「...先生、あなたのことは知っています。連邦生徒会長が呼び出した、不可解な存在。あのオーパーツ「シッテムの箱」の主であり、連邦捜査部「シャーレ」の先生。」
私の目の前には、机に座って両手を胸の前で組み、先生を興味深そうに覗き込む全身真っ黒の異形の姿があった。
私の記憶が正しければ黒服と言ったか。まさに名は体を表す、の通りだ。...まあその真っ黒なスーツがその異形の身体に似合っているかは置いておいて。
こいつこのタイミングだったのか...それで先生は大人の戦いって言ってたのね...
「あなたを過小評価する者もいるようですが、私たちは違います。」
私"たち"。つまりこの黒服には仲間がいるのだ。全然覚えてないけど。エデン条約編で敵になる赤いおばさんがいるのは覚えてるけど、他に誰がいたんだっけな?分かんないや。
「...まずはっきりさせておきましょう。私たちは、あなたと敵対するつもりはありません。むしろ、協力したいと考えています。
私たちの計画において、1番の障害になりうるのはあなただと考えているのです。
私たちにとってアビドスなんて小さな学校は、全くもって大した問題ではありません。ですが先生、あなたの存在は決して些事とは言えない。敵対することは避けたいのですよ。」
「"あなたたちは、一体何者?"」
先生は私を守るように前に出ながら問う。私は黒服が先生を害する事はないって分かってるんだけど、明らかに怪しいもんね。まあでもこいつネットで先生大好きキャラみたいな感じでおもちゃにされてたし、それを知ってる私は別に怪しんだりすることはない。
とはいえ先生に守られておく。やったね役得だ。
「...おっと、そういえば自己紹介をしていませんでしたか?私たちはあなたと同じ、キヴォトスの外部の者...ですが、あなたとはまた違った領域の存在です。
適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちの事は「ゲマトリア」とお呼びください。
そして私の事は、「黒服」とでも。この名前が気に入ってましてね。
私たちは、観察者であり、探求者であり、研究者です。あなたと同じ「不可解な存在」だと考えていただいて問題ございません。
...一応お聞きしますが、
「"断る。"」
先生は私を庇いながら力強く言葉を返した。私は大人しく先生に守られながら、真剣な表情の先生に見蕩れている。かっこいい♡
「...左様ですか。
真理と秘義を手に入れられるこの提案を断ってまで、あなたはキヴォトスで何を探求するおつもりなのですか?」
「"少なくとも、そんな提案に興味は無い。私はただ、ホシノを返してもらいに来ただけ。"」
「...クックック。
あなたの行動に正当性がないことにお気づきですか、先生?今のあなたに一体なんの権利があって、そんな要求をされているのでしょう?
小鳥遊 ホシノはもう、アビドスの生徒ではありません。届出を確認されていないのですか?」
届出、あの時ホシノからの手紙と共に置かれていたアビドス対策委員会の退部届のことだろう。
退部理由の欄には、短く「一身上の都合で、退会させてください。」とだけ書かれていた。
「"...まだだよ、「顧問」である私が、まだサインしてない。"」
先生の言葉で、私はあの書類を思い返す。
たしかに言われてみれば、担当顧問の欄が抜けていたはずだ。アビドス対策委員会の顧問は、当然先生。その先生のサインがない書類は、当然効力を持たない。
だからこそ先生は、自信満々に言ってのける。
「"ホシノはまだ対策委員会の所属だし、
まだアビドスの副生徒会長だし、
今でも、私の生徒だから。"」
先生かっこよすぎる...惚れ直しました付き合ってください!
「...なるほど。
あなたが先生である以上、担当生徒の去就にはあなたのサインが必要...そういう事ですか。
なるほどなるほど...
学校の生徒、そして先生...ふむ。なかなかに厄介な概念ですね。」
「"あなたたちはあの子たちを騙し、心を踏みにじり、その苦しみを利用した。"」
「えぇ、たしかに仰る通りです。他人の不幸よりも、私たちは自分たちの利益を優先しました。それを否定はしません。私たちの行動は、善か悪かと問われればきっと悪でしょう。
...しかし、ルールの範疇です。そこは、誤解しないでいただきましょうか。」
...まあたしかにその通りではある。ゲマトリアがどういう動きをしていたのかは知らないが、実際に私たちはアビドスの敵であるカイザーコーポレーションの摘発に何度も失敗している。
今回の件でようやくカイザーPMC理事の悪事をカメラに収めることができたが、それでもカイザーコーポレーションとしては理事の首を切って終わりとなってしまうだろうことは容易に想像できる。これを機にほかのグレーゾーンな行為も...とはいかないのだ。...非常に腹立たしいことだけど。
「アビドスに降りかかった災難は、私たちのせいではありません。
アビドスを襲ったあの砂嵐は、大変珍しいこととはいえ、一定の確率で起こり得る現象です。誰か明確な悪役がいる訳では無い。天変地異とはそういうものでしょう。
私たちはあくまで、その機会を利用しただけ。
砂漠で水を求めて死にゆくものに、水を提供する。...ただし、一生奴隷として働いても返済できない額で。ただそれだけの事です。
さして珍しくもない、世の中にはありふれた話でしょう。何も私たちが特別心を痛め、すべての責任を取るべきことではありません。私たちが初めて作った事例でもなければ、私たちがそれをしなかったところで消えるものでもないのですから。
持つ者が、持たざる者から搾取する。知識の多いものが、そうでない者から搾取する。
大人なら誰もが知っている、厳然たる世の中の事実ではありませんか?」
「"...生徒のいるところで、そういう話はしないで。"」
黒服の言葉に、先生は拳を握りこんだ。たしかに黒服の言う通りではある。私が前世で大人だった頃から、ありふれた話。でも...
「...それでも、手を差し伸べるのが...「大人」でしょう?」
「"...サトミ?"」
私が呟いた言葉に、先生と黒服の視線が私に向いた。
私は先生の影から体を出し、前に出ながら続ける。
「えぇそうです。あなたの言うとおり、ルールの範疇。それをしたところで、非難はされども裁かれることはない。手を差し伸べたところで、褒められこそすれど報奨金が貰える訳でもない。
あなたにそれをしろとは言いません。どこかに幾らでもいるであろう利己的な人達にそれを強要はしません。
ですがどこかに、先生のように、自分の時間を使ってまで誰かに手を差し伸べられる人がいるのです。
あなた方は言うでしょう。「どうしてそんな無意味なことをするのか?」と。
答えはこうです。「自分が「大人」であるから。」
彼らのように良心を捨てて、冷徹であるフリをして子供を利用するのは簡単です。
あなたのように見て見ぬふりをする理由を並べ立てるのはもっと簡単です。
それでも先生のような人がいるから、子供は「あんな大人になりたい」と、そう願うのです。」
果たして前世の私は、そうあれたのだろうか?
いいや、全くだ。むしろ目の前のこいつのように、見て見ぬふりという1番簡単で、1番残酷なことをやっていた。
誰かに非難はされない。捕まえられることもない。日々の仕事に忙殺されていた。そんな暇はなかった。
今振り返っても、そんな言葉が幾らでも浮かんでくる。
しかし私の後ろにいる先生はどうだろうか?
シャーレで日々大量の業務を抱えながらも、こうしてアビドスにやってきて生徒のために奔走している。それだけではない、パヴァーヌ編、エデン条約編、それだけでなく小さなイベントですらも。これから先も続いていくであろうストーリーで何度も生徒を助けていく。
それを見た時、前世の私は思ったのだ。あぁ、こうありたいなと。
フィクション?その通りだ。
理想的がすぎる?その通りだ。
それでも私は、その姿に憧れた。
だから私はこの人のような「大人」になるために、小さな一歩でも手を差し出したのだ。「大丈夫?」って。
...まあそれによって痴漢だなんだと騒がれてお縄、仕事もクビになって家族からも絶縁という地獄ルートを辿ったんだけどね。
それでも私はあの時のことを後悔はしていない。
だってあそこでまた見捨てていたら、私は何もない人間のままだったんだから。その小さな1歩を踏み出したことでようやく、「自分は「大人」である」と言えるようになれたんだから。
「...今は大人の話し合いの場です。子供は下がっていてください。」
「いいえ、下がりません。あなたの言う大人とは、ただただ年齢を重ねたかどうかの判断基準でしかありません。私にとってはそんなもの、大人とは呼べませんのでね。」
「"いや、サトミ。もう大丈夫だよ。"」
先生に声をかけられて振り返る。
そしてそこにある、先生の心底嬉しそうな、どこまでも優しい表情を見て、私は固まった。
「"ありがとう、サトミ。君がそう言ってくれるだけで、私は救われるんだよ。"」
「先生...」
先生はもう一度私の前に出た。
「"そういうわけだから、私はホシノを見捨てないよ。"」
「...どうして?どうあっても、私たちと敵対するおつもりですか?あなたは無力です、戦う手段など無いでしょうに!」
そう言われた先生は、懐から「大人のカード」を取り出した。
「...先生。確かに、それはあなたの武器です。しかし、私はそのリスクも薄らとですが知っています。使えば使うほど削られていくはずです。あなたの生が、時間が。
...そうでしょう?
ですからそのカードはしまっておいてください、先生。あなたにもあなたの生活があるはずです。
食事をし、電車に乗り、家賃を払う。そういった無意味でくだらないことを、きちんと解決しなくていけないでしょう?是非そうしてください、先生。あの子達よりも、もっと大事なことに使ってください。
放っておいてもいいではありませんか。元々、あなたの与り知るところではないのですから。」
「"断る。"」
「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
理解できません、なぜ?なぜ断るのですか?どうして?先生、それは一体何のためなのですか?」
黒服が異形の揺らめく黒い炎を、ひび割れた隙間から除く白い光を、より一層肥大化させながら先生に問うた。
その光景はまさしく恐怖を駆り立てるもので、私は思わず身震いをする。
それでも先生は、一切怯むことなく、悠然と返した。
「"その答えは、さっきサトミが言ってくれたよ。"」
「...なるほど。あなたは良く見られたいと?しかしそれは、なんの利益にもなり得ません。
...あなたはこのキヴォトスの支配者にもなることができました。この学園都市における莫大な権力と権限。そして子の学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的とはいえあなたの手の上にありました。しかし、あなたはそれを迷わず手放した。
理解できません。
一体その選択に、なんの意味があるのですか?真理と秘義、権力、お金、力...その全てを捨てるなんていう無意味な選択を、どうして!」
その言葉を受けた先生は、何かを思い返していた。
それはきっと子供たちの笑顔という、先生にとって何物にも変え難い、尊いものだろう。
「"...言ってもきっと、理解できないと思うよ。"」
「...良いでしょう。交渉は決裂です、先生。
私はあなたのことを気に入っていたのですが...仕方ありませんね。
先生、彼女を助けたいですか?
ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央にある、実験室にいます。ミメシスで観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適用することができるか...そんな実験を始めるつもりです。そう、ホシノを実験体として。
そして、もしホシノが失敗したらあの狼の神が代わりに、と思っていたのですが...ふぅ、どうやら前提から崩れてしまったようですね。
そういうことですので、精々頑張って生徒を助けると良いでしょう。
微力ながら、幸運を祈ります。」
そうして私が先生に促されるままに部屋を出ていこうとした時、後ろから黒服の声が聞こえた。
「先生、ゲマトリアはずっと、あなたのことを見ていますよ。」
「"...サトミ、ありがとう。あの言葉だけで、私は頑張れるよ。"」
「いいえ、先生。お礼を言うのは私の方です。あなたのおかげで、今の私がいるんです。」
そうして私たちは、アビドス高校へと帰っていくのだった。
「ふむ...神秘も薄い生徒として気にも留めていませんでしたが...小比類巻 サトミ、シャーレの専属生徒。彼女の先生、いや「大人」への執着は少々気になりますね...少し調べてみましょうか。」
サトミが先生に焦がれる理由がこれです。尊敬、憧れ、そういったものが恋心に変わったっていうイメージ。
実際こうありたいと言うのは私の本心ですし、そんな先生に憧れるプレイヤーも多いはず。