トヨタです」
眼帯をつけたリーダー格の男が松林の中を警戒しながら返した。
「……建物の中で話しましょう」
「アッシらは周囲の警戒を続けるでヤンス」
クチュリエールとブロッサムを残して廃墟と化したコケシマート第八タマチャン店へ農民達とナンシー、ニンジャスレイヤーが入って行った。
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ニンジャの気配を捉えたクチュリエールが素早く左手のガントレットのピッチングマシンめいた機構を右手で回転させる。一回、二回、三回……尋常ならざる速度でホイールを回しているのに音が静かだ。ベアリングのグレードが高い。
「CHULHULHULHULHU!」
クチュリエールはガントレットを奇声の聞こえた方向に向け、カラテを込めて生成したチャクラムスリケンを素早く挟み込んで三連射!ブロッサムもオリガミミサイルを上方に三連射!
松林の中から現れた灰色の影は反復横飛びめいた非人間的高速ステップでチャクラムスリケンを回避した! コワイ!しかし、チャクラムスリケンはバイオパインの幹にぶつかり反射!しかも疑似カラテミサイル化しているのでチュパカブラを追尾する!
油断した背中を撃ち抜き、動きが止まった所にオリガミミサイルが全弾命中!チュパカブラは炎に包まれて吹き飛び、ナンシーの車の側で崩れ落ちた。
「ドーモ、チュパカブラ=サン。クチュリエールです」
「ドーモ、ブロッサムです」
クチュリエールとブロッサムがニンジャ本能のままにアイサツすると、チュパカブラは素早く起き上がり、奇声とオジギでこれに応えた!チュパカブラはニンジャソウル憑依者であったのだ!
チュパカブラはナンシーの車のタイヤを切り裂くと素早く森の中に消えて行った。