ここは……
再び目を覚まし、飛び込んできた光景は一面の自然であった。
煌めく木々に草花の匂い、小鳥の鳴く声。
五感が刺激され意識が覚醒していく。
「は?」
感動すら覚える美しい光景。
周囲を見渡すために横たわる体を起こし立ち上がる。
そこでふと思い出した。
「俺、撃たれてなかったか?」
記憶の最後にあるのは遠くなる意識と喚く黒ずくめの男。
だというのに、確かに拳銃で撃たれた筈の胸には手術痕も痛みもない。それどころか全身にシミ一つ無くきめ細やかな肌だ。
凛はまさかと思いつつ自分の体を検分する。
「……胸に銃弾痕はなし。身長は縮んで髪は銀髪で伸びおおよそ少女と言っていい体躯」
明らかに自分の知っている体ではないことに困惑する。
元々細身だった凛だが、身長は低くはなかったしもう少しがっちりした体躯であった。
しかし、念じれば動くその体は間違いなく自分のものであり、そこに疑う余地はない。
「どういうこった」
困惑しつつも状況を確かめ整理する。何であれ情報が無ければ始まらない。
体に不調は無し。身長は百四十後半から百五十前半。白銀の髪が腰あたりで切り揃えられている。
そして、何故だか上等な外套とシャツを着ている。
周囲は森。見渡す限りの大自然が広がっているが凛の寝ていた場所より少し奥に行くと一本の大剣と一冊の手記が置いてある。
「生活音もないから都市部が近くないってのは分かるんだけど……」
正直言って何も分からない。
「はぁ……」
溜め息を吐き大剣の刺さる台座に腰を下ろした。
一応、手記の中身にも目を通す。
「なになに」
《異世界のすゝめ》
『この本を読んでいるそこの君。この本は今から自分の身を守るために知っておくべきことが多く書かれている』
開かれたページに次々と文字が現れる。
空白だらけの紙は文字で埋まっていく。
『早速、始めようか。まず第一に、私の予測が正しければ君はこの世界において異世界人である。それを念頭に聞いてくれ』
「異世界……?ラノベとかの?」
『困惑は一先ず脇に置いておく。いずれ分かることだからね。ともかくとしても君の居た世界とは違う、剣と魔法の世界であることを認識してくれればいい。この世界において大切なことは幾つかある、が、第一に魔法だ。これがあれば火にも水にも困らない。更に言うなら数日間、寝ずとも平気で活動できるし身体の浄化だってできる。勿論、攻撃魔法や防御魔法もある。君の魔力と才能と努力次第ではあるが一撃で街一つさえ吹き飛ばす程の魔法だって使えるようになるかもしれない』
分かりやすいようにか字と共にイラストが描かれる。
何というか非常に絵本チックで可愛らしい絵で少し心が癒される。
『それに魔法が上手ければ就職先だって選び放題だ。まぁ、ともかく使えて損はない。え?何だって?使い方が分からない?心配ご無用。これから簡単な扱い方を伝授しよう』
「おお……」
凛とて男の子。魔法と聞いては浪漫を感じずにはいられない。
『簡単と言っても本来であれば数年を掛けて習熟する魔法の基礎だ。君の才能如何ではあるが……異世界人なら簡単に習得できるだろう。しかし、疎かにしてはいけない。君たちの世界では確か、基礎こそ大事、と言う至言があるのだろう?』
つまり、これから教えられるのは基礎も基礎、と言う訳だ。
「ただ、これがもし、誰かの妄想日記だったら恥ずかしいな」
誰にともなく冗談を口にする。
半信半疑ではあるがこの状況で全く信じていない程、頭は固くない。
『まず、最初に魔力操作を出来るようになってもらわないと話にならない』
魔力操作。魔力を感じ取り操る技術を指す。
これが出来なければ無意識的な魔法しか発動することが出来ない。本当に初歩の初歩の技術だ。
本を読み進めると魔力操作の鍛錬には瞑想や座禅、滝行などが挙げられていた。
「手っ取り早く瞑想で行くか」
近くにあった平らな石を持ち上げ簡易的な椅子を作る。
三十キロはありそうな石だが段ボール箱を持ち上げるように持ち上げられてしまった。
「素の筋力も上がってる?」
考えても始まらないので一旦、その疑問は脇に置く。
持ってきた石の上に座り体の内部に意識を向ける。
すると、何か熱い物が流れているのを感じる。心臓の辺りから全身へと高速で流れ出し体中を巡っている。
それとは別にもっとどす黒くておどろおどろしい力の塊が胸の辺りにある気がするが何をしても反応がないので一旦、放置。
『魔力を知覚で来たのなら次はそれを操作することだ。意識を更に魔力に向けてみると良い。そして、水、もしくは血流をコントロールするイメージだ』
取り敢えず流れに意識を向ける。動け、と念じてみるが少し動くに留まった。何度か試すが流れが速く上手く操ることが出来ない。
だったら流れの遅い場所を作ればいい。
流れの速い本流から流れに逆らわず別れさせる。すると、流れの遅い支流の出来上がりだ。そこから魔力を取り出して操れば魔力操作の基本は終了だ。
『もっと慣れてくれば考えずとも行えるようになる。いずれは全身の魔力を手足よりも自在に使えるようになるさ。さて、ここまで来たら次はいよいよ魔法の発動だ。と、言っても難しいことはそこまでない。魔法式を構築したり詠唱をしたりはしない。必要ない訳ではないが君であれば発動させたい魔法をイメージして魔力を集めるだけで事足りるだろう』
「へぇー案外簡単だな」
魔法を使う前に注意、と書かれている部分を先に読む。
『この際、確固たるイメージを持っているほど発動も威力も上がる。それから、始めて魔法を使う際は炎や雷はやめておいた方がいい。場所によっては惨事を引き起こす』
確かに、木材の多い森では尚更控えた方がよさそうだ。
忠告に留意しつつイメージを固める。
撃ち出すのは拳大程の石弾。
「おぉ……」
何もない空間から握り拳ほどのサイズの尖った石が現れる。イメージ通りの形になったことで思わず感嘆の声が漏れる。
そのまま、石弾を離れた木に高速で撃ち出すイメージをしながら魔法名を考えておく。
本にも書かれていたが詠唱は必要なくとも魔法名はあった方がイメージを固めやすい。戦闘の際は相手に魔法の発動を悟らせない意味でも口には出さない方がいいため、頭の中で思い浮かべるだけだが、特定のワードと結び付ければ想起もしやすい。
『
撃ち出された石弾は軽く音速を越え、正面の木々を十本近く貫通して粉砕した。
なるほど。完全にイメージ通りになるのではなくある程度は魔力の出力、制御能力に引っ張られる訳か。
撃ち出された石弾は凛の想像よりもずっと速い速度で飛んで行った。同時に体から微かに魔力が失われるのを感じる。
一発の魔力消費から考えるとこれを数千、数万発は最低でも撃てる計算になる。
それから、水を出したり空を飛んでみたり、本に書いてあった空間魔法を試して収納魔法を編み出し人心地つく。魔法で生み出した水に口をつけ、飲み込む。
軽く休憩を済ませ本のページをめくる。
『さて、魔法は粗方、試し終わっただろうか?とは言っても私が教えたのは全体の極々一部。生活魔法、神聖魔法、元素魔法、原初魔法、精霊魔法……他にも大量の魔法がこの世界には眠っている。基礎を磨き、鍛錬を怠らないことだな。長々と話したが、いよいよ次に進もう』
文が途切れ次のページに向かって矢印が引かれる。
『気を付けるべきことその二は魔物だ。異世界人たる君には馴染みがないかもしれないが、この世界では人間にとっての最大の脅威の一つである。
はたと周りを見渡してみるが飛んでいる小鳥の中には明らかに普通の動物とは思えない種類や遠く空の上では巨大な影が蠢いている。
『まァ、君であれば大抵の魔物には勝てるだろうが、中には特殊個体もいる。注意していて損はないだろう。それから魔物、魔力関連で一つ。魔法ともう一つ、君に有用な対抗手段をお教えしよう』
イラストと字でページが埋まったので紙をめくる。古びた紙が貼り付いてめくるのに苦労しつつ何とか次のページを開く。
『異能。これは欲望の塊だ。魔物、人間、神、天使、種族など関係なくあらゆる生命に宿る。否、意志あるもの全てに授けられる超常の力。常人を遥かに超える欲望、意志の強さ、才覚があって初めて獲得の土台が整えられる。獲得できる確率は一万人に一人とも百万人に一人とも言われている。が、異世界人はかなりの確率で異能を持っている』
「……益々異世界らしくなってきたな」
抽象的な単語の羅列が続き首を傾げつつも読み進めていく。その間、片手で魔法の鍛錬も同時並行で行う。
『異能とは、と長々と説明してもつまらんだろうから簡潔に言うと汎用性が減る代わりに強力になった魔法、だ。一概には言えないが慣れないうちはそのくらいの理解で良い。基本的に同等量の魔力で異能の炎と魔法の炎を放ったら異能が勝つし、二倍くらい魔力に差があっても勝てるかもしれない。兎に角、強力だ。持っていて損になることは殆どない。ただ、君が持っているかは、君自身の才覚と心次第だ』
どうやら異能は獲得した瞬間に漠然と能力や使い方について覚えることが出来るらしい。それが異世界人でも、だ。
つまり、凛には異能はないらしい。
残念。今後に期待だな。
『最後にもう一つ。もし、君が人間社会で生きていくつもりなら冒険者をお勧めする。強ささえあればなる程度はなりあがれる職業だ。戸籍も金もない異世界人にはうってつけの職業だ。それから、人里に訪れる際は魔力を極力隠すといい。あまり強すぎると周囲の人間に被害が及ぶ上に国に目を付けられかねない。留意し給え』