目を覚まし、目の前に広がっていたのは大森林。
眼を擦りつつ体を起こす。
異世界に転生してから数日が経った。
手記を読み進めつつダラダラしていた凛。
木から取った果実を齧りながら今日もページを開く。
「そう言えば、人里があるって言ってたよな」
手記にそんなことが書いてあったのを思い出し立ち上がる。
「一人でいるのは好きじゃねぇし、目指してみっか」
初春の気配のある日差しに目を細めつつ手記の置いてあった場所に向かう。
大きな木が開けた場所に一本、ポツンとそびえ立っている。木の麓には台座に刺された凛の身の丈ほどありそうな大剣。
その台座の前で手記を開く。すると、新たに書き加わることのなかったページに短く、一文が追加される。
『この大剣は君のものだ。有効に使い給え』
「……の、前にこれ、貰っていくか」
折角、持って行っていいと言ってくれているのだ。誰だか知らないがありがたく貰っていこう。
柄を掴むが剣の背丈は凛とほとんど同じ。これを引き抜くのは難しい。
身長的に引っ張ることが出来ない。
何かしら踏み台にする事も出来るがもっと手っ取り早くいこう。
魔法を発動する。体がふわりと浮かび柄の部分まで飛び上がる。
凛が新たに考えた重力反転による飛行魔法。それのテスト運用も兼ねて飛ぶ。
初日と比べて魔力の制御は格段に良くなり、この魔法もかなり自由に飛び回ることが出来ている。
「風を使った飛行魔法よりも細かい調整がしやすい……使い勝手がいいな」
一通り動いて動作確認を済ませるといよいよ大剣を引っこ抜く。
長年、動かされていなかったのかかなり硬く差し込まれていたが力づくで上に引っ張る。
少しずつ刀身が動き始め全体像が露わとなった。
「うおぉぉ……?!」
急に支えを失って制御を喪い地面に落ちる。
手には大剣が握られていた。
野ざらしだっただろうにその刀身は鈍い輝きを失っていない。
素人目から見ても凄まじい魔力を内包し重心に狂いが無い。非常に品質の高い逸品だと分かる。
少し重いが十分振れる程度。
見た目を考慮すればむしろ軽いほどだ。
ザンッ
試しに近くの木を斬り付けるが大した抵抗も見せず綺麗に斬り飛ばせた。
断面は非常に滑らか。刃毀れも見られない。
「重量武器のくせして切れ味も良いのかよ」
非常にいい土産をもらった。手記を見る限り、この世界は物騒だからな。
自衛の手段はいくらあっても困らない。
収納魔法に大剣を放り込みつつその場を後にした。
人里を目指して出発して数日が経った頃、大きな川に遭遇した。
竹のような植物の中身をくり抜いて作った即席の水筒に水を汲み取る。
魔法で水を出すことはできるが自然水の方が何かと美味いのだ。
ついでに魚を取って焼く。久しぶりに果物以外を食べ、嬉しそうに目を細める。
出来れば調味料が欲しい。
「さ、て……進むか」
火消しを終わらせて立ち上がる。食事と水の補給を終わらせた凛は疲れを残さず完全回復している。もとより、こちらの世界に来てから肉体的な疲れを感じたことは無いが。
数匹の焼き魚を収納魔法に放り込むと体を伸ばし、走る。
手記には北側に人里があると書かれていた。
取り敢えず、北に進みつつ、様子を見る。人の気配は今のところない。
「キェェェェェ!」
出てくるのは魔物。
カマキリとカブトムシを合わせたような見た目で初めて見る種類だ。いろんな種類の魔物と戦うのは良いのだが、そろそろ人肌が恋しくなってくる。
「はぁ……」
軽く溜め息と共に腕を振るう。
魔物が裁断され体液を撒き散らす。
手にはいつの間にか大剣が握られていた。
「ん?何だこれ」
段差に躓き、足元を見る。
そこにはまだ新しい靴の跡が残っていた。辿ってみるが直ぐに途切れている。
しかし、人の痕跡だ。
この感じであれば一週間ほど前と言った感じだろうか。明確に人の存在を示すものがあった。
人肌恋しい凛の心に火が灯る。
元々、少なかった(転生で睡眠が必要ない為)睡眠時間をゼロにしてずかずか進んで行く。
川を越え、山を越え、森を、湖を越えて見えてきたのは更なる森林。
「またかよ」
二週間進んで見つけたのは人の足跡のみ。そして、眼前に広がる景色は代わり映えのしない木の群れ。
歩きとは言え、睡眠時間もなく疲れ知らずのこの体は常人よりも遥かに速く進んでいるというのに一向に森を抜ける気配がない。
新たに会得した魔力感知を最大範囲に広げても終わりは見えず、空から見下ろしても分からない。
「いや、どんだけ広いんだよ」
イエローストーンもびっくりの大自然である。
幸い、方角は(何故か手記に方位磁針の機能があったため)分かるが毎日変わり映えのしない木ばかり(あと魔物)見ていると気が狂いそうになる。
それに、進むにつれて魔物の出現頻度も下がっている。
木しかないこの場所においてささやかな娯楽となっていた魔物を叩き潰すことも出来なくなってしまう。
現在は大きな山を三つ越えて平坦な地形に戻ったところである。
流石に歩くの面倒くさくなってきたので浮遊魔法で自分を浮かせて進む。
魔力の消費こそあれど特に考える必要もない単純な魔法の為、使っている間はお休み時間だ。
時間が出来たので手記を開く。
人類について書かれているページには最も近い人里の位置と幾つかの国、人間の生態なんかが書かれていた。
「人間の生態……は、どうでもいいし位置はもう知ってるから……」
国について書かれている行に目を移す。
内容によれば
この森は
ロヴァーリア王国、レイクシア連邦、アリア共和国の雷霆の森周に位置する辺三ヵ国が大陸の覇を競っている
今、目指している都市はロヴァーリア
魔力濃度が異常に高く魔物の多い雷霆の森には殆ど人間は訪れない。
人の気配が無さすぎるとは思っていたが合点が行った。
この世界の人間がどの程度のモノだか分からないがわざわざ危険地帯に足を踏み入れたい奴はいないだろう。
特別、目を引く何かがあれば別だが今のところそう言った物もないらしい。
そして、何より今、向かっているロヴァーリア王国。このロヴァーリアとかいう国、概要を読むにかなり過激な国のようだ。
今はどうか知らないがこの本が書かれた時は、国王派と貴族派で国内が大分裂。
貴族は特権を振りかざしてやりたい放題。王宮は王宮で貿易と税収によってもたらされる莫大な富によって汚職祭り。
大貴族は反旗を翻す機会を虎視眈々と狙い、国王は国王で戦争にご執心。王宮も反対派を粛清しており、大国だというのに街は貿易港以外、閑散としているらしい。
前評判だけで判断するのは良くないが聞く限りとてもいい国とは思えない。
「ま、まぁ、下手なことしなきゃ大丈夫か」
国王の悪口言ったりしなければ捕まらないだろうし、戦争が起きたって国民じゃないので直ぐに巻き込まれるわけじゃない。
行ってみなければ分からないが気を付ければ大丈夫だと信じよう。
次のページに進むため紙に手を掛けた時、魔力がかなり減っていることに気付く。
浮遊魔法は楽な魔法だが、魔力消費だけがネックだ。
気付けば太陽は傾き地球のものより些かカラフルな突きが昇り始めている。
魔法を解除して地面に降り立つ。
夜は魔物が活性化するがお構いなく森を突き進む。魔力も総量の半分ほどだが戦闘するだけなら全く問題のない程度だ。
体力は言うまでもなく精神も好調。
星を見つつ、進んで行く。
遮る物のない空は澄み、綺麗に星空を映し出している。
東京ではなかなか見られない景色に今さらながら少しの感動を覚え見蕩れてしまう。
「わぁ……」
田舎住みの時期も長かったので全く見たことが無い訳ではないが、空気も綺麗なここでは煌めく星々がくっきりと見える。あと、単純に星の位置が近いのだろう。
ちょっと故郷を思い出し郷愁に浸り足が止まる。
丁度、木々の晴れた場所に差し掛かったため、腰を下ろして寝転がる。空には星に五つのカラフルな月。それ以外にもちらほらと鳥や魔物が見える。
かなりの高空を飛んでいるだろうに魔力感知にはっきりと映っている辺り、相当に強力な魔物なのだろう。
「墓参り、しとくべきだったな」
独り言つ。
最期に里親の墓参りに行ったのは何時だっただろうか。
里親二人が死んでから逃げるように東京へ出て終いには戻らなかった。薄情もいいところだ。
せめて、死ぬ前に一度、行けばよかったな。
今さらながらそんな思いが胸に去来する。
凛の心を代弁するかのようにその夜は、小鳥の囀りも、魔物の咆哮も静かな夜の帳に包まれていった。
「ん~」
意識が微睡みから引き上げられる。
すっかり日は登り、五つの月は沈み切っていた。ジンジンと照り付ける光に目を細めながら、体を起こす。
昨夜はそのまま寝てしまったようだ。
睡眠が不要になってもそうすぐに意識までは変わらないみたいだ。
「さ、て、目的地はどっちだったかな」
収納魔法から手記を取り出してページをめくれば方位磁針のイラストが現れる。
二本の針は紙の中で動き、北と南を指した。
「こっちか」
目的地の方へ向き、歩みを進める。
人の痕跡はないが、確実に近づいているという確信が不思議とあった。
何故だかは分からない。
ただ、ちょっとばかし、やる気が出てきた。