「面を上げよ」
そう言うのは壮年の男性。
他よりも高い位置に置かれている玉座から睥睨する。
「はっ」
短く返事を返し初老の男性は顔を上げる。
同じく後方に跪く青年も見上げるように顔を上げた。
「ここ数日、雷霆の森にて大きな魔力反応が散見された。王宮魔術師の言によれば
頭痛を抑えるように額を抑え息を吐く。
側近に渡された書類に目を通しつつ言う。
「ランクS……つまるところ、人ならざる化け物。貴卿らと同じだな」
若干の皮肉気な視線と共に再び深く溜め息を吐く。
臣下を前に王がするべき態度ではないが、ここ最近の情勢を考えれば無理もない。
国内では貴族の動乱、反乱疑惑が絶えず国外では大国との
普通の国家であればとっくに破綻していてもおかしくない状況でも生き永らえているのは、ひとえにこの国の地力と王の政治手腕故だろう。
だが、それにも限界はある。常にギリギリでやり繰りしてきた軍、騎士団に戦力の余裕はなく貴族は調査をしろと言う割に金も人員も微々たる量しか出さない。
生半可な人員を送っても意味がない。そして、余裕のない王宮は最高戦力の一角たる近衛を引っ張り出さざる得なくなった。
「安全保障の面からも早期の問題解決が求められる。王宮付の近衛である卿らは動かしたとしても戦略的にはそこまで問題はない」
近年、動きを活発化させる周辺国に対する睨みを利かせる為、軍の配置転換は行えない。だからと言って元々、そこまで多くない駐留部隊で対処させるには不安が残る。森の付近は大半が王家の所領であり、貴族からの増援も期待できない。
頭を抱えた王宮は貴族からの突き上げの末、弱い多数を送るよりも強い個を送る判断を下した。
時間的、物質的に猶予の無い王は多数と言う確実性よりも少数ならではの速度を重視した。
「主な任務は調査だ。しかし、対象を発見し討伐が可能と判断したなら討伐せよ」
「質問、よろしいでしょうか」
「良い」
「討伐が難しい場合は、どのように動くべきでしょうか」
「撤退せよ。後日、正式に討伐隊を無理やりにでも組織させる」
納得いったのか一つ頷いてから、また、目を伏せる。
「どうした?まだ気になることがあるかね」
「いえ……そこまで重要な事案であるのでしょうか。今回の件は」
「うむ」
二人に書類が渡される。
内容は今回の事案の報告書であり、事細かに問題点や現状が書かれていた。
ロヴァーリアは多数の国家と隣接する大国だ。それと同時に非常に不安定な国家でもある。
他国を侵略し上り詰めたことにより常に周辺国からは警戒され、潜在的な軍事同盟が張り巡らされているほどだ。
彼らが総力で攻めてくれば王国はある程度の損切はしなければならない。
だが、そうはなっていない。
その最たる理由が雷霆の森だ。
ロヴァーリアはその立地から人類国家と魔物を隔てる壁の役割を担っている。周辺国からしてみれば『ロヴァーリアは信用できないが魔物の対策をするのはロヴァーリアの相手よりも面倒』なのだ。
だからこそ、王国もその役割を放棄する訳にはいかない。それが、相手を容易に戦争に引きずり込ませない価値の一端なのだから。
「そう言う事情故な」
「理解しました。しかし、浅学な身ではありますが、私としては不確定要素など放っておいて周辺国の調略を進めるべき、と考えます」
「出来たら苦労はせんよ」
長い対ロヴァーリア包囲に対し鬱屈した感情を持つ軍人は少なくない。
しかも、その包囲網の構成国は軒並み、単独ではロヴァーリアに及ぶべくもない小国。総力をつぎ込めば打破も不可能ではない。
こう言った強硬派の中でも彼はまだ穏健な方である。
中には包囲網の打破ではなく周辺の過激な植民地化を要求する者もいる。
確かに、不可能ではない。
短期決戦で決められれば或いは成し得るかもしれない。だが、その先に待つのは大国の介入と栄光ある孤立だ。
つまりは国際社会らの追放。
彼らはロヴァーリアだけの繁栄を許さない。
「どの道、その選択肢は
諭すように言う。
不服を顔に浮かべつつもそれ以上、言葉を発することは無い。
体制に不満はあれど、王家への忠誠は近衛に居るだけあってばっちりある。
不満も王家への忠誠心の高さからくるものと言っていい。
それが暴発しそうな程、高まっているのは考え物だが。
「話が逸れたな。貴卿らは準備ができ次第、調査に赴くよう。入用の物があるのであれば遠慮なく申せ。出来る限り工面しよう」
会話の区切りを見計らい文官が入る。
そのまま、玉座の近くまで登り、何やら耳打ちした。
「何だと?……分かった。礼は後でする」
怪訝そうに眉を歪め、文官を下がらせる。
同時に侍従を呼びつけ何かを言い渡す。侍従は慌ただしく出て行き、それを確認した王は二人に向き直った。
「たった今、教会本部から彼の大罪人の使用許可が下りた。……半ば押し付けられた形だが」
「……正気ですか?」
「教会の考えは分からん」
彼の大罪人がこの国に貸し出されたとなれば今頃、文官共は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになっているやもしれない。
教会の最高戦力であり、最高機密の一つを動かす。
しかも、他国にこれほど迅速に半ば押し付けるように貸し出すというのは異例だ。
何か裏がありそうだ、と感じたが口には出さない。
それは軍人の仕事ではない。腹の探り合いは政治家や貴族連中の仕事であり、自分はただ、軍務、王命を遂行するのみ。
ただ一点。確認事項だけを聞いておく。
「もし、万が一、暴走した場合は……」
「適宜対処せよ。精神、肉体共に強力な拘束魔法が掛けられている為、そう簡単には外れんだろうが」
被せるように王は言った。
「それからもう一つ。任務に即時向かわせられるのは卿らだけだが時間が経ち次第、増援を送る」
「寛大なるご配慮、感謝します」
近くに立てかけてある王笏を手に取り立ち上がる。
「ウィルズ、ルード両名は現時刻を持って雷霆の森調査を命ず。準備ができ次第、出立せよ」
「拝命いたしました」
二人は王に平伏した。