夜が明けた。
昨日は一度、止まっていた宿に戻り、引き払ってから里で夜を過ごした。
宿屋の主人は大層驚いた様子だったが、一週間も戻っていなかったのだから無理もない。
「ふぅ」
荷解きを一旦、終え一息着く。
用意された小屋は一人で生活する分には広くはないが十分な大きさだ。
問題を上げるとすればそこはかとなく簡素である事だろう。
休憩を終えたエルリアはルフェアに里の住人を集めさせた。
ざっと見たところ、住民は三百人前後と言ったところだろうか。
「さて、集まってもらったわけだが……」
「里長!こいつは誰なんです!!」
「そうです!見知らぬ人間を招き入れるなど、我らの里を滅ぼすつもりですか?!」
喧喧囂囂、野次が飛び交う。
「静まれ。静まれ!!」
「里長!!」
騒然とする彼らの中から一人の青年が食って掛かる。
先程からひと際大きく不穏な気配を垂れ流していた男だ。
この里の中ではかなり若い方だろうか。
鍛え抜かれた体躯に各所に刻まれた古傷、鋭い眼光は対峙する者を怯ませ委縮させる。歩く姿は軸がしっかりとしており重心のブレが少ない。
彼は不快そうに視線を此方へ向けてから軽く鼻を鳴らし、言い募る。
「こんな如何にも貧弱で妖しげな人間を我らが王とするなど、到底認められません!!」
気持ちは分かる。
どこの馬の骨とも知れない、しかも、かつて自分たちの種族を滅亡にまで追いやった人間が王になるなんて直ぐに納得できるはずがない。
「族長一人でこいつを助けたのは不問としますが、こいつを長とするのは納得できません!」
「じゃがな……」
「この際、人間であることはどうでもいいです。私は人間自体には恨みつらみはありません故。ただ、ゴブリンさえ倒せなさそうなやつが我々を率いるなどッ」
さらに激しい口調で詰め寄る。
最早、場は青年の独壇場であり他の魔族たちは同じように不満の色を浮かべつつ静観の構えだ。
青年に目をやる。
見たところ、青年はなかなかの実力者と見える。
これまでの狩りや戦いで鍛えられたであろう肉体もさることながら魔力量も十分以上。
本来、強さを至上とする魔族からしたら自分よりどう見ても弱い奴が王なんて認められる訳がないな。
「ふむふむ。中々いい意見だ。えーと……」
「ルーア、と言います」
「ありがとう。ルーア君、君は俺が弱そうで気に入らない訳だね?」
なるべく優しく問いかける。
とは言ってもエルリアの作り笑顔は人によってはそこはかとなく胡散臭く見えるので逆効果かもしれないが。
「ああ。明らかに貧弱な体躯、俺の五分の一以下の魔力量、感じる圧も弱すぎる」
「ほうほう。つまり、俺が弱者でないと証明すればよいのかな?」
それを聞いたルーアは明確に嘲りの色を顔に浮かべ鼻で笑う。
「ふん。貴様がどう証明すると?」
「そうだね……」
言われて言葉に詰まる。
確かに一口に強さを証明すると言ってもどうするのが良いのだろうか。
竜の首でも取ればいいのだろうか。それとも、人の街でも滅ぼせばいいのか?
「でしたら」
「お、何か案があるか?」
竜と戦うの疲れるからやだなー、何てエルリアが考えていればルフェアが待っていましたとばかりに口を開く。
「手っ取り早く決闘をしましょう」
「決闘……いいね」
「いいでしょう。人間の大きく膨れ上がった自尊心、粉々に砕いて見せましょう!!」
両者が承諾したことを確認すると人混みがさっと分かれ、中心に円が出来る。
そこでルフェアが結界を張り、簡易的な決闘場が造られた。
「ルーアは儂の弟子の一人です。才はありますが少々、調子に乗りやすく……」
「その鼻っ柱をついでに折ってやればいい訳だな」
「お願いいたします。ただし、くれぐれも油断召されぬよう。未熟ではありますが間違いなく実力者であります故」
結界に向かいつつ少しだけ会話に耳を傾ける。
「あの人間、ちょっとかわいそうだな。ルードとやることになるなんて」
「まあ、自業自得だろう。しかし、長老殿も耄碌されたのやもしれぬな。こんな人間を里に連れ込むなど」
好き勝手言っているな。
と、言っても彼らからしたら何千、下手したら何万年と生きているルフェアがボケたと考えてもおかしくは無いか。
「一応聞いておくが、今、直ぐに、この里から出て行き二度と踏み入らないのであれば手荒な真似はしないでおいてやる」
「嫌だね」
挑発的にエルリアが返せば周りがどよめく。
魔族の決闘と言うのは殆どの場合、受けたら相手を殺さねばならない。無論、例外もあるが基本はそうだ。
エルリアも勿論、それを知ったうえで言った。
それに、彼には勝算が十分以上にあったのだ。
だが、そんなことを知らない群衆からすれば自殺行為にしか見えないだろう。
人間にしては強い程度の奴が魔族の天才に挑む。憐れまれるのも無理はない。
「両者、礼!」
号令に合わせて礼をする。
相手の腰には刀が一本。
強い魔力を感じるところを考えるに魔法武器の類だろう。
対してエルリアは太刀を一本、佩く。
竜と戦った時に使った妖月だ。
「では」
ルーアは腰を落として抜刀の構えを取る。
反対にエルリアは鞘から抜き放ち下段に構える。
ゆっくりと息を吐き意識を集中させる。
眼前には魔力の放出を極限まで抑え、こちらへの闘志だけを大量に向けてくるルーア。
びりびりと肌は粟立ち、背筋に冷たいものが走る。
数日前にも感じたこの感覚。
腹の底から湧き上がる闘争心を努めて抑え飲み込む。
もう一度、息を深く吸って大きく吐く。
決して飲み込まれることは無く、しかし、闘争に対する喜色のみを絞り出す。
心は闘争を楽しみ、頭は冷静に。
「負けては格好がつかないんでな。勝たせてもらうよ」
「不遜だな。その驕り、へし折って見せよう」
口の端が吊り上がるのと同時に合図。
「始め!!」