翌朝、私たちはアビドスにある数少ない病院のひとつを訪れていた。
「こんにちは、大将。お見舞いに来ました。」
「大将、大丈夫?」
「やあ、セリカちゃん。それにアヤネちゃんも。こんな早い時間からありがとう。」
今日お見舞いに来たのは私と先生、そしてアヤネとセリカの4人だった。
「"お身体は如何ですか?"」
「大事はないとは聞いていますが、やはり本人の口から聞いておきたいですからね。」
「あぁ、先生に、サトミちゃんだったかな。わざわざありがとう。なに、ちょっと擦りむいただけさ。」
「でも...大将のお店が...」
「ああ、バイトできなくなっちゃってごめんな。セリカちゃん。」
たった1回お店に行っただけだと言うのに、大将は私のことを覚えていた。こういう細かい気配りが見えてくるからこそ、あのお店はあんなにも愛されているのだろうと思う。これは打算では得られないものだな。
それにお店を失ったことよりも、アルバイトをしていた子のことを心配してくれると言うのだ。こんなに優しくされたらセリカ、惚れちゃうんじゃない?
...私?私は先生一筋です。
「そもそも、もうすぐお店も畳む予定だったからな。予定がちょっと早くなっただけだ。」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、ちょっと前から退去通知を受け取っていてね。」
「た、退去通知って、何の話ですか?アビドス自治区の建物の所有者は、アビドス高校で...」
アヤネが困惑を隠せず大将に尋ねる。これについては、私の方から後で話す予定だったんだけど...
「...そうか、君たちは知らなかったんだな。
...何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権を売っているんだ。」
「えっ?」
「う、嘘!?アビドスの自治区なのに!?じゃあ今は一体誰が...!」
「...カイザーコーポレーションです。ですよね、大将?」
私は大将に変わってセリカの質問に答えた。セリカとアヤネが驚きの表情を浮かべて私を見る。
「うーん...そんな名前だったような...悪いな、はっきりとは覚えてない。」
「...サトミさんは知っていたんですか?」
「私も知ったばかりですがね。昨日、連邦生徒会で確認してもらいました。」
私の返答にアヤネが考え込んでしまった。
まあ気持ちは分からんでもないが、生憎とここは病室だ。あまり長居するのも病院に迷惑だろう。
「アヤネ、考えるのはあとにしましょう。私が調べた情報は、後で教室で共有しますから。」
「あ、は、はい。そうですね!」
「それじゃあ私たちは一旦帰るけど...大将、まだ引退とか考えないでよ!分かった!?」
「お、おお。...あっ、そうだセリカちゃん、最後に、お店のところにお金の入った変なカバンがあったんだけど、何か知ってるかい?」
「"お店の再建のために使ってください。"」
うん?お金の入ったカバン?なんのことだろうか。
...先生は中身の金額も出処も調べず、迷いなく答えていたあたり何か知っていそうだけど...
...あー!銀行強盗の時のやつか!...まあ大将に「オタクの常連が銀行強盗で稼いだお金ですよ。」なんていえるわけもないからね。
大将は先生の様子を不思議そうに見ていたが、まあ追求する気はないようだったので一安心だ。
そんなこんなで私たちがアビドス高校に戻ってきた時、ノノミが出迎えてくれた。ノノミの方も、やはり大将の容態は気になっていたようで、大事ないと伝えると安心したように息を吐いていた。
それからみんなでいつもの教室に向かっている途中のことだった。
ドンッ!バタン!
廊下に鳴り響いた物音に、私たちは目を見合わせ、音の原因を探ろうと走り出す。
そして物音の鳴っていた教室の扉を開けると、そこには...
「いたた...痛いじゃーん、どうしたの、シロコちゃん。」
「...いつまでシラを切るつもり?」
乱暴にホシノの胸ぐらを掴んで詰め寄るシロコと、無抵抗で倒れた机に寄りかかるホシノの姿があった。
「うへ〜なんのことを言ってるのか、おじさんにはよく分からないなー。」
「......嘘つかないで。」
「嘘じゃないって〜...ん?」
「ホシノ先輩に、シロコ先輩!?」
「喧嘩ですか!?」
「......。」
「"...どうしたの?"」
先生が真面目な顔で二人に質問をするが、ふたりは目を泳がせて言葉を濁すばかりで事実を答えるつもりはないようだった。
「...悪いけど、2人にして。」
「それはダメです☆」
「......。」
「対策委員会に、「2人だけの秘密♡」みたいなものは許されません。なんと言っても、運命共同体ですから。
...ですので、きちんと状況の説明もしてくれない悪い子には...
...お仕置き☆しちゃいますよ?」
ノノミがいい笑顔(圧)を浮かべながら2人に近づいていく。軽く茶化しているような口調だけど、ノノミも2人のことが心配なのだろう。
私もアビドスのことを深く理解している、という訳でもないが、それでもこれまで対策委員会が5人全員協力して、仲良く自治区を守ってきているなんてことくらいは理解しているつもりだ。
「...えっとねぇ...実はおじさんがこっそりお昼寝してたのがばれちゃったんだよね〜。
私の怠けグセなんて、今に始まったことじゃないとは思うけど、おじさんもここ最近ちょーっと寝すぎだったかも。まあ、それで少しばかり叱られちゃったのさ〜。」
「あ...う、うん。」
「にしたって、そんなに怒らなくてもいいのに〜。シロコちゃんは真面目だなぁ。ま、人にはそういう時もあるよね〜。そろそろ集まる時間だし、行こっかー。」
「ん...。」
そういってホシノとシロコは足早に教室を出ていった。
ここに残されたノノミもセリカもアヤネも、そして先生と私も。全員が今のは嘘だって言うことくらいわかっていた。それでも私たちに出来ることは彼女たちを心配することだけだった。
特にノノミの表情はとても暗く、私が見た中では常にニコニコしていたノノミとは別人かと錯覚するようなレベルだった。
「ノノミ、大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です。...なにか言いたくないことがあるみたいですね。」
「ふたりが喧嘩するなんて...そんなとこ、これまで1回も見た事ありません...」
「心配ね。何があったのやら...」
「...ここで考えても、分かることはあまりないと思います。とりあえず私達も会議室に行きましょう。」
私の提案にみんなが頷き、移動を開始した。
移動中に私は考える。ホシノとシロコの喧嘩、それがなんなのか。現状分かっていることではその原因を掴むことはできない。しかし、未来のことがわかっている私なら何かわかるんじゃないか?もし原因が分かれば仲裁くらいは出来るんじゃないかと思いながら。
まずこの先に起こることで私が知っているのは、先生と黒服との邂逅と、カイザーPMCの拠点?との衝突だ。あとは先生がイオリの足を舐めにゲヘナに行くこと。*1
そこで考えるべきは黒服と先生との邂逅だろう。どうして黒服と先生が会うのか?あいつが腕を組んで先生と話すシーンは覚えている。しかしその内容までは全然思い出せない。
そして先生が「黙れ」とまで口に出すことも覚えてる。普段の口調を崩してまで怒りを露わにする先生...きっととてもカッコイイんだろうな...♡
...とまあそれは置いておいて...先生がそこまで怒るってことは、多分内容は生徒に関することなんだろう。とくればそれはきっとアビドスのことだ。なんだろう、アビドスの生徒の誰かを実験に使おうとしたとか?
...あ!?そういえばシロコテラーってキャラクターいたな!?シロコの(多分)未来の姿。もしかしてあれが黒服に実験を受けた成れの果てってことか!?それなら辻褄も合う...ってことは2人の喧嘩はシロコが実験を受けるからってこと!?*2もしそうだとしたらまずい。シロコが人体実験を受けるだなんて...そんなのは絶対に阻止しないと...!
あれ?でもそれならシロコがホシノに怒ってた理由ではないしな...うーん...私の半端な知識では分からないか...とにかく今は、シロコが黒服から実験を受けるのを阻止しなければ!*3
そんなことを考えていると、いつの間にか会議室に到着していた。
会議室に入った私たちの間を沈黙が流れ続ける。
(...気まず。)
「...え、えっと...その...会議をはじめましょうか?」
ナイスアヤネ。それなら私もそれに乗っかって準備していた情報を出すことにしよう。
「それではひとつ、見てほしいものがあります。これをご覧下さい。」
そうして私は普段使いのタブレットに地図を表示させて机に置く。みんなの視線がそれに向かったのを見て話を進める。
「こちらはアビドス全域の地籍図です。まあ...要するに土地の所有権を明確にする書類ですね。」
「...?そんなの確認しなくてもアビドスの土地は当然アビドス高校の所有で...」
「...さっき、大将のお見舞いに言った時に大将が言ってたの。「何年か前にアビドスの生徒会が土地の所有権を売ってる」って...」
「えっ...?どういうこと?アビドスの自治区がアビドスの所有じゃないって、そんなわけ...」
驚きの声をあげたホシノが急いでタブレットの地図を拡大した。するとそこには...
「アビドス校区の大半の所有権を有するのは、カイザーコンストラクション、となっておりました。」
「...!?」
「そんな...カイザーコンストラクション...カイザーコーポレーションの系列ですか...!?アビドスの自治区を...カイザーコーポレーションが所有している...」
「...柴関ラーメンも?」
「はい。大将曰く、随分前から退去命令も出ていたそうです。」
「...大将は、元々もうお店を畳むことを決めていて、いつかは起きるはずのことだったと...」
アヤネの言葉にホシノ、シロコ、ノノミが驚愕の表情を露わにした。
「地籍図から、アビドス高校に所有権が残っているのはこの校舎と周辺一部の地域だけです。それ以外のアビドス高校本館と周辺の砂漠地域、そして砂漠化の進んでいない市内の土地は全て、カイザーコーポレーションの所有になっているんです。」
「で、ですが、どうしてこんなことに?学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが...一体誰がこんなことを...」
「...アビドスの生徒会、でしょ。」
ホシノがもらした言葉に、全員がホシノの方を見た。
「えぇ、過去の取引記録を見ると、この取引を行ったのはアビドスの生徒会です。学校の土地の...資産の所有権は生徒会にあります。ですからもちろんそれを売り払うことも可能なわけです。...本来は土地を売り払うだなんてことはメリットがほとんどない行為です。ですから普通はやらないというだけなんです。それこそ廃校にでもならない限り、私も聞いたことがありませんでした。」
「そんな...アビドスの生徒会は、もう二年前に無くなったはずでは...」
「ですからアビドスにおける土地の取引は、2年前を最後に行われていません。」
「そっか...2年前...」
「...何をやってんのよ!その生徒会の奴らは!!学校の主体は生徒でしょ!?どうしてこんなことを...!!」
セリカが机を叩き、怒りをあらわにしながら叫ぶ。他のみんなも、驚きの事実を飲み込むのに手一杯な様子だ。
「...それぞれの学校の自治区は、その学校のもの。あまりにも当たり前の常識です。当たり前すぎて気付くことが出来ないのは仕方の無いことです。
...むしろ私こそ、部外者だからこそ調べるべき事実でした。」
私がシャーレ所属になる前の立場は交通室長だ。土地の管理について、直接やり取りをする訳ではないが、何か用がある時には土地の所有者に連絡を取る立場。
もし私がアビドスに用があった場合、その所有権を調べることなくアビドス高校の生徒会に連絡を入れていただろう。そんなのは疑いようもなく職務怠慢だ。知らなかったなんて言い訳が通用するはずもない。立場からして私は、私だけは知らなければいけない事実だった。
「...ううん、それはサトミちゃんが気にすることじゃないよ。だってこれはアビドスの...対策委員会ができるよりも前のことなんだから。」
「...ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「あ、そうです!ホシノ先輩も、アビドスの生徒会でしたよね?」
「え?そうだったの?」
「それに...最後の生徒会の、副会長だったと聞きました。」
「...うへ〜、そんなこともあったねぇ。2年も前のことだし、そもそも私もその辺の生徒会の先輩たちとは、実際の関わりはなくってさー。私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人達はほとんどやめちゃってたから。
その時にはもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものはもう、とっくの昔に途絶えてた。
生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引き継ぎ書類なんて立派なものは1枚もなかった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったってこともあってね。
そもそも最後の生徒会って言ったって、新任の生徒会長と私の2人だけだったし。
...その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで...私の方だって、嫌な性格の新入生でさ。いや〜、何もかもめちゃくちゃだったよ。」
そう話すホシノは、言葉とは裏腹に懐かしむような、大切な思い出を思い返すような表情を浮かべていた。
「校内随一のバカが生徒会長...?なにそれ、どんな生徒会よ...」
「成績と役回りは別だよ、セリカ。」
「そもそもセリカちゃんも成績はそんなに...」
「わ、分かってるってば!どうして急に私の成績の話になるわけ!?一応突っ込んでおいただけじゃん!?」
えっ、セリカって成績悪いの?一応会計担当でしょ、大丈夫?
「うへ〜、いやいや、まさにその通りだったよ。生徒会なんて肩書きだけで、おバカさん2人が集まっただけだったからね。
なんの間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって...いや〜、あの時はあちこち行ったり来たりだったねぇ。
...ほんっとバカみたいに、なんにも知らないままでさ...」
「...ホシノ先輩が責任を感じることはない。昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になったあと...アビドスに対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ。」
「う、うん?」
「...ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対の誰よりも前に立ってる。ホシノ先輩は色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる。」
「...それって褒め言葉なの?悪口なの?」
「ど、どうしたのシロコちゃん!?急にそんな青春っぽいセリフを...!おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「や、何となく言っておこうと思って。」
「...えぇ?」
私もちょっと苦手...というかムズムズしてくる。だって中身おじさんですし。
「...とりあえず話を戻しましょう。どうして前の生徒会は、カイザーコーポレーションにアビドスの土地を売ったんでしょうか?」
「実は裏で手を組んでたとか?」
アヤネが話を戻してくれて助かった。土地を売った理由、あくまで推測でしかないけど、ほとんど確信はある。
「あくまで推測ですが...先のヘルメット団の襲撃を起こしたのはカイザーコーポレーションでした。それも借金を取り立てるための襲撃ではなく、土地を奪うためのもの。つまりカイザーコーポレーションの目的はアビドス高校の土地を奪うことにあるんです。アビドスの大半の所有権をカイザーコーポレーションが握っているとわかった今、それは確実だと言ってもいいでしょう。
ですからおそらく、生徒会はカイザーコーポレーションにこう言われたんじゃないでしょうか?「土地を売り払えば借金の足しくらいにはなる」と。
失礼ながら、砂漠化が待ち受ける土地に高値が付くはずもないと思いますが。」
「それで繰り返し土地を売ってしまう負の循環に...ということでしょうか?」
「な、なにそれ!どうしようもないじゃない!」
「"...そういう手口も、あるよね。"」
「え、どういうこと?」
先生の呟きにセリカが疑問はこぼすが、つまりは。
「アビドスは、悪質な罠に嵌められたのかもしれないってことです。カイザーコーポレーションの狙いは最初から最後まで一貫して土地そのもの。
カイザーローンが学校の手に負えないほどのお金を貸し、その返済のために土地を売るように仕向ける。」
「...そうして、アビドス自治区そのものが、ゆっくりとカイザーコーポレーションのものになっていく...」
「アビドスにお金を貸した時点で、こうなるように全てを...」
「だいぶ前から計画していた罠だったのかもね。それこそ何十年も前から。それくらい規模の大きい計画だったのかも。」
「なにそれ!?ただただカイザーコーポレーションのヤツらに弄ばれてるだけじゃん!生徒会のヤツら、どんだけ無能なわけ!?こんな詐欺みたいなやり方に、騙されてさえいなければ「セリカ。」...!」
セリカの言葉に被せて止める。それ以上はとても言わせられなかった。
「悪いのは騙された方よりも、騙した方です。
そもそも最初の段階でこの計画を見抜くことは困難を極めるでしょう。ただでさえ今の時点で、カイザーコーポレーションがアビドスの土地を求めた理由は分かっていないのですから。」
「...わ、分かってるわよ!た、たまにゲルマニウムのブレスレットとか買ったりするし、下手したらここの誰よりも分かってる!悪いのは騙した方だってことは!
...でも、悔しい...ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんな酷いことを...」
涙をこらえて俯くセリカを、私たちは見ることしか出来ない。やるせない気持ちはここの全員が感じていることだったからだ。
ようやく見えてきたアビドスの置かれた状況は、それでも私たちを追い詰めるばかりなのだった。
「シロコが黒服に人体実験されてしまうかもしれない!」
違います。勘違いです。
まあシロコテラーの外見だけ見たらそう思うのも仕方ないよね。
今更ですが、ここらでサトミのブルアカ知識を明確にしておきましょうか。
対策委員会編、2章まで。
パヴァーヌ編、2章。
エデン条約編4章。
と言った感じです。デカグラマトンもあまねく奇跡の始発点もやってません。
しかもやってるところも知識は抜け抜けという。