「ドーモ。パーガトリー=サン。ジャバウォックです」
「ドーモ。ブルーオーブです」
「ドーモ。ジャバウォック=サン。ブルーオーブ=サン。パーガトリーです」
キョート城内のとある廊下。パーガトリー一行と二体の異形がアイサツを交わす。
「パーガトリー=サン……俺達とスローハンド=サンをよくも嵌めてくれたな……オーブ! 奴をメンタリスト=サンのように爆発四散させてやるぞ!」
ジャバウォックが怒りのままに甲高い声で叫ぶ。猛禽類めいて耳障りだった。変身に伴うニンジャアドレナリンの過剰分泌による物もあるだろう。
「オオオオ」
ブルーオーブが跳躍! その胸の二つの切れ込みが開き、ギョロリと巨大な目が現れた! さらに腹部の切れ込みが開く。口だ! なんたる冒瀆的身体!
「オゴーッ!」
腹部の口が廊下を埋め尽くすような勢いで無数のカラテ・バブルを吐き出した!ドローカットとシャドウウィーヴはパーガトリー一行のニンジャに促され、ビッグニンジャと入れ替わって後ろに下がる!
「ワールウインド=サン!」
パーガトリーは入れ替わって前に出た配下のビッグニンジャに呼びかけた。
「ハイヨロコンデー!」
ワールウインドの象徴は、「風」「神」とそれぞれに金で箔押しされた巨大なファンがついたニンジャアーマーである。カゼ・ニンジャクランのニンジャソウルとビッグ・ニンジャクランの秘技をその身に宿すニンジャであるが、カラテだけでなく、この装置を用いた突風攻撃は実際恐ろしく、並のニンジャであれば接近すら許さない。バブルのような軽い物なら尚更だ!
「ヌウーッ! コシャク……」
ブルーオーブは唸った。生み出され続ける大小のシャボンは突風に押し返され、ブルーオーブとジャバウォックの身体を逆に圧し始める。
「バブルが俺達を包む!?」
ブルーオーブが狼狽する。パーガトリーが中腰姿勢を取ると、たちまちその身体にカラテ粒子が収束!
「イヤーッ!」
拳を繰り出す! 背中から次々にカラテミサイルが分離! 二体の異形めがけて飛来!KABOOOOOOOOM! カラテミサイルの爆発が二体を包むカラテ・バブルの皮膜に引火し、爆発させ、蒸発させた。
KABOOOOOOOOOOM! バブルは燃えながら弾け、隣接するバブルに炎を移し、さらなる爆発を引き起こした。KABOOOOOOOOOOOM!
ブルーオーブとジャバウォックが目を見開く。己の運命を悟るか悟らぬかのうちに、結果が彼等を吞み込んだ。
KABOOOOOOOOM! 現出した炎の地獄は、廊下の空気をカラテ・バブルとともに焼き焦がし、洗い尽くすと唐突に消え失せた。死体は残らなかった。
━━━
「……私はロードのキョジツテンカンホー・ジツの前に敗れた……」
「なあに、生きてて良かったじゃねえか」
キョート城電算室。クチュリエールのスリケンのワザマエを確認した後、落ち着きを取り戻したニンジャスレイヤーが口を開く。ガンドーは水を飲んだ。ダークニンジャ、ヴィジランスも交えて彼らは改めて情報交換を始めた。
奪われた神器。再び囚われたユカノ。パラゴンの油断ならぬカラテ。クチュリエールによって外れたアラクニッドの死の予言。キョート城浮上の事実。ガイオンに吹き荒れる死の嵐。
「……だが最後は常に、キョジツテンカンホーに行き着く。あのジツを破らぬ限り、勝ち目はない。クチュリエール=サンのスリケンも絶対ではない」
ニンジャスレイヤーの顔に焦燥感が滲む。
「そうだな。じゃあ、推理の時間といくか……?」
先程食べたオーガニック・トロスシのもたらす上質なテクノ成分がガンドーにニューロンの活性化を促す。
「まずはパラゴンだ。奴こそがザイバツ・シャドーギルドの影の要だった」
「……どういう事だ、ガンドー=サン」
「いいか、どうやらキョジツテンカンホー・ジツってのは、要するに、あった事を無かった事に、無かった事をあった事に……都合良く書き換えちまうジツだ。しかも、普段そのジツは薄く広く……少なくともキョート全域を覆い尽くすくらい巨大な網目みてえに、常に広がっている」
ガンドーは続けた。
「誰かが何か疑いを抱く。この世界は実はニンジャ秘密結社に支配されてるんじゃねえのか? その思考は網に引っかかり、ぼやかされて、無意識のうちに消えちまうンだ。
ザイバツはこれを利用して、キョートを陰から支配し続けてきた。重要文化財キョート城が、悪のニンジャ秘密結社の本拠地だなんて、誰が考える? 誰も考えねえし、考えたとしても、無意識のうちに思考をぼやかされて、消えちまう……」
彼はあの冷たく暗い琵琶湖の中で、己の思考を曇らせていた網の目を突破した時の体験を、嚙み締めるように振り返った。
「……これが第一段階だ。だがこのジツには、まだ上の段階があった。第二段階だ。ロードはこのジツを常に使い、ザイバツ・ニンジャのほぼ全員に対して、ザイバツの偽りの歴史を信じ込ませてやがる……。どうやったのかは知らねえが、奴らは偽りの歴史を作り、それを信じ込ませた。そして、誰一人それを疑わず受け入れた……」
「たとえ欺瞞であろうとも、ひとたびシステムが構築されれば、属する者らはそれを守ろうと死力を尽くす」
ニンジャスレイヤーもそれをカラテの中で直感的に見抜いていた。ダークニンジャとヴィジランスが頷く。
「しかも、ロードとパラゴンがこの組織のトップに立ったのは……と言うよりは、今の形のザイバツ・シャドーギルドが形作られたのは……ほんの十数年ほど前だ」
「十数年前……?」
「そうだ。市役所でザイバツに所有されている施設が最古の物で十数年前からの所有である事は、既に確認済みだ」
ヴィジランスの補足にニンジャスレイヤーは己の耳を疑った。まさか、それほどとは。俄には信じ難い。だがそれすらもが、キョジツテンカンホー・ジツの力なのかもしれぬ。
「なら、誰がその絵を描いたか……。書き換えるべき虚構のシナリオは、誰が用意したか。……パラゴンだ。奴はグランドマスターの中でも、別格だ」
ガンドーは先のイクサ傷の痛みに顔をしかめながら、なおも続けた。
「俺は奴を推理で試した。奴はザイバツの歴史が噓に塗り固められた虚構だッて事を、完璧に理解してやがる。……なにしろ奴が考えて、支えてきたんだからな。そして、俺にそれを看破されると、奴は狂ったように怒り、俺をカラテで爆発四散させようとした……で、だ。
ここで大事なのは、ニンジャにすら効く第二段階のこのジツも、常に広く張り巡らされてるってことだ。そして、広いってことは、弱いってことだ。しっかりした精神力と裏付けを持って備えりゃ、たぶん看破できる。
何しろ、当のパラゴンにゃ、そのジツが効いてねえんだからな。俺も推理で看破できた。さらに、そこのダークニンジャ=サンがムーホンを起こしただろ。このジツが完璧なら、そもそもムーホンは起こらねえはずだ」
「……だが、さらに上があった」
「ああ、そういう事だ。第三段階だ。あのドゲザを引き起こしたキョジツテンカンホーだ」
しばしの沈黙が電算室に流れた。
「クチュリエール=サンのスリケンという手があるが……それ以外の手でいかにして破る」
「まあ急ぐな。まずは状況証拠から外堀を埋めてこうぜ。何しろ、信じられねえほど強大なジツと見える。こればっかりは、第一段階や第二段階と違って、備えてもどうにもならんかもしらん。
だが、そう考えて思考停止すりゃ、敵の思う壷だ。自分が何をされてるのか推理して理解すりゃあ、少しは抵抗できるかもしれねえ。どう戦えばいいか見えてくるかもしれねえ。ワケの解らねえうちになぶり殺しにされるより、遙かにマシだろ?」
ガンドーが不敵に笑うと、フジキドとダークニンジャは同意した。
「じゃあまずは、ここからだ。あんな強力なジツを隠し持ってるんなら、ハナっから使えばいい。それも安全な天守閣かどこかからな。
……そうだろ? だが、実際そうもいかねえらしい。勿体つけたロードが、わざわざ車椅子を引っ張らせてまで? 危険なカワラ屋根の上まで?」
ガンドーは小首を傾げる。ニンジャスレイヤーがスシを咀嚼しながら頷き、ガンドーも深く頷く。
「まるでジョークだな。神器を直接手に入れたかったッてのも当然あるだろうが……」
何かを摑みかけ、こめかみを押さえる。
「ってことは、ロードはそうしなけりゃいけないから、そうするんだ。例の三段階目のジツには、何というか……こう……焦点があるんだろうな。虫眼鏡で光を集めりゃ火もつくが、そのまま照ってりゃ、ただ明るい太陽って訳でよ。
至近距離で、ジツを収束してんだ。第一段階、第二段階のジツとは違って、物理的に遠い奴にゃ届かねえ。どこまでも、何でもできる……どんな奴のどんな思考にでも干渉しちまうってンなら、そもそもムーホンも起きねえし、俺たちがキョート城に乗り込む発想すらできねえだろ?
つまり、あの嬢ちゃんのスリケンはこれ以上無いぐらいに効果的だって事だ。」
「……そうだろうな。現に今、こうしている間は、あのジツの影響を感じぬ」
ニンジャスレイヤーが返すと、ガンドーは頷いた。
「よし、なら次は、第三段階のジツにあてられたら、どうなっちまうのかって事だ。実際、何が起こったんだ、お前さん達のアタマに」
「……操られている感覚は無かった。ヌンチャクをロードに……献上……した時、私は当然そうすべきと考えた。一片の疑いも無しに。自分の力を彼の役に立てる事ができて幸せだ。そう思った。思わされた」
「……そうすべき相手、そうすべき権威、か?」
「……そうだ。俺も同じだった」
ニンジャスレイヤーの答えにダークニンジャが追従した。
「つまり、こういう事か。あのジツ自体は何をしろとか命令してくるワケじゃねえ。お前さん達の中で、ロードの定義が転換させられていたわけだ。しかしドゲザはしたが、カイシャクはされなかったし、催眠術めいてセプクさせられもしなかった」
「うむ」
「ああ」
ニンジャスレイヤーとダークニンジャが認めると、ガンドーは続けた。
「 ……って事はよ、キョジツテンカンホー・ジツってのは、何でも出来るってワケじゃねえんだ。相手をジョルリめいて操るワケじゃない。一時的に、何かの定義を書き換えてる」
「定義を転換する……書き換える」
「そうだ」
(「これはノーZBRだ……今の俺は冴えてる。遙かに良い」)
「こう言うと、まるでハッキングだな。そのセンで推理してみると、どうなる。思考を柔軟にしろ」
「……ハッキング」
ニンジャスレイヤーはかつての潜入作戦で、暗黒金融メガコーポCEOになりすましたナンシーの手際を想起した。中央定義情報を改竄する事で、そこに接続する全端末の定義情報が改竄された。やがてシステム全体に齟齬が発生し、アラートが鳴った。
「時間が経てば齟齬も出てくる。何しろ噓っぱちだからな。急ごしらえの認識のツギハギ。だからお前さん達も、今となっては『してやられた』事がわかってる。
中央定義を書き換えて広範囲に仕掛けるか、それとも特定の端末に直接攻撃を仕掛けるか……直接的か間接的か……方法の違いはあるが、どっちもニューロンに仕掛けるハッキングだ……。おい、待てよ、何か引っかかるぜ。ハッキングって事はよ……」
「ナンシー=サンの言っていた、聖四行詩アドレスか?」
「ああ」
ガンドーは頷いた。突入前夜にナンシーが語った哲学めいた問いかけが、にわかにガンドーの中で光を放ち始めた。無視できぬ鈍い光を。
「突拍子もねえ話だが……電子ネットワークってのは、いつからある? 何年前からだ? ……いつ発見されたかじゃない。どっかのエンジニアだか、大学教授のセンセイだかか? いいや、コロンブスの話じゃない。アメリカ大陸は、いつからあった? って事だ。そういう話だ。いいか、大事なとこなんだ。俺は冴えてる」
ガンドーはこめかみを押さえながら目を閉じる。言葉が思考に追いついていない。凄まじい勢いでニューロンが加速しているのだ。
「……正直な所、ハッカーじゃねえ俺にとっては、ちと懐疑的だった。ウラナイやら、コトダマ空間やら、そんなカトゥーンみてえな眉唾モンの伝説を重点していいのかどうか。だが、全部の点と点がな……真っ直ぐ通るんだ。
例えば、お前さんがアラクニッドの所から持ち帰った聖四行詩。ナンシー=サンが言うには、ハッカーの流儀に重ねると、それはIPアドレス。アラクニッドの奴はハッカーじゃない。古代のウラナイだ。
じゃあ、ハッカーの流儀はどこから来てる? ドグマの源は? ネットワークはいつから存在してる?」
ガンドーの目はらんらんと輝いた。ニンジャスレイヤーは煙を吐いた。
「……つまりは、こういう事か? ロードのジツとは、ある種のネットワークを……コトダマ空間を経由し、現実世界の……」
「ああ」
ガンドーは留めた。彼らは〝キョジツテンカンホーをいかに破るか〟という直接の問いのやり取りを避けた。
「突拍子もねえ仮説さ」
四人は注意深く辺りの様子を窺うように目配せし、何事も起こらぬ事を確かめると、再び続けた。
「そして銀の鍵だ」
「シルバーキー=サンはマルノウチ・スゴイタカイビルの地下遺跡で姿を消した。そしてこの鍵を」
「ああ、ユメミル・ジツだったな。ニューロンをどうかする」
「そうだ」
「話を聞く限り、似てるッちゃあ、似てる。キョジツテンカンホー・ジツと、ジツの分野が」
「……」
「もし、嬢ちゃんのスリケンが失敗した場合は、多分そいつが文字通り、鍵になる。必要なんだ。……ナンシー=サンはネットワークの奥底へ飛び、道を繫ぐ。その鍵で開く門へ通じる道を。比喩なのか本当に門なのか。そんな事はいい。とにかく門を開いた先にシルバーキー=サンがいるはずだ。そいつが必要になる」
ガンドーはそこまで一気にまくし立ててから、言葉のトーンを落とした。
「……俺はよ。心配してる。嫌な予感だ」
「ナンシー=サンか」
「そうだ」
ガンドーは苦労してオフィスチェアから立つ。
「彼女、電算室のサポート付きだが、そううまく行くかね」
「……」
「悪いが俺はもう少し休んで行く。体もしんどい」
ガンドーは端末に触れた。ニンジャスレイヤーは察した。そして頷く。
「彼女を頼む」
「ああ。任せとけ。捜し物ってのは、探偵の領分なんだ。彼女には帰り道の灯りが要るだろうよ。カラス・ニンジャの力がきっと彼女を引き上げる……。
あの時、俺を引き上げたようにな。俺はイマイチ頼りにならんが、なあに、カラスの旦那と二人で、うまいことやってみるさ」
彼は額の黒渦に親指を当てた。
(((いや……三人でか)))
ニンジャスレイヤーとダークニンジャは立ち上がった。オーガニック・トロ・スシの力が全身に行き渡ったのを感じる。ガンドーは端末モニタを見つめていた。
「道中を掃除してくれ。後から追いつく。……ロードのジツは無敵じゃねえ。絶対に破れる。だがそれには、パズルのピースが絶対に必要だ」
「うむ」
「無茶するのはその後だ」
「……了解した」
「スローハンド派閥の掃討が完了して、クチュリエール=サンも中庭に到着した。通信封鎖の準備も出来ている。後は頼む」
ヴィジランスから準備が出来たと報告を受け、ニンジャスレイヤーとダークニンジャは電算機室を飛び出した。
前回のコンフロントについて誰も触れてなくて草
Q.ブルーオーブ=サンとジャバウォック=サンの死があっさり過ぎなのでは?
A.連戦、ニンジャアドレナリンによる興奮による判断ミス、バイオインゴットが切れかけた事、彼等を思いっきりメタったニンジャがパーガトリー=サンの側にいた事が敗因です。
スローハンド=サンの側近だけあってかなり強い二人ですが、状況が悪過ぎました。