「えぇ……」
「どうしたんだ?ドローカット=サン」
キョート城内、ザイバツ所属ニンジャ用待合室の一つ。自作の通信用小型UNIXにLAN直結していたドローカットが頭を抱える。様子を見に来ていたダークニンジャが声をかけた。
「ニンジャギアのカタログに載ってる〝スナイパースリケン投擲用ガントレット〟を注文したら、扱い方のレクチャーをするからガイオンの外に受け取りに来いって返されました……」
「シャーテックの連中が着けてるアレか?まあ、お前なら扱えるだろう。いつ頃取りに行くんだ?」
ガイオンでは構造的に狙撃がやりにくい。しかし、射程の長い手札の有効性は大体の派閥がシャーテックのニンジャを抱えていることからも明らかだ。ドローカットが扱える確信もあってダークニンジャは納得した。
「この日に行きます」
「わかった、邪魔が入らないよう、こちらから指令も出しておこう」
自作小型UNIXのモニターに映し出されたカレンダーの日付を確認したダークニンジャは、その日付を記憶した。
「そうだ、この後二人きりでお話できませんか?少し、確認したい事があるんです」
「わかった。時間を取っておく。俺の方からも伝えたい件があってな」
ドローカットは席を立ち、二人揃って待合室を出た。
━━━
キョート城内、数ある茶室の中の一つ。ダークニンジャとドローカットはチャを飲みながら向かい合っている。
「 確認したい事とはなんだ?」
「まず、前置きとして確認させて頂きたいのですが、ネクサス=サンと初めて会った時、コトダマ空間……じゃなくてオヒガンの黄金立方体にヤバイニンジャがいるって話が出ましたよね」
「そうだ」
「ヌンチャク発掘任務の時に私をテレポートさせたニンジャって、ダークニンジャ=サンにそのヤバイニンジャを取り憑かせて乗っ取らせようとしてませんか?」
「よく気付いたな、その通りだ」
ドローカットがチャを一口飲む。
「もしかして、ダークニンジャ=サンがやろうとしてる事ってロードやパラゴン=サン達がやろうとしてる儀式を潰しつつ、ムーホンを起こして三種の神器を奪取し、ついでに邪魔なシシマイニンジャを爆発四散させるって感じですか?」
「ほう……どこから辿り着いたかは知らんが、その通りだ。よくわかったな」
ドローカットの推理を聞いて、ダークニンジャは感心した。
「シシマイニンジャの反応からして、三種の神器は対ヤバイニンジャ用のレリックと思われる事。それと、ロード達がやろうとしている儀式に私が嫌な予感を感じているからですね」
「俺も確証は持てんが、概ねその通りだ。やはりお前は鋭いな。その時が来たら手伝って貰うぞ」
「はい。それと、言い忘れましたが一つ報告が」
「なんだ?」
ダークニンジャが怪訝そうな顔で聞き返す。
「タカギ・ガンドー=サンがユカノ=サンと接触しました。シャドウウィーヴ=サンがユカノ=サンに接待係の呼び出し用にモーターチビを渡したので、それで連絡を取って儀式当日に引っ掻き回してくれる筈です。
これにより、ニンジャスレイヤー=サンが儀式当日に乱入して来る事が予想されるので、こちらにムーホンの意思がある事を伝えて、ぶつかり合わないようにしようかと考えてます」
「何故ガンドーの事を黙っていた?」
とんでもない報告を聞き、ドローカットを軽く睨む。
「先程の予想が当たってる確信はありましたが、一応前提を確認してから言わないと問題になると思ってました」
「それは……まあそうだな。しかし、モーターチビを渡してしまったか……ニンジャスレイヤーへの連絡についてだが、お前の事だけ伝えておけ」
納得した様子のダークニンジャはモーターチビを惜しんだ。
「いいんですか?最悪、半分以上ニンジャスレイヤー=サンに殺されそうですよ。私としてもダークニンジャ=サンを万全の態勢でロードの元に送り届けたいのですが」
「ニーズヘグ=サンがニンジャスレイヤーを見て我慢できると思うか?」
「無理ですね」
「……では、こちらの番だな」
ダークニンジャはチャを一口飲んだ。
「ムーホンの疑いで拘束されたサラマンダー派閥のニンジャ達だが、皆一様に取り調べの際に準決勝戦の録画映像とハクチョウ・カラテの話題で聴取したニンジャと盛り上がり、サラマンダーが見て盗んだハクチョウ・カラテを振るう姿を見れなかった事や、処刑されたら未完成のハクチョウ・カラテの発展に関われない事についても悔しがった事で上から下までカラテの事しか考えてないと判断され、ムーホンの容疑は取り下げられた」
「えぇ……そんな事ってあるんですか?」
「普通無いが、あれは仕方ないだろう。それだけのカラテだ。派閥を越えた有志達がカラテ勉強会を要望する署名を出す位だからな……そして、容疑を取り下げられたニンジャ達は俺の下についた」
「アッハイ」
ドローカットは困惑した。
「未完成であれだけのニンジャやモータルを魅了したカラテだ。連中にしてみれば自分のハクチョウ・カラテとして完成させてドージョーを開けば派閥内での出世は堅いだろう。という訳で、勉強会までの期間、お前は接待から外す。教えるのはハクチョウ・カラテの基礎だけで良いとの事だから、どう教えるのか考えて置くように」
「アッハイ」
━━━
シャドー・コンの崩壊より数日後。夜。アッパーガイオン。 五重塔の屋根の上に、不吉な人影。中央のポールに手をかけて屋根に踞り、もう片手には刈って間もないニンジャの生首。陰鬱な夜風が吹きつけ、マフラーめいた赤黒い首布を後方へと吹き流す。
彼の凝視は彼方に聳えるキョート城へと注がれていた。 シャドー・コンで負った傷はほぼ癒えた。だが妻子の仇たるダークニンジャ、拉致されたユカノ、そして生死不明のタカギ・ガンドー、何故かシャドー・コンにドローカットとして出場していたクチュリエール……これらの要素が絡み合い、激しい焦燥と、ザイバツ・シャドーギルドに対する憎悪を生むのだ。
そして憎悪こそが、彼を死の淵から蘇らせた力の根源である。 ニンジャスレイヤーは、電子基板めいたキョートの夜景を睨みつけながら、ネオサイタマで受けた謎の情報提供者からの二度目の通話を回想する。
(((……アンバサダーとディプロマットというザイバツ・ニンジャを探せ。片方がネオサイタマに潜伏している。極めて危険だが、お前を一瞬でキョートに運ぶだろう。アンダーガイオン第八階層、イーグル区画の廃工場地帯にある、壊れた赤いコケシ電話ボックスを探せ……)))
…その後の経緯は、述べるまでもない。ニンジャスレイヤーは双子ニンジャにポータルを開かせてキョートへと一瞬でジャンプした後、指定された廃工場街でディープスロートと三度目の通話を行った。
ここで彼はシャドー・コンとモミジ・ヤンガの名を告げられ、あの地下カラテトーナメントへと出場したのだ。そして……そしてこの有様だ! 彼は傷だらけの拳に視線を落とし、キョートにおける己の不案内を嘆いた。
彼は一度ならず二度までも、あと一歩の所でユカノ救出に失敗したのだ。それだけではない。ガンドーは無事だと伝えられていたが、アンダーガイオンの隠れ処は徹底的に破壊されていた。ディープスロートの正体も謎のままである。
ファオー……ファオオオオオー……未だ聞き慣れぬキョート特有のサイバー雅楽音が、五重塔に備わった大型アンプリファイ・スピーカーから発せられ、奥ゆかしい夜の帳に包まれたアッパーガイオンに響き渡る。
彼は視線を再びキョート城に向けた。かくなる上は正面突破あるのみ。三度目の通話から、ザイバツの本拠地が重要文化財キョート城内に存在することを摑んだ。
逆に言うならば、残された手掛かりはそれしかない。フジキドは自らの魂を、再び復讐という名の炉にくべた。トコロザワ・ピラーへと単身乗り込んだ、あの夜のように。
復讐の黒い炎が燃え上がり、心臓が、ニューロンが、塗り潰されてゆく。
(((フジキドよ、ようやく悟ったか! それで良い! 我らは孤立無援!)))
ナラク・ニンジャの不吉な哄笑が、ローカルコトダマ空間に木霊する。
「……黙れナラク」
(((ニンジャと馴れ合うなど言語道断! 儂が眠っておる間に、腑抜けおってからに! それゆえに敗北を重ねたのだ!)))
「……黙れナラク! ウシミツ・アワーにはまだ早い。これは私の決断だ」
フジキドが抗う。ナラク・ニンジャはニューロンの奥底へと引き下がった。
「ソウカイヤを滅ぼした時と同じく、ザイバツを一晩で滅ぼす。蛇の頭を一撃で叩き潰すように……」
ニンジャスレイヤーはキョート城へ向かうべく、立ち上がった。その時!
「イヤーッ!」
「……」
黒いコートを羽織り、口元を灰色のスカーフで隠した一人のニンジャが、五重塔の屋根の端へと跳躍着地! ニンジャスレイヤーと向かい合った! ニンジャスレイヤーは生首を屋根の突起に突き刺してジュー・ジツを構え、相手に体正面を向ける。アンブッシュの気配は無い。
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン……」
先手を打ってのアイサツ。相手もアイサツを返す。それは確かに聞き覚えのある声だ。しかし死神は警戒を解かない。
「……俺の名はいくつもある」
彼は灰色のスカーフを外しながら名乗った。下手を打てば、ニンジャスレイヤーは一瞬にして己を爆発四散させるであろう事を、彼は知り得ている。
「俺はディテクティヴ、ディープスロート、カラス・ニンジャ……そしてタカギ・ガンドーだ」
「タカギ・ガンドー……オヌシはスマキにされ、額を撃たれて琵琶湖に沈んだ筈」
手に無慈悲なるスリケンを握ったまま、ニンジャスレイヤーは問うた。ディテクティヴは笑い、自らの額を指差す。塞がってはいるが、痕の周辺の皮膚は、緩やかに渦を巻くように黒く変形していた。
「では何故、今まで死を装っていた」
ニンジャスレイヤーはカラテを解かない。ニンジャに対する鋭い眼光を向けられたガンドーは、ごくりと唾を飲む。さらに彼は、ネオサイタマの死神に宿る禍々しいニンジャソウルの気配を察してもいた。それでも、ガンドーは自らのペースを崩そうとしない。ZBR煙草を咥えて火をつける。遙かに良い。
「……よォし、タネ明かしと行こうか。俺は実際死に掛けたが、ニンジャソウルに助けられた。刺客を殺した後は、傭兵ニンジャに成り済まし、虚無僧笠で変装しキョート城に潜入した。ザイバツを欺き続けるために、俺は死んだ事にしておく必要があったのさ……。それよりも、だ。ニンジャスレイヤー=サン、キョート城に乗り込む気だな?」
「いかにも」
「まあ、黙ってこれを見ろ」
ディテクティヴはようやく対話のペースを掌握し、懐から小型ドロイドを取り出した。
「オムラ社の試作品、モーター……チイサイだ」
その正十二面体ドロイドは起動音とともに浮遊し、立体ホログラフ映像を足元に投射する! 上等なキモノを纏い正座するその女は……
「ユカノ!?」
「キョート城に潜入してから数日後、俺はユカノ=サンの監禁場所を突き止め、見張りとして同型のドロイドが置かれていることも突き止めた。俺はこいつを遠隔操作して接近させ、LAN直結して設定を書き換えたのさ。要するに……キョート城のユカノ=サンも今、俺たちの立体ホログラフ映像を見てる。さらに……」
ホログラフ映像の中のユカノは、何かに気付いたように辺りの様子を窺った。その胸は豊満であった。それからモーターチビに向かって、押し殺した声で言った。
『ニンジャスレイヤー=サン、ガンドー=サン、私は大丈夫です』
「ユカノ、聞こえているか。何故ザイバツはオヌシを狙った」
『何故攫われたのかは不明です。しかし何か恐ろしいことが……ジゴクめいた陰謀がキョートを襲おうとしていることは確かです……。私はそのために利用されるのでしょう』
ニンジャスレイヤーはホログラフ映像に話しかける。ユカノは見張りニンジャが戻ってくることを警戒しているのか、一方的に語りかけてくる。
「ユカノ、利用とは一体……!」
『私の身はまだ大丈夫です。焦らないでください、焦れば虻蜂取らずです……』
ユカノは横を向き、モーターチビに対して回線切断の合図を送る。ブゥーン……鈍い音とともに、彼女の3D映像はモーターチイサイの中へと消えていった。
「……潜入して解ったが、ザイバツ上層部はハイ・テックやネットに疎い……奴らは、ニンジャである自分たちに対して、強いエリート思想を持っててな……要するに、テックの力を毛嫌いしてるか、軽視してる。だから俺はこんな大胆な工作をやってのけた。おそらく、ここが突破口になる」
そして一気に畳み掛ける。
「な、解ったろ? ニンジャスレイヤー=サン。キョート城殴り込みは早計だ。それに、ロード・オブ・ザイバツの力は底知れねえ。キョジツテンカンホー・ジツとかいう、大規模マインドコントロールめいた、得体の知れねえ力を使う。無策で突っ込んでも犬死にするだけだ。もう少し待つんだ、そうすれば……」
「そうすれば、どうなると?」
ニンジャスレイヤーは手綱を握り、既に憎悪とカラテを収めている。あとは焦燥感だけだ。
「何か策が見つかるはずだ。いや、見つけるんだ。手掛かりを集めて、推理して、裏をかく。殴り込みはそれからだ。……なあに、ユカノ=サンの事なら心配要らねえ、ガイオンきっての私立探偵がここにいる。だから策を練って、ザイバツの鼻を明かしてやろうじゃねえか」
『ドーモ。クチュリエールです。更に潜入工作のエキスパートもここにいるでヤンス。こっちでも可能な範囲で調べてみるでヤンス』
「クチュリエール=サン!?……解った。策を練ろう」
ニンジャスレイヤーはクチュリエールの協力まで取り付けている事に驚くと、彼方のキョート城に対し突き刺すような一瞥をくれた。それから深くチャドーの息を吸い、メンポの「忍」「殺」スリットから憤怒の蒸気を吐き切ると、タカギ・ガンドーに向き直った。あたかも、破滅の崖へ向かおうとしていた暴走列車が重々しく軋みながら停止するように。
「よおし、それでこそだ!ちなみによ、いざ殴り込むとなったら……俺も行く。助手の仇だ」
「助手の仇……?」
「辛気くせえ話は好きじゃねえからよ。まあ、詳しく知りたけりゃ、そのうち話すぜ。……要するに、俺もザイバツに因縁があるって事だ」
「それで十分だ」
フジキド・ケンジが返す。しばしのゼンめいた静寂。ウシミツ・アワーの鐘の音。
「ニンジャになった気分はどうだ」
「? ……一度死んで、生き返った気分だな。残りの人生はオマケだ。粗末にできねえオマケだ」
ガンドーは突然のインタビューに驚き、何の小細工も考えも無いまま、咄嗟にそう答えた。我ながら、ぶっきらぼうな言葉だと思いながら。
「……何だよ、質問はそれだけか?」
「それだけだ。……取り留めの無い話だ」
「ハッハー! ヒヤヒヤさせやがって! ニンジャになっちまったし、俺のことも問答無用で殺すかと思ってたぜ」
「それは私が決める事だ」
ネオサイタマの死神は続けた。
「オヌシの魂がニンジャソウルの闇に吞まれた時、私は躊躇なくオヌシを殺すだろう。だが今ではない。それだけの事だ」
「なら安心だ」
ガンドーは笑いながら返した。
「だがもし、いつかあんたと殺し合うことになったとしたら……その時は俺も、ただじゃあ死なねえだろう。何しろ俺の頭は……」
「強情だからな」
フジキドが返した。ガンドーは小さく笑い、ZBR煙草を吹かす。
「少し変わったな……?」
「そちらもな」
「俺が変わったって?」
ガンドーが意外そうに問う。
「俺の性格がか? ニンジャソウルの影響って奴か?」
「いや……アトモスフィアと言うべきか」
先程からフジキドにも確たる答えは解らない。それは朧げな霧を摑もうとする試みにも近かった。
「オヌシの性格ではない……カラス・ニンジャとやらのソウルでもない……後ろに誰か、隠しているのか?」
「後ろに? オイオイオイ、まだ俺を疑ってんのか? タネも仕掛けもねえよ」
ガンドーは振り向き、相手に背中を見せ、横歩きし、そこには確かに誰もいないことを確認させた。
「ならばすまぬ。気のせいだろう。忘れてくれ……誰か、オヌシの側で、嬉しそうに笑ったような気がしただけだ」
フジキドは不可解そうに言った。