ep.7 懐古
「……」
眩い光が意識を叩き起こす。微睡みから意識が引き上げられ徐々に視界がハッキリとしてくる。寝ぼけた眼を擦って体を起こす。
布団を退かしカーテンを開ける。
「はぁ……」
嫌な夢を見た。昔の夢だ。
気の遠くなるほど昔の、失う前の夢。
幸せな楽しい記憶だ。だが、思い出しても今では息苦しいだけだ。
もう、失ってしまったのだから。
(……こんなこと考えても意味は無い、な)
嫌なことは忘れて朝食の準備に取り掛かる。長いこと生きているだけあって自炊くらいは出来るようになった。それも、かなりいいモノを作れるくらいには上達した。
地面に散乱した本や服を避けながら台所へと向かう。そこそこいい宿屋を借りていることもあってトイレや台所なんかはしっかり整備されている。
風呂も欲しいところだが……まあ、十分いい宿屋だからこれ以上ねだるのも良くないだろう。
軽くパンをトーストしベーコンを乗せる。合わせる卵が欲しかったが中々売っていない。
後は野菜を盛りつけたサラダと果実水を並べて完成だ。
シンプルだが朝から重いもんを食っても気分的によくない。食事の要らない体であるから大量に食べようとも食べなかろうとも大丈夫なのだがそれでも気分的に食べすぎはよろしくない。
席に着いてパンにかぶりつく。ベーコンの肉汁とパンの香りが口に広がり食欲をさらに増進させる。流石、高い食材を使っているだけはある。
本当であれば米と焼き鮭が欲しいところではあるが米はともかくとして魚は漁港にでも行かないと売っていない。この世界の冷凍技術じゃこっちに着くまでに腐ってしまう。
「ごちそうさま」
食器を片付け装備を付ける。と言っても鎧とかみたいな重苦しい装備は無く、動きやすい服装で出かける。
手持ちの荷物は殆どない。空間魔法の応用でアイテムボックスという魔法がある。その魔法に突っ込んでしまえば大抵は手荷物は無くて済む。
宿屋の主人に挨拶をして外に出る。
陽光が地面を照り付けきらきらと世界を照らしている。
眩しさに目を細め立ち止まる。目が慣れ周囲がしっかりと見えるようになれば歩き出す。
ガヤガヤと騒がしくも活気のある通りだ。
道も混んでいるしもう少し早めに出ればよかったかもしれない。
暫く露店や路地を覗いたりしながらゆっくりと目的地に向かう。
今日は別段、急ぐようなこともないので寄り道多めで向かっていく。
「嬢ちゃん!!どうだい?この林檎、美味いよ!!かわいい嬢ちゃんにはおまけでもう一個あげちゃうぞ!!」
「そこの君、この首飾りはどうかな?きっと似合うよ」
「占いはどうだい。よく当たるよ」
店ごとに聞こえてくる誘い文句を軽くいなしながら露店から買った林檎を齧る。
うん、美味い。
やがて、数分も歩いていれば建物のひしめくこの街でもひと際目立って見える建物が見えてくる。
酒場のような形をしているがそこには男だけでなく女や中学生高学年くらいの子供も入っている。
建物の上部にはでかでかと文字が刻まれた看板が張られている。
『
ここは冒険者の集う場所、
冒険者というのはギルドから発行される依頼をこなし生計を立てる者達のことを言う。
もっと広義に言えば組合員全員、冒険者と言えなくもないが世間では前者の者達が呼ばれている。
「受注される依頼はこちらでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
「では、冒険者証の提示をお願いいたします」
ポケットから取り出すようにアイテムボックスから取り出す。
冒険者証を見た受付嬢は少し面食らった様子だったが直ぐに確認を終え返してきた。
「確認いたしました。当ギルドは依頼の受注を受理いたします」
「ありがとう」
「お気をつけて」
受注をし終わった俺は入口へと向かっていく。
今回、受けた依頼は
単体ではDランクがいいところだろうが群れればCランクに匹敵する厄介な魔物だ。
狡猾で繁殖力もそこそこ。
人里に降りてくることも珍しくないが多くの生息地が危険地帯である
そのため、そこそこランクの高い冒険者にはギルドの方から斡旋する場合もある。
「でも、Dランクの
「お?嬢ちゃん、Dランクか……困ってんなら俺とパーティー組まねぇか?」
「嬢ちゃんじゃねぇ。パーティーは……あんたらランクは?」
「その
独り言を聞いていた二人組が話しかけてくる。エルリアの事を女だと思っているらしいから訂正したら何故かがっくりと肩を落とされた。
まあ、悪意は感じなかったからいいが。
釈然としない顔をしながら考える。
パーティーか。それもいいかもしれないがこいつらのランクが問題だ。
ランクと言うのは簡単に言えば強さの指標であり、冒険者の階級としても使われる。基本的に実力主義の冒険者であればランク=強さと捉えていいだろう。
ランクはF~Sその上に
Fであれば駆け出しの冒険者であり、ほぼ一般人と変わらない。DやCくらいまで上がると地方や小さな町や村だとかなりの騒ぎになるレベルの脅威だ。
Bランクともなれば数十人規模の
まあ、ともかく、強さの指標だと思ってくれればいい。
そして、エルリアがD、この二人がDとE。本来であれば適正だ。パーティーを組むにもちょうどいい。
しかし、相手がエルリアなのだ。ランクはDだが実力的にはAランクと言ったところだろう。
諸事情あって本気を出して下手に目立つわけにもいかないからランクは低いがそれでも、基礎能力の差は如何ともしがたい。
それに、一人であればある程度、力を使っても大丈夫なのだ。
まぁ、何だ。端的に言えば面倒くさい。
一人なら遣わなくていい気を使わなければいけない。
二人には悪いが今回は辞退しておこう。もっと難易度の低い依頼であれば受けても良かったかもしれないが、間が悪かったと思ってくれ。
「悪いね。今回はソロで受けるつもりなんだ」
「そうか?なら気を付けて行けよ!」
「おう」
見た目は怖いがいい奴だな。
外見で侮ってくることもなく心配までしてくれるなんてな。
冒険者が如何に多いとはいえ気性が気性だからな、こんな奴は少ないだろう。
「さて」
ギルドを出ると裏路地に入って腕を軽く振る。すると、空間が歪み視界が白く染まる。
こうやって体感してみる昔よりも精度が落ちている。
昔であればもっと素早く、視界が染まることもなかったのだが……色々あったからな。追々、取り返さないと。
「ここらへんで……あってるな」
周囲を見渡せば一面の緑。ここはライトグランド。豊穣の森にして大陸一の危険地帯。
んで、今回の依頼場所でもある。
恐らく、ここら辺にブラックファングもいるはずだ。
前に居た時にここら辺に大きな群れを見つけた。そこまで前でもないのでまだいるかもしれない。
魔力感知の範囲を広げれば一つ、群れを見つけた。
ここから数百メートル離れているがそれなりの数が集まっている為か魔力が濃く出ている。やっぱり、あってた。
何か、妙に疲れているように見える。それに、幾つか重傷を負っている個体もいる。
細身の刀を取り出し腰を少し落とす。足に力を入れてグリップを効かせて地面を蹴る。
地面は無事だが大きく土煙を立てながら前へと進む。一歩で数十メートルは進んだだろうか。
その後も木を避けながら進んで行く。
当然、そんなスピードで進んでいれば数百メートルの距離などあっという間になくなり群れが目視で見えるところまで来た。
一度、離れた場所で止まる。ブラックファングたちがこっちに気付いた様子は無く寝たり周囲をうろうろしたりしている。
そっと、少しずつ慎重に近づいて行く。一歩で狼たちの首を斬れる位置にまで移動して刀の柄に手を掛ける。鯉口を切って姿勢を前に傾ける。
抜刀の構えで力を貯め、一気に放つ。
瞬間、先程とは比べ物にならない音と砂塵が舞い地面が破裂した。
そう思う程、豪快に地面は抉れ凄まじい事になっていた。
ブラックファングたちは何事かと音の方を見るがその時には既に俺は頸を一つ、斬り落としていた。ごとり、という首の落ちる音も呆気にとられている相手には届かず周りの数匹がこっちに気付く程度だった。
こっちに気付いた奴らも襲い掛かろうとしたが動く前に首が落ちる。
反転し喉笛を斬り付ける。そのまま大きく薙ぎ払い近づいているブラックファングを牽制する。
結局、彼らはエルリアに傷一つつけることが出来ず、一匹、また一匹と減っていき最終的に抵抗らしい抵抗も出来ずに群れは全滅した。
殲滅が終われば今度は素材の収集だ。
殺して終わり、ではなく討伐した証明も兼ねてギルドに魔物の素材を持っていくことが慣例となっている。
せっせと死体を一か所に集めて数を数える。偶に死体の回収し忘れや仕留めそこないが出るためこういったチェックは大事だ。
っと、早速、死体の数が最初の群れの時と違う。
どさくさに紛れて逃げた奴がいるのだろう。
遠くに行っていれば諦めるのだが、この短時間であればそこまで遠くには行っていないだろう。死体をアイテムボックスに仕舞って魔力感知の範囲を再度拡大する。
それなりに遠くにまで行っているがそれでも、追えない距離ではない。今から追いかければ十分追いつける距離に収まっている。
にしても、かなり奥地に来てしまった。ここならかなり強めの魔物も出てくるだろう。
全力で走りまくった影響かブラックファングはぜいぜいと息を切らせてへたり込んでいる。
抜刀の構えを取って抜き放とうとしたその瞬間、魔力感知に大きな反応があった。
どこだ。
発生源を探せばすぐ近く。
ブラックファングが吠えている。
足が震え動けていない。明らかに声に脅えが混じっている。
避けなければ。
数百倍に延長された思考空間で考える。
迫る風切り音。
魔力の反応が強く、大きくなる。
延長された時間の中であっても尚、動いていることが分かる程度には速い。
あの速度で激突したとなれば無事では済まない。
長らく眠っていた感覚が鋭敏に警鐘を鳴らす。
「グルギュアァァァァ」
これは
まずい
直後、エルリアの眼前には一筋の閃光が炸裂した。
殆ど同時、後方へ大きく身を投げ出したエルリアは視線を険しくする。
「チッ、竜か」
「グルルルル」
土煙が晴れると共に現れたのは深紅の肢体を持つ竜。
強靭な四肢と背中に生える立派な翼、口から覗く鋭く尖った牙。
それらはブラックファングの血の匂いが漂うこの空間においてさえどこか高貴さを醸し出していた。
エルリアはおもむろに刀を取り出し構える。
対して竜はその場で前足を地面に着き、大きく口を開いた。
喉元に魔力が集まり温度が上昇する。
「ッ『
吐き出される炎に少しだけ身を掠めながら森に入って躱す。
炎に触れた木々は瞬時に炭化しているが狙いは鈍っている。
「行くぞこの野郎!」
ある程度、ブレスから距離を取り森から飛び上がって竜に接近する。
数十メートルはあるであろう空間を飛び越え頭上にまで至る。
上空にブレスが飛んでくるが身を捻り躱す。
落下の勢いそのまま肩口の辺りを大きく切り裂いた。
(浅い……)
だが、斬れた範囲こそ大きいが傷は浅い。
痛みに呻きつつも前足で反撃を試みてきた。
回避は難しいと判断し刀で受ける。
ハンマーで強烈に殴られたような衝撃が伝わり、それを利用して大きく後ろに距離を取る。
少し手がしびれたが骨に問題はない。刀もまだ、元気だ。
「……やるか」