親愛なる隣人のさらに隣人 作:九曜の翁
やぁ皆、マックス・ジョンソンだ。
妹の言葉も完全に間違いというわけではないんだ。
確かに悪人たちをその手で裁き、殺したオールド・メアも歴代の中にはいた。
でも、僕はそうするつもりにはなれなかった。
『久しぶりの我が家は懐かしいね…楽しい事も嫌な事も悲しい事もずっとこの家と共にあった日々だ。
…ピーター、マイルズ、君たちにだけは迷惑をかけられない。
何も言わずに去る僕を君たちは許してくれるだろうか?』
「許してくれるかなんてどうでも良いじゃない」
『メリアか…お前は本当に僕の事をよく知っているね。もしかしたら僕以上に僕の事を知り尽くしているのかもしれない』
「Hey兄さん、貴方が逃げ込むとしたら此処だと思っていたわ」
気づけば後ろにメリアが立っていた。
「兄さんは昔から『家族』にやたらと拘っていたものね。どう?久しぶりに帰ってきた家は、部屋は全部昔のままだし母さんが大事にしていた花畑もまだ残っているわ」
『…メリア』
「なぁに?」
『終わらせようか』
指を1度だけ弾くと、その場の全てが変わった。
「あら、本当にやる気になってくれたのね兄さん。嬉しいなぁ…やっと兄さんが私と同じ世界に立ってくれた!」
いつの間にかそこは、懐かしい我が家ではなく古びた町の表通りへと変わり果てていた。
『家なんてとっくの昔になくなっていたんだ…僕がお前から逃げたあの日に家は燃えたんだから』
「せっかく町を幻で覆って兄さんの大好きだった家を再現してあげたのに、どうせ死ぬのなら優しい思い出の中に包まれていたいものでしょう?」
『いいや、僕の死に優しさなんて存在しないさ…誰の命も奪っていないとしてもね。例えそれが悪人たちであるとしても僕がこの力で多くの人々に痛みと苦しみを与えたのは事実だ。
ならばその罪は裁かれなければならない。僕の死に場所は終わる事のないこの暗がりの中にこそあるのだよ』
「寂しい人、せっかくやる気になってくれたと思ったのに」
ほんの瞬く間にメリアはもう動いていた。
その手に握っているのはピースメーカーと呼ばれるリボルバー、父さんが身を守る為にと誕生日にメリアへ贈った品だ。
鈍く光る鋼の銃身に刻印された紋様は、非常に強力な魔術的意味を持つ。
かつて魔女から贈られたというその紋様に秘められた力は、限定空間内での権限行使。
あの銃口から放たれるのは弾丸ではない。
『その銃、久しぶりに見たな。父さんが渡したその銃があれば、お前はこの町の中に限り幻を紡ぐ権限を得る。
だから思い出の中の家という幻想を作り出せたわけだが、常に悪夢の真っ只中に居る僕にはその優しい偽りに浸る事は出来ないんだよメリア』
「その目凄く良い、さぁ!一緒に踊りましょう?最後の最後。果ての果てまで!」
指がかかったままの引き金が何度も引かれ、その度に世界は姿を変化させる。
そして、その世界の全てが私に牙を剥く。
雨粒は私だけを溶かす酸となって降り注ぎ、建物に絡みつく蔦は身を貫く杭となって私に突き刺さる。
吹きすさぶ風は刃物のように私を切り刻む。
「どう兄さん?貴方の周りにあるもの全てが貴方の敵になった気分は」
『僕も随分と嫌われたものだ。でもねメリア…僕はもうこの程度じゃ痛みすら感じないんだ』
メリアの操る幻覚は他者へ苦しみを与える事に特化しているようだね。
それ以外の全てを放り捨てる事で幻覚の強度を底上げしているというわけか。
『なら、より深く潜るとしよう』
幻覚で構成されたこの空間は、私にとってホームグラウンドのようなものだ。
ここであれば、こと幻覚に関してだけは人間が相手なら大抵の場合僕が凌駕出来る。
流石にスカーレット・ウィッチ*1やチャールズ・エグゼビア*2には及ばないけどね。
『僕の作る幻覚の中で、他者の命を奪おうとする行為はその者に痛みとなって帰っていく。
そして、この世界では如何なる者も死ぬ事は許されない』
宣言と同時に再び世界が変化する。
何処までも広がる暗がりと、その中で仄かに光を帯びながら揺らめく青い花畑。
もう誰も傷つかないで欲しいと願って作ったまま。今の今まで使う事のなかった幻覚の1つ。
「兄さんらしい優しくてつまらない世界ね」
その通りだよメリア。
僕の作る幻覚は、僕の心の弱さから生まれたものばかり。
他者の命を奪う事を恐れ。妹からの不興を買ってまで作り上げたこの空間は、ここに至ってもまだ誰かを殺す覚悟を持てない僕の心の現れだ。
迎え撃つ覚悟を決めた筈だった。
その為の準備もした。
それでも、メリアの顔を見て…やっぱり決意が揺らいでしまった。
どれだけ仲違いをしたのだとしても。お前は僕の大切な妹である事に変わりはないのだから。
「なんで、また目の中につまらない甘さが戻って来てる。なんでもっとやる気になってくれないの?」
いつの間にか取り出していた大ぶりのナイフを握り襲いかかってくるメリアはかなり不機嫌そうだ。
『メリア、お仕置きの時間だよ』
致命傷にならないよう殴るのは結構大変なんだぞ?
「何それ、武器の1つも持たずに私をどうやって殺すの?」
頬をぶたれたメリアは理解出来ないという顔で僕を見ている。
『メリア、僕は最初からお前を殺す気なんてなかったんだよ』
だって、お前の狙いはずっと前からわかっていたから。
『メリア、私に誰かを殺す覚悟をさせたいのならそれはとても難しいぞ?何せ私は何処までも甘くて臆病なんだから』
「つまらない、つまらないつまらないつまらない!そんなのじゃちっとも満足出来ない!」
かなり強めの癇癪…まずいな。あれは僕の体内で精製された幻覚剤を一族に備わった特有の耐性が機能しないレベルで過剰摂取した時に起こる初期症状だ。
僕が初めてオールド・メアに変身した時も同じ事が起こった。
あの時はまだ力をコントロール出来なかったせいで、襲いかかってきたメリアに対して反射的に大量の幻覚剤を浴びせてしまったせいでそうなったけど。
『このままだと過剰摂取した薬の毒素にメリアの体が耐えきれなくなる!』
…おまけに僕自身もかなりまずいな。超時間オールド・メアの力を行使したせいで、血中の幻覚剤が増え過ぎて拡張された感覚が暴走を始めている。
『もうやめるんだメリア!取り返しがつかなくなるぞ』
「私はそれを望んでる」
『僕は望んでいない!』
一瞬の攻防でメリアが倒れ込んだその時だ。
『良いぞ…さぁその罪人を殺せ、それが私たちの使命だ』
頭の中で声が聞こえた。
『来たな』
頭の中に木霊する幾つもの声、それが何か私は知っている。
『私たちを受け入れるのだマックス。そうすればお前は更なる力を手にし、もっと強くなれるぞ』
『黙ってろ、僕の頭の中で騒ぐんじゃない』
『マックス、私たちはずっとお前を見てきた』
気づけば目の前の空間には、幾つもの怪しく爛々と輝く黄色い光が浮かんでいる。
『なる程、歴代が揃い踏みというわけか』
光はやがて影に覆われ、無数の人影が僕たちを囲んでいた。
『マックス、お前の妹も望んでいるぞ?お前が罪人たちを罰し、私たちを継ぐことを。
あの子は利口な子だ…どうすればお前が自分から罪人を罰するようになるかわかっていた』
『…黙れ』
『マックス、お前は歴代のオールド・メアの中で最も偉大な者になれる可能性を秘めている。
だがまずは、罪人を罰する心構えが必要なのだ…その為のあの子はその為の贄になる事を選んだのだよ
さぁマックス…私たちを受け入れ、お前こそが真なるオールド・メアになるのだ』
僕は漸く理解した。
今までオールド・メアを継いだ者たちはこの影に飲まれたんだ。
飲まれて自分を失い、オールド・メアという役割のままに罪人たちを殺し続ける。
この力を継いだ時からずっと何処か遠くから話しかけるような囁き声が聞こえていた。
罪人を殺せ、使命を全うしろと。
だからこそ、父さんは力を欲しがらなかった僕に力を継がせたかったんだね。
僕ならこの影たちに抗えると思ったから。
でも、どうやらもう駄目みたいだ。
影たちの作る輪がより一層狭まり、自分たちを受け入れろと迫ってくる。
その刹那、1つの銃声が轟いた。
『私の子供たちに手を出すな亡霊ども』
何処か懐かしい、優しさの中に厳格さの混じった声が響く。
目を開くとそこに立っていたのは、かつて僕に力を継がせると言ってすぐに死んだ筈の父さんだった。
『久しぶりだなマックス』
『遅いよ父さん』
【登場人物紹介】
『メリア・ジョンソン』
・自分の中の理想に殉じようとし、兄を殺そうとしたメリアは影たちに出会った。
メリアにとって勝っても負けても己の目的は達成される。自分が勝てば兄を理解出来るし、負ければ兄は漸く自分の大好きな兄に戻ってくれるのだから。
・初期構想段階だとちょっと反抗期なだけの妹になる予定だったが筆が乗りまくった結果、なんか化物になった。
・ちなみに初期構想のままだった場合、ピーターがマックスにメリアを彼女として紹介するシナリオが用意されていたが、メリアがヤバいやつになり過ぎてしまったのでそのルートはお亡くなりになった。
なおホワット・イフ?みたいな世界線だともしかしたらまともなメリアがいるかもしれない。
マックスのいるアースのメリアがヤバ過ぎるのだ。
『影たち』
・歴代オールド・メア、特に過激派だった者たちの残留思念がオールド・メアという力に焼きついた結果、力を受け継いだ者を尽く闇堕ちさせる悪霊と化した。
・力を求めるほどこいつらが寄ってきやすくなるので、マックスの父は『僕にはその力必要ないよ』と言ったマックスを選んだ。
・マックスの父はマックスならこの力に絡みつく負の連鎖を断ち切れると思っていた。
だからこそ色々と仕込みをしていたのだ。
『ダリオ・ジョンソン』
・マックスとメリアのお父さん。マックス以前では歴代で最も超穏健派な方のオールド・メアで、初代オールド・メアの理念に最も近い。
・マックスであれば大丈夫だと思っていたが、影たちが予想以上にマックスへ執着しだしたので幻の果てから帰ってきた。
・要するに盆に帰ってきた先祖的なサムシング。
『マックス・ジョンソン』
・妹と殺し合わないといけなくなった為、めちゃくちゃ心が萎えてる。
・力を引き継いだ時からずっと全身の血液や細胞が幻覚剤に作り替えられていく痛みに耐え続けた結果、痛みやら色々と失ってる。
・後延々と先祖が囁きASMRしてくるのでずっと精神にデバフがかかっているのを軽いノリで誤魔化していた。
主人公マックス・ジョンソンの変身後の姿『オールド・メア』のイメージイラストって必要でしょうか?
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必要
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必要ない