「……あー」
眼を擦って背伸びをする。寝ぼけた頭はまだ、回転していないが顔を川で洗って水で流す。
あの三人との戦闘から数日が経った。少女に目覚める気配は無い。
心配ではあるが、こればっかりは凜にはどうしようもない。こういった状態を癒すのは回復魔法であるが使うには魔法の勉強が必要であり、自分に使うならともかく他人に使う場合は専門知識がある程度無ければならない。
「はぁ……」
心配と困惑が合わさってため息が出る。この子から長い間、目を話すわけにもいかないため最近はあまり動けていない。
お陰で暇だ。暇すぎてハンモックを作ったりして生活環境を整えてしまうくらいには暇である。
この近辺には魔物も人間も居らず小動物や虫が時々、姿を見せる程度である。そんなこんなでそろそろ目覚めて欲しいモノである。
「……ん?」
おや?
噂をすれば何とやら。作った簡易ベッドで寝ている少女はゆっくりと起き上がりそして、陽の光に目を細める。絵本の中の御姫様みたいである。
っと、いつまでも呆けている訳にもいかない。ススっと気配を消して少女に近づく。
「?!」
寝ぼけ眼を擦っている少女は徐々に見覚えのない景色を認識し始めたのかきょろきょろと周りを見渡している。
凛は丁度、死角になる位置に陣取って一通り見渡し終わるのを待った。一しきり確認し終わると簡易ベッドからは降りようとする。
その時、ちょっとした悪戯心が彼に芽生えた。
「こんにちは。嬢ちゃん」
ギリギリまで気配を消して近づく。
挨拶を聞いた少女はビックと肩を震わせ驚いたような表情になる。
が、直ぐに飛び退いて何処からか取り出した鎌を向けてくる。
「ちょっと待て。驚かせてしまったことは謝るから少しお話をしよう」
調子に乗ったかもしれない。
少しこの子を驚かせてやろうと思って死角から話しかけたのだが、予想以上に警戒されている様だ。
ただ、即刻、殺しに来ないだけの分別はあるようだ。
「俺には戦う意思はない」
両手を上げて降参を示す。
しかし、少女は鎌を降ろさず此方に突きつけてくる。
「そのまま話せ」
「……!!」
少しためらった後、少女が口を開く。声は思っていたよりも低く時間を感じさせる。
面食らって言葉がとっさに出なかったが一つ、息を吐いて落ち着く。
相手からは変わらず殺気と敵意がありありと感じられるが、それでも多少は話を聞く気はあるのだろう。
慎重に言葉を選んで話す。
「分かった。このまま話すとしよう」
手ごろな場所に腰を下ろして少女を見つめる。
相手も睨むように凜を見つめ返してくる。
「まずは自己紹介だな。俺は……そうだな。エルリア・グレイシス。そういうことにしてくれ。お前は?」
特に意味はないが、咄嗟に口から出た名前。
でまかせだというのに、どこか、しっくりとくる。
「私はヴェル。ヴェル・ソリティア」
悩む素振りを見せつつもしっかりと答えてくれる。
ヴェル・ソリティア……ふむ。ヴェルか。
「ヴェル、でいいか?」
無言で頷き此方に先を促してくる。
名前で呼んだらダメかと思ったが案外そんなことはなさそうだ。
少なくともこちらの話をまともに聞く気はあるようだ。
「ヴェル、話す前に一つ聞きたいのだが君は何処まで記憶がある?俺と戦ったことは覚えているか?」
「ええ、しっかりと覚えているわ」
良かった。
これであれば面倒な説明をすっ飛ばして本題に入ることが出来る。
「なら、この状況にもある程度、推測が付くのではないか?」
そう言うと少し視線を下げる。多少、混乱しているのだろう。幾ら頭が良くても起きて急に殺し合いしていた奴がいて森の中で寝かされているなんて状況に置かれれば多少は混乱するものだ。
「私達は敗けた……その上で私達を害すつもりはない、と?」
「ああ。そうだ。と言ってももう君しか残っていないし、君が殺し合いたいというなら話は別だが」
そう言い換えればヴェルは怪訝な顔を向けてくる。しかし、直ぐに思い出したのかハッとしたような顔になる。さっきまでは敵意に満ちていたが今は少しの恐怖と大きな警戒があった。
「殺したの?……あの三人を」
「余裕が無かったもんでな」
彼は何でもないことのように言い放つ。
人を二人殺めたという事実に嫌悪感や罪悪感を感じるでもなく事実として処理している。
返事からはそれを如実に感じさせる。
人殺しは積極的にはしたくない。だが、躊躇う事もない。
その時のヴェルの顔は何とも形容し難かった。憎しみと後悔と喜びと怨嗟が詰まったような。
「その上で君を殺すつもりはない」
必要以上に殺気立たせてしまったがそのまま続ける。チクチクと肌に刺さるかのような圧力がかかっているのが分かるがそれでも、あの三人に比べると見劣りする。
雰囲気からして騙しすかしには不慣れなのだろう。
こういう手合いには下手なこと言うよりも本音で話した方がいい。
「どういう事情があったのかは知らん。が、まぁ、君があいつらに良い感情を抱いていないのは見て分かる」
ならば、と続ける。
「どうだ?ちょっと考えてみないか?」
何も一度、敵対したら死ぬまで殺し合わなければいけない訳じゃない。
事情があるなら話し合える。誤解なら説明すればいい。
話し合えるというのに真っ先に暴力に訴えかける必要はない。
それに、殺されかけたといっても死んではいない。ならば、それ自体は些細な問題だ。
一度は許す。相手の事情も知らず殺すのはそれこそ、さっきの奴らと同じだ。
だが、二度目はない。
自ら殺し合いを選んだのであればこちらも容赦はしない。
何より、ここで殺してしまっては折角の
実力があって外見年齢も近く、見目も麗しい。
ここで殺すのはもったいない。
ともあれ、エルリアはヴェルを気に入った。
相手が、自分を害さないのであれば、多少のリスクを負ってでも生かしていいと思えるほどには。
「……でも、私は、案内役なんてできるほどモノを知らない。だから、ガイドなんて」
「そこまでは求めていないさ。この世界での常識と魔法と異能の使い方くらい教えてくれればいい」
「そのくらいなら、出来る……そんなことで、いいの?」
「いやぁ、ガイドブック的なもんは持ってるんだが、如何せん俺、異世界人だから。分からん事が多すぎる。現地の人間の話を聞けるだけでも違うんだよ」
異世界人、の辺りでピクッと眉が動く。
「異世界人……?」
「あれ?気付いてなかったのか」
「まさか」
「そ。お前らの言う異世界人で転生者だよ」
驚愕したように表情を動かすと少し、身を乗り出して聞いてくる。
「じゃあ、ロヴァーリアへの侵攻は?人間を殺したり……どっかの、それこそ魔王の手下とかじゃ……」
「あ?何だそれ。人を殺したのはこの前が初めてだし、魔王とやらはそもそも知らんし」
「……」
「ロヴァーリアには向かっていたが、それは職を得て人間社会で生活するためだし」
はぁ、と気が抜けるような溜め息を吐いて、少女が鎌を降ろす。
ちょっと呆れたような気配を感じなくはないがかなり警戒を解いてくれている。
「つまりは何?私達は貴方に勘違いで襲い掛かってそれで負けて、情けで私は生かされた訳?!」
「そう、なるのか?正直、君が生きているのは偶然だけど……」
多少突っかかるような口調で言ってくる。
これには彼女も、思うところがあるのかもしれない。
「もう、いいや。で、案内だっけ?知らないだろうから一応言っておくけど、私一応、忌み子の類だよ」
「忌み子?」
「そう。人間たちに拒否され、迫害されて教会に捕まってからは兵器として支配されて使い潰された。自由意志すら押さえつけられて。今も首輪を貴方が外していなかったら起きてすぐにでも殺し合っていたでしょうね」
最初に外した首輪。あれは彼女を支配するための
「私といたら貴方も不幸になるかもしれない。私と同じ結末を辿るかもしれない」
ヴェルは悲しそうに顔を俯ける。泣きそうなくらいに顔を歪め拳を握りしめた。
エルリアはその顔を見て何を言ったらいいのか、正解を知らない。
だが、自然と口から言葉が溢れ出す。
何故だか分からないがこの子の泣きそうな顔は見ていられなかった。
「まあ、その時はその時だろう。どう頑張ったって俺はロヴァーリアとは敵対コースだし、お前はどうしたい?」
「……」
顔を俯けたまま俺に聞いてくる。
さっきほどしっかりとした声でもなく蚊の鳴くようなか細く頼りのない声だった。
今にも消えてしまいそうなほどヴェルは弱弱しく見えた。
少しでもこの顔が変わってくれれば良いと思いながら言葉を紡ぐ。決して世辞や嘘は言わない。本音でしかし、相手の欲しいであろう言葉を選ぶ。
「別に、俺の事を気にする必要はない。君はどうしたい?このまま逃げるか、戻って再び支配されるか、それとも、俺と来るか」
「私は……自由になりたい。いろんな世界を見てみたい」
「それに、俺には今、頼れる奴がお前しかない。お前しか、頼れないんだよ。ヴェル」
そうだ。
今、エルリアには、頼れる人間がいない。これから人里に行ってもうまく関係を築けるかと言われれば自信は無い。
元々、コミニュケーションは苦手ではないが得意でもない彼は全てを曝け出せる者を求める。
そんな中、ヴェルが居た。気に入ったとか、ガイドとかそれ以前にエルリアが頼れる人間がヴェルしか居ない。
彼は、昔から人に頼るのが好きだった。自分でやらなくても他人がやってくれるから。
それ以上に、自分の頼みを聞いてくれる信頼関係が好きなのだ。
勿論、借りた分はしっかり返している。契約不履行はエルリアの中で必要が無いのであれば絶対に避けるべき行為だからだ。
そうやって作った信頼関係を感じられる。
そして、これから信頼を築く足掛かりにもなる。
「別に、俺と一緒に来る必要はない。だが、一緒に来てくれるならいろんなものを見せてやれる。それにお前単体じゃロヴァーリアの追手と戦うのも厳しいだろう」
「けど、それじゃあ、貴方を巻き込んで……」
「さっきも言ったけど、彼の国とは敵対するのはどの道、決まっている。だから、気にするな」
「でも……」
尚も言い募るヴェルに向かって言う。
「お前の為だけじゃない」
一拍、置いて口を開く。
「一人でいるのは嫌いじゃないが、長い間、孤独なのは流石に堪えるんだよ。話し相手とかになってくれればいい。その対価に俺は君を守る」
「それじゃ、釣り合ってない」
「それを決めるのは俺だ。君じゃない」
それを聞いたヴェルは目を見開いた。
「まァ、理屈は捏ねたが、要は一人だと寂しいんだ。君が忌み子とかどうでもいい」
ヴェルに近づく。手を伸ばせば届くほどの距離で止まる。
「君は綺麗で、強くて、優しそうだ。一緒にいる理由なんてそんなんで十分さ」
気付けば彼女の眼からはぽろぽろと涙が零れていた。
しかし、俯いていた顔は上がってエルリアの事を凝視している。
泣き笑いのような表情で声にならない声を上げる。
彼は表情を緩めその様子を黙って見守る。
一しきり泣いて落ち着いたのを確認してから声を掛ける。
「だから、頼む。一緒に来てくれないか?」
そう、過去なんて関係ない。
いつだって最初は何も知らない。
それに、意外と第一印象ってのは意外と本質を射ている事があるもんだ。
気に入った。自分が彼女を助ける理由なんてそれで十分すぎる程だ。
彼はこの子を信じてみる。
例えそれが自分を殺しに来た少女でも。