応急処置が終わり、スシを食べて休憩中のニンジャスレイヤー、ガンドー、ダークニンジャがいる電算機室の天井裏……
その中にある広大なヴィジランスのプライベートルームには、ハモンド・オルガンの小粋なジャズが静かに響く。そこはアッパーガイオンの最高級マンションを思わせる、上質な安らぎ空間が存在している。
壁には様々なエコノミクス・ショドーが並んでいる。以前はロード・オブ・ザイバツのアンティーク調額装写真も並んでいたが、真実を知ったその日に全て処分している。ヴィジランスは、穏やかな間接照明の中、シックな絨毯の上を歩いた。
「さて……」
彼は立ち止まり、壁と一体化した漆塗りの小型冷蔵庫から、スシとコールド・マッチャを取り出す。それを持って高級一枚板のデスクに向かい、心身をリラックスさせるサイバー・エルゴノミクスチェアに腰を落ち着けてから、卓上ボンボリ灯のもとでそれを咀嚼した。
「フゥーッ……」
マッチャを啜り、息をつき、静かに目を閉じる。 ゆっくりと引き出しを開け、紙とスズリと筆を取り出して、いくつかハイクをしたためた。そしてまたチャを啜る。
指揮官は常に、体力と精神力を温存せねばならない。彼はヨロシサン製薬へのハッキングで昂ぶったニューロンを、意図的にザゼンしているのだ。チャを飲み終えると、ヴィジランスは机の通信ボタンを押してから、バーカウンターへ向かった。
「そろそろ仕掛けるか……」
そして上等なアンコ・ラムをグラスに注ぐ。その匂いを嗅ぎながらUNIX端末を操作し、パラゴンと自分とを結ぶIRC緊急ホットラインを開いた。
「ドーモ、ヴィジランスです……儀式直前の再インターラプトをご容赦いただきたい……。ハイ、ハイ……ええ、我々の攻撃精神は全く衰えておりません……ハイ、ハイ……例の件です。私の前任者が何らかのシステムの抜け穴を作って、隠蔽していたのです……物理的にも、また電子的にも……」
ヴィジランスはラムを呷りながら、淡々と報告した。
「ハイ、ハイ……。前任者、あの呪わしきトランスペアレントクィリンが、かつて何らかのムーホンを企てていたのだ、としか……。ハイ、ハイ……そして残念ながら、城内に今、その計画を彼から引き継いだ……あるいは偶然発見し自分のために秘匿していた者がいるとしか……」
ヴィジランスはまたアンコ・ラムを注いだ。
「既に、裏付けをとりました。グランドマスター内に一人、ヨロシサン製薬と秘密コネクションを持つ者が……。ハッキングによって偶然明らかになった隠蔽情報から、電子ログ分析の結果、その者の名は……」
ヴィジランスは息を吸った。
「……スローハンド=サンです」
居室をしばし沈黙が包んだ。
━━━
キョート城ホンマル地下……琥珀ニンジャ像の間。
人混みの中でドローカットと逸れたシャドウウィーヴは周囲を見回してドローカットを探していた。小柄故、あっさりと人混みに流される彼女の姿は噂に聞くクチュリエールのイメージとはかけ離れていた。
(((ダークニンジャ=サンに言われなければ、ドローカット=サンがあのクチュリエール=サンだなんて信じられないな……)))
コロセウムめいた円形巨大ホールの中央、円柱状に迫り上がった円形カワラ屋根付きの円形台座を覆う円形ハイ・テック・ショウジ戸が展開し、中のものが明らかになると、シャドウウィーヴを含めた広間を埋め尽くすニンジャ達は一様にどよめき、嵐の前の雷鳴めいて、パイプオルガンと歌奴隷オイランによるBGMをかき消した。
円形台座の左右の縁には、鋭利な尾を真上に逆立てた金のシャチホコ・ガーゴイルがあった。尾の先端からは金の鎖が伸び、それぞれが左右の枷に接続されている……腰の薄絹一枚の他には何も身に纏わぬドラゴン・ユカノの腕枷に。彼女は鎖で両腕を引っ張られた格好で、歯を食い縛り、もがいていた。脱出に失敗して捕まったようだ。
ユカノの白い裸体を背後に、玉座に腰掛けるはロード・オブ・ザイバツ。白く大きい衿飾りのついた白いハカマキモノを身につけている。その顔にヴェールは無い。かわりに、古代神器のメンポがその顔を覆い隠している。メンポの頰には「罪」「罰」のカンジがレリーフされていた。その傍にはパラゴン。
パラゴンは腰の後ろで手を組み、無表情な目で、広間を埋め尽くしたザイバツ・ニンジャ達を見渡す。台座の真下には囲むようにタタミが重ねられている。
グランドマスター席だが、そこで正座するのはパーガトリーとスローハンドだけだ。ヴィジランスは電算機室。ニーズヘグはニンジャスレイヤーとの戦闘で重傷を負い、集中治療を受けている。
パラゴンは片手を上げた。ニンジャ達は静まり、音楽も停止した。彼らは固唾を飲んで、この小柄な大参謀の挙動を見守った。
「……式典に先んじて、まず、悼まねばならぬことを残念に思う」
広間後方の壁、吊るされた巨大な掛け軸が次々と開かれていく。
「イグゾーション=サン」「ダークドメイン=サン」「サラマンダー=サン」……既に死んだグランドマスター・ニンジャの名をあらわすルーンカタカナ。
「彼らはこの美しく荘厳な瞬間を知らぬまま、逝った。加えて……ケイビイン=サンだ」
事情をいまだ知らぬ者達が訝しげな囁きをかわす。パラゴンは目を閉じ、頷いた。
「まこと忠義のニンジャであった。残念でならぬ。死亡の報せがもたらされたのは、つい先頃だ。だが、彼は名誉に包まれてアノヨへ向かったであろう。なぜなら全ての憂いは絶たれたのだから」
ふたたび、囁き声の連鎖。パラゴンは片手をあげた。巨大掛け軸と同様に、巨大スクリーンが引き下ろされ、城内あまねく流されていた例の映像が映写された。
「グランドマスター達は一人の凶悪なるニンジャによって卑劣な騙し討ちの犠牲となった……この映像は、その者、邪悪なる反ギルド存在、ニンジャスレイヤーのドゲザである」
囁き声が畏怖の呻きに変わった。
「卑劣な悪はついに寛容なるロードの御怒りに触れた。さすればかように醜いザマを晒し、恥辱に塗れ地に伏すが必定」
パラゴンは睨み渡した。ドゲザ映像がループする。ニンジャ達の中から、ニンジャスレイヤーのブザマをせせら笑う声が聞こえてきた。パラゴンは頷いた。
「実際この哀れな男の手により、尊いザイバツ・ニンジャの命があまりに多く失われた。諸君らとかつて同じ茶室のチャを飲んだ者らの中にも犠牲者は居よう。だが! ギルドの権勢にいささかも曇り無し!
なぜなら我らは一人一人の細胞一つに至るまで、ロードに奉仕するザイバツという単一存在である! ロードの美しく勿体無き御涙粒をもって、今ここに尊き犠牲は栄光のニンジャ・ヴァルハラ戦士に昇華されたのだ。
悲しむなかれ! 彼らはギルドであり、我らはギルドである! その情報遺伝子は絶えず永遠であり、そしてここに……聖なる三神器と……絶対審判機構構築者たるドラゴン・ニンジャを見る」
ロードの玉座の隣の床が開き、下からゆっくりと迫り上がってくるものがあった。琥珀ニンジャ像である。ユカノは慄いた。なお激しくもがいた。その裸の胸は豊満である。パラゴンはユカノの顎を摑み、ロードの方へ顔を向けさせた。ロードは震えながら玉座から立ち上がった。
「ムーフォーフォーフォー……今宵は実際めでたい……」
巨大掛け軸が巻き取られて行き、再び、パイプオルガンと、音域を人工的に制限された歌奴隷オイラン達による邪悪なるニンジャ讃美歌が再開された。
ニンジャ達が固唾を飲んで見守る中、ロードは琥珀ニンジャ像へ、一歩一歩、近づいて行く。 進みながら、ロードは暴れるユカノを諭すように片手を掲げた。
ユカノは抵抗をやめ、ロードへ頷いてみせた。パラゴンはユカノから手を離した。玉座の後ろにしゃがんでいたジェスターが身体をくねらせて現れ、戯画めかした仕草で、ロードが倒れぬよう補助した。
まずロードは己の腕に装着していた聖なるブレーサーを外し、琥珀ニンジャ像の腕に装着した。次に、腰に吊り下げていた聖なるヌンチャクを取り出し、琥珀ニンジャ像の手に構えさせた。最後に、ロードはニンジャ達に背を向け、琥珀ニンジャ像と対面すると、聖なるメンポを取り外した。
(((あれが聖なるメンポ? 神器?発見されていたのか? 一体いつ……そのような情報は……)))
列席するニンジャの一角、シャドウウィーヴは息を吞んだ。彼は反射的に周囲を見渡した。当然、答えなど得られよう筈もない。ニンジャ達は熱狂めいたアトモスフィアを共有している。
ニーズヘグ派閥とパーガトリー派閥のニンジャ達はザイバツの欺瞞を知っているが、ムーホンの為に他のニンジャ達に合わせている。
ロードは己の聖なるメンポを琥珀ニンジャ像の顔に嵌め込んだ。パラゴンは懐から、新たにロードの顔を隠すものを取り出した。それは白金のキツネオメーンであった。恭しく差し出すと、ロードは受け取り、装着して、ニンジャ達の方へ向き直った。拍手が沸き起こった。
「今は御座りになられませ。短時間に二度のジツ。これ以上は障ります」
「……ヤンナルネ」
ロードは呟き、玉座へ座り直した。パラゴンはユカノを見た。
「さあ。パワーハイクを詠むのだ、ドラゴン・ニンジャ=サン。汝、神器システムの構築者よ。当然、汝のニューロンに今、滑らかな文言が湧き出でて参った筈」
ユカノはパラゴンを睨んだ。
「貴方が私に命ずる事などできようか?」
「……」
「私、ドラゴン・ニンジャの意志において、ロードの為に力をお貸し申し上げるゆえ。わきまえよ下郎」
「……左様でございますか、ニンジャ六騎士殿」
パラゴンは陰気に睨み返した。 両手を鎖に繫がれたまま、ユカノは琥珀ニンジャ像を見やった。……彼女は唱えた。
「旧く空/洗う白波/夢の穂な」
……ズン! 広間の空気が震えた。琥珀ニンジャ像は回転しながら台座の中へ再び吸い込まれて行った。パラゴンがニンジャ達へ両手を翳し、鳴り響くような荒々しい大声で演説を開始した。
「諸君は何であるか? ニンジャである。ニンジャとは何か? 力持たずへつらうばかりの犬でなく。博物館に陳列される時代遅れの骨董でもない。
我々こそは、選ばれた新人類である。ロードの勿体無き寵愛を受け、太古の愚かな半神の魂を知恵と意志でねじ伏せ、現世において金剛の力を引き出す神人である。
諸君はロードの正統を信じ、ギルドの秩序を信じるべく運命づけられ生まれてきた。賢明に生まれる定めであったのだ。一方、ギルドに対して嫉妬し、その栄光を盗み取ろうとした暗愚なる偽のニンジャ存在、あるいは非ニンジャの虫ども。
それらに用意された相応の末路はわざわざ繰り返すまでもなし。……ギルドは諸君を迎え入れ、ロードは諸君らが当然受けてしかるべき敬意と恩寵を与える。
諸君らはニンジャ存在すなわち支配階級としての己を知るまで、不本意な境遇、不本意な社会、不本意な運命に置かれてきた。何故であるか? 劣等者どもが我々の内なる神性を恐れ、陥れ、搾取してきたからだ!」
シャドウウィーヴは非ニンジャであった頃の過去を思い、ニンジャになった後の過去を思い、現在を思った。しかしザイバツの真実を知ってしまった以上、彼は演説が欺瞞である事を知っている。
ダークニンジャとニンジャスレイヤーを同時にドゲザさせる程のニンジャを確実に仕留める機会を作る為、彼は周囲に合わせて口を開かなかった。
一方、パラゴンは力強く腕を振り、睨み渡し、言葉を吐き続ける。
「今、諸君があらためて己の尊いニンジャ性に問う時が訪れた……己に問え! 搾取者をどうすべきか? 脆弱な者どもがただ己の弱さを取り繕うために築きあげた、卑しく醜い継ぎ接ぎのあばら家をどうすべきか? 暗黒メガコーポをどうすべきか? 政府をどうすべきか? 何たる欺瞞の巨塊! どうすべきか!」
「……コロセー!」
ニンジャの誰かが叫んだ。叫んだのはパラゴン派閥のニンジャであろう。パラゴンは頷いた。
「諸君を煩わせた愚者の群れをどうすべきか!」
「「「コロセー! コロセー!」」」
「諸君より劣っていながら諸君を否定し操作せんとした非ニンジャの父を! 母を! 偽のセンセイをどうすべきか!」
「「「コロセー! コロセー! コロセー!」」」
……今や、周囲のニンジャ達は泣き叫び、吠え、唸っていた。演技でやっているニンジャも混ざっているだろう。シャドウウィーヴも拳を振り上げる。
「今、ギルドは約束されし神聖手段を手にした……ニューワールドオダー! 時は来た! キョート城は天高く飛翔し、地を這う愚者を睥睨する。キョート城とは新たなニンジャ千年王国におけるキンカク・テンプルだ! 諸君はこのヴァルハラに集いし神の戦士! 諸君は今、ノアの方舟の中にいる!」
ズン! 再び空気が震動した。否、大地が揺れたのだ。
「今、新たなニンジャ千年王国の幕が開ける! 備えよ! ニンジャを統べるニンジャ、即ちヌンジャであらせられるロードの御意志を遂げるべく生きる歯車概念の幸福に服せ! 神の裁きをくだす! イカヅチを! ヌンジャの鉄槌を!」
「「「鉄槌を!」」」
「キョートに蔓延りし修復不能の汚濁を洗い流すのは誰か? ロードであらせられる! 全てを浄化せよ! そののち裁きの意志は邪悪なる東、偽りの太陽を迎える貪婪の都ネオサイタマへ至り、劣等者の伽藍を叩き潰す! 醜き偽神話を垂れ流すヨロシサン製薬に鉄槌を下す! ニューワールドオダー!」
「「「ニューワールドオダー!」」」
シャドウウィーヴは周囲に合わせて声を張り上げた。その時、大地が鳴動し、轟音が夜の空気を揺るがした。世界の終わりめいて感じられる。
「ガンバルゾー!」
パラゴンは恐るべき速度で両手を振り上げ、バンザイして叫んだ。ニンジャ達は一斉にバンザイし、唱和した。
「「「ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー!」」」
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その時、平和なガイオン・シティ地表の住人たちは突然の不気味な鳴動に驚き、家々の窓を開け放って、てんでに顔を出した。
彼らは眉をひそめ、口々に囁きあい、夜空を舞う鳥達を訝しんだ。誰かが叫び声を上げた。指差す先はキョート城であった。 イビツな逆三角錐の巨大な土台もろともに、ゆっくりと浮かび上がるキョート城のシルエット……その禍々しき姿。
残念ながらそれは夢では無かった。それはヘル・オン・アースの始まりを意味していた。