ホウリュウ・テンプル地下座敷牢。
「アイエエエエエ……アイエエエエエエ……」
アラクニッドは恐れていた。彼の花札タロット占いが、恐るべき運命を示唆していたからだ。ニンジャとは思えないブザマな泣き声を上げながら、拘束鎖をキイキイと鳴らす。 カツン、カツンと階段の音が鳴る。彼のニンジャ聴力はそれを聞き逃さない。
「ケイビイン=サンが死んで、随分と風通しが良くなった。もはや鍵すらも必要ない……監視システムはこちら側だ」
『アイエエエエ……来るな、哀れなアラクニッドを放っておいてくれ……殺さないで……』
冷酷な声が土壁に反響する。そのニンジャ達は影の中から静かに姿を現した。ダークニンジャとドローカットだ。ダークニンジャは占いで答えを出された時に備え、わかりにくい文章を強いニンジャ第六感で解読させる為に彼女を連れて来たのだ。
「ドーモ、アラクニッド=サン、ダークニンジャです」
「ドーモ、ドローカットです」
「コワイ! コワイ! 嫌だ! アラクニッドは恐怖し、拒絶する! 拒絶しているのだ!助けてくれ!ドローカット!」
ダークニンジャとドローカットのニューロンに捻れた悲鳴が響き渡る。視界内では肉鉤に吊られた哀れな虜囚が粗末な明かりの中で身をよじっている。
そこに別の光景が重なった。ごく狭いタタミ空間を、虜囚は後ずさった。こちらは現実の眺めではない。ネクサスを介してもたらされる、虜囚のローカルコトダマ空間だ。
二人は二つの光景を同時に見ている。現実世界におけるアラクニッドは、苛烈な責め苦の果てに自我を喪失した、ソクシンブツじみた存在だ。だがその脳内、ローカルコトダマ空間において、その思考は未だ健在であり、こうしてアクセスすることで限定的な対話が可能となる。
「アラクニッドはダークニンジャを拒絶する!ドローカット!ダークニンジャを止めてくれ!」
「うわあ……これは酷い。死にそうな結果が出てる」
虜囚アラクニッドは、コトダマ・タタミの上で、マッタの姿勢で慈悲を乞い、ドローカットに助けを求めた。ドローカットは花札タロット占いの結果を見て可哀想な物を見る目でアラクニッドを見た。
「ダメだ」
ダークニンジャは構わず、ツカツカとコトダマ・タタミの上を前進し、ドローカットはそれに続いた。現実において二人は鉄格子を挟み、肉鉤に吊られたアラクニッドを見上げた格好だ。
ホウリュウ・テンプル地下牢の格子はいにしえの鉄で作られており、破壊できるかどうか定かでない。ダークニンジャは自剣ベッピンの斬れ味をあえて試しはしなかった。
彼はカタナの血を払う。道中で彼を誰何したケイビイン派閥ニンジャの血だ。 コトダマ空間の映像が滲む。そこではアラクニッドがすすり泣いている。
「哀れなアラクニッドに何を求める。アラクニッドは壊され、捻じ曲げられ、記憶は塵芥だ。ダークニンジャの役には立てぬのに」
「おれの役に立てぬと? それは占いの結果か?記憶の残滓を絞り出せ。役に立つか否かを決めるのはお前ではない。おれだ」
「アイエエエエ! 痛い! 強いイドをぶつけないでおくれ! アラクニッドは苦しむのだ」
「ならば苦しめ」
ダークニンジャは取り合わない。
「アイエエエエ!」
アラクニッドがもがくと、現実世界では肉鉤の鎖が激しく音を立てた。
「助けてドローカット!アラクニッドにはドローカットの運命を見通せない!ドローカットは運命を掻き回す!ドローカットなら多分アラクニッドを助けられる!」
「いきなり何を言ってるんですか!?」
コトダマ・タタミ上でアラクニッドがのたうちまわり、泣き叫んだ。ダークニンジャは困惑するドローカットを興味深そうな目でちらりと見てからアラクニッドに静かに命じた。
「ハガネ・ニンジャについて、お前の知る事を話せ」
「ハガネ!?」
「ハガネだ。地上の帝国において、彼は何を為そうとした?」
ダークニンジャはただアラクニッドを睨むばかり。視線に捉えられたアラクニッドは親指締めの拷問を受ける罪人めいて苦悶する。
「ア、アラクニッドは努力する、だから」
「ソガによって失伝されたハガネの探索! その秘密だ!」
「アナヤ!」
アラクニッドのヨダレが地に落ち、ボタボタと音を立てた。
「アナヤ! アナヤ! ハガネ・ニンジャの探索? ……ヤマト……」
「ヤマト・ニンジャを遣わして何を探させた!」
「アラクニッドの研究は不完全だ。う、ウラナイで、それを補う事ができると……でも、アラクニッドは苛まれ……もはや、記憶が……」
アラクニッドはすすり泣いた。その涙は責め苦への痛みではない。悔し涙だ。
彼はかつて研究者であり、逃走を試みて幽閉されるまでは、このホウリュウ・テンプルの書物を自由にしていた。豊富な古文書とウラナイから導いた、深淵に至る考察……それらは人格と共に破壊され、もはや永遠に戻る事はない。
「国を追われるまでのハガネ・ニンジャは、備えようとしていた。ヤマト・ニンジャはハガネの命を受け、探索行に出た」
「その通りだ。ダークニンジャの考察は外れていない。本当だ。それはわかる」
「……竜退治。聖杯。航海。その先に何を求めていた」
「ああ! アラクニッドとて、思い出したいのに!」
アラクニッドの嗚咽を、ダークニンジャはただ見つめていた。その瞬間の彼の胸中に、何があったろう? 自らと同じく、歴史の闇へ踏み込んで行った者の、その成れの果てを前にして? アラクニッドは不意に泣くのをやめた。
「……マスターヤリのヤリ、それは知っているか」
「ヤマト・ニンジャのヤリか」
「そうだ」
アラクニッドは認めた。ヤマト・ニンジャとは、ハトリ・ニンジャに率いられてカツ・ワンソーと戦った神話英雄であり、マスターヤリの称号を持つニンジャ六騎士の一人だ。称号通り、その得物はヤリであった。
「ヤリは彼の斃れた地を示す」
ダークニンジャは今更そのヤリの実在を疑いはしない。
「
彼は呟いた。複数の神話伝説に語られる神秘的な名を。
「そうだ、
「十分だ。次の質問だ」
「ア、アイエエエ……」
アラクニッドは目に見えて消耗している。だがダークニンジャは続けた。
「ナラク・ニンジャについて話せ」
「ナラク! ああ!なぜお前たちはアラクニッドを苛むのか? あれはアラクニッドのせいではないのに」
「その問いに答えよう、アラクニッド=サン」
ダークニンジャは素早く言葉を挟んだ。その目が注意深く細まった。
「答えるゆえ、おれの問いに答えろ」
「……わかった」
「おれがナラク・ニンジャについて問い、お前を苛むのは、それが隠匿された力であるからだ。それが答えだ。なぜ失伝している」
最小限の答えだ。だが、アラクニッドは答えねばならぬ。
「ナラク・ニンジャ……ああ! アナヤ! COFF! COFF! ギンカクは本来あのように用いるものではない!」
「ギンカクと言ったな、ギンカクで生み出すと!」
「アラクニッドは恐ろしく思う。禁忌だ。イケナイ。ギンカクによって集められたモータル怨念、その悪しき利用……」
「十分だ。過去の歴史に数度、ニンジャスレイヤーに類似する者が現れた筈」
「それは、それは知らない……」
アラクニッドが呟いた。ダークニンジャは頷いた。
「当然だろう。かろうじて組み立てた仮説に過ぎない。だがギンカクが装置として存在するのならば、おれの中で辻褄は合った」
「ロードとパラゴンのせいだ! アラクニッドは占った……占わされただけで、無実だ……」
「私からも質問させて貰って良いですか?」
「ふむ……良いぞ」
ダークニンジャはドローカットの頼みに少し考えてから許可を出す。アラクニッドは自分の運命が変わるかもしれないと期待を寄せた。
「まず、前提の確認として……ダークニンジャ=サン、あのシシマイにブレーサーを壊すような提案をされましたか?」
「……されたな」
ダークニンジャはいきなり自分に質問が来た事を怪訝に思いつつも回答する。ドローカットのニューロンが稼働し、ニンジャ知力がダークニンジャの言動などから、うろ覚えの原作知識を繋ぎ合わせる!
「私の予想なんですが、結論から言うと三種の神器ってカツ・ワンソーのケジメした指から作られた対カツ・ワンソー用のレリックなんじゃないですか?ユカノ=サンの話込みで推察すると、全て揃えて琥珀ニンジャ像に装着する事でキョート城をオヒガンのキンカクに殴り込む為の兵器として使えるとかそんな感……」
ドローカットが結論から推理を披露している途中でビリビリと空気が震えた。唸りだ。唸りが現世を外側から揺らしているのだ。
ダークニンジャはベッピンを抜いた。キィィィィ、刃は敵意を鳴らす!
「ドローカット=サン……どうやらお前の推理は当たっていたようだ」
「アナヤ!」
01010111……ダークニンジャの眼前に、超自然存在が急速に実体化を開始する! ダークニンジャとクチュリエールは飛び下がった。
シシマイの巨大仮面、「ツル」と全面に書かれたニンジャ装束! 威圧的長身!
「ドーモ、ダークニンジャ=サン。ドローカット=サン。マスター・クレインです」
「ドーモ、ドローカットです」
運命者は機械的なオジギを行い、ドローカットはそれに答えた。
「イーアアアアー」
「フンハーッ!」
マスター・クレインが驚くほどに俊敏な動きでドローカットに右腕を叩きつける!ドローカットは奇妙な中腰の姿勢……カラダチで受けた!
「惑わされてはなりません」
マスター・クレインの動きがドローカットのカラテ振動波によって拘束される。ドローカットの上半身が捻じる、捻じる、捻じる!この瞬間だ。この瞬間が好機。
「イヤーッ!」
ダークニンジャは既に跳んでいた。空を蹴って回り込むと、マスター・クレインの背中に斜め上からベッピンを突き刺した。
「バモッ……ご乱心、何をなさる」
「イヤーッ!」
「バモオーッ!」
ダークニンジャはベッピンをさらに深く突き刺し、押し込み、捻り込む。
「……イヤーッ!」
ヤミ・ウチ! ダークニンジャはさらに刃を押し込む!マスター・クレインの頭部がドローカットにとって殴りやすい位置まで下がる!ドローカットは上半身のみ真後ろを向いた姿勢から右腕を高く掲げ、桜色に発光させる!
「ハイーッ!」
「バモォー!」
「さらばだ、運命者!」
ドローカットの捻りが解放され、急加速した右拳のアッパーがマスター・クレインの頭部に直撃して粉砕! ダークニンジャはメンポの下で歪んだ笑みを浮かべる! マスター・クレインが崩れ落ちる。
ベッピンの刃を伝い、人ならざるものを動かすエネルギーが駆け登り、ダークニンジャを灼いた。ダークニンジャは苦痛、罪悪感、不安、不浄な快楽に耐えた。
「これでは入って来られまい……入って来られまい!」
「……!?」
彼は繰り返した。その言葉は、この地ではないどこかからこの有り様を注視する存在に対して向けられた挑発であった。ドローカットは彼の妙なテンションに困惑している。
「ああ……アラクニッドは生きてる……アラクニッドは助かった……」
アラクニッドの目から溢れ出る涙が頬を濡らし、顎からポタポタと滴り落ちた。
一方、ダークニンジャはそのままの姿勢で一分が経過した後、刃を引き抜くとその手が震え、ベッピンが地面に零れ落ちるとダークニンジャはマスター・クレインの死体の隣に倒れ込んだ。
「……!」
彼は声にならない悲鳴を上げ、頭を抱えて地面をのたうった。血管を、ニューロンを駆け巡るエネルギーに独り耐えた。
「……!」
やがて彼は胎児めいた姿勢で地面に丸まり、震え出した。ドローカットが彼の頭を抱えて膝枕すると、うつ伏せになってドローカットの腰を抱き、そのまますすり泣いた。
特に何も考えず、ノリで膝枕したドローカットはダークニンジャの様子から前世で読んだヤミ・ウチの描写を思い出し、オハギをキメたインターラプター=サンみたいな物かと一人納得した。
━━━
「やれやれ! これまでか」
仰向けに倒れたニーズヘグは苦笑した。両腕は無残にへし折れ、左足は脛から下が切断されている。ムーホンの取り決めが興奮で頭から飛び、全力でニンジャスレイヤーと戦い、応戦された結果である。
「カイシャクせい! ハイクは要らぬ」
「よかろう」
ニンジャスレイヤーが頷くと、メンポが不服げに軋みながら、もとの形状へ戻ってゆく。彼は片足を振り上げ、ニーズヘグの頭を踏み砕こうとした。
「……!」
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーは咄嗟に側転した。飛び来たったのはクナイ・ダートである。包囲網をどよめきがさざ波めいて広がり、包囲網が割れた。海割り伝説のごとく。 ニンジャスレイヤーはジュー・ジツを構えた。
歩み進んでくる三者の影を睨んだ。左には女ニンジャ、パープルタコだ。右には若い男のニンジャ、シャドウウィーヴと黒い小柄で豊満な少女ニンジャ、シャドウドラゴンだ。中央にはダークニンジャ。
「手前勝手に満足して、死んで終わるつもりか、ニーズヘグ=サン。随分小さなイクサだな……失望させてくれるなよ。お前のイクサはまだ少しは残っていよう」
「ハッ!死に損なったわい」
ダークニンジャが無感情に言うと、ニーズヘグが笑った。包囲網が分かれていき、ニンジャスレイヤーは睨んだ。
「ドーモ。ダークニンジャ=サン。……ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ダークニンジャです」
両者はオジギした。ニンジャスレイヤーのヌンチャクに「忍」「殺」のカンジが。ダークニンジャのブレーサーに「刃」「鉄」のカンジが光った。
包囲網の中からフックロープが伸び、ニーズヘグを引っ掛けると引きずって回収していく。
回収されたニーズヘグは同じく回収された左足と共にドローカットの手で担架に乗せられ、ダークニンジャとニンジャスレイヤーを回り込んで合流したシャドウドラゴンとドローカットが担架を持ち、パープルタコとシャドウウィーヴが先導して道を開け、医務室へと運んで行く。割れた包囲網を通って担架はキョート城内に入って行った。
ニンジャスレイヤーとダークニンジャ。互いの敵意が視線を結び合わせる。
「邪魔だ。散れ!」
ニンジャ達は疑問と安堵の目で見交わし、少しずつ、包囲を崩し始めた。
ニンジャスレイヤーは摺り足で動きながら、初手を検討する。戦意を喪失したサンシタ・ニンジャをヘルタツマキで出来るだけ殺すか? 否。一応、この中にも協力者が混ざっている可能性がある。ダークニンジャも殺してやりたいが、ムーホンの主犯なので協力者の一人だ。殺す事はできない。
潮が引くようにニンジャ達は離れ、散乱する四肢と死体と、ニンジャスレイヤー、ダークニンジャだけが屋根カワラ上に残される。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
シャウトと共にイアイとカラテが衝突した。
Q.なんでアラクニッドはドローカットことクチュリエールの運命が見えなかったり、占いが外れたりしたのですか?
A.転生者特権です。
メタな話ですが、予言が確定してるとお話が書きづらいのでこうなりました。