アビドス対策委員会、便利屋68が手を組んで風紀委員会を相手にし初めてから数十分。
戦況はずっと変わらずにこちら側が優勢だった。
先生の指揮ももちろんだが、対策委員会も便利屋68もそれぞれ高い練度での連携が理由だろう。
銭湯区域の中心にいて指揮を執る先生とその隣にいる私。そこを中心に対策委員会と便利屋68、さらにそのまわりを大きく包囲する風紀委員会という構図は変わらないままだが、それでも目に見えて風紀委員の数が減ってきている。しかし、その上で。
「それにしても、多すぎでしょ!?」
「さすがはキヴォトス1のマンモス校。これだけ居るなら何人か誘拐してもバレなさそう。」
「政治問題の火種になりますから、ダメですよー。」
数的有利が覆る気配は、一向に見えなかった。まあ、こうして軽口を叩けている辺り、余裕はあるんだろうけど。
それを確認した私は、対策委員会とは別方向での戦闘をしていた便利屋68の方に視線を向けた。
「許さない許さない許さない許さない許さない...」
「くふふ〜、そこはダメだよ〜!」
「社長、どう?そろそろ逃げればよかったって公開してきたんじゃない?」
「そ、そんなわけないでしょう!?アウトローたるもの、受けた依頼は最後までこなすわ!」
最前線をショットガン片手に走り回るハルカと、それを撃とうと前に出てくる敵の足元に的確に爆弾を配置するムツキに、完璧なタイミングで入り続けるカヨコのサポート、そして確実に人数を減らしていくアルちゃんの正確無比な狙撃。対策委員会程の余裕は見られないが、こちらも別段厳しい戦況という訳ではなかった。
このまま行けば負けるようなことはないだろう。
そう判断した私は、スマホを手に取り電話をかけた。
私一人だけ何もしていなくて気まずい...というのもあるのだが、それ以上に分からないことが多いからである。この時間でそれを調べられればという訳だ。
『はいはーい。サトミ先輩、珍しいねー。』
「モモカ、少し調べて欲しいことがあります。」
『えー、今休憩中なのに〜』
「どうせあなたはいつも休憩しているでしょう。少しくらい働きなさい。」
『ちぇー...それで、調べて欲しいことってなんですか?』
「アビドス砂漠近辺の自治権の所在です。お願いできますね?」
『アビドス砂漠ぅ?これまた急な...りょーかいでーす。』
モモカの了承を受けた私は電話をきり、続いて別の場所に電話をかけた。
『はい、もしもし?』
「アユムですか?少し確認して欲しいことがありまして。今大丈夫ですか?」
『大...丈夫ですよ!サトミちゃんからお願いなんて珍しいですね!』
今なんか躊躇った気がするぞ。本当に大丈夫か?まあ本人は大丈夫って言ってるしいいか。もし大丈夫じゃないんだったら今度業務を手伝って埋め合わせをするとしよう。
「ゲヘナ学園の生徒会に、風紀委員会へアビドス学区内で戦闘行為を行うように指示を出したかどうかの確認をして貰えませんか?」
『ゲヘナ学園に...アビドス高校?
...あぁ、そういえば先生は今アビドス高校に出張しているんでしたね。分かりました!確認します!』
よし、これで今すぐ必要な案件は終わりかな。アユムには詳しいことは一切伝えてないが、もう一年以上調停室で働いているのだ。そこまで言わなくても風紀委員会が他学区での戦闘行為に及んでいるという情報だけで事の重大さを理解するだろう。
そして万魔殿への連絡についても、この襲撃作戦が万魔殿の指示ならどうにもならないが、もしカヨコの考察の通りに、アコの独断によるものであれば、即座に万魔殿からのストップがかかるだろう。要は万魔殿に今の風紀委員会の行動が伝えられればいいのだ。
もはや政治問題を避けられなくなった今、万魔殿は風紀委員会にお冠になるだろうしな。...多分アビドス的にはあんまり政治問題にはしたくないだろうけど。
私が別の用事を片付けている合間に、戦況は変わったらしい。さすがはアビドス対策委員会に便利屋68、そしてそれを指揮する先生だ。
風紀委員会の部隊は、その幾つもが撤退を余儀なくされ、ものすごい勢いではけていくのが見える。
『なるほど、だいたい把握できました。シャーレの力、必要となるであろう兵力...予想を遥かに上回っています...素晴らしいですね。決して甘くみていた訳ではないのですが、もっと慎重に進めるべきだったかもしれません。
...しかし、それでも無敵というわけではない。弱点も見えましたし...おおよその戦況は読めました。』
遠くでアコが戦況分析をしている。素人ながら、戦況はこちらに大きく傾いているのにもかかわらず、まだ諦める気はないらしい。
そしてホログラムのアコが小さく笑ったかと思うと...
ザッザッザッザッ...
『風紀委員会、第3陣を展開してきました!』
「はぁ...はぁ...まだいるの!?」
「この状況で、さらに投入!?」
「た、大したことないわよ!まだまだ戦えるんだから!」
...どうやらまだまだ敵は残っているらしい。素人目線の戦況分析はあてにならなかった。
まあよく考えてみれば、アビドス対策委員会は便利屋68との連戦続きだし、逆に便利屋68の方もアビドス対策委員会との連戦続きだ。
物資の補給も満足にできないままに風紀委員会とぶつかることになってしまい、さすがにみんなにも疲れの色が見えてきていた。
「...これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えてる。ということはこの襲撃、アコの独断じゃなくて、まさか...」
「...風紀委員長が?」
「えっ、ヒナが来るの!?無理無理無理!逃げるわよ!早く!!!」
唐突に便利屋68が騒ぎ出した。...さっきまでかっこよかったのに。
しかしこうなっては大問題だ。これまで私は、この襲撃がアコの独断だという前提で考えを巡らせていた。もしそうではなく、風紀委員長の指示でこの襲撃が行われている場合、さっきの万魔殿への連絡という作戦が全くの無意味になってしまうかもしれない。
...それもあるのだが、一番の問題は風紀委員長がここにやってくる可能性がある事だった。
空崎ヒナ。言わずと知れたゲヘナ学園の風紀委員長。
前世での知識もあるが、キヴォトスで有数の実力者だと有名だった。
うーん...このストーリー、どうやって解決するんだったか...?ホシノもヒナも、ここにやってくるのは覚えてるけど、ふたりが戦うとか?それともヒナが先に来て遅れてきたホシノが止めるとか?
ヒナってそこまで凶暴なキャラじゃなかったはずだし、ここで戦闘にはならない...と思いたいけど分かんないな...
そんな事を考えていると、私の視線の先、アコのホログラムの横に唐突に別のホログラムが現れた。
その影は、小さな体格には似つかわしくない巨大な武器、羽根、ヘイロー。私もニュースでもゲームでも見たことのある人、ヒナだった。
『アコ。』
『えっ、あっ...ひ、ひ、ヒナ委員長!?』
「委員長?」
「あ、あの通話相手が...?ってことは、風紀委員会のトップ?」
急に挙動不審になりだしたアコの様子に、アビドス対策委員会のみんなも攻撃の手を止めてアコの方に集中しだした。
そして便利屋は...いつの間にやらもう居なくなっていた。逃げ足はっや。
『い、い、委員長がどうしてこんな時間に?』
『アコ、今どこ?』
『わ、私ですか?私は......その...えっと...げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです!風紀委員のメンバーとパトロールを...!』
「思いっきり嘘じゃん!!」
...ははーん?これはもしかしなくても、この襲撃がアコの独断ってことが確定だな?
どうやら噂の激強風紀委員長と対峙せずに済みそうで、私はそっと胸をなでおろす。
『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に...出張中だったのでは?』
『さっき帰ってきた。』
『そ、そうでしたか...!その、私は、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして...後ほどご連絡いたします!い、今はちょっと立て込んでまして...!』
『立て込んでる?パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』
『え、その...それは...』
『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」
いつの間にか、通信の声に混じって肉声が聞こえてきていた。その声は通信と全く同じ内容を話しており、私がそちらに顔を向けてみると...
空崎 ヒナがそこに立っていた。
『.........え?』
「っ!?」
「えっ、あれ!?」
「い、い、い、委員長!?一体いつから!?」
『...え、
ええええっ!?』
そして、アコの間抜けな悲鳴が一帯に響き渡るのだった。
「アコ、全部説明してもらう。」
『そ、その...これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと...』
「便利屋68のこと?何処にいるの?今はシャーレとアビドスと、対峙しているように見えるけど。」
『え、便利屋ならそこに...』
そう言ってアコが私たちの後方を指差したが...残念ながら、そこにはもはや便利屋68の影も形も残ってはいなかった。
『い、いつの間に逃げたのですか!?さ、さっきまでそこにいたはず!?』
「......。」
慌てて辺り一帯を見回すアコだったが、当然便利屋を見つけられるはずもなく、ヒナの無言の圧力が増していくばかりだった。
『え、えっと...委員長、全て説明いたします。』
「......いや、もういい。だいたい把握した。
察するにゲヘナにとっての不安要素の確認および排除。そういう政治的な活動の一環ってところね。でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。
シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会。そういうのは万魔殿のタヌキたちにでも任せておけばいい。実際私のところに万魔殿から確認の電話が来たわ。戻ったらきっと大目玉よ。
...詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ。」
『......はい。』
ヒナにそう言われたアコは、それ以上反論することもなく通信を切ったのだった。
アコが居なくなったことにより、ここらを沈黙が支配する。そんな沈黙を破ったのは、対策委員会のシロコだった。
「じゃあ、改めてやろうか。」
まさかのヤル気宣言であった。それを慌ててアヤネが諌め、その勢いに面食らったシロコは珍しく素直に謝っていた。
『こちら、アビドス対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況について、理解されていますでしょうか?』
「...もちろん。
事前通達なしでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒たちとの衝突。
...けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」
相変わらず威圧的な雰囲気を纏うヒナは、こちらにそう問うてきた。それを受けて私は1歩前に出る。
「えぇ、違いますね。
この状況について、今一度整理いたしましょうか。」
「...違わなくない?」「風紀委員の邪魔はしたんじゃ...」
そこ、うるさいよ。
後ろでヒソヒソ話しているシロコとセリカを無視して私はヒナを見据えて話し出す。
「まずは始まりから。私たちは自らの自治区内における民間人襲撃の容疑者として便利屋68の捕縛作戦を行っていました。
そしてそれは無事達成される...はずでした。そこに横槍を入れてきたのは、ゲヘナ学園の風紀委員会、あなた達です。あなた方風紀委員会は、私たちの作戦を邪魔しただけでなく、無許可での兵力運用を行いました。故に私たちは本作戦における鎮圧対象の範囲を広げざるを得ませんでした。便利屋68からあなた方を含む敵対勢力全員へと。
...つまり私たちは初めから、アビドス高校の自治区内における不法行為の鎮圧しか行っていないんですよ。
それに対してあなた方はどうでしょうか?他校自治区での無許可の兵器使用に始まり、超法規的機関シャーレの公務の妨害、加えて敵対。
...風紀委員会の公務の妨害?あなたがたの公務とは一体なんだったのでしょうか?
便利屋の捕縛?アビドスとの敵対?シャーレの確認?...なんにせよ、あなた方が先程行ったことは、結果から見てシャーレの公務の妨害。それ以上でも以下でもありませんよ。
それを言うに事欠いて風紀委員会の業務の妨害とは...笑えませんね。」
私はあえて挑発的に返した。
まあそもそもここってアビドスの自治区なの?とか、ついさっきまで便利屋と協力してたじゃんとか、色々と言える事はあるが、私の言葉にムキになってそれを忘れてくれたら万々歳だ。
そんな私を、ヒナは目を丸くしながら見ていた。
「あなたは...連邦生徒会?どうしてここに...?」
「うへ〜、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃーん。」
そんな緊迫した場に、とても似つかわしくない間延びした声が辺りに響いた。その声の主が誰かは、特徴的な口調やら声色から、見なくても分かる。
「!!」
『ほ、ホシノ先輩!?』
そこには、ショットガンを構えたままこちらに歩いてくるホシノの姿があった。ここまでの大事に発展した上で到着が遅れたことに罪悪感でもあるのか、頬をかきながらどこか気まずそうにしている。
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね〜、少し遅れちゃった。」
「...昼寝ぇ!?こっちは色々大変だったのに!ゲヘナの奴らが...!」
「でも、もう全員撃退した。」
「まだ全員ではないですが...まあ大体は。」
「ゲヘナの風紀委員会かぁ...便利屋を追ってここまで来たの?
うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢揃いだよ。ということで、あらためてやり合ってみる?風紀委員長ちゃん?」
なんでだよ!!私があえて戦わなくていいように言葉と規則で押さえつけたのに!!
...ちょっとアビドス対策委員会血の気多過ぎない?
「...1年生の時とは随分変わった。人違いじゃないかと思うくらいに。」
「...ん?私のこと、知ってるの?」
「情報部にいた頃、各自地区の要注意生徒たちをある程度把握していたから。特に小鳥遊 ホシノ、あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思っていたけど。
...そう、そういうこと。...だからシャーレが...
まあいい。私も戦うためにここに来た訳じゃないから。
......イオリ、チナツ。」
「......委員長。」
「......はい。」
「撤収準備。帰るよ。」
あまりにも唐突な言葉に、私たちはみんな驚きの声を上げた。それどころか風紀委員会の方も呆気にとられたような表情を浮かべている。
そんな混乱の中、もう一度私たちの方を向いたヒナが...その場で頭を下げたのだった。
「えっ?」
「頭を下げました...!?」
「...事前通達なしでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。...アビドス対策委員会並びにシャーレの公務の妨害。
このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する。
...今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することはないと約束する。どうか許して欲しい。」
「ま、待って委員長!あの校則違反者たち...便利屋はどうするんだ!?」
慌ててヒナに聞いたイオリだったが、ヒナの人睨みによって黙らされていた。
...これ以上面倒事を増やすなって感じかな。まあ実際、今の便利屋の拠点がアビドス自治区内にある以上、便利屋に手を出すとこれまたアビドス対策委員会との衝突が起きかねないから正解だと思う。
ヒナに睨まれた風紀委員会は全員ものすごい速度で撤収準備を開始した。...その連携力を戦闘で発揮されていたら、きっと戦況は変わっていたんだろうなぁ...
私がそんなことを考えていると、私の隣にいる先生のところにヒナがやってきた。
「...シャーレの先生。」
「"ん、私?"」
「そう。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って。」
「...あー、それ、私も聞いていいやつですか?」
なにやら内緒話をし始めた2人に私が横から質問した。だって思いっきり聞こえてるんだもん。
「えぇ、構わないわ。聞いたところ、あなたはシャーレ専属の生徒なのでしょう?」
「まあ、そうですね。」
「それじゃあ、2人とも...カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」
その名前を聞いた時、私も先生も動きを止めた。
カイザーコーポレーション。現在アビドス対策委員会が散々苦しめられている相手の名前だ。
「"...ざっくりだけどね。"」
「同じくです。」
「そう。...これはまだ、万魔殿もティーパーティーも知らない情報だけど...あなたたちには知らせておいた方がいいかもしれない。
...アビドスの捨てられた砂漠。あそこでカイザーコーポレーションが何かを企んでいる。」
「"アビドスの..."」「砂漠で...」
「そい。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけれど。...一応、ね。」
それから数分後...
さっきまで辺りを埋め尽くしていた風紀委員たちは影も形も残すことなく撤収していた。
『風紀委員会の全兵力...すごい速さでアビドスの郊外へと消えていきました。あれほど大規模な兵力を、一糸乱れずに...風紀委員長、すごい方ですね。』
「もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに...」
「シロコ先輩、どこかの戦闘民族みたいだね...まあ私だって、もちろん喧嘩を売られたら逃げるようなことはしないけど。」
「うへ〜、結局おじさんは状況が全然わかってないんだけど、何があったの?」
「うーん...説明したいところなのですが、私たちもまだ分かっていないことが多くて...サトミちゃん、なにか分かりますか?」
「そうですね...予想できることは多くありますが...今回の一件でさらに謎も増えました。一度、情報の整理が必要ですね。」
「それでは...今日も色んなことがありましたし、無理せず休憩した方がいいかもしれませんね。」
『はい。では今日は一旦解散して、また明日学校で状況の整理をしましょう。』
「...うん、そうだね〜。アヤネちゃんの言う通りだよ。今日はもう解散、明日また教室で。」
こうして慌ただしい一日が、ようやく終わりを迎えるのだった。
ずっと疑問だったんですけど、ヒナってなんで風紀委員会の公務を妨害したって言葉に出したんでしょうね。場面からして普通に風紀委員会に非があると思うんだけど...それってアビドス対策委員会目線でストーリーを見てるから?