キョート城、黄金茶室。
黄金のイロリで火にかけられた黄金チャガマを挟んで、差し向かいで正座する二人のニンジャ。 パーガトリーは煮えたぎる緑の液体を黄金のヒシャクで掬い上げ、茶器に注ぐ。
茶器は金ではない。ナスめいた艶やかな黒である。ゼンのアート観はショッギョ・ムッジョを内包したストイックなもので、極めて注意深い洗練の上に存在する。華美一辺倒では不粋なのだ。
パーガトリーは熟練の手つきでミキサーを用い、チャを泡立てると、奥ゆかしく向かいのニンジャに差し出す。
「つまらないものですが」
「いえ、結構です、悪いです」
ドローカットは一度断る。ここですぐに受け取る愚者は蛮人と見なされ、ムラハチだ。
「……そう仰らずに」
「それでは」
一度断った事で、十分な奥ゆかしさがドローカットに付与された。儀式めいて手元で茶器を二度廻した後、いよいよその茶器を口元に運ぶ事が許される。
一息に飲み干せば、もちろん〝ヨクバリ〟扱いで即時にムラハチだ。三度茶器を傾け、茶器の底にわずかにチャの緑を残すのが正当なワビチャとされる。
本来、黄金茶室の黄金タタミに上がる事を許されるギルド位階はグランドマスターのみである。ドローカットの位階はアプレンティス。この黄金茶室に普通ならば上がれる道理はない。
パーガトリーが電算室から帰るドローカットを道中で待ち伏せて、面と向かって呼びつけたのだ。縦社会であるこのザイバツにおいて、グランドマスターによる直接の呼び出しは同格のグランドマスターによるインターセプト以外に逆らえる道理は無い。
複雑怪奇なムラハチ・トラップが幾重にも仕込まれたワビチャの作法を完璧にこなす手腕にパーガトリーは舌を巻いた。
パーガトリーからすればドローカットは、多数の死者を出したデスドレインと二度戦い、二戦目では狙撃で何処とは言わないが欠損する程のダメージを与え、シャドー・コンでミラーシェードを破って準優勝を果たし、派閥を越えて開催の嘆願書に署名が集まる程のカラテ勉強会で一人の脱落者も出さずにインストラクションしてみせた、ダークニンジャには勿体無い位によく出来た部下である。
不作法を指摘してからシツレイを不問にして度量を示し、アデプトに引き上げて自派閥に引き入れるつもりだったが、完璧にこなす姿を見てパーガトリーはドローカットがより欲しくなった。礼儀作法まで完璧とは思っていなかったのだ。
「何故、電算室に入ったのですかな?ドローカット=サン」
「電子戦の援軍を頼まれたからです」
パーガトリーが切り出し、ドローカットがあっさりと答えた。
「そうですかな?それだけではありますまい。隠し事はよくありませんな……そういえば、ブラックドラゴン=サンをレッドゴリラ=サンが宥めている姿をよく見かけますな。
何の事かは存じませぬが、〝思い出すだけで腹立たしい〟とも言っていたとか。もしかするとギルドの一大事かもしれぬ故、やましい事が無いならワシにも見せて頂きたい」
「ええと……間違ってはいないですね」
パーガトリーの追求にドローカットは少し悩んで答えた。
「ほほう……では見せて頂けるのですかな?」
「はい。ブラックドラゴン=サンが否定する材料を探す為にヴィジランス=サンに裏取りを依頼して、より詳しく調べて貰った情報です。パーガトリー=サンも知るべきだと愚考しました」
ドローカットは谷間からフロッピーディスクと小型ノートUNIX、外付け式のFDD(フロッピーディスクドライブ)を取り出し、フロッピーディスクをUNIXに読み込んで物件登記のオーナーシップ・ヒストリーリストを見せた。
「これは……何なのかね?」
何か後ろ暗い記録なのではと思ったら、想定と違う物をお出しされたパーガトリーは戸惑った。物件登記の所有者履歴。どれも十数年前からザイバツのフロント企業等、関係者の所有になっている。
「登記の所有者履歴にございます。結論から申しますと、ザイバツ所有のあらゆる物件が十数年前からの所有となっております。それ以前の所有者は全てザイバツと関係無い実在のモータルです。ハッカーの仕業かと思ってヴィジランス=サンに調べて頂きましたが、ハッキングの形跡はありません。全て事実のようです」
「ま、まさか……」
「ええ、ギルドの一大事です。我々ザイバツニンジャ一同、キョジツテンカンホーで良いように操られていた可能性が出てきました」
「なんと……なんと……」
あまりにも酷い事実にパーガトリーは呆然とした。
「……これはワシが預かろう。こちらでも裏取りを行う」
「承知致しました」
「ドローカット=サン、もう出て良いぞ。よくぞ教えてくれた」
「はっ、それでは失礼致します」
ドローカットはタタミの縁を踏まないよう茶室を出た。
━━━
キョート城天守閣。フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室。
ここに足を踏み入れる事が許されるのは、偉大なるロード・オブ・ザイバツ。そして、自我を物理的に剝奪された、フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室専従の奴隷。ただ二人ばかりである。
パラゴンは、フジサン頂上にかかる黄金の雲と飛翔するフェニックスの白金茶室の壁一枚隔てた場所に正座し、専用の提供口へ手だけを差し入れ、ロードを接待する。古木を切り出し磨いた古代茶器にロードの尊い手が伸び、これを奥ゆかしく受け取る。パラゴンはいかめしく眉根を寄せ、無表情である。
「長う……長うございました、マイロード」
パラゴンは壁越しに低く言った。震え声である。彼は涙を堪えている。
「……ムーフォーフォーフォー……つつがなく執り行うのだ」
「力の限りに」
パラゴンは即答した。
「全ザイバツ・ニンジャの命を賭して」
「ムフゥーン……」
ロードは呻いた。
「……ニンジャスレイヤー……あの者は来るであろうか、余のもとへ」
「必ずや参ります」
パラゴンは答えた。アラクニッドの占いは絶対だ。ドラゴン・ユカノも未だザイバツの手中にある。
「……必ずや」
━━━
キョート城の最外周、アウトサイド石畳エリアは、広く一般人に開放されている。雅な松と城壁、石畳の美しさによって、キョート観光ツアーに必ず組み込まれる重要ランドマークだ。
市民や観光客が屋台の間を笑顔で行き来し、インペリアルガード職員達は江戸時代そのままの制服でいかめしく直立する。
並ぶ屋台の一角にはサイケデリックなペイントが施されたクレープ屋台バンがある。バンには七色の文字で「プーレク宿原」と書かれ、両隣のイカ屋台、リンゴチャン屋台の派手な飾りと競い合っていた。
ハンドベルを鳴らしながら、別のガード達が上手から現れ、アナウンスする。
「日没とともにここは閉鎖されます。ご退場をお願い致します。皆様、ご来場ありがとうございます」
市民、観光客達はさざ波めいて談笑しながら、石畳エリアを離れてゆく。中年店員と若い店員はもう一度目配せした。中年店員はホットプレートの電源を切ると、背後の扉を開けて中の休憩スペースに身を乗り出した。
「……だそうだぜ」
「うむ」
中で腕組みして座する赤黒のニンジャが、中年店員を見返した。
「丁度こちらも一通り設定を済ませたところ」
奥でUNIX作業をしていたコーカソイド美女が、金髪をかきあげた。
「楽しかった? クレープおじさま」
「大繁盛だ。転職しようかね」
中年店員……ガンドーはエプロンを外し、ガーゼ眼帯を毟り取ると、黒革の眼帯を装着し直した。
「よく言う!」
外から若い店員の声が飛んできた。彼はディプロマットだ。 外からはいかにもヒッピーの就業めいたクレープ屋台にしか見えぬこの大型バンであるが、一皮剝けばこの通り、秘密めかした電子要塞だ。
もっとも、この手の改造ガジェットに明るいキンギョ屋のおやじが一人で継ぎ接ぎした設備であり、剝き出しのコード類や整頓されていない機材類、神棚など、雑多の限りである。
当のキンギョ屋は運転席で眠りこけている。今回のミッションにおいて、彼もまた不可欠なクルーなのだ。参加を申し出たのは彼自身である。
━━━
「俺がいなけりゃ、誰が面倒見るんだい、こいつを」
老人は車体を叩きながら平然と言った。
「俺はニンジャとは戦えねえ。せいぜい護ってくれや」
━━━
ナンシー・リーとニンジャスレイヤーは車内に据え付けられた複数のモニタの光に照らされながら、電子的・物理的な下準備を整えていた……突入の……ザイバツ・シャドーギルドへの突入準備を。
モニタにはUNIX文字列の奔流。設定済の自動コマンドが実行中なのだ。
「オイ。始めるぜ」
ガンドーがカールコード・マイクに手を伸ばし、運転席のおやじと通信した。
「アーイ、アイ」
あくび交じりの応答。ディプロマットも中へ入ってくる。何時の間にかニンジャ装束を着込んでいる。そしてメンポを装着。四人を迎え入れると、さすがにこの乱雑な戦略室はやや手狭だ。 外の空は暮色。
サイケデリック・クレープ・バンは係官の指示に従いつつ、車輛通用門へ向かう屋台車輛の列の最後尾を確保。徐々に速度を落とし、単独となる……やがて左手の石垣に目当ての入口が現れる。
「保全」の表示を掲げたトンネルが。何もかも事前ブリーフィングの通りだ……少なくともここまでは。
「この車内UNIXで城のロック機構すべてをあしらうってワケにはいかないわ」
ナンシーが赤色の小型正十二面体ドロイドをUNIX直結から切り離し、ガンドーに手渡した。
「奥まで潜入。城内の基幹UNIXにこの子を直結させる」
「つまりプランに変更なし」
ガンドーはコートを羽織り、ドロイドを懐にしまった。
「はいよ。出口そのイチ」
キンギョ屋のおやじが告げた。トンネル通路が突き当たり、前方に巨大なリフトエレベータ空間が出迎える。キョート城内へ通ずる、業者用の物資搬入リフトだ。
しかし今の彼らには用が無い。このエレベータはビジター区と繫がっている。ビジター区はそこより奥と完全に隔絶されている。ビジター区では意味が無い。
バンが停止し、中からニンジャスレイヤー、ガンドー、ディプロマットが現れた。つまり戦闘者全員だ。この後のハッキングの最中、ビジター区から降りて来る下級ニンジャに見咎められる可能性はゼロではない。
その場合、騒がれる前に必ず殺し、速やかに処理する。 ガンドーはリフトエレベータの根元のポイントへ屈み、隠蔽されたもう一つのコントロールパネルを速やかに見出した。
BEEP!BEEP!BEEP!
IRC通話の着信音が鳴る。クチュリエールからだ。モーターチイサイが起動音とともに浮遊し、立体ホログラフ映像を足元に投射する!
『ドーモ。クチュリエールです』
「「「ドーモ」」」
アイサツするドローカット……否、クチュリエールにニンジャスレイヤー、ガンドー、ディプロマットの三人はアイサツを返す。
『連絡が遅れて申し訳ないでヤンス。ヴィジランス=サン以下、電算室はこちら側に引き込めたでヤンス。あと、パーガトリー=サンもムーホンに乗ってくれるかもしれないでヤンス』
「「エッ」」
ナンシーとキンギョ屋が固まった。
「俺の仕事、無くなっちまったな。……今からでも帰って良いか?」
「もう無理だと思うわ」