キョート市内、ガイオン・サウスエアポート。オバンデス航空旅客機のファーストクラスから、サイバーサングラスをかけた金髪の女性が降り立った。高級マイコ・アテンダントがしとやかにオジギした。
「キョートへは、お仕事ドスエ?」
「ええ、スーパーモデルよ」
女ハッカーは悪気の無い噓をついた。 高いヒールを小気味良く鳴らしてタラップを渡りながら、女はガイオンの空気を吸った。そして胸元から改造IRC端末を取り出した。数々の違法プロキシサーバを経由し、その接続先はむろん、ディープスロート。すなわちタカギ・ガンドー。
「……そうよ、ガイオン。予定変更。やっぱり来たわ。その方が何かと、手っ取り早いでしょ?」
『安全を考えて、ネオサイタマから遠隔接続するって言ってたろ?』
「あれは噓よ」
『知らせてくれても』
「波形ノイズの揺らぎから、敵からの傍受可能性が否定できなかった。敵を欺くには、まず味方から、ね。それに、近頃はネオサイタマも色々物騒よ」
ナンシーはさらりと返す。
『オーライ。病み上がりだろ? すぐ車を手配して……ああ、待てよ、ここはもうすぐ留守になっちまうな。ヨロシサン製薬にヤボ用ができるかも知れねえんだ』
「大丈夫よ、作戦の中で落ち合いましょ」
『こりゃ確かに、色々手っ取り早くなったぞ』
合流座標を暗号で伝え終えると、ガンドーは再び作戦室に向かった。
「まったく、どいつもこいつも、ブレーキの壊れた車みてえにスッ飛んでいきやがる。ネオサイタマの連中からすると、俺みたいに沈着冷静なガイオン人は、まどろっこしく見えるのかねえ……」
だが開ける直前でふと、ドアにかけた手を止める。ガンドーのニンジャ聴覚は、二人の話し声を微かに聞いたからだ。それはユカノからニンジャスレイヤーへの感謝の声か……ガンドーがこれまでに一度も聞いたことのないほど穏やかな声。
ガンドーはドアから手を離し、ライターを擦りながら廊下を歩いた。
「……けどな、どうだい。ガイオン人は、こういうのを邪魔するほどヤボじゃねえのさ」
思えば、通信路が開かれてからこれまで、ニンジャスレイヤーとユカノは一度も、二人だけで満足に話す時間を持っていなかったのだ。 ガンドーは煙草を吹かしながら、所在なく歩いた。いつか助手と何らかの形で再会を果たした時、どんな言葉をかけてやるべきだろうかと考えながら。
「体があって、記憶が覚束ない……。記憶があって、体が覚束ない……。どっちも難儀な話だぜ……」
━━━
キョート城電算機室のドアが開き、ドローカットを連れたストーカーが入室する。二人をザイバツ・グランドマスターの一人、ヴィジランスが出迎えた。
「ドーモ。ドローカット=サン。ヴィジランスです」
「ドーモ。ヴィジランス=サン。ドローカットです」
二人がアイサツを交わす。電算室には異様な雰囲気が漂っていた。大型ボンボリモニターの映像が切り替わった。
「ドローカット=サン、ブラックドラゴン=サンから依頼されていたザイバツ所有物件の権利関係の裏取りは完了した。成程、ブラックドラゴン=サンが自分で調べた上で我々に確認を頼む訳だ……」
「やはり、事実だったのですね」
「そうだ」
ヴィジランスは重々しく頷き、ストーカーは怒りで顔を歪ませている。結果はよろしくない物らしい。
「こちらでも手を尽くして色々と調べた結果、我々の仕えていたザイバツはソガ・ニンジャの結成した偉大な組織の名を騙る、産まれて十数年程度の組織である事がわかった。キョジツテンカンホーで誤魔化して来たのだろうな。
……ついでにブラックドラゴン=サンを抑える為にレッドゴリラ=サンが付きっきりでいる事も掴んでいる。君達はムーホンを企んでいるのだろう?そうでなければ今のブラックドラゴン=サンがダークニンジャ=サンの下に付かない筈だ」
「ご存知の通りです。ヴィジランス=サンも乗りますか?」
ヴィジランスは深々と頷く。握った拳は怒りで震えていた。
「是非やらせてくれ。我々を騙した報いを受けさせなければならない」
ヴィジランスは剣呑なアトモスフィアを漂わせながら了承する。電算室所属ニンジャ達の総意であった。
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キョート城敷地内に建つホウリュウ・テンプル。その地下座敷牢にてドラゴン・ユカノはココットに入ったスポンジとカスタードのスイーツを食べていた。
彼女の目の前ではドローカットことクチュリエールが同じくココットに入ったスポンジとカスタードのスイーツを食べながら首を傾げている。
ユカノがアラクニッドから夢経由で聞かされた〝銀の鍵〟というキーワードに心当たりは無いようだ。
「銀の鍵?……どっかで見たかな……そんなの……」
「ニンジャスレイヤー=サンには心当たりがあるみたいです。……それにしてもクチュリエール=サン、雰囲気が変わりましたね」
「わかりますか?憑依してるニンジャソウルを抜いて、リアルニンジャになったんです」
クチュリエールは少し驚いた表情をすると、笑って答えた。ユカノは絶句した。普通なら死にかねない行為を軽いノリでやった事が伺える台詞を言われたのだ。
「なんていうか……色々パワーアップして凄く調子が良いんですよね。……ってどうしたんですか?」
「……ど、どうしたもこうしたもありますか!?なんでそんな自殺紛いの行為をしたのですか!?」
「……?ユカノ=サン程のニンジャが言うなら大丈夫なのでは?」
「あ、貴方という人は……良いですか?ネオサイタマには貴方を待つ人達がいるんですよ……」
「アッハイ」
正座するクチュリエールにユカノは長々と説教した。
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キョート城内に数多くある茶室のひとつ、スモークド・シルバーの間。
壁や柱には黒漆が塗られ、銀色の茶道具や銀ビョウブの放つ高貴なラグジュアリ感を引き立てる。古来日本において、銀は死を暗示する厳粛な色であり、古のダイミョたちはしばしば、イクサの前夜にこの茶室でゼンめいた死生観を問い直したという。
チャガマに向かい合って座るのは、ダークニンジャとニーズヘグ。部屋の隅に置かれた銀メッキのワータヌキ置物が、神妙な顔で二人を見つめている。
ダークニンジャが一分の隙もない見事な正座を見せるのに対し、ニーズヘグは黄色装束を武骨に着崩し、脇息に寄りかかり、片方の膝を立てて、サケでも吞むような風情だ。
無論、ニーズヘグのこの格好は、正式なチャの作法では認められていない。他のグランドマスターたちとの茶会では決して見せない、たいへんシツレイな態度だ。しかし、これによって彼は、ダークニンジャと腹を割って話す用意があることを示しているのだ。
『……明日ロードが執り行う大儀式について、何か聞かされていたのか?』
『いいや、グランドマスターであるわしですら、聞かされておらん。パーガトリーやスローハンドも知らん』
ニーズヘグが呵々と笑いながら答える。これは、きわめて物騒な内容だ。当然この二人は、複雑な暗号や符牒やハイクなどを用いて会話を行っている。
『だが、パラゴンは知っているな』
『おうともよ、奴ならば知っていよう。どうやって取り入ったかは知らんが、いまや奴は、ロードの第一の腹心じゃからな。奴に近い貴族連中も今頃、どこかで茶会を持っているやも知れん』
ニーズヘグはオカキを摑み、ぼりぼりと齧った。
『まるで興味がないような口ぶりだな。しかし、本心ではあるまい』
『わしはな、痛快なイクサができりゃあ、トノサマが誰だろうと、構わんのじゃ。ロードはわしに、イクサを約束したから、従っておった。ただそれだけの事よ』
ニーズヘグはチャを啜り、ひと呼吸置いた。ここまでニーズヘズの発した言葉には、噓偽り一切無し。
『そう言うオヌシは、どうなんじゃ? ……のう、ダークニンジャ=サンよ? 猫を被るのは、そろそろ仕舞いにせんか。……何を狙うとる? ギルド転覆か? ロードの首か?』
ダークニンジャは答えない。
『密かに手勢を集めとるじゃろ。あのシシマイめいた面妖な連中は何じゃ。じきに、他のグランドマスターも気づくぞ』
ニーズヘグは核心に迫った。 ダークニンジャはチャをひと飲みして、碗の底を見つめた。それから、ゆっくりと正座を崩した。
『……あのシシマイどもは、平安時代のジツで鍛えられたオートマトンだ。長い間眠りについていたが、妖刀ベッピンを持つおれの前に現れた。おれが運命の道から外れぬよう導いている。いや、監視しているのだ』
『オヌシの運命とは?』
『……依代の運命だ。死せるカツ・ワンソーのニンジャソウルを復活させるための依代、魂の器、導管となる運命だ。
かつてハガネ・ニンジャが受けたその呪いを、おれは背負わされ、引き継がされているのだ。このくだらん宿命に、唯々諾々と従う気は無い。唾を吐きかけてやるのだ』
ダークニンジャが明かした手の内も、やはり噓偽り無し。あのシシマイめいた運命者らに従い続ければ、彼はカツ・ワンソー復活のための生贄として捧げられるだろう。
しかし今のフジオ・カタクラは、そのような最期など求めてはいない。ゆえに彼は、デスドレインという名のケオスを己の運命に引きずり込み、マスター・トータスを謀殺したのだ。
『ハッ! カツ・ワンソーとは、また、大きく出よった! 突拍子も無い話よな! ブッダを蘇らせると言っているようなものじゃ! わしはてっきり、無謀な城盗りでも企んでおるかと思ったわ!』
ニーズヘグがまたも呵々と笑う。その顔には愉しげな表情が刻まれていた。ダークニンジャは返す。
『ロードの首ごときに興味は無い。キョートの支配権もどうでもいい。おれは自分のイクサのために手勢が必要なのだ』
『威勢のいい事じゃ……。しかし、ザイバツ・シャドーギルドとロードの力を甘く見るなよ、こわっぱ。わしが知らぬふりをしていようと、オヌシの企みは、早晩、白日の下に晒されるじゃろう。そして破門者として始末され、ブザマに死ぬ』
ニーズヘグが冷たい表情で返した。それから一転、歯を剝き出しにして、にたりと笑う。
『しかし、それでは詰まらんなあ。そうなったら、オヌシはどうするんじゃ? 何を考えている?』
『そうなれば、カラテあるのみ』
ダークニンジャは鋭い笑みを作った。
『どの道おれは、ソウカイヤを裏切ってザイバツ入りした異端者だ。しかも、ソガ・ニンジャより高位のニンジャソウルを持つ。いずれ用済みとなり始末されるのは、目に見えている。ならば機をうかがい、それより先にカタナを抜くまでの事』
『勝てるとでも?』
『おれは神殺しの妖刀ベッピンで、カツ・ワンソーにイクサを仕掛ける男だ。全ニンジャの父祖、カツ・ワンソーに比べれば、ソガ・ニンジャなど、何するものぞ』
ダークニンジャは笑みを殺し、相手の目を睨んだ。
『ニーズヘグ=サン。これでおれたちは、互いの手の内を明かした。そちらはどうする? ……おれが構えるイクサは、あの老体を神輿めいて担ぐ連中のイクサなどより、遙かに邪悪で壮大なものになろう』
数秒置いて、その真意を汲み取ったニーズヘグは、堪えきれぬように小さく唸った。次第にそれは哄笑へと変わった。これまでの笑いとは違う、腹の底から湧きあがるような豪快な笑いであった。
ダークニンジャもまた、ギラギラと輝くニーズヘグの蛇めいた目を見ながら、小さく笑った。イクサ狂いの狂人め、と心の中でひとりごちた。
(((いや、ニンジャソウルを抜けばリアルニンジャになれると言われて、本当に抜いてしまう狂人よりはマシか)))
ダークニンジャのニューロンにクチュリエールの顔が思い浮かんだ。
ザイバツに歴史が無かったという事実は真面目なニンジャ程キレる事実だと思ってます。