二人はさらに二つのロックドアを解除して施設内を進む。回廊に掲げられた観念的ショドー・カケジクは、ここが規模数十人の新興ザゼンカルトである事を示していた。
揃いの宇宙数式Tシャツを着た自我が怪しい教団員らを無視して進み、二人は至聖ザゼンルームの装甲フスマの前に立った。あわよくば、施設全体の構造データも得られるかもしれない。
モーターチビがLAN触手を伸ばし、ドローカットがハッキングしてロックを解除した。二人は閉ざされた装甲フスマを勢い良く左右に開け放つ。内側から漏れる異臭は、強いセイシンテキ・インセンスの香りによって中和されてはいるが、施設内のどこよりも強烈であった。
ゴミや破壊されたUNIX、修行者の使うアラート棒などが山積し、タタミが露出しているのは中央部のみ。天井には、得体の知れぬ天体図とマンデルブロ・マンダラ図、多重を使った難解な方程式、そしてそこを楽しそうに泳ぐ宇宙イルカたちが描かれていた。四方の壁では、除湿と空気清浄のために、ちぐはぐな大型機械が唸りを上げている。
広いザゼンルームに足を踏み入れると、中央部では、セイシンテキ修行者と思しき若者たちが六名、アグラ・メディテーションの姿勢で手を握り合いながら円座を組み、そして、死んでいた。カロウシであろう。死後数週間以上が経過したと思しく、その肉体はミイラ状になっていた。
「IRCコトダマ空間の向こうに行って、身体がソクシンブツになったみたいでヤンスね」
なんとも言えない表情でドローカットが言い切った。以前、興味本位でペケロッパ・カルトなどハッカー関連の本を読んだ事があるので、その手の世界観について前世知識込みである程度理解があるのだ。
ドローカットは続けて空気清浄機の横にある冷蔵庫を物色する。生理食塩水と得体の知れぬ点滴用薬剤、輸血パックなどが入っているのみだ。
ダークニンジャは円座の中心にある、布を被せられた檻のような物体へと近づいた。心音や電子機器音の類いは聞こえない。だが、ベッピンが血とソウルを求めて、鞘の中で静かにわなないた。
『ニンジャが居るな』
ダークニンジャが言った。いや、正確には、彼はそれを己の心のうちで独りごちたはずだった。
「カルトのニンジャでヤンスか?面倒臭いジツを使って来そうでヤンス」
しかし、ドローカットが彼のほうを見て神妙な顔で反応した。
『何故ドローカット=サンが、おれの思考を読んでいる?』
『思考を読んでいる? なんか変な感じがするでヤンスね。IRCコトダマ空間に近い物を感じるでヤンス』
互いの心の中のセリフが頭に響く。何かがおかしい。一触即発のカラテが張り詰め、室内のアトモスフィアがみしりと重みを増す。ダークニンジャとドローカットは、中央の不気味なケージに向かって注意深く忍び歩きながら、互いに顔を見合わせた。
#NEXUS:Darkninja:聞こえているか。尋常ではないな。 #NEXUS:Drawcut:異常なし。聞こえているでヤンス。……まるで有線LAN直結したみたいでヤンス。
二人のニューロン内に、超自然のIRCめいた文字が投影され、音声の如く響き渡っているのだ。実際それは音声ではない。それよりも遙かに高速な、ニューロンの速度で、互いの脳内発言が共有されている。
意識を集中すれば、ログを遡ることとて可能であった。あたかも、生体LAN端子を用いて完全同期したデッカーのように。 だが彼らは無線LANなど使用していない。
ましてや、ダークニンジャは電脳化手術もサイバネアイも持っていない。では、この現象は果たして如何なるものか?そして、このNEXUSという謎めいたIRC部屋の名前は一体何を意味するのか!?
#NEXUS:Darkninja:何やら厄介なジツが、力場めいて働いているようだな。……ドローカット=サン、このザゼンルームから離れろ。この声が聞こえなくなる場所までだ。全員がここで釘付けになっていては、イチモ・ダジーンの罠にはまる恐れがある。
#NEXUS:Drawcut:アッシ、コレでもソウカイヤのセキュリティ部門にいたヤバイ級ハッカーでヤンスよ?このIRCがハッカーカルトのそれならハッキングが可能でヤンス。
#NEXUS:Darkninja:……そうだったな。試しにやって見てくれ。
次の瞬間、二人はニューロンが亜光速で引っ張られるような凄まじい飛翔感と眩暈を味わった後、薄暗い穴蔵の中にいた。ノレンをくぐって穴蔵から出ると、そこは深い谷底だった。二人が周囲を見渡すと、切り立った壁面の穴には骨や髑髏が埋め込まれ、無数の蠟燭が揺れている。灯籠には鎖が張り渡され、魔除けめいたオフダが張られている。そして谷の中央には薄汚い寺がひとつ。
#NEXUS:Darkninja:おれの肉体はザゼンルームに残っているか。それとも消えているか。
#NEXUS:Drawcut:意識をコトダマ空間に引っ張られただけだから、肉体はそのままでヤンス。第三の目をこんな簡単に開くなんて凄いジツでヤンス。
二人は中心の寺に向かって歩いた。 テンプルのフスマを開け、静かにタタミを歩み、そこでザゼンするこの部屋の主と向かい合う。
「ドーモ、ダークニンジャです」
「ドーモ、ドローカットです」
「ドーモ、ネクサスです」
この空間における彼の肉体は、両目を白く発光させる瞳の無い壮年ボンズの姿をとっていた。
「……すると、お前たちも私と同じ、使徒か?」
新興ザゼンカルト「偉大なる無色の火と超越するアケダ・テンプル」の二代目教祖、ネクサスは二人に問うた。
「使徒?」
「カニ星雲団第八文明からの精神体使徒、すなわち人類覚醒の使命を負った私の高潔なる仲間」
「アッシらは宇宙人じゃなくてニンジャでヤンス」
ネクサスの発言にドローカットが返したその言葉には論理を超えた説得力があった。不意に現れ、彼のザゼンルームに踏み込んだこの二人は明らかにニンジャであったからだ。
「幻想に浸る時間は終わりだ。貴様の正体を教えてやろう。貴様もニンジャだ。ニンジャソウル憑依者だ。至聖ザゼンルームに踏み込んだおれたちの精神を、貴様のジツが捕えたのだ」
「何と!」
ネクサスは己の魂を雷撃に打たれたかの如く震撼させ、白く発光する目を大きく見開いた。世界を眩しい光球が包み込んだ。刹那、その狭いタタミ部屋を残し、ローカルコトダマ空間のテンプルは黒焦げの荒れ寺へと変貌し、谷底は無数の物言わぬ死体と、それを淡々と喰らう腐食動物で溢れかえった。
ネクサスは瞬時に様々の事実を悟り、カニ星雲団は空から消え、乱れ雲と黄金立方体だけが残った。
「では、これは全て私のジツなのか」
「アノヨ、あるいはオヒガンを介して意識を繫ぐ、伝説的なイタコ・ジツの類いであろう。……空にあのような物騒な物が浮かんでいるからにはな」
「まさか、アレの中に凄くヤバイニンジャが眠ってて、色々なニンジャが殺そうとしたけど、アノヨにあるから手が出せないって話だったりするでヤンスか?グローバルIRCコトダマ空間でもアレが見えるって事はネットってアノヨにも繋がってたんでヤンスね……」
「……概ね正解だ。何故、そこまでわかる?」
「……前に読んだペケロッパ・カルトの本の内容と今の話とダークニンジャ=サンの雰囲気からなんとなく察したでヤンス。外れて欲しかったでヤンスね」
「そうか……」
ダークニンジャとネクサスは少し驚いた様子でドローカットを見る。ドローカットは視線に込められた物を感じ取り、口には出さないが不服そうな目で見返した。
「……ダークニンジャ=サンよ、私にそれを伝えるために、お前たちはここに来たのか? 進むべき道……運命を……いや、知らなそうだな……」
「その通りだ。俺は運命や宿命といった物は知らぬし、唾棄している」
「そもそもここにニンジャがいるなんてアッシら二人とも知らなかったでヤンス。ここに来たのも別のヤバイニンジャを始末して、爆弾とか危険物を残してないかの調査中だからでヤンス。」
「……そうか、本当に知らなかったのか……」
ダークニンジャは左手に置いた妖刀ベッピンを摑み、暇を告げるように立ち上がり、ネクサスは運命とか全くわからなさそうなドローカットを見て自身の運命や進むべき道について聞く事を断念した。
「しかし、危なかったな。俺達は近くの下水道で標的のニンジャを始末したんだ。貴様は肉という肉を、奴らに剝ぎ取られる一歩手前だったぞ」
「どんなニンジャだったんだ? 奴らとは何だ」
「数年前にギルドから破門された、害獣めいたニンジャでヤンス。臭くて汚くて、毒を撒き散らして、さらに人間の子の血肉で餌付けしたネズミの大群を使役するジツを使ってくるニンジャでヤンス。奴らっていうのはネズミの事でヤンスね」
「そうか、倒してくれてありがとう。これ以上何か無ければ君達を物理肉体に送り届けるがダイジョブかね?」
「ダイジョブだ。問題ない」
「アッシもダイジョブでヤンス」
その瞬間、接続は解除され、二人の意識は至聖ザゼンルームへと蹴り出された。数時間休み無しでカラテを続けたような疲労感が二人を襲う。軽い眩暈を覚え、呼吸を整えて身を起こした。そして、UNIXメインフレームデッキめいた特殊ケージを覆い隠す白布を取り去った。
その中には、ソクシンブツじみて瘦せ衰えた、奇怪なネクサスの肉体が隠されていた。ネクサスの心音と拍動は冬眠状態めいて緩慢であった。
「……こいつも死んだ事にしておいてやるか」
「異議なしでヤンス」
クチ……ドローカット=サンは割とバ……賢くないと思われがちだったりします。そう扱われるだけの謂れはあるので仕方ないですね。
Q.なんでダークニンジャ=サンとネクサス=サンはドローカットの回答に驚いたんですか?
A.言動と行動でアホそうに見える子から急に賢い発言が飛び出したので驚きました。