ダークニンジャとドローカットがアラクニッドの元を訪れる数分前。
巨大UNIXモニタが壁一面を覆う暗いプレジデントルームに非常ブザーコールが鳴り響いた。ザイバツ・シャドーギルドからの大規模増援要請。オムラ・キョート支社長はごくりと唾を飲んだ。
事前のソリューション契約通り、ザイバツ本拠地防衛のために、オムラの最新航空戦力と地上戦力を派遣せねばならぬ。途方も無いカネが動く。共和国軍とすら事を構えることになろう。
「……まさか私が支社長を務めている間に、このソリューション案件が発令されるとは……」
彼は汗を拭い、オムラ本社の判断をあおぐべく、ホットラインを開いた。
━━━
キョート城。緊急治療室。
かつてこの医療エリアは、サージョンによって管理されていた。現在は、彼の下で修行を積んでいた二名のアデプトニンジャと、数十人の奴隷オイラン看護婦によって運営されている。
ニンジャスレイヤーとの戦いで片脚を失い重傷を負ったニーズヘグは、パープルタコ、シャドウウィーヴ、シャドウドラゴン、ドローカットによってここに担ぎ込まれていた。 シャドウドラゴンはシャドウウィーヴの影に戻り、パープルタコ以外は琥珀ニンジャの間に向かった。
止血と回収された左足の接合手術を受けたニーズヘグは、八畳個室で豪快な寝息を立てていた。部屋の名はアヤメ。このような閑静な造りの医療ザシキが、集中治療室の周囲に一ダースほど並んでいる。
フスマの外には、眠る前に彼が食したオーガニック・ウナギスシの容器が積み重なっていた。 くつろぎ感を重点するため、電子医療機器や点滴台など、見苦しい無機物は全て、見事な鶴の金箔装飾が施された押入れの中に隠されている。
押入れの中に隠された医療用UNIXからフートンへと伸びる、赤や青や黄色、何本ものケーブル類を不安そうに撫でながら、パープルタコはニーズヘグの横に正座し、壁のカケジク型モニタに見入っていた。
医療ニンジャたちは皆、琥珀ニンジャの間へ行ってしまった。城内の各所に配置されたモニタ群から漏れる儀式の中継音声だけが、医療エリアの廊下に静かに響き渡っていた。
パラゴンの演説とバンザイ・チャントの狂熱が、医療機器の定期的ビープ音や消毒アルコール臭によって漂白され、グロテスクな異様さを浮き彫りにしていた。
数分前、激しい揺れが起こりキョート城が浮上した。彼女はそれをこの部屋で知った。あの天変地異めいた震動の中でも、ニーズヘグは眠ったまま起きようとしなかった。
一時、電源が不安定になったが、現在は城内のジェネレーターに完全に切り替わったようで、医療機器も安定している。カケジク型モニタには時折、儀式の映像に混じって、キョート城から虹色ビームを撃ち込まれる下界の混乱の様子が激しいノイズ交じりで映し出された。
「……」
パープルタコはこの状況に現実味を感じられずにいた。ヘル・オン・アースは遙か先の事と思っていた。自分が死んだ後の、もっと先の世界のこと。それが今まさに到来し、キョート城内は不気味な静けさに包まれている。
自分はひとり、熱狂の蚊帳の外。師父トランスペアレントクィリンも、シテンノもいない。ドローカット……否、クチュリエールや懲罰騎士も。
任務などで一週間以上お預けが続く身体に強い雄の香りと存在感、身体の芯まで響いた振動の刺激がトドメを刺し、パープルタコの欲求に火をつけた。ドローカットをアプレンティスにして以降、女同士ばかりで身体が雄に飢えている事も原因の一つだろう。
「フゥ……」
パープルタコはもどかしそうに息を吐いた。彼女のバストは豊満であった。額から伝った汗粒が、ボンデージ装束から露出したデコルテへと滴る。息はますます荒くなる。
目がとろんと潤み、体温が上がる。彼女は妖艶な笑みを浮かべ、視線をニーズヘグに落とす。豪壮な男。フートンを剝がす。包帯の巻かれた厚い胸板に、そっと指を這わす。
「何じゃ?」
ニーズヘグは鎮痛剤の眠りから目覚め、覚束ない視界で、豊満なバストを見上げた。
「……ハァーッ、ハァーッ……」
パープルタコはもどかしそうにメンポを外すと、紫色の覆い布から粘液の滴る触手を露出させた。
(((……そうだ、ファックしよう)))
彼女はそのまま、ニーズヘグの腰の上へとタコめいて這い寄った。
━━━
パラゴンは熱狂アトモスフィアを共有するニンジャ達を手で制し、ゆっくりと見渡した。
「……この目出度き日に、不名誉かつ残念至極な報告を」
幾らかのニンジャ達はざわつき、互いに憤慨した目を見交わした。
「反逆の種が蒔かれていたのだ」
スローハンドは表情を変えなかった。パーガトリーは眉をひそめ、隣席のスローハンドを見た。
「なんと」
「……」
「反逆と? パラゴン=サンは申されたようですが」
「そのようですな」
スローハンドは石のような無感情で応じた。パーガトリーは言った。
「この光栄極まるニュー・ミレニアムの第一日に?」
「実に不遜な事だ」
スローハンドは言った。パーガトリーはスローハンドの目をじっと見ながら言った。
「……不遜。不遜極まります。反逆の芽は、かように長い期間にわたって、ギルドを毒しておったのでしょうか。ずっと昔から……」
「……」
「誰にも尻尾を摑ませぬようにしながら……本人は涼しい顔で……」
彼らの囁きから遠く、パラゴンは拳を握りしめ、語気を強める。
「厚顔にも、儀式の場に図々しく出席しているこの裏切者たちを如何にすべきか?」
パラゴンが両手を広げ大広間のニンジャたちを煽った。
「コロセー!」
「コロセー!」
「コロセー!」
ニンジャたちが怒りに燃え、得物や拳を高々と掲げる!
「さて。見届けられぬのが残念ですが……カラダニキヲツケテネ。グランドマスター・スローハンド=サン。私は御しやすい愚鈍者でしたかな?」
「……」
パーガトリーはスローハンドに笑いかけ、やおら立ち上がる。スローハンドは眉根を寄せた。彼は事態を完全に把握した。
ヘイスト・ジツを最大解放し、パーガトリーの喉首を摑み、もう一方の手でその両目に指を突き刺し、眼球を摘出する。そしてうつ伏せにタタミへ引き倒し、首骨を断頭チョップで折って殺す。そして……否、パラゴンがいる。他のニンジャがいる。彼はイメージを打ち消した。
「堕落したグランドマスターと、それに連なる者は速やかに排除されよう!陣頭指揮はグランドマスター・パーガトリー=サンだ! このあと大命に任じられる勇敢なニンジャ戦士達は彼に付き従い、城内IRC指示のもと、速やかにこのキョート城を汚す病原体を滅ぼすべし! 油断するなかれ! 裏切者どもの首を持ち来たるべし!」
「コロセー! コロセー! コロセー!」
パラゴンが叫び、ザイバツニンジャ達も叫ぶ中、パーガトリーは胸を張って歩き出す。ニンジャの列から一人、また一人、また一人と、彼の派閥下にあると思しきニンジャ達が進み出て合流してゆく。それらとは別の新たな数人のニンジャが、逆に広間の外から入って来たことにスローハンドは気づく。彼めがけ、穏やかに、だが決断的に近づいて来る。
ゴリゴリゴリ……石臼めいた音と共に、台上には再び琥珀ニンジャ像がせり上がってきた……否、もはやそれは像ではない。変形している。琥珀の玉座だ。ロードが立ち上がる。
「ウフーッ!」
ジェスターは無礼にも、ロードが座っていた玉座をニンジャ腕力で台の下へ投げ捨てた。彼はブレイコウである。
ロードはゆっくりと琥珀の玉座に腰掛けた。琥珀の玉座は生き物めいて脈打つ。ロードは心地良さげに震えた。パラゴンはスローハンドを一瞥した。
スローハンドは立ち上がり、ニンジャ達をくぐり抜けてロードにジキソする為に動き出した。彼の時間が鈍化する。目の前にはパラゴン派閥とパーガトリー派閥のニンジャ達。
スローハンドが戦う戦闘音を背景にパーガトリーは出口へ向かう。戦闘中のスローハンドが周囲のニンジャ達の隙を突いてスリケンを三枚パーガトリーに投擲する。パーガトリーは庇いに入ろうとした部下の一人を制した。
スローハンドがヤバレカバレめいて投げた三枚のスリケンはパーガトリーのもとへ辿り着くことはなかった。彼の身体の周囲半径一メートルに球状に展開する不可視のカラテ粒子がスリケンを破壊したのである。
パーガトリーは慇懃無礼にオジギすると、悠々と退出した。
━━━
「システム総じ緑な」「谷」「弾薬」「殴り薬」「沈痛」……HUD表示が次々に浮かんでは消え、目の前の光景が徐々に解像度を増してゆく。
ネブカドネザルは適切に注入される人工ニンジャアドレナリンが血管を巡る感覚を捉える。カタパルトデッキの地面にはオムラ雷神紋の意匠が白く描かれている。
『たった今、ザイバツ・シャドーギルドからオムラ・キョートに要請が入った。我が社は先方と包括契約をかわしている。渡りに船だ』
モーティマー社長のIRC通信をネブカドネザルは粛々と聞いている。
『すごい戦いが始まるぞ! これでキョートのインフラはオムラのものとなる。待ち望んだ瞬間だ! パパがいなくなってから株主が色々うるさかったが、これで一発逆転だ』
「イエスボス」
『戦場はキョート。要請の受諾を経て、既にガイオン市内でオムラ・キョートの匿名装甲トレーラーの配備が始まりつつある。航空戦力も準備中だ。だが、ネオサイタマ本社のお前がこのプロジェクトの要なんだ。それが何故かわかるか?』
社長は一秒間の間を置き、畳み掛けた。
『何故ならお前は最強のオムラ戦士。お前自身がこれからキョートに馳せ参じるんだ。間に合う! 所要時間は十分! これはすごいサプライズだぞ! 度肝を抜かれるなんてものじゃない。ガイオンでドンパチやりだしたところへ、BOOOM! お前が東からとんでもない距離をブチ抜いて参上するってわけだ!』
「イエスボス」
『こういうのが経営ってやつのキモなんだ。プレゼンテーションが必要なんだよ。こういうサプライズの連続が投資を呼び込み、経営を回復させるんだよ! 誰も予想しないパワーとスピードを見せつける! そうやって、モノにするんだよ! それが僕のオムラ・イズムだ! 光栄に思えネブカドネザル! お前がそれをやるんだぞ!』
「イエスボス」
『詳細は飛行中にオペレータから聞け。社長のぼくから伝えることは……いいか、めちゃくちゃ徹底的にやれ、そういうことだ!』
モーティマーは息を荒らげた。
『十やれと言われたら百やる。それがオムラの顧客至上主義、パワー第一主義だ。子供の遣いみたいに依頼だけ終えて帰るような社員はウチの社員じゃない!』
「イエスボス」
『共和国軍なんてゴミだ。ウチを入札でハネた元老院の腰抜け連中に真の破壊力をわからせてやれ。たくさん壊して殺せばオムラの凄さが伝わりV字回復する。簡単なんだ、経営なんてものは!』
「イエスボス」
『パパは間違っていた。僕が正しい。そうだな?』
「イエスボス」
『オムラは大丈夫だ。だろ?』
「イエスボス」
「モーターツヨシ、デバイス接続シーケンス。MAAA(モーター・アブナイ・アットー・アグリゲイト)システム、連結成功な」
合成マイコ音声が告げた。ネブカドネザルに背部脊髄接続したモーターツヨシに更に神話モンスターめいたロケットエンジンの集合物が接続される。
『そのMAAAが、お前を一気にネオサイタマからキョート共和国まで運ぶぞ。あっという間だ。電磁カタパルト加速で射出し、瞬間的にマッハ20まで加速。そこからブースターをフルブースト、燃料を使い果たしたユニットをそのつどパージして飛ぶんだ。これに耐えられるのはお前のようなニンジャだけだ。くだらない安全保障上の物議を醸すから、当然、実地テストは行っていない。今回、ぶっつけ本番だ』
「イエスボス」
『データ上は百パーセント問題ない。お前はニンジャだしな』
「イエスボス」
『お前の論理操作で若干の軌道調整が可能だ。飛行軌道上に旅客機があれば回避しろ。問題になるからな。だが、共和国のマグロツェッペリン程度なら撃墜しろ。どうせこれからコトを構える相手だ。ギルドの許可を待つ必要はない。こっちは社運がかかってる。文句など言わせるか!』
「イエスボス」
『ザイバツ・シャドーギルドとWIN-WINすれば今後のキョート政府全入札案件完全掌握だ!』
「イエスボス」
多種多様なシステム起動音がテクノ・トラックめいて次々に重なり、カタパルト前方に設置された巨大めくりショドー台の「五」の文字をスタッフがめくった。
「四」カウントダウン開始だ。
「三」ネブカドネザルは無感情に待った。
「二」陽炎が前方の夜景を歪める。
「一」 「炎」ドウ! カタパルト射出! ネブカドネザルはニンジャ耐久力で射出Gに耐えた。そしてMAAA点火!
『モ……モーターヤッター! 飛んだァ!』
モーティマーの通信音声をロケット音とノイズがかき消す。ネブカドネザルは飛んだ。西へ。キョート城へ。
パープルタコ=サンは作中のスケジュール的に一週間以上、一ヶ月以下くらいお預けを食らってそうな気がします。
色々と任務を振ったダークニンジャやドローカットをシャドー・コンに出したニーズヘグ、隙あらばドローカットに手伝わせようとするヴィジランスとストーカーにより、ドローカットとのネンゴロに充てられる時間がガンガン削られていったのでしょう。