シャドウウィーヴは遺跡の門の周辺をそぞろ歩き、ぶつぶつと呟いていた。彼の背後には、いつの世に建造されたとも知れぬ巨大遺跡「コフーン」が。
そして前方、隧道の突き当たりには急ごしらえの隔壁貫通エレベータの不粋な金属が見える。 背後にある巨大な門を四つ経る事で、ようやく遺跡の本殿への入口が姿を現す。
驚異的な古代建造物の中に身をおくこの若いニンジャは、正体のわからぬ感動と不安とに、どうにも落ち着かず、遺跡内にあてがわれた自室から忍び出たのだろう。
遺跡の門の左右にはザイバツ・シャドーギルドの旗が垂らされ、四人の武装クローンヤクザが彫像めいて立っている。若いニンジャは彼らを一瞥した。そして目をそらした先に二人のニンジャを見た。
その先ではドローカットとソルヴェントはソルヴェントが持ち込んだ爽快丸をドローカットが持ち込んだ粉末ケモソーダを水に溶いた物で流し込み、喉から胃にかけて広がる爽やかな成分を楽しんでいた。
「これスッゴイね、ソルヴェント=サン」
「おう、ここまで効くとは思わなかったぞ。ドローカット=サン」
シャドウウィーヴは思わず声をかけた。
「……ドローカット=サン、ソルヴェント=サン」
「シャドウウィーヴ=サン。お前も眠れないのか? 確かに気味の悪い場所だよな」
「ああ、まあな」
ドローカットは新しく取り出した紙コップに粉末ケモソーダを一包入れ、ミネラルウォーターを注いでケモソーダを作り、シャドウウィーヴに手渡した。
「ハイ、ドーゾ」
「ありがとう、ドローカット=サン」
シャドウウィーヴは何やら安堵した様子でケモソーダを飲んでいる。ソルヴェントは笑って懐から小さな金属シリンダーを取り出し、そこから掌に爽快丸を振り出して飲み、ケモソーダで流し込んだ。
「お前にも」
「……ドーモ」
ソルヴェントはシリンダーを差し出す。シャドウウィーヴは振り出された爽快丸を受け取って飲み、ケモソーダで流し込んだ。 爽やかな成分が彼の口中どころか喉を通って胃に広がり、煩悶を洗い流した。爽快丸はドラッグでは無いが、驚くほどに効いた。
「ありがとう」
「な。いいだろ、こんな物でもよ。……しかし遺跡から離れても結局は洞窟、滅入るよなぁ」
「ああ。本当に」
シャドウウィーヴがシリンダーを返し、ソルヴェントは笑った。シャドウウィーヴはひそかに安堵してソルヴェントの気遣いを有難く思った。彼もシャドウウィーヴ同様のアプレンティスであったが、この遺跡探索ミッションの後にはアデプトへの昇格を控えている。彼のメンターは現在の遺跡ミッションの指揮官、ジルコニアだ。
今回ジルコニアのチームに滞りなく加わる事ができたのも、実際シャドウウィーヴとドローカットが実績の無い無名者である事が大きい。ダークニンジャ当人は勿論、シテンノでも立場的に出来ぬ仕事だ。
そして、ドローカットは密命を受けていない。人当たりの良さで警戒を解かせる為の囮だ。実質はじめての単独ミッション。彼女が気を引いている隙に証拠を掴まなければならない。期待に応えねば。
(((そしてブラックドラゴン=サンにも俺の成長を、力を……)))
「おい」
「ダイジョブ?イカジャーキー食べる?」
「いや、いい、大丈夫だ」
ドローカットがイカジャーキーを差し出す。
ソルヴェントとドローカットの気遣わしげな目がシャドウウィーヴを見ていた。
「本当に大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。本当に大丈夫」
「爽快丸も貰ったしな」
「何だよそれ」
「お役に立てて良かったよ」
「ああ」
シャドウウィーヴは素早く頷き、ソルヴェントは苦笑した。ドローカットはイカジャーキーにかじりついている。
「ところで、この遺跡の最奥……本当にあると思うか。神器とやらが」
「さあな。仕事さ」
シャドウウィーヴは声を潜め、ソルヴェントに問う。ソルヴェントの瞳孔を注視するシャドウウィーヴにソルヴェントは肩を竦めて答えた。
「そんなのは偉い人が考えりゃいい」
「そうだな」
シャドウウィーヴは微笑し、頷いた。
━━━
「二つ。曲がる柳。そのあと三つ、それから北へ四、ハイ、そこに騎士を配置。グリフォンは? グリフォンはどこだ。エート」
マキモノから顔を上げたのは、五芒星がレリーフされた仮面型メンポのニンジャ。遺跡ミッションの副官、メイガスだ。
「グリフォンはハンニャの右だ」
左目を眼帯で覆った大柄で鍛え抜かれた体軀をジルコン色のニンジャ装束で包んだ男、ジルコニアが指示を出す。立ち居振る舞いの端々から尊大さが滲み出ており、彼もまたマキモノに素早く目を走らせている。
閉ざされた第六の扉の広間で二人は広間中央の台座の古代パズル……今や継承するものの無い、失われた原型ショーギを用いた仕掛けと格闘していた。 ソルヴェントとシャドウウィーヴとドローカットは出口付近でそれを見守っていた。
彼らが頼りとするマキモノは考古学者ウミノ・スドから搾り取った情報に基づく手順書だ。第五の扉から先は、このような試練が毎回設けられ、探索者の資格を試すらしい。
広間の天井は高く、互いの脚を喰いあう円環のイカの飾り彫りが施されている。美術的価値は高いかもしれぬが、怪物めいたイカが放つただならぬアトモスフィアは、ニンジャの彼らをも威圧してやまない。
「向かい合わせる。そう! これで西からの曙を示すモージョーになる!」
メイガスが手を打った。見守っている三人組には二人が何をしているのかさっぱりわからない。回廊で待機中のクローンヤクザ達も自分達が知るアドバンスドショーギとかけ離れた内容に内心、首を傾げている。
ドォン……扉の向こうで太鼓めいた音が鳴る。さらに無数の空気穴を風が吹き抜け、不穏な音を鳴らした。弱々しく調子外れのフルートを思わせるその音色は、彼らをさらなる深淵へ導くように聞こえた。そして巨大な第六の扉が唸りながら開いて行った。
「よし」
「続け」
ジルコニアが奥の闇を睨み、メイガスが命じた。ソルヴェントは回廊で待機するクローンヤクザ達に追従を合図。シャドウウィーヴとドローカットはソルヴェントと共にジルコニアとメイガスを追い、螺旋状の石段に足をかける。
(((……まだ下るのか)))
マグライトが目の前の闇を照らすたび、ぞわぞわとした何かが光から逃げるように見える。錯覚だ。 指先で無意識に撫ぜた壁画が、カエルの大群をメンポから吐く悪夢的ニンジャ災厄の絵図である事に気づいた時、シャドウウィーヴは思わず声をあげそうになった。
(((気を確かに持て! これではジルコニアの企みを阻止する事など、かなわんぞ)))
(((大丈夫!困ったら、とりあえずカラテ!そう、暴力で解決!大体の任務はコレで行けるよ!)))
(((それは最後の手段だ!少しは考えろ!)))
(((ンアーッ!)))
彼のニューロンの中で架空のブラックドラゴン師が諫め、架空のドローカットがあんまりな事を言ってゲンコツを食らった。
彼は驚いた。架空のブラックドラゴン師やドローカットに喋らせるほどに己は緊張しているのか? この遺跡そのものが持つアトモスフィアのせいなのか……? だが彼はかえってそれにより幾らか平静を取り戻す事ができた。
(((落ち着け。そしてミッション重点)))
彼はジルコニアの背中を追った。陰謀を事前に暴き外部へ知らせる時間は、もはや無かったと……そう考えるしかない。彼自身が阻止するしか無いのだ。もしもジルコニアがこのまま神器の間まで辿り着くようなら……。 そして、神器の破壊を試みるのなら!
(((今探してる神器ってヌンチャクでしょ?ニンジャが振り回す前提の物なのに、そんな頑丈な物をどうやって壊すの?)))
架空のドローカットがシャドウウィーヴの思考にツッコミを入れた。
爽快丸とケモソーダの組み合わせはメントスドリンクのイメージで書いてます。
刺激に飢えた忍殺世界ですし、爽快丸はメントス十粒位を一錠にしてそうな気がします。