第十の試練門を開いた時、探索チームは五人のニンジャだけになっていた。
ジルコニアはザイバツ・マスターニンジャらしい無慈悲さで、この遺跡が用意したデストラップの数々にクローンヤクザの人海戦術で挑んだのだ。
ここまで来た彼らを出迎えたのは、井戸の底めいた円柱状の竪穴の底であった。広さは……実際広い。竪穴は天井は見えず、遙か頭上へ真っ直ぐ伸び、闇に溶けている。
竪穴の底めいた空間の反対側にある門は、今までの試練門とは比較にならぬほどに巨大だ。門の左右には十二メートル程はある戦士像が厳かに立ち、片手で棍棒を振り上げ、片手を前に出して侵入者を威圧し、警告している。
「感じるぞ。近い筈」
「想定内の戦力消費で辿り着いたな」
ニンジャ第六感が強いメイガスが呟き、ジルコニアが冷たく答えた。シャドウウィーヴは緊張してジルコニアの酷薄そうな横顔を見た。
次にデストラップがあれば、飛び込んでゆくのは自分だろうか? 彼はクローンヤクザという存在に慣れることが出来なかった。人間ではないが機械でもない。命ある者達だ。
シャドウウィーヴは不平も言わず罠へ飛び込み、人柱めいて道を築いた彼らの事を深く考えぬようにした。それらを物として扱うジルコニアの事も。自らもニンジャになるにあたって怒りのまま非道な大量殺戮を果たした。だがそれは彼自身の心で消化できる殺しだ。そんな彼からするとクローンヤクザの存在は不気味に思えた。
「聖なるヌンチャク。そしてコーデックス(写本)」
「ショーグン・オーヴァーロードの治世をも超える、来たるべき究極の格差社会。そのカギが目と鼻の先に……」
「おそらくはこの門が最終の試練門」
ジルコニアは巨大な門を見上げ、メイガスが心を奪われ、ぼんやりとした様子で告げた。 ジルコニアは頷く。
「神器が揃えば、既に並ぶ物なきロードの御力がより一層に磐石のものとなる。我々がそのしるべとなる事ができる。光栄な事だ」
「……」
シャドウウィーヴは唾を吞んだ。ここまでの道程で、ジルコニアの二心や証拠は一切確認できなかった。シャドウウィーヴはソルヴェントを見た。やや不安げに、マスターの次の指示を見守っている。シャドウウィーヴの心に安堵めいたものが広がった。
(((ジルコニア隊による神器破壊のおそれは、結局、グランドマスター・パラゴン=サンの杞憂だったという事だ……きっとそうだ。そうに違いない。いや、そもそもどうやって壊すんだ?)))
「シャドウウィーヴ=サン」
「何だ? ドローカット=サン」
ドローカットの呼びかけにシャドウウィーヴが答える。
「ここまで厳重に封印されてると呪いのアイテムみたいだよね」
「滅多な事を言うなよ。壁画とか不気味に見えてくるじゃないか」
「うるさいぞガキ共」
「「ハイ、スイマセン……」」
「ガキは口を閉じておけ」
ジルコニアが冷たく諫め、ドローカットとシャドウウィーヴは素早く頭を下げて謝罪した。ジルコニアは言い捨てて巨大門に向き直る。彼はダークニンジャから伝えられた今回のミッションの背景に思いを馳せた。
パラゴンの疑念は、キョート城に幽閉されている神秘ニンジャ、アラクニッドの占いに基づいている。彼はアラクニッドから、神器に迫る暗黒の危機を伝えられた。それから何がしかのやりとりが懲罰騎士ダークニンジャとの間で為され、今回のミッションが下されたのだ。
アラクニッドによるソウカイヤの首領の死の予言によりギルドは電撃的なネオサイタマ攻略作戦を成功させる事ができた。たかが占いと切り捨てられるものではない。
(((……とはいえ、占いは占いなんだ。何事もなければ、それが最善。占いが外れた事を喜ぶべきなのだ。……帰ろう、地上へ。ここは苦しい……)))
「帰るがよい!」
割れ鐘めいた怒声が広間に響き渡った。シャドウウィーヴは悲鳴を押し殺した。まるで自分への直接の返事のようだったからだ。だが、他の四人も周囲を見渡している。この遺跡の警告機構であった。
壁面から螺旋を描くように石の板がせり出し、頭上の闇まで続く螺旋階段が突然現れた!
「お主らの探索は報われた。十分な宝を持ち、凱旋せよ! 階段を用いて帰還せよ!」
割れ鐘声が告げると広間の中央の床が開き、黄金のダルマがせり上がってきた。その両目は巨大なダイヤだ!
「宝だ!」
「未熟者!」
「アイエッ!」
思わず出てしまったソルヴェントの叫びにジルコニアは彼を一喝して睨みつけた。
「ケチなダルマ一つで今回の探索に十分と思うか? 目先のニンジン一つに尻尾を振る、ケジメものの不覚悟だ、ソルヴェント=サン!」
「アイエエッ! 申し訳……!」
「我々の目的はあくまでこの先。貴様は仮にもこのジルコニアのアプレンティスだ。そこのシャドウウィーヴやドローカットとかいうサンシタのレベルに成り下がるな!」
「はい! 絶対にその通り! 仰るとおりです! 申し訳ありません! どうか!どうかお許しを!」
「最後の試練はすなわちそのダルマだ」
ジルコニアからの叱責を受けてソルヴェントはドゲザした。シャドウウィーヴの胸がちくりと痛み、ドローカットは自分のアプレンティス相手にも容赦ないジルコニアのパワハラ上司ぶりに改めてドン引きした。メイガスは素早くウミノのメモを頭から総ざらいして呟いた。
「かりそめの宝で惑わし、真の宝から探索者を遠ざける。そういう罠だ。ここまでくれば、一刻も早く冒険を終わらせたいと考えている者ばかり。そこにつけこむのだ。恐らくこれ以上の罠は無し」
「成る程」
「貴様、やれ」
「私ですか?」
「そうだ、貴様が門を開け、ドローカット=サン。役に立て」
ジルコニアの目は冷酷だった。シャドウウィーヴのニューロンに、八つ裂きで死んだクローンヤクザのビジョンが走った。彼は蒼白になったが何も言えなかった。
「ヨロコンデー!」
ドォン……再び太鼓めいた音が響いた。折に触れ、繰り返し聞こえてきた音だ。結局その音の正体はわからぬまま……
「イヤーッ!」
その音を気にせず駆け寄ったドローカットは大門を蹴り開け、反動を利用して斜めに連続バック転退避する。門は両側に勢い良く開いたが何も起こらなかった。
「成程、罠対策か。小賢しいではないか」
ジルコニアは感心したように呟き、シャドウウィーヴはソルヴェントと思わず向き合った。
その先には、円形にくり抜かれた床があった。穴は底が見えない。そして人一人が通れる程度の幅の石の橋が、中央の小さな足場へ伸びている。そこには黒檀のニンジャ像が立っていた。
「あれだ……」
「間違いなし。聖なるヌンチャク。そしてコーデックスだ!」
ジルコニアが呻き、メイガスが思わず叫んだ。一同は石の橋の先の足場に立つ黒檀のニンジャ像を見た。像が片手に持つ武器は、同様に黒檀で作られたヌンチャク! そしてもう片方の手には、巨大な書物! 神器にまつわる情報を集約した暗号写本だ。どちらも、遠目にも凄まじき存在感を放つ!
「行け、何をしている?あそこの秘宝を取って来い。子供の遣いよりも単純な仕事だ。シャドウウィーヴ、貴様にぴったりの!」
「ヨロコンデー!」
シャドウウィーヴは即答して石橋へ踏み出した。一歩。二歩。
(((どうってことない……どうってことない。他の事を考えろ)))
彼は黒檀のニンジャ像へ一歩一歩歩みを進めながら、とりとめもなく考える。
(((ブラックドラゴン=サンは褒めてくれるだろうか?ダークニンジャ=サンは? 初めてのメンター抜きのミッション……俺達を認めてくれるだろうか? ……それは無いかな……裏切りの事実は確認できず。いわば不発。俺達は何もしていない)))
この遺跡で二人のした事といえば、意地の悪いマスターニンジャからの捨て石扱いである。実際、情けない。彼はそろそろと歩みを進め、ようやく中央の小島めいた足場に到達した。
コーデックスを取り、懐へしまう。それからヌンチャクを摑み取って元来た道を振り返った。……そして、遠くに見える、もと来た広間、そこに唐突に生じた異変を目の当たりにした。
おそらくは竪穴のはるか上から、よくわからぬ黒い泥……巨大なヘドロ塊めいた何かがべシャリと降ってきたのだ。