騒々しく鳴っていた喧騒は意識から消え、極限まで引き延ばされた状態で思考が廻る。
開始とほぼ同時、ルーアの強烈な踏み込みと共に刃が迫る。その速度はエルリアの抜刀を上回っていた。
常人であれば目視すらできず何が起こったのかも分からないまま首を飛ばされているだろう。
が、エルリアには関係ない。
速度を求めるあまり彼の抜刀は隙が多い。狙いも分かりやすい。
打ち刀に比べて大振りになりやすい太刀では先手は取れないと判断したエルリアは後の先を取るつもりでいた。
「ッ?!」
抜き放たれ首に迫ったアールの刀をエルリアは刃の表面を滑らせるように上にかち上げるとそのまま手首を切り返して叩き付ける。
相手もかち上げられた勢いで一歩下がり躱すが髪が数本巻き込まれはらはらと散る。
混乱した様子だが構わず打ち込んでくる。中々の胆力だ。
少し離れた場所から低い姿勢で上段突き。
首を少しずらして躱す。
そのまま切り下ろし。
半身になり振り下ろされる手首をつかむ。
振りほどこうと動くより前に懐に潜り込み無刀取りの要領で投げ飛ばす。
懐に入ったん瞬間に肘打ちを喰らわせようとしてきたのには驚いたが、今は背骨を強打して全身がしびれているだろう。
刀こそ手放していないが動きが止まっている。
しかし、強めに投げたが手応えが少ない。
「どうした?もう終わりか?」
「ッ~~舐めるなァ!!」
怒気を孕んだ気合と共に突進してくるルーア。
結構強めに打ち付けたつもりだが特に堪えた様子もない。
再び距離を詰める。
先程とは違い摺り足の様な歩法で慎重に迫る。
正眼に構えられた刀は切っ先が薄く距離を測らせない。
記憶の底にあるルフェアの剣術を掘り起こす。
エルリアの使う剣術は独自のモノだがベースにはルフェアの剣術が入っている。
切り上げを避けたアールは空いている胴を狙う。
それを逆手に持ち替えた太刀で防ぎ、地面へ突き立て太刀を支柱代わりに相手の顎を蹴り上げる。
よろけて数歩下がったが再度、仕掛けてくる。
若干の逸りは見えるが技の精彩は欠けていない。
しかも、こいつ、未だ魔法も異能も使っていない。
「ふッ」
鍔迫りからの素早い突き。
合わせた筈の太刀をすり抜けエルリアの頬に浅い傷を付けた。
「?」
久しく人型の同格とやってこなかった弊害だろうか。
今の動きには明確に
先日の竜とは勝手が違い、単純な力比べではなく小手先の技巧が勝敗を分ける戦いにおいてこのズレは致命的だ。
「さ、て、どうするか」
自身の動きを努めて意識し、ズレを修正するように動く。
踏み込みからの袈裟切り。遅い。
反撃の上段切り下ろし。これは合っている。
返す刀での横薙ぎ。動きが遅れた。
咄嗟に距離を取り躱す。
腕を見れば避けきれずに切っ先が肉を抉っていた。
軽く腕を動かし動きに問題ないことを確認する。
打ち合う度に傷は増えて行ったがそれ以上にエルリアは違和感を感じていた。
「うーん、何でだろうなぁ」
タイミングが合っているようで合っていない。
何度修正しても何故か合わない。
「ああ。そう言えばこんな技術もあったね」
一譜ずらし。
ルフェアの剣術において使われる技。エルリアは習ったことは無いが覚えてはいる。
相手に悟られないほどに僅かな緩急を付けそちらに無意識に相手が合わせてきたところでペースを変え、そのズレを狙う、だったか。
緩急を着けるだけと言えばそうだが、字面程簡単なものでもない。
自身はペースを崩さないように相手に悟られない程度に頻繁に緩急を付けなければならい。
相当に修練を積まねば自身の体勢が崩れかねない。
才があるというのはあながち間違いでもないようだ。
しかし、種が分かれば対処は可能。
ペースを組んで全体で対処するのではなく個々に対処していけば問題はない。
傷こそ負ったが未だ両者決定打無し。
「チッ」
舌打ちと同じく踏み込む。手が触れそうな程近づき突き。
エルリアもそれに合わせて一歩踏み込む。
繰り出された突きは身を捻って躱し、衣服を軽く切り裂いた。
「ちょっと君、硬そうだし、ちょこちょこ斬り刻んでくれたお返しね」
そう言い、掌底を放つ。
鳩尾の辺りに掌が触れた瞬間、爆音と閃光が周囲を覆った。
『
掌底と同時に魔法を炸裂。
景気よく吹き飛ばされたアールは結界の端に叩き付けられ肺から息が押し出される。
雷の魔法では最下級の魔法だが、それなりの威力に調整されたものを直撃したというのに周囲はおろか直撃部分でさえ掠り傷程度とは。
「ぐ……魔法も使えるとは」
「お前も使って来いよ。異能だっていいぜ?」
挑発するように言う。
ルーアは異能、の辺りで反応したが直ぐに気を取り直して立ち上がる。
電気の影響で全身の筋肉が若干の麻痺を喰らっているようで立ち上がった足も少し震えている。
「ふん!」
気合と共に強く地面を踏む。
体に滞留していたバチバチと弾け痙攣が収まる。
「手加減、のつもりだったんだがな……何者だ?人間」
「さっきも言っただろ。エルリア、エルリア・グレイシスだ」
「そう言う事じゃ……ッ」
会話の合間に放たれた雷撃を横に跳んで避けつつ納刀。
着地と同時に抜き打ち。
予備動作が少ない代わりに威力も速度も遅い。
受けてからのカウンターで大丈夫だ。
「ッ?!」
異能の発動?!
速い。
地を蹴り終わった後に加速した。
まずい。防御が、間に合わん。
「くっ」
体を咄嗟に地面へ投げ出す。
間一髪で急所を避け刀は何もない空間を切り裂いた。
そのまま転がって距離を取り構える、が肝心の刀が見当たらない。
エルリアが視線を腕へ向ければ、刀の握られてた右腕は肘から先がなくなっていた。
しばらくして粘着質な音が鳴り、遅れて金属の音が鳴る。
(斬られた?いや、いくら何でも速すぎる。溜めアリでならまだ分かるが、予備動作無しでこれは……)
武器の位置をこっそり確認しつつ相手の出方を窺う。
刀を失った以上、徒手でルーアと戦うのは無謀。仮に勝てたとて、結果としては微妙だ。
これは、エルリアが認められる為のいわば儀式。
まぐれのような勝ち方では意味がない。
ある程度の余裕を持って勝たねばならない。
(と言っても、こんなになってる時点で威厳もへったくれもねぇかもしれないが)
傷口は血だけを止めつつ腕自体の再生は止める。
「まだまだ、演目は残っている。まさか腕が落ちた程度で戦えぬとはいうまいな」
「当然……」
下段に構えるルーア。
姿勢を低くし接近。
腰目掛けての横一文字。
下がって躱す。
切り返して突き。
体をずらし避ける。
二段目の突きが放たれ方に突き刺さる。
肉が破かれ骨が砕け血が噴き出す。
「っ」
小さく悲鳴を零す。
ルーアは刺さった刀身をそのまま下へ振り下ろす。
ズンズン、と言う独特な衝撃と共にエルリアの肩を引き千切った。
それに少し遅れてエルリアは異能の発動を感知する。
「……」
刀まではあと数歩。
あともう少し近づくことが出来れば追撃よりも速く回収できる。
ただ、相手の異能がどんなものか分からない以上、迂闊に動けない。
さっきは異能の発動と同時に速度が上がったが今回は威力が上がった。
「どういうカラクリか」
切り返しを素手で受け流しつつ後ろに少しづつ下がる。
当然、相手も逃がすまいと距離を詰める。
突然、エルリアは立ち止まり蹴りを放つために左足を上げる。
繰り出されるは前蹴り。
ルーアはこれを距離を取る為と判断し蹴られた瞬間に足を掴もうとした。
しかし、蹴り足は軽く触れた程度で引き戻され、ルーアの視線は反射的に足を追う。
「なッ」
その瞬間、ルーアの頭部には強い衝撃が走り、視界がぐらりと歪む。
「なにが……」
「いあやぁ、魔力感知が未熟で助かったぜ」
エルリアは一打目を囮として対角線上に二打目を放った。
魔力感知による全周視界が確保されていなかったルーアは視覚的に見えない位置から放たれた二発目に気付くことが出来なかった。
ぐらつく視界をどうにか安定させ顔を上げれば目前に刃が迫っている。
「チィッ!」
「元気だねぇ!」
地面に転げ紙一重で躱す。
巻き込まれた髪が数本はらはらと舞う。
斬り落とされたはずのエルリアの腕は完全に回復し刀を握っている。
「はあ……ゼェ……回復持ちか」
挑発的に笑みを深め、動く。
滑るような歩法で距離を詰め、袈裟切り。
対抗するようにルーアも下からの切り上げ。
勢いの乗りやすい切り下ろしと、力の入りにくい切り上げ。
触れた瞬間はエルリアが押し込んだ。
しかし、直ぐに拮抗し反対に押し返され始めた。
(手応えが、軽い)
節々に感じる違和感。
弾き返された刀を切り返し鍔迫り合いに持ち込む。
押し込まれているのはルーア。これまでの戦闘から見ても単純な筋力では二人は拮抗している、もしくはエルリアが少し上回っている。
だというのに、時々、力比べで勝つことさえあった。
加えて攻撃時の異常に軽い手応え。
腕を斬られた際に感じた特徴的な衝撃。
「な・る・ほ・ど。君の異能は衝撃の吸収と発散ってところか?」
「ほう……何故そう思う」
「俺ね、他人が近くで異能を使うと君くらいの実力の奴なら発動を感知できるんだ。でね、決まって君の異能の発動を感知したときには異常に手応えが軽いか、変な加速の仕方をしたり衝撃が起きたりしてたから」
ポーカーフェイスは崩さないが動きが少しだけ硬くなっている。
「……正解だ。俺の異能は『
「はッ、通りで攻撃の通りが悪い訳だ」
しかし、衝撃を貯め込む、か。
量に上限はあるのか?
それとも無制限?
吸収時の衝撃緩和はどの程度?
疑問は尽きないが、いったん置いておく。
なんにせよ、種が分かればやりようはあるのだから。
「いい
鍔迫り合いを押し切り、ルーアはたたらを踏む。
崩れた体勢で異能によって無理やり刀を加速させ、攻撃を弾く。
横に弾かれ隙のできた脇腹に膝蹴りが叩き込まれる。
蹴りとそれに続く二重の衝撃であばらが圧迫される。
よろけこそしたが踏みとどまり、再び刀を強く握る。
『
『
流れた魔力が激しく光る。
対抗するようにルーアの掌には蓄積された衝撃が集約される。
至近距離で二つの技がぶつかり轟音が鳴り響く。
余波は結界によって防がれ、怪我人こそ出ないが音で耳をやられる者が複数いた。
ここらへん一帯を軽く更地にできる衝撃がぶつかり合い、拮抗する。
本来の技の威力ではルーアに対抗できない。
足りない分は気力と技術、妖月の魔力で補う。
「ぐ……」
「何っ!?」
相殺され二人は大きく吹き飛ばされる。
「ふぅ」
「はあ……はあ……クソ」
手足を動かして異常が無いか確かめる。
少しの痺れは残っているが骨に異常はない。魔力残量もまだまだある。
切り札、はあまり使いたくはないがいつでも使える状態だ。
対してルーアは消耗が激しい。
魔力は余裕があるが疲労が限界に近づいている。
このまま、長期戦になれば勝つのはエルリア。
だが、それでは見栄えが非常によろしくない。
やはり、強さを見せるならスパッと勝つべきなのだ。
「次で、終わりにしよう」
正眼に構える。
ルーアは納刀し異能を準備する。
相手も長期戦はしたくないのだろう。
こちらの誘いに乗って来る。
「一つ、いいか」
「なんだ?」
張り詰めた空気の中で話しかけてくる。
構えを解きこちらに向き直る。
隙が大きい状態だがここで攻撃するのは精神的な敗北な気がする。
「貴様……いや、貴方を侮り貶めたこと、謝罪する。済まなかった」
腰を折り、頭を深く下げる。
そこには嘲りや挑発の色はなく、真摯な謝罪の意思が伝わってくる。
「なに、気にすることは無い。あの程度、常識的な疑いの範疇だ」
軽く手を上げて答える。
侮られるのは慣れている。この状態になってから肩書も何もかも失った。ましてや外見は少女紛いだ。
実力、知名度が物を言う冒険者では日常茶飯事だ。
それを許せるかは時によるが特段憤るようなものでもない。
「まあ、その意思は受け取ろう。さあ、構えろ」
頭を上げたルーアは衝撃を収束させる。
「全力で頼むぜ?」
漏れ出した魔力の余波だけで結界が悲鳴を上げ、大気が淀む。
バリバリとエルリアから発生する雷が髪を逆立て靡かせる。
「はぁぁ!!」
「疾ッ」
エルリアが駆け出しルーアが迎え撃つ。
突き出された両の手は凄まじいエネルギーが集約されている。
『
『
粉塵が上がり、視界を覆いつくす。
二人は一歩たりとて下がらない。
噴煙が晴れ、そこに立っていたのは一人。
全身に酷い傷を負っているが地に足を立て、歩く。
楽しそうに笑った彼は、観客へ向き直る。
「俺の、勝ちだ」