「ドローカット=サン、そんなに急いでどこに行くんだ?」
キョート城、ビジター区。指令を受けたドローカットはたまたま通りかかったシャドウウィーヴに声をかけられた。
「接待の為の準備だよ。ネオサイタマの北からのお客様だからね。何を好まれるかわからないから、こっちで用意できそうなお菓子や飲み物を出来る限り揃えておけば、どれか一つは気に入って貰えるはずだよ」
「意外に考えているんだな……えっ、ユカノ=サンってそんな遠い所から来ていたのか?」
「そうだよ。ドラゴン・ドージョーはネオサイタマの北、中国地方にあるんだって。それじゃあ、色々と面白そうな物を揃えて来るよ」
「面白そうな物?……その、俺の方でも色々買って来るから、あんまり変な物ばかり買って来るなよ」
シャドウウィーヴと別れ、ドローカットは足早に歩き去る。曲がり角の影にいた虚無僧編笠を被ったニンジャもまた足早にキョート城の外へ向かった。
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キョート城内のおもなエレベータは奴隷スモトリが稼動させる。人力で歯車を押して回す事で上昇・下降させるのだ。
スモトリ抜きでも動かせるよう、電力による稼動システムも当然備えてはいるが、あくまでそれは非常時を想定している。人間を責め苛み機械の動力として用いる事が思想的に重要なのだ。
動力源である奴隷スモトリ、侍女めいて働くが人間の尊厳を認められぬ奴隷オイラン、能面を着用し城内を巡回するクローンヤクザ兵、額に烙印を押されたバンガシラ、あるいは城内の調度、装飾。何もかもが格差社会思想という強固な理想のもとで保持される異常抑圧の要塞。それこそがキョート城である。
シャドウウィーヴはいまだそうした抑圧システムに生理的な不気味さを感じる事を自ら抑えられずにいる。クローンヤクザと接する時の嫌悪、こうしてスモトリ人力のエレベータで下降する際の不安感。彼は非ニンジャを軽蔑しニンジャとしての己を誇っていた。
しかし、それ以上に落ち着かぬ者が隣にいた。武装新幹線のカチグミ・クラスで移動販売に使用されるようなパントリーカートを押すドローカットだ。
カートにはスナック菓子、伝統的な和菓子、瓶入りジュースと氷が詰められた小型クーラーボックス、ドライアイスと氷菓が入った小型クーラーボックス、ホットドリンク用のバッテリー式給湯ポットとコーヒー豆、ミル、粉末ココア等が載せられている。
ちなみに、氷菓の中にはチョッコビン側の駅と武装新幹線で販売されている〝シンカンセン・ヤバイカタイアイス〟とヨリトモ&ベンケイ・レールウェイ社側で販売されている〝合法アンコバー〟も入っている。
どちらも「銃弾を通さない程硬い」、「噛んだら歯が折れた」、「鈍器になる上に食べて証拠隠滅できる」等、とても好評な売れ筋のアイスだ。
何を好むかわからないから色々な種類を持っていくという発想は確かに正しいが、こうして見ると巫山戯ているようにしか見えない。シャドウウィーヴは複雑な気持ちになった。
廊下をすれ違う際、クローンヤクザ兵はきっちりとシャドウウィーヴとドローカットに敬礼し、カタナを立てる。彼は目を伏せ、足早に通り過ぎた。彼が向かうのは「ビジター区」から強化ガラス一枚で隔てられた「踊るモンキーの区」だ。
強化ガラスは物理的には薄いが、ビジター区と踊るモンキーの区の隔絶は、精神的には天と地ほどにも遠い。ただの来訪者がビジター区を越えてキョート城の奥義に触れる事は許されないのだ。バイオ薔薇の庭園を左手に、強化ガラスの向こうのビジター区を右手に見ながら、彼は歩く。
やがて彼は庭園の端の小塔に辿り着く。入口を警護するクローンヤクザ兵が跪く。それらを無視し、小塔の中へ。
そして江戸戦争の絵巻壁画を横目に見ながら、螺旋階段を上がる。上がりきった先、小さな鉄扉がシャドウウィーヴの目の前に現れる。彼は鉄の輪に手をかけ、開いた。
ユカノが顔を上げた。 美しい女性である。黒髪は長く、新月の夜の闇めいている。
「……」
彼女は青銅で表紙を補強されたイングランドのニンジャ史にまつわる古文書を閉じ、机に戻した。そしてシャドウウィーヴとドローカットを見た後、ドローカットが押してきたパントリーカートを見て目を丸くした。
「ドーモ。シャドウウィーヴです」
「ドーモ。ドローカットです」
シャドウウィーヴはオジギし、ドローカットは三つ指をつき、頭を下げる。
「そのカートはどうしたのですか?」
ユカノは困惑しながら問いかけた。
「何がお好みかわからないので、思い付く限りの飲み物やお菓子、アイスを持って参りました。……ところで、氷水で冷やした瓶ジュースや、キンキンに冷やしたアイスをお硬い空気の豪華なお部屋で飲み食いする……凄くワクワクしませんか?」
「そ、それは……いいえ、遠慮しておきます」
ドローカットの誘惑を前に、ユカノは少し名残惜しそうに断った。ドラゴン・ドージョー時代にこの手の甘味を食す機会が無く、アムネジア時代にはブルジョワ的な楽しみとされて厳禁だった事もあり、ユカノにとって甘味の誘惑は少し抗い難い物があった。
「お加減はそのう。いかがで」
シャドウウィーヴは何と声をかけるのが適切かわからず、愚者めいた言葉を発した。彼は恥じ、悔いた。無理も無し。彼の出自はハイスクール学生……貴族の流儀が染み付いた身分では到底無いのだから。しかもユカノのバストは豊満であり、彼は目のやり場を他に探さねばならなかった。
「加減も何も。私は病気ではないです」
ユカノは冷たく言った。幽閉の身だというのに、そのアトモスフィアには強さが滲む。シャドー・コンからキョート城へ連行されて来た際はもっと覇気の無い様子であったが、あれはヒュプノ・ジツのせいもあろう。
「そちらの用は何ですか」
「ああ。そうです。それだ」
ユカノが訊き、シャドウウィーヴは咳払いした。
「貴殿を正式な獄に移します。ホウリュウ・テンプルの地下に。ここは空の下であるがゆえ、不届き者の危険を排除しきれない。ですから、より安全な場所に。獄とは言いますが大変快適な場所です、何不自由の無い……」
「まさか今から?」
「え」
「貴方達二人で私を連れ歩くと言うのですか?」
「え」
「ちょっと待って……今、マナー本の内容を思い出すから……」
シャドウウィーヴに視線を向けられ、ドローカットは言葉に詰まった。
(((そういうものか? まずいのだろうか?)))
(((やっぱり一夜漬けは無理があったなぁ……)))
ユカノが睨んだ。
「まさかロードがそのように指示したのではないでしょうね? 左様にシツレイな真似を」
「あ……いや、ロードの指示という事は……多分無い……」
「ゴメン、シャドウウィーヴ=サン。閉じ込めた偉い人を別の牢に連れて行く時の作法は載ってなかったよ……ンアッ!」
ドローカットのあんまりな発言にシャドウウィーヴは思わず額を小突いた。
「ええと……偉い人を別の部屋にお連れする時の作法だ!」
「それなら侍女を三人呼んで来れば良いよ!」
「今すぐ呼んで来ま「重点!」「え」
ドローカットに確認が取れた為、急いで奴隷オイランを呼ぼうとしたシャドウウィーヴは狼狽した。
「おい、やめ……」
「起床重点! 予定時刻重点!」
「アアッ!」
シャドウウィーヴはモーターチビを素早く摑み取り、電源を切った。
「申し訳ありません!」
ナムサン! アラームの切り忘れだ! シャドウウィーヴは背中に脂汗をかいた。ここまでブザマをさらせば、ケジメもあり得る!
「申し訳ありません、これは……」
ユカノはしかし、くすりと笑ったのだ。苦笑めいてはいたが。彼は頭を下げた。
「とにかく、どうにかします」
「それは何ですか?」
「え」
ユカノはモーターチビを指差した。シャドウウィーヴは藁にもすがる思いでそれを差し出した。
「ドロイドです、その……多機能で、小さい」
「カワイイですね」
「アッハイ、カワイイですよ、本当です」
彼は電源を入れ直した。青く光り、「重点!」と合成音声が叫んだ。 彼は畳み掛けた。
「よかったら、諸々手配する間、それを楽しんで頂いて結構ですから。そのう、取り急ぎ、ご不快の無いように整えて、すぐに戻って参りますから」
「わかりました」
ユカノは頷いた。
「ありがとう。よしなに」
「ハイ!」
シャドウウィーヴは急いで部屋を飛び出した。
「ドーモ。タカギ・ガンドー=サン。ドラゴン・ユカノ=サン。クチュリエールです」
足音が聞こえなくなったタイミングでドローカット……否、クチュリエールが改めてオジギした。窓の外のディテクティブにも気付いていたようだ。ユカノが固まり、室内に沈黙が広がる。
「アッシはザイバツにムーホンを企んでる側のニンジャでヤンス。だから、この場でそのモーターチビに何を仕込んでも、何を話しても聞かなかった事にするでヤンス。あと、人前ではそのままドローカットとして応対して欲しいでヤンス」
クチュリエールは一方的に告げると小さな鉄扉から廊下に出る。室内から何やら話し声が聞こえ、シャドウウィーヴが戻って来る頃には静かになった。
「ユカノ=サン!」
シャドウウィーヴが数度のノックの後、素早く鉄扉を開けた。
「お迎えにあがりました!」
着衣の奴隷オイランを三人、招き入れる。
「この者たちに何なりとおっしゃってください」
「手際が良かったですね。さすがです」
ユカノは礼を言った。
「いや、そんな!」
「重点! 重点!」
モーターチビが青い光を点滅させながら、元気に飛び回る。
「これのおかげで、少し気が晴れました」
ユカノの礼に。シャドウウィーヴは恐縮した。
「その……先程はシツレイしてしまって」
「いいの」
ユカノは首を振った。
「行きましょう」
その瞳は力強かった。
**〝シンカンセン・ヤバイカタイアイス〟と〝合法アンコバー〟**
武装新幹線や駅で売られてる硬さに定評があるアイス。こだわりぬいた結果、ドライアイスで冷やせば49マグナムすら耐えきる硬さを誇るとんでもないアイス。
味?ちゃんと高級なアイス相当の味がします。