「俺の出番……あったじゃねぇか……」
「だ、大丈夫でヤンスか!? しっかりするでヤンス!」
血涙と鼻血を流しながら崩れ落ちるエーリアスをメイルシュトロムが抱える。IRC通信でヴィジランス経由でムーホン参加者にロード討伐とダークニンジャが消えた旨を連絡すると、ニンジャスレイヤーとユカノは誰も座っていない琥珀玉座からメイルシュトロムに視線を向けた。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ。ドラゴン・ニンジャです」
二人は先程返し損ねたアイサツを返す。メイルシュトロムはエーリアスを床に寝かせるとドゲザした。ユカノは水盤に視線を戻し、操作する。キョート城の防御機構が働いてバリアが展開された。
「エート……アッシはクチュリエールがリアルニンジャになる際に捨てたニンジャソウルでヤンス。わ、悪い事はしないから見逃して欲しいでヤンス……ニンジャスレイヤー=サンの恐ろしさはよく知ってるからそんな事できないでヤンス……」
メイルシュトロムは半泣きでドゲザ姿勢のまま申し開きをして命乞いをした。
「では、コソコソと逃げて何をするつもりだったのですか?」
「アッシのカラテでこのイクサを生き残れる訳無いでヤンス……ヒック、死にたくないからこっそり逃げようとしただけでヤンス……うう……こうして自我を得て動けるようになる事自体がたまたまでヤンス……目的なんて考える余裕無いでヤンス……」
バリアを張り終えたユカノがメイルシュトロムに問うと、ドゲザ姿勢のまま答えた。
「うう……クチュリエールとしての記憶しかないアッシがやりたい事なんて、ネオサイタマに帰って彼氏に思いっきり甘えて前後する事くらいでヤンス……」
「オヌシはクチュリエール=サンではないだろう」
ニンジャスレイヤーはメイルシュトロムの発言に呆れながら指摘した。
「とりあえず、どうにかクチュリエールの中に戻れないか試してみるでヤンス。上手く行けばアッシはクチュリエールの一部としてネオサイタマに帰れるでヤンス」
「良いのか?自分の意思で動けるようになったのだろう?」
「美味しいスシを毎日食べられて、素敵な恋人が出来て、スリケンやカラテを教えてセンセイと持ち上げられ、オマケに大金持ちになったのに、朝起きたら自分は別人になってました……そんな経験をしたらニンジャスレイヤー=サンもアッシみたいな気持ちになれるでヤンス」
「すまぬ、無神経だった。もう行ってよいぞ。……その、カラダニキヲツケテネ」
ニンジャスレイヤーはメイルシュトロムを送り出した。メイルシュトロムは天守閣の壁に開いた穴から飛び出すと、パラシュートをジツ生成して中庭に飛び降り、クチュリエールの元へ向かった。
「ユカノ、何をしておるのだ?」
「キョート城をオヒガンの蓋にしました。これで現実世界がオヒガンやキンカクの影響を受ける事は無いでしょう」
水盤の操作を終えたユカノはエーリアスを抱えたニンジャスレイヤーと一緒に天守閣から出て中庭に向かった。
━━━
ロード討伐の報で盛り上がるキョート城中庭。
妖しく光る眼と、霧や泥を連想させる01ノイズに泡立つ肌を持ち、ぼんやり霞むように不明瞭な姿の小柄で豊満なニンジャがパラシュートで降りて来る様子に中庭のニンジャ達はざわついた。
「ドーモ。パーガトリー=サン。クチュリエール=サン。私はクチュリエール=サンに憑依していたニンジャソウルのメイルシュトロムです。クチュリエール=サンの中に戻る為に来ました」
「ドーモ。クチュリエールです」
「ドーモ。パーガトリーです」
パラシュートは着地前に分解され、着地したメイルシュトロムは深々とオジギし、丁寧にアイサツする。事情を知らないニンジャ達がざわつく。憑依していたとはどういう事なのか?ニンジャソウルを抜いたら普通は死ぬはずである。彼らは一斉にクチュリエールの方を向いた。
「え?なんでアッシがリアルニンジャになる時に抜いたソウルが来てるでヤンスか!?それに、せっかく自分の身体を手に入れたのになんでアッシの中に戻ろうとするでヤンスか!?」
「アッシにはクチュリエールになってからの記憶しかないでヤンス!美味しいスシを毎日食べられて、素敵な恋人が出来て、スリケンやカラテを教えてセンセイと持ち上げられ、オマケに大金持ちになったのに、朝起きたら自分は別人になってました……そんな経験をしたら戻りたくもなるでヤンス!こんな形でソニックブーム=サンと別れるのは嫌でヤンス!」
「ああ……それを言われたら断れないでヤンスね」
二人の口から飛び出した昔のヤクザムービーめいたサンシタ口調、ニンジャソウルを抜いた理由、いつの間にかクチュリエールがリアルニンジャになっていた事、メイルシュトロムがクチュリエールの中に戻ろうとする理由を説明されてあっさり同意する様子に一同驚き、ざわついた。
胃もたれしそうな情報を洪水のように一気に浴びせかけられて混乱しているのだ。
「それで、どうやって戻るでヤンスか?」
「とりあえず、シャドウウィーヴ=サンにアッシを貴方の影の中に押し込んで貰えれば行けそうな気がするでヤンス。ダメならリー先生を探し出して相談するでヤンス」
「えぇ……俺がやるのか?……わかった、メイルシュトロム=サン、クチュリエール=サンの影の中に立ってくれ」
二人の視線がシャドウウィーヴへ向く。戸惑いながらもメイルシュトロムをクチュリエールの影に立たせた。
「多分、これでやりやすくなるはずでヤンス」
クチュリエールがメイルシュトロムの手を掴み、桜色の光を全身に纏わせる。
「イヤーッ!」
シャドウウィーヴがメイルシュトロムの肩を掴み、一気に影の中に押し込む。あっさりと影の中に全身が沈み、姿が見えなくなった。
「どうだ?」
「大丈夫そうでヤンス」
シャドウウィーヴの問いに影からクチュリエールそっくりの姿に変わったメイルシュトロムが顔を出して答える。周囲の混乱が落ち着いた頃、地上に帰りたいニンジャの為にディプロマットが中庭にポータルを開くというアナウンスが城中に流れた。
━━━
テーテテレテテレテレテテー。フォアーズクズン。勇壮なオープニング・ジングルをバックに、「ガイオンシティニューズメント並び」という立体フォントが液晶モニタ上に迫り出す。黒縁眼鏡のサラリマン風アナウンサーが原稿に目を落とし、読み上げ始めた。
「こうして再び皆様にニューズ情報をお届けする事ができ、大変嬉しく思います。キョート城消失現象と原因不明の人体無差別発火現象、さらに、なんらかの電子パルスによるセキュリティ機能喪失に伴う極度の治安悪化、およびアンダーガイオン市民の暴動が引き起こした混乱は現在、無事に収束へ向かっております」
「今回の事件で、観光客を含めガイオン市民の約三割が死傷したとされており、今後の情報収集の結果如何ではさらにその数が増える可能性も……しかしながら勇敢な共和国軍、ケビーシ、マッポの目覚ましい働きで、秩序は急速に取り戻されつつあり……我が国にテロ行為を行ったオムラ社は倒産……整理作業……」
電子モニタを悲しげに見上げていた裕福そうな紳士が、後ろから名を呼ばれて振り返った。カートを引く貴婦人めいた女性が手を振りながら近づいて来る。
「ごめんなさいね、お手洗いすごく混んでいて」
「そりゃ仕方ないね、こんなだから」
紳士は隣に立つ少女を促した。
「行こうか」
こくり、空色の目をした美しい少女は頷き、彼ら富裕老夫婦と共に歩き出した。あてがわれたばかりの細工物めいて繊細な洋服。
「オバンデス航空、キョート・ネオサイタマ間、次の便は……」
マイコ音声が遠くで聞こえる。紳士はにっこり笑った。
「大変だったね。でももう安心だ」
「うん」
「……」
少女は無感情に頷くと、貴婦人が涙ぐんでハンケチを取り出した。紳士は痛ましそうに呟いた。
「この娘が心から笑える日が来るだろうか」
「そうね」
貴婦人は泣きながら頷いた。
「きっと大丈夫よ」
「そうだね」
紳士は少女を見た。
「アズール。とっても大きなお家と、お部屋があるよ。ぬいぐるみも買ってあげる」
「うん」
「素敵な名前よ、アズール」
貴婦人は言った。アズールは床を凝視し、ただついてゆく。彼らが通り過ぎた第二ポートのチケット窓口では、若い夫婦と幼い男の子が、発券手続きの最中だ。
「ええ、マツノキ……ハイ、そうです」
夫は片脚を引き摺り、杖をついている。実際、行き交う人々に負傷者は多い。オキナワ逃避行めいたヤクザとその女も、痛々しいバイオ包帯を巻いている。
フランス行き直行便のゲート前で再会を果たした学生四人が、泣きながら互いの無事を喜んでいるが、黒髪の女学生は車椅子の重傷だ。 それでも彼らは、未だ十分に幸運といえよう。なにしろあの天変地異はジゴクめいた様相であったのだ……。
あちらから歩いて来るテイラードジャケットの若い男は幸運にも無傷のようだ。彼とともに歩くトレンチコートにハンチング帽の男は、何度か彼を振り返り、ついて来られている事を確かめていた。 二人の男はゲート前で待った。
交わす言葉はさほど無い。やがて、彼らの待つ便が到着し、人々がゲートから吐き出される。キョートから出てゆく人々に比べ、入ってくる人々はずっと少ない。
トレンチコートの男が顔を上げた。連れの若い男の肩を叩き、ゲートを指差した。 彼らの視線は統一感に欠ける四人連れに注がれた。サングラスをかけた長身巨軀の白髪の男、美しいコーカソイド女性、ガンジーめいた老人、重金属耐性のライダースジャケットを着た若い男。
迎えの若い男と瓜二つの顔をした。……ライダースジャケットの男は立ちすくみ、突然ボロボロと涙をこぼした。 白髪の男……タカギ・ガンドーが、号泣するアンバサダーの背中をどんと叩いた。
「兄……兄さん」
「何だ恥ずかしい奴だな。あの後テレパスしたろ」
そう言うディプロマットも目をまっ赤にしていた。
「恥ずかしい、やつだ、お前」
二人は感極まって抱き合い、人目もはばからず、声を上げて号泣した。
「感動的じゃねえか……おっと」
ガンドーが懐からIRC通信機を取り出した。
「アー、ドーモ。ディテクティヴです。いや、確認しとかんとなあ。社屋が焼かれたりしなかったかね? ま、よく生き残ったじゃねえか。良かった良かった。俺か? 事件は解決だ。仇も討った。……ああ。ブルズアイだ」
「エーリアス=サンから伝言」
ナンシーがフジキドに言った。
「『コトダマ空間に実際精通した自分の導きのおかげで、危険なポータル移動は一人の犠牲者も出す事が無かったわけだが、特に恩に着せるつもりは無い』との事、です」
「奴め」
フジキドは少し笑った。ちなみにクチュリエールはシャドウウィーヴを連れて前の便で先に帰っている。
「ユカノ=サンは?」
「勿論」
ナンシーはオリガミ・メールをフジキドに渡した。フジキドは文面を読み、頷いた。
「探索と修行の旅か」
彼はチベットの山林を駆ける旅姿のユカノを思い浮かべた。ナンシーはフジキドを見た。
「一段落ってとこ?」
「そうかもしれん」
「これから、どうするの?」
ナンシーの目は優しかった。 フジキドは口を開き……答えあぐね、曖昧に頷いた。
「とにかくまずは、スシでも食わねえか、ええ、お前さんがた?」
キンギョ屋の老人が塩辛い声で提案した。
「こういう時は、スシとサケだぜ」
「その通りだ」
ガンドーが言った。
「それから、オスモウ・バーだ」
ナンシーは笑い、肩をすくめた。
━━━
数日後、ネオサイタマ。とある高層ビルの会議室。
潜入前から随分とアトモスフィアが変わったクチュリエールからの報告を聞いたアガメムノンとラオモト=チバは頭を抱えていた。
陽動の為に送り出したクチュリエールは武装新幹線襲撃事件の後、スシバーのイタマエとして潜伏中に何をどうやったのか、スカウトされてザイバツに潜入した。
その後、裏切り者のダークニンジャの部下となり、ムーホンを手伝ってニンジャスレイヤーの協力を取り付け、グランドマスターを二人も寝返らせ、更にグランドマスター謀殺に関与した上、ガイオン・カタストロフの最中、自慢のスリケンでロード・オブ・ザイバツ殺害のアシストまでこなしたという。
更にクチュリエールが知る範囲のガイオン・カタストロフの様子まで聞かされ、報告の全てが事実である事を察知したアガメムノンがフリーズし、その様子を見たチバもまた報告が事実である事を悟って冷や汗をかいた。ヌンジャであるカツ・ワンソー復活が近付いているなんてトンデモ案件を聞かされても困るのだ。
依頼自体はしっかりこなしているが、オマケがあまりにも大き過ぎる。アマクダリとしても渡す報酬に困るのだ。ここで本来の依頼料だけで済ませるのは悪手である。そんな事をすれば〝所詮、ソンケイを軽視するソウカイヤの後継組織である〟と組織が割れかねない。
クチュリエールは一旦元々の報酬を受け取り、オマケ分は後日受け取る事を承諾して既に帰っている。チバはアガメムノンに彼女への報酬の件を丸投げした。
**メイルシュトロム**
クチュリエールになってからの記憶しかない彼女が求めた物は恋人との逢瀬だった。ちなみに、性癖もクチュリエールと同様なので恋愛観がラオウめいている。
出会い頭に本音をぶつけて受け入れられ、シャドウウィーヴの助けを借りてクチュリエールの中に戻れた彼女は、サクラ・エンハンスメント・ジツの力と体内のインロウ・オブ・パワーにより制限付きだが現実世界で活動できる身体を得て、現在はクチュリエールの影の中に住んでいる。
**シャドウウィーヴ**
「ナイト・エニグマティック・ナイト」で交わした約束を果たす為、ヨモギとネオサイタマに移住した。現在、求職中。