「ドーモ。ストーカーです」
「ドーモ。ドローカットです」
「ドーモ。パープルタコです」
キョート城内に数あるザイバツ所属ニンジャ用休憩室の一つでドローカットとパープルタコはオーエルの勤務服めいたニンジャ装束を身に纏った女ニンジャに話しかけられた。
ストーカーと彼女達は知らない仲ではない。休憩室でドローカットのうなじにある生体LAN端子を見つけたストーカーが勧誘し、居合わせたメンターであるパープルタコとの交渉の末、仕事やインストラクション、自己鍛錬等が無い休暇以外で手隙のタイミングにドローカットを電算室に出向させる事になったのだ。
チャブダイの上にはチャとココット。ドローカットとパープルタコの前に置かれている。ココットの中身はカスタードクリームの上にスポンジが乗ったスイーツのようだ。
ドローカットは傍らのクーラーボックスからラップに包まれたココットと個包装の使い捨てスプーンを取り出し、チャブダイに置いた。パープルタコはストーカーの分のチャを淹れる。
「自作のスイーツなんですけど、ストーカー=サンも食べますか?」
「良いのか?ありがたく頂こう」
「味は保証するわァ」
ストーカーはココットのラップを外し、スプーンを包装から取り出すと一口掬って食べた。カスタードとしっとりしたスポンジの風味が口の中に広がり、思わず頬が緩む。そのままチャを一口飲んだ。
その時、ストーカーはニンジャ洞察力でココットの中のカスタードとスポンジの境目が溶けあっている事に気付いた。一体、いかなるジツを用いてこのスイーツを作り上げたのか?
「面白いですよね。湯煎しながらオーブンで焼くとカスタードとスポンジをいっぺんに作れるんですよ」
「そうなのか……」
お菓子作りなんてやった事が無いストーカーは素直に感心した。
三人の話題はいつしかスイーツから「YCNAN」との電子戦に変わり、ドローカットの出向予定の交渉に移った。
━━━
ピーピピピピ、ピボボッ。極秘裏に撮影されたそのデータは、UNIX処理によってワイヤーフレーム映像へと単純化されてゆく。不要情報は削ぎ落とされ、ソリッドな枠だけが残される。
ここは、コケシ社が所有する会員制カラオケビルの最上階。そこに隠された秘密作戦室だ。ここには、ディープスロートとその一味しか入れない。
「……この通り、キョート城外縁部からホンマルまでには、三重のお堀が横たわってやがる。で、その水の中を泳いでるのは、青白く発光する巨大ウナギめいた怪物だ。顔はカワイイだが、できれば関わり合いになりたくねえ。……ああ、要するに、お堀を突破するのは無理ってことだ。少なくとも、俺にはな」
部屋中央のUNIXチャブ上に投影されたキョート城全域のワイヤーフレーム地図を回転させながら、ガンドーは復讐者に対し、敵本拠地の防御体制がいかに厳重かを説いていた。
「ならば、空はどうだ? セスナか何かを使って直接……」
「ハッハー! 凧にでも乗って空から参上って寸法か? 大胆だな! ……キョート共和国軍の哨戒網と、キョート城の対空防衛網をかいくぐれるなら、考えてもいいだろう。要するに、これも無理ってことだ」
煙草を吹かし、ガンドーはひと呼吸置く。 確定できた内部構造は、全体の三十パーセント弱。それも最新の構造データに基づくものではない。ガンドーやモーターチイサイが潜入時に収集した断片的な映像データ、旧世紀のキョート城観光パンフレット、そして五重塔サーバのハッキングにより手に入れた情報をもとに、UNIX3D解析を行ったものだ。
「ユカノの位置を、もう一度頼む」
「最初のうちは、ここにいた」
ガンドーがLAN直結で情報を転送する。幽閉塔の座標が点滅した。
「そして、今はここだ」
ガンドーが別地点を指差す。幽閉塔よりもさらにホンマルに近い、ホウリュウ・テンプルの座標が点滅する。
「警備をより厳重にするため、ダークニンジャらの手を離れ、ここの地下座敷牢に移された。逃げ出せないように、と言うよりは……他の奴らが近寄れねえようにするためだな」
ガンドーは部屋の隅に置かれたジャッジメント用の装束に一瞥をくれる。それは切り裂かれ、所々が焼け焦げていた。五重塔サーバのハッキング時に正体を看破され、もはやキョート城への潜入工作も行えない。城内で看破されなかったのが、不幸中の幸いだ。そうなれば、死んでいただろう。
「この変装も、割と気に入ってたんだがよ」
「ふむ……」
フジキド・ケンジは、ハンチング帽の下からのぞく険しい目で、キョート城案内図を睨んだ。敵組織の全貌が見え始めたことで、むしろその圧倒的戦力差が明らかとなり、焦燥感が募る。
不幸中の幸いとして、ユカノの元にはモーターチビがある。本来はユカノの監視用にザイバツが配備した小型浮遊ドロイドだが、密かにハッキングにされ、今は彼女のコブンだ。しかしモーターチビを介した通信も、いつまで保つかは解らぬ。
「儀式が執り行われるのは、次のブツメツの夜。……ほぼ全てのザイバツ・ニンジャが、キョート城に集められる」
フジキドは言った。それはユカノからの通信情報に加え、クチュリエールから提供された情報でもある。ガンドーはホンマルの座標を指し示す。
「全ニンジャが集まるとなると、恐らく琥珀ニンジャ像の間だな……盛大なセレモニーになるぜ」
「突撃ではなく潜入ならば、儀式の直前を狙うのが最も良かろう。……城内にニンジャはどれだけいる?」
「予想もつかねえ。グランドマスター級が少なくとも……そうさな、常時、五人はいる。武闘派のニーズヘグ=サンがこちら側で助かったぜ」
クチュリエールからの情報提供により、グランドマスターの一人、ニーズヘグが派閥丸ごとムーホン側という事はわかっている。他にもダークニンジャ、シテンノ、シャドウウィーヴ、旧サラマンダー派閥のザイバツニンジャ達がムーホン側だ。
一人差し引いても四人……それは絶望的な数字だ。九人存在するというグランドマスターのうち、既に撃破したのは、イグゾーション、ダークドメイン、そしてサラマンダーのみ。それも、辛うじて首の皮一枚繫がったような状態での勝利だ。
敵組織の本拠地に人質が囚われているという点では、ソウカイヤを滅ぼした時とも似ていよう。だがあの時は、それまでに敵組織を徹底的に調べ上げ、精鋭部隊シックスゲイツを殺害し、ソウカイヤを弱体化させるだけの十分な時間があった。
しかし今回はどうだ。息つく間もなく始まったザイバツとのイクサは、本来ならば、未だ序盤戦の段階にある。
「ブツメツの夜まで一週間を切った。やはりここは、単独一点突破で……」
「オイオイ、焦るなよ。ユカノ=サンを救い出したい気持ちは解る。だがな、キョート城やザイバツの内部事情は俺の方が詳しい。作戦とガイドは俺に任せろ。……なあ、チャでも飲んで落ち着けよ。ザイバツ攻略のための手掛かりを、クチュリエールだって、体を張って探してるんだぜ?」
確かにその通りだ。だが、フジキドは妙な胸騒ぎを覚えてもいた。それはクチュリエールの潜入工作の腕といった類いの不安ではない。
「……そうではない、いまのユカノの様子は、どこか……」
「記憶喪失がまだ戻ってないってのか? 会った感じじゃあ、そんな風には感じなかったがな」
「確かに、記憶自体はほぼ戻っている。それは前回の通信で確かめた。だが……何か、危うさを感じさせるのだ」
「危ういだって? 人の事は言えねえだろ」
ガンドーは苦笑した。
「ずっとそうだ。俺の探偵事務所にやってきた時から、危ういなんてモンじゃねえ。ミヤモト・マサシのコトワザ……何て言ったっけな……『急ぐと死ぬ』……そんな類いのやつだ。」
……フジキドは押し黙り、頷いてチャを啜った。ガンドーは汗を拭った。 そして話は、またも振り出しに戻る。
この難攻不落の要塞を攻略するために必要なのは、電算機室へのハッキング、それに加えて、潜入路の発見だ。どこかに道はないか。見落としている突破口は。ディテクティヴとニンジャスレイヤーは、無数の描線で構築された3Dワイヤーフレーム構造を凝視し続けた。
「回転を止めてくれ。いま何か妙な構造を見た」
「何だ。この辺か?」
「もう少し右へ……そこだ」
「ノイズじゃねえのか? 待て、これか」
「拡大を」
フジキドは執念深い目を光らせて言った。途切れた地下道らしき構造がピックアップされ、点滅した。
「こりゃあ……業者用の搬入路か何かか? 待てよ、調べてみるぜ」
ガンドーが五重塔サーバで得たデータ群を解析する。しばし、作戦室に物理タイプ音だけが響く。
「……ハーン。こりゃあ、ヨロシサン製薬が製品納入に使ってた、業者用搬入路だ。より大型の別な搬入路が作られたため、現在は分厚い隔壁でロックされ……放置状態。もしかすると、忘れられた裏口ってやつかもな」
「さらに調べる価値が……」 「重点! 重点!」
チャブの隅に置かれたモーターチイサイが突然浮遊し、ユカノからの着信を告げた。セキュリティの都合上、ユカノとの通話は不定期で、その時間は限られている。直ちに3D通話モードがONになった。
「ヌンヌンヌンヌン……」
モーターチイサイのボディ下部から、円錐状のホログラフィ光が照射された。それは座敷牢に正座するユカノの姿を、フクスケの置物ほどの大きさで描画した。地下座敷牢の電波不良ノイズにより、彼女の肌はいくらか蒼ざめて見えるが、その瞳には力強さがある。
「ドーモ。お二人とも、聞こえますか? 私は大丈夫です」
「「ドーモ」」
二人がオジギし、返事を返す。3Dユカノ映像の横には、高度なインターレース方式で合成投影された「満」という大きな漢字がある。この緑の漢字は、通信を続けるにつれ下から徐々に赤へと変わり、それがそのまま通信危険度を示す。
「いつも通りいこうぜ。そっちの調子はどうだい」
「座敷牢は快適です。少々、テンプルの鐘の音がうるさいですが」
ユカノが冗談めかして言った。危機的な状態ではない事を伝えるためだ。
「先刻、パラゴンが来ました。儀式の内容について、不安がっている様子を見せたところ、丁重に扱うと念を押されました。儀式後にも、私には重要な役目がある、と。やはり人身御供の類いではないようです」
「よし、次はこっちだな。作戦案がほぼまとまった」
フジキドは腕を組み、3D映像内のユカノを見守った。
「儀式当日に侵入するが、それまでに、いくつか仕込みを行う。切り札は多い方がいいからな。そっちのモーターチビに、潜伏型ウイルスを転送する。で、チビをキョート城内の電算機室に忍び込ませる。すると、チビが勝手にUNIXに直結し、ウイルスを注入してくれる」
「電算機室に忍び込ませる……。クチュリエール=サンにやって貰うのですね。彼女から離間工作がうまく行かなかった場合に備えてウイルスが欲しいと伝言を頼まれてます」
「あのお嬢ちゃん、そんな事までやってたのか?潜入工作のエキスパートは自称じゃなかったのか……わかった、クチュリエール=サンにモーターチビを渡してくれ。……これならナンシー=サンの支援はいらないかもな」
フジキドは神妙な面持ちでその様子を見守った。
「こちらで他に何かできる事はありますか?」
「たった今無くなっちまったな……ええと……」
BEEP!BEEP!BEEP!
極秘IRC端末が鳴った。
「オイオイオイ、何だよ。今日は大繁盛だな」
この極秘IPを知っているということは、コケシ・サイコウか、ナンシー・リーか、それとも、敵か。
「作戦について、俺の方からは以上だ。何かあれば、続けといてくれ」
ガンドーはニンジャスレイヤーにユカノとの通話を続けるよう促し、自分は端末を持って作戦会議室から外に出た。万が一、敵にこの通信を察知されれば終わりだからだ。
「こちら、ディープスロート」
会員制高級カラオケビルの無人廊下を歩きながら、ガンドーが応答する。そして相手が誰かを知ると、大袈裟に安堵の息をついて笑った。
「……ブッダ! 驚かせんでくれよ、ナンシー=サン。寿命が縮まったぜ。ああ、ニンジャでも縮まるんだ。進捗状況か? ああ、五重塔サーバのデータ解析は粗方終わった。で、潜入路について気になるものが見つかってな。少々重いデータを送るから、意見を聞かせてほしいんだが……何? もう一度言ってくれ、ナンシー=サン。俺が聞き間違ったようだ。あんたは今、どこだって? ネオサイタマだろ? ハ? 違う? ガイオン?」
クチュリエールが作ったスイーツは「刈井式スーパー・プディング」のレモン汁抜きです。
本屋で売ってたレシピ本のレシピとしてます。