(((ヤベェ……噓だろ……何かねェのか畜生……)))
狙撃により尻と股間を吹き飛ばされ、社長室から落下しているデスドレインにそれまでの余裕は一切無かった。日常的に死を弄ぶがゆえに、この邪悪なニンジャは真の危険の質を誰よりもよく知るのだ。
デスドレインを追いかけるアンコクトンがデスドレインとアズールに追い付くと、身体を包み、球状に変形する。
「グワーッ!」
「ンアーッ!」
道路に変形したアンコクトンが落ちる。道路が砕け、衝撃を受け止めたアンコクトンが弾けて散らばり、受け止めきれなかった衝撃がデスドレインとアズールを痛めつけた。
「クソが……畜生……死ぬかよ……俺は死ぬわけがねえ……」
ゲホゲホと二人は咳き込みながら道路に別々の方向に転がる。再びアンコクトンがデスドレインの身体を包みこむ。
「アバーッ!」
スリケンが着弾し、アンコクトンが針を刺した風船のように再び弾けて広がり道路が砕ける。露わになったデスドレインの腹には穴が空いていた。ギリギリでスリケンを逸らして致命傷は免れたようだ。
「……死なねえ、死にたくねえ……」
うわごとを呟くデスドレイン。アンコクトンからは力が失われ、主と同じく這うようにしか動けない。アズールは荒く呼吸しながらよたよたと立ち上がると、透明な何かに跨りしがみつく。
「……逃げるよ!」
アズールの動きに合わせて、拡がる黒い水たまりに足跡が点々と生まれた。成人の頭ほどはある、獣の足跡だ。うつ伏せのデスドレインの身体が持ち上がる。
「グワーッ!」
デスドレインの背と腹から血が吹き出す。牙だ。透明の獣が咥えている。
「行け!」
透明の獣は二人を連れて崩壊を免れたビルの中に飛び込んだ。獣が飛び込んだビルにスリケンが撃ち込まれるが、壁と柱に阻まれ届かない。獣はそのままビルの地下へと逃げ込んだ。
━━━
「おう、これは。通信が入ったぞパーガトリー=サン。ドローカット=サンの狙撃支援の元、ダークニンジャ=サンが例のデスドレインをビルの上層階から地上に叩き落としたとな!そのまま狙撃して追撃したが、ビルの中に逃げ込まれたらしい」
ニーズヘグはパーガトリーを見た。
「時同じく……監視中の貴公の斥候からも……目撃報告が……入っているかね? ん?」
「そのようじゃな……シテンノは救援には行かれぬ筈では?」
「シテンノの部下のドローカット=サンがシャーテックの狙撃装備を持っておったそうだ」
「準備が良い部下を持ててダークニンジャ=サンは幸運ですな、部下共々、目覚しい働きだ」
「しかしこれは実際たいした問題じゃ。わかっておろうが」
パーガトリーが低く言うと、ニーズヘグから切り出した。
「フム?」
「あれよ、目を覆わんばかりの惨状よ。マグロアンドドラゴンを始めとして、ま、この地域の下賤な成金虫どもがどうなろうと構わんとしても、ここまで大規模にやられては、周辺地域に累が及ぶ。パーガトリー=サン。貴公にとっても、それは実にまずいのでは?」
「……つまり?」
「こうも被害がデカくなれば、さすがに……休暇中の懲罰騎士ひとりに任せて事態を棄ておいたとなれば……のう? なかなか聞こえが悪いの!」
「はて……」
「残念ながら懲罰騎士預かりのシテンノ達は、彼から離れた位置で別のミッションを展開しておる。アー……貴公の判断によって。貴公のな。いや、それ自体は実に適切。更に、狙撃しようにも遮蔽物に潜まれては狙えんじゃろう」
「……」
「懲罰騎士殿も優れたカラテを示し、部下と共に見事に首謀者を仕留めてみせた。現場の事態収拾を彼とその部下に押しつけ、周辺地域への被害拡大を前に、最も状況をよく知るグランドマスターが知らん顔をしておったとなれば、そのう……かえって奥ゆかしくない行いと取られてしまうのではないか? あくまでこれは老婆心ながらの忠告だが……」
「……」
パーガトリーは茶菓子を取ろうと、手を動かしかけた。一呼吸早く、最後のひとつはニーズヘグの手の中だ。ニーズヘグは眉を動かした。
「……?」
「……」
パーガトリーは無表情でかぶりを振った。ニーズヘグは頷き、菓子を口にした。
「で、どうする。パーガトリー=サン」
「どうするとは?」
「俺は、やらんよ? シテンノも動かれんし」
もぐもぐと咀嚼しながらニーズヘグは言った。
「事態の収拾を懲罰騎士殿達に任せておっては、誰よりも貴公自身の名折れよ。じゃが、貴公の度量を示すチャンスでもあろうて。まだ遅くないぞ! 周囲に潜めておるのじゃろ? 貴公のニンジャ達を。よかったな!」
「うむ……早速事態の収拾に当たるとしよう。……実に……僥倖だ……我が配下が展開しておって、実際チョージョー。懲罰騎士殿は幸運をも身につけておられるようだな」
「幸運?」
パーガトリーの言葉にニーズヘグの目がギラリと光った。
「僭越ながらそれは違う。ヤツのカラテよ。カラテあるのみ」
━━━
マグロアンドドラゴン社屋ビルへ急ぐニンジャスレイヤーはビルの上層階から男と少女が落ち、上から追うヘドロに追いつかれて包みこまれ、球状になりながらそのまま落下する様子をその目で目撃していた。
ビルの屋上からはヘリが離陸している。
BEEP!BEEP!BEEP!
IRC通信機が鳴り、ニンジャスレイヤーは応答する。
『ニンジャスレイヤー=サン、ドローカットです。ビルからデスドレインともう一人を叩き落として、デスドレインに一発撃ち込んだんだけど、ビルの中に逃げ込まれたでヤンス。他のザイバツニンジャが五人で後を追ったけど、あの様子だと殺されてる上に下水道経由で逃げられてるでヤンス。追加の増援も向かっているから、急いでそこから離れる事をオススメするでヤンス』
「了解した。クチュリエール=サン」
通信を切ったニンジャスレイヤーは反転して駆け出し、ディテクティブ……タカギ・ガンドーとの合流を急ぐ。ニンジャスレイヤーの頭上をヘリが通過していった。
━━━
キョート城、紫銀の茶室。
黒塗りの壁に四方を囲われた、さほど大きくない茶室であった。火鉢を挟み、正座して向かい合うのはパーガトリー、そして、ダークニンジャである。壁には「不如帰」の掛け軸がかかり、スズランが生けられている。
陶製のボンズヘアー・フクスケが、二人のチャの作法を無表情に見守る。 ダークニンジャは今回のインシデントに伴い、特例めいて休暇を切り上げ、こうして呼び戻された格好だ。既にベッピンは彼の手へ戻り、正装した彼の腕には神器ブレーサーがある。パーガトリーは寛いだ様子で脇息に肘を置いた。
「いや……実に恐るべき事態を招くところであった」
メンポの奥、パーガトリーの表情は窺い知れぬ。チャを飲む時だけ、口元が開くのだ。
「貴公の休暇中にも関わらずの適切な対処が、反ザイバツ的事態への発展を未然に防いだのだ。素晴らしい働きであったぞ」
「いえ」
ダークニンジャは首を振った。
「御身の迅速な救援手配が全てです」
「ふむ……」
ダークニンジャは奥ゆかしく相手を立てた。パーガトリーは最速最善でマスターニンジャのガラハッドを含むニンジャ集団を放ち、反キョート・反ザイバツ行為を行ったニンジャと戦闘させた。
さらにスローハンドを説得、ケビーシをも動かして、事態を目覚ましく速やかに収拾した……のだ。 直属のニンジャを五人も失ってまで、身を抛っての秩序回復行為。ロードの覚えも……めでたい。
「許すまじきはデスドレイン。我が力不足で、おめおめと逃がす事に」
「気に病むでない、ダークニンジャ=サン。素晴らしき働きをしたのだ。労わねばと思うてな」
「ありがたき幸せ」
彼は頭を下げた。
「神聖な休暇を中断する事になり、心苦しいのう」
「滅相もございません」
ダークニンジャはパーガトリーの目をじっと見た。
「ところで、デスドレインらのアラクサマ市街区への侵入を、手引きしたものがあるとか」
「なんと! おそろしき陰謀だ」
「全くです」
眉をしかめたパーガトリーをダークニンジャは瞬きを一切せず、睨み続けている。
「しかしながら、御身のご尽力もあった事で……無事。無傷で。一切の痛手無く。帰還できましてございます」
頭を下げた。
「ありがとうございます」
ダークニンジャは顔を上げた。ここで彼は、あからさまな侮蔑と嘲笑の色をその目にあらわした。パーガトリーの眉間に血管が浮き上がる。
「チャを飲みたまえ」
彼は身を乗り出し、茶器を差し出す。……茶器が真っ二つに割れ、チャがタタミに染みた。ダークニンジャは静かに言った。
「これは不吉な」
「……」
「ご覧なさい。おかしなフクスケですな」
ダークニンジャは唐突に言った。
「何?」
「あんなフクスケは初めて見ます」
彼は笑った。
「お蔭様で、私のカラテは、胸にスリケンを刺されるよりも早く、不如帰の掛け軸の裏から様子を窺う下賤なゲン・ジツ使いのニンジャを真っ二つにできます」
「……それは……なかなかのワザマエ」
「有難うございます。さらにカタナを返し、もしも他の余分な敵がおれば……首を刎ねる」
ダークニンジャの殺意がパーガトリーを撃った。
「おわかりですか?」
「それは素晴らしきカラテ。クセモノも出てこられまい」
「ほう。出てこられませぬか」
ダークニンジャは立ち上がった。
「茶器も割れ不吉だ。中座をお許しください。パーガトリー=サン。私はどちらでもよい」
「何の事かね?」
「下郎!」
ダークニンジャがドスの利いた声で、掛け軸めがけ叫んだ。
「俺の影を踏むならば、貴様自身の命を賭す事になると知れ! 俺のカラテは貴様に届くぞ!」
「……」
パーガトリーは平静を装った。ダークニンジャの声は当然、誰よりもパーガトリーに向けられたものだ。二者は再度睨み合った。ダークニンジャは微笑み、退出した。
……渡り廊下をしめやかに歩くダークニンジャは、ニーズヘグの姿を認めた。
「おう。よい月だぞ。……ピンピンしておるな。では茶室でも暗殺失敗か。パーガトリーは往生際の悪い事よな」
ダークニンジャは頷いた。
「次は殺すと伝えた」
「ははは!」
さらに彼は、進行方向で跪くニンジャを見た。ドローカットだ。ダークニンジャは通り過ぎる。
「申し訳ありません、取り逃しました」
「気にするな、アレはあの状況で生き延びる方がおかしい」
ドローカットの謝罪にダークニンジャは振り返らず答えた。
ダークニンジャは一人、暗い廊下を歩む。彼はマグロアンドドラゴン社屋の屋上でマコが操縦するヘリを見送った時の事を思い出していた。
二人には時間も余裕も無く、屋上のヘリポートでは見られている可能性もあった為、マコがヘリで飛んで行く後ろ姿を言葉も無く見送るだけであった。
フジオの口角が上がり、フッと微笑むと彼の後ろ姿が闇の奥に消えた。
前回で落ちるデスドレインを笑わなかったら、デスドレインは意識を取り戻せずにアズールと一緒に墜落死してました。
Q.パーガトリーはマコの事を知ってたのですか?
A.今作では知らなかった物としてます。あんな経歴どうやって追えば良いんだろう……
パーガトリー視点だと、マグロアンドドラゴン社への制裁として見せしめを兼ねてデスドレインまでけしかけたら、なぜか休暇中のダークニンジャがいましたって感じです。
このまま目障りなダークニンジャを始末すれば便利そうな部下を引き抜けると思い、そのまま襲撃しました。