覇王譚――全てを失った覇王のやり直し――   作:砂糖は甘い

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ep.8 胎動

 相対する一人と一匹。

 

 先に動いたのは竜。

 

 エルリアは結界を魔力効率重視の普段使い用から強度重視のものへと切り替える。

 

 とは言え、竜の一撃を正面から受け止めるのは無謀な為、身を屈めて避ける。

 同時に前へとスライディングで滑り込み脇下を斬り付けるが鱗に阻まれ傷は浅い。

 そのまま股下を潜り抜け背中側へと抜ける。

 

「グァァル」

 

 唸りと共に羽が広げられ空へ飛び上がる。

 エルリアが間合いを詰めるよりも先に天高く舞い上がり、魔法を放つ。

 

 放たれる魔法は大炎魔弾(ファイアーボール)

 ブレスと比べれば一発の範囲、威力共に劣るがそれでも、十分に相手を殺せるだけの威力がある。

 

 何より、数が撃てる。

 ブレスは口から吐かねばならない以上、一直線で一方向の単調な攻撃になりやすいがファイアーボールは複数同時に撃つことが出来る。

 

「魔法も使えるとはね」

 

 危険そうなものだけ相殺しつつ問題ないものは防護結界で受ける。

 

 竜は賢い魔物だ。

 だが、魔法、と言う高度な能力を使える個体は少ない。

 

 使えるとすれば経験を多く積んだ老獪な個体か、天才か。

 何であれ強力な個体になる。

 

 少しだけ顔を険しくする。

 

「はぁッ!」

 

 飛び上がって刀を振るうが避けられる。

 ただ跳びあがただけでは竜の空中機動に追いつけない。

 放った魔法も悉く外れている。

 

「下降りてきてほしーな」

 

 言ったところで降りてくるはずも無し。

 聞いた話によれば竜の滞空可能時間は数日から数週間に至るという。

 

 流石にそれまで待つわけにもいかない。

 そもそも、こっちの魔力が先に尽きて殺されかねない。

 だからと言って逃がしてもくれなさそうだが。

 

「降りてきてくれたら楽でよかったんだけど……使わないで死ぬよりマシか」

 

 魔力効率からしてあんまり使いたい魔法ではないが発動する。

 足が淡く光を発する。

 

「ギャウゥゥゥ……」

 

 魔力の流れを読み取ったのか竜は警戒するように唸る。

 

 エルリアは再度、地面を強く踏むと空へ飛び上がった。

 

 当然、刃が竜を掠ることは無く、避けられる。

 落下中の無防備なエルリアを襲うため反転し迫る。

 上空から速度に乗り爪撃を繰り出す。あれをまともに喰らえば防護結界の一枚や二枚、容易く切り裂いてしまうだろう。

 下に防具を着用していない彼はそうなれば肉団子だ。

 

 

 推進力を喪い地面に向かって動き始める。身動きも避けることもままならない状態で無防備に放り出される。

 

 そんな体勢でエルリアはにやりと嗤った。

 空中で体を捻って状態を整えた彼は宙を踏み進んだ。

 

 何もない宙を踏み、再び飛び上がる。

 

 凄まじい速度で接近する竜とエルリアが交差する。

 甲高い破砕音と血しぶきの音。激しく光る火花が散った。

 

 飛び上がるエルリアと重力を味方につけた竜ではどちらが強いかなど明白だ。

 鋭い爪が防護結界と胸を裂いた。夥しい量の鮮血が流れだし、地上へ落ちていく。

 

 だが、竜とて無傷ではなかった。

 腕と首筋に太く深い切り傷が一閃、刻まれていた。人間のそれより幾分か赤黒い血液が滴り苦痛に表情が歪んだように見える。

 

「ふぅ……魔力考えて足場作ってみたけど……やっぱり使いづらいね」

 

 そう言ってエルリアの体がふわりと浮く。宙を歩くような仕草は無くなり泳ぐような動きへ変わる。

 同時に傷口がジグジグと泡立ち塞がっていく。

 

 魔力は最初よりも目減りしたがそれでもまだ十分に残っている。

 飛行魔法を使って戦っても大丈夫だ。

 四肢には痺れこそあるが動かす分には問題ない。

 魔法も感度良好。

 

 

「さぁて、空中戦だ。そっちの得意なんだ。楽しませろよ」

 

 滑るように空中を移動する。

 最高速度こそ竜は速いが加速はこちらの方が速い。

 

 動き出しの僅かな速度的優位と小回りを生かして間合いの内側に潜り込む。

 切り上げ、反転し切り下ろし。鱗を剥がし身を裂く。

 それでも、大きなダメージには繋がらない。既に人間であれば失血死が確定するほどの血液を流しているが動きが鈍る様子もない。

 竜の頑丈さに驚嘆しつつも反撃が来る前に胴を蹴り反発を利用して距離を取る。

 

 再度、距離を詰めるが今度は相手もしっかりと反応する。

 爪、もしくは牙がエルリアの持つ刃と衝突し火花を散らす。

 大きく響く金属音と二本の光。

 

 急所を狙えば爪に弾かれ、相手の攻撃も通りは悪い。

 

 昼間だというのに漏れ出す魔力が煌々と光を放ち空に線を残していく。

 光が増すたびに鮮血が飛び、地面へ垂れる。

 

「はぁ……はぁ……」

「グルル……」

 

 ひと際大きく光を放ち、動きを止める。

 エルリアは左腕が吹き飛び全身に裂傷が走り、竜は深い切り傷を数本受け大量の血液を垂れ流していた。

 

 目減りた魔力を感じつつ顔を険しくする。

 左腕の再生は始まっており、ジグジグと傷口が泡立つ。

 相手は回復手段を持っていないのか傷が塞がる様子は無い。血液を大量に失っているにも拘らず特に堪えた様子をしていないのは竜と言う種族の強力さ故だろうか。

 

 防御力が高いというよりも体力が途方もないという印象だ。

 持久戦、では分が悪いだろう。

 だが、速攻を仕掛けるにしても半端な攻撃ではこちらが喰われかねない。

 

 少し考え、くるりと刀を手の中で回し納刀する。

 腰を低く落とし前傾姿勢で竜を見据え、鯉口を切る。

 

 空中で抜刀姿勢を取っているのは傍から見れば非常に奇妙な光景だ。

 しかし、周囲は再び高まった魔力によって歪み、魔法によって作られた足場はミシミシと音を立て始めた。

 

 竜は警戒したように様子を見るだけで仕掛けてはこない。

 恐らくカウンターを仕掛けるつもりなのだろう。

 

「フゥゥゥゥゥ」

 

 鋭く吐き出される息と共に蹴られた足場が大きな音を立て崩れ落ちる。

 

 抜刀は速度が肝要だ。

 初撃が最も速く鋭い。

 そして、初撃を外せば大きな隙を晒すことになる。

 相手も見逃してくれるほど優しくはないだろう。

 

 踏み込みと共に引き抜かれた刀の迎撃に竜が前足を差し出す。

 太く鋭い竜の爪が細く煌めく刀に合わせて弾くように振るわれる。

 

 響く破砕音。

 宙には一本の腕が舞い硬い鱗に白銀色の刃が食い込んでいく。

 

「ギャァァァルルラァァア」

 

 が、殆ど同時に羽ばたいた翼によって引き起こされた突風によって狙いが逸らされる。

 

 頸を確実に断ち斬れる位置を狙った抜刀は首の付け根から胸に深い切り傷を付けるに収まった。

 

 反撃が来る前に後ろにがりつつ崩れた姿勢を無理やり立て直す。

 追いかけてくる竜の攻撃を弾き、放たれるブレスは半身を引いて射線から身を逸らす。

 

 横合いから飛んでくる尻尾の薙ぎ払いを受けつつ衝撃に逆らわず後退する。

 

(逸らされた)

 

 急所を抉られつつも反撃をする。

 人間相手であれば中々考えられない挙動をする竜。本能の強い魔物の為せる業だろう。

 これが人相手であれば今ので決まっていた。

 

 とは言え、相手にも深い傷を付けた。否、付けてしまったと言うべきか。

 次は悠長に抜刀する暇など与えてはくれないだろう。

 

「クソ」

 

 悪態を吐きつつも相手の様子を伺う。

 正眼に構えられた刀身は薄く間合いを図らせない。

 

 竜が動く。

 うねるように距離を詰め、そのまま噛みつき。

 後ろに跳びつつ頬を引き斬る。

 

 再度、距離を詰め上段からの袈裟切り。

 弾かれる。

 左手を離し殴りつける。

 

 甲殻を直接殴りつけたことで骨が砕けるが再生する。

 

 竜は衝撃に呻きつつも視線を外さない。

 

 こちらの顔面に向かって前足を振り下ろす。

 合わせるように肩口に向けて刺突。

 

「ググァ?!」

 

 前足が直撃する一瞬、前に速度を上げる。

 

 目測を誤った一撃は空振り、エルリアの刺突が肩口に突き刺さる。

 

「ぐ……」

 

 そこから殆ど同時に強い衝撃を受ける。

 咄嗟に後ろに跳んで衝撃を軽減したが、全く殺し切れていない。

 

 地面にまで叩き付けられ砂埃を吸ってむせる。

 咳には血が混じっていた。

 

(体ん中ぐちゃぐちゃだな。こりゃ)

 

 腹部の辺りを押してみれば幾つも骨が内臓に突き刺さり何本かは皮膚を突き破って飛び出しているのが分かる。

 常人であれば致命傷だ。

 幾ら回復すると言ってもこれを軽い怪我で済ませることはできない。

 

 口の中の血を吐き出しつつ砂埃を退かす。

 

 突きが刺さる瞬間に体を回し尻尾で弾き飛ばしてきた。

 

 空に鎮座する竜は満身創痍とまでは行かずとも、傍から見ればボロボロ。しかし、動きは未だ元気でどこか得意げだ。

 

(俺が近づいてくるのを狙っていたのか?)

 

 エルリアは自分の持つ刀に目をやる。

 刀身は中ほどから折れ短刀ほどしか残っていない。

 

 竜の肩口には残りの刀身が刺さっているのが見える。

 吹き飛ばされた時に折れたのだろう。

 

 業物、と言っても良い出来だが、元々、耐久性のあまりない刀だ。

 仕方がない。

 

「ただ、徒手で戦うのは無理だよね」

 

 流石に竜と素手は無謀だ。

 収納空間から一本の大太刀を取り出す。

 

『妖月』

 

 今まで持っていた刀よりも二回りほど長く、反りが強い。

 鞘から抜き放たれたそれは、碧色に薄く光を放ち莫大な魔力を静かに示している。

 

「さ、て、これを出したらちょっと余裕がないから手短に行こうか」

 

 この大太刀はただの武器とはわけが違う。

 その強大な魔力と権能は今のエルリアでは手に余る。使い続ければ体を蝕み自壊へと至ってしまう。

 

「時間が、無いんでね」

 

 手の周辺に鋭い痛みを感じつつも突撃姿勢を取る。

 低く取られた姿勢から踏み込み一つで上空の竜に迫り横薙ぎで頸を狙う。

 

 防御に出された前足を切り裂く。

 前の様に爪に邪魔されることもない。

 そのまま前足を斬り飛ばし頸に迫る。

 

 翼を動かすが遅い。

 迎撃も反撃も間に合わない。

 

 鱗も、骨にも遮られることは無く、竜の太い首はもう、直ぐに断ち切られる。

 

「ギャァァァルルラァァア!!」

 

 しかし、そう簡単に斬らせてくれるはずも無し。

 最期の足掻きに口からブレスが放たれる。

 

「余計な真似をッ」

 

 結界で防ぐ、が殆ど魔力が妖月の制御に回されている現状では防ぎきれない。

 

 炎が皮膚を、骨を灼く。

 頸を飛ばされるまでの数瞬の間、晒されただけで消し炭に近い状態になっていた。

 

「うッ……ぐぅぅぅ」

 

 だが、刃は止まらない。

 頸椎を断ち切り鮮血と共に空を舞う。

 

 

 竜は糸が切れたように地上へと堕ちて行った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ッぐ」

 

 まずった。

 速攻を意識しすぎるあまりに。もっと冷静に隙を作るべきだった。

 

 抜けそうになる気を何とか繋ぎ止め、ゆっくりと地上へ降りる。

 今回、壊れた装備を補填するために金が必要だ。

 

「竜の……素材だったら、高く売れたよな」

 

 妖月を仕舞い、剥ぎ取りナイフを取り出す。

 

「久しぶりに、危なかった」

 

 ぼたぼたと口からこぼれる血を拭いつつ赤黒く染まった右手を撫でる。

 覚束ない足取りで竜の死骸に近づく。

 

 壊れた刀、後、焼かれて布切れ同然になった服も買いなおさねば。

 これだけの相手をしておきながらギルドからの報酬は無し。竜の素材があったとて利益は微々たるもの、どころか赤字になりかねない。

 

「グッ……」

 

 そんなことを考えつつ歩いているとエルリアの膝ががくりと折れる。

 自身の体重を支えきれなくなった下半身が崩れ仰向けに倒れる。

 

「っ」

 

 魔力は殆ど空っぽ。

 全身も傷こそ回復しているが体力的にはボロボロ。

 

 先の火傷も魔力の枯渇と本人の精神的限界から完全には治癒し切っていない。

 

「く……そ……」

 

 限界に至ったエルリアは強烈に襲い来る眠気に抗いきれず、微睡みに落ちて行った。

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