エルリアが再び目を覚ましたのは宿屋の布団でも、病室のベットでも、ましてや大森林の中でも無かった。
見知らぬ天井に首を傾げつつ体を起こす。
痛みは残っているが概ね傷は回復している。一部、火傷が残っているが時間が経てば痕も残らず治るだろう。
「さて、ここは……」
「御目覚めですかな」
突然現れた気配に咄嗟に飛びずさる。
腰に手を回し今は刀を差していないことに気付き徒手での構えを取る。
「フフフ、これは失敬。入る前にノックをするべきでしたな」
特徴的な眼の色、歯の形、人間と比べて膨大な魔力量。
小屋に入ってきたのは魔族であった。
どこか見覚えのある顔と魔力に疑問を覚えつつも口を開く。
「お前は……」
「私はここの長をやっている者ですじゃ。見ての通り私は魔族でここは魔族の里」
その言葉にエルリアは瞠目する。
魔族と言えば千年以上前にはこの森から完全に排除されたはずの存在だ。
現世には一応、魔族は存在するが里を作れるほどの集団は千年近くは確認されていない。
「魔族、か」
懐かしむような声色で呟きつつ警戒を和らげる。ベッドから降り、近くに掛けてあった上着を羽織る。
「悪いな。看病してもらっちまって」
軽く感謝を述べ体を動かす。
疲労と痛みこそあるが十分動ける。
「朝食をどうですかな?」
終わったころを見計らって魔族が声をかけてきた。
差し込む光からも予想できたが今は朝らしい。
ふと気になったことを口にする。
「ごちそうになろう……何日寝てた?」
「一週間ほど」
何と言う事だ。
頭を押さえて溜め息を吐く。
ギルドの依頼は一週間も何の報告もなければ自動的に依頼破棄とされているだろう。
ただでさえ赤字が濃厚だというのに、ギルドからの報酬もとりっぱぐれる勘弁してほしい。
連れられて小屋の外に出ればそこは、茅葺の掘っ立て小屋と石造りの古びた街並みが入り乱れる場所であった。
どことなく見たことのある場所だが、上手く思い出せない。
もやもやとしたものが心に残るが魔族は進んで行く。
逸れないように着いて行けば里の中心部が見えてきた。ちらほらと他の魔族も見受けられ皆一様に物珍しそうにエルリアを見ている。
「失礼を。中々、魔族以外を目にすることは無いため……」
「ああ、まぁ、慣れちゃいる」
ずっと昔だがこのような状況には幾度もあったことがある。
「シェリア!居ますか!」
「はい?何でしょうか」
「二人分、朝食をお願いします」
ひょっこりと小屋から顔を出したのは大柄で、魔族にしては珍しい褐色の肌を持つ男だ。
手には串刺しにされた肉が握られており小屋の中からは火を使っているのか熱気が漏れている。
「珍しいですね。分かりました。ちょっと作ってきますんで待っててください」
元気よく返事を返すと小屋の中へと引き返す。
それを苦笑いしつつ見届けた魔族の長は先にある他のものよりも幾分か作りの良い家に向かう。
「いや、悪い奴ではないのですが如何せん料理が好きなもので……」
恥ずかしそうに頭を掻きつつ家に入る。
リビングと思しき部屋にはテーブルと椅子らしきものが置いてあるだけの簡素なものだ。
魔族の長は椅子を引いて座るよう勧めてくる。
「どうぞ。朝食はでき次第、届けてくれるでしょう」
「ああ」
エルリアが座ったことを確認し自分も席に着く。
少しの沈黙の後にエルリアが切り出した。
「なあ」
「……何でしょう」
「この里、俺は前に来たことがあるんじゃねぇか?」
質問を受けた魔族の長は薄く笑って言う。
「何故、そう思われるので?」
「何でだか里の至る所に見覚えがあったんだ。しかも、お前や数人の魔族もなんだか昔の知り合いに似ている……よう……で……」
言葉尻が徐々に小さくなりハッとした表情に変わっていく。
大きく開かれた瞳孔は驚愕に染まっている。
「まさか、生きていたのか。生きて……ルフェア……」
半ば呆然とし呟くように放たれたその言葉にルフェアと呼ばれた魔族の長は、先程の薄ら笑いではなく慈愛の籠った好々爺の様な笑顔で言った。
「ははは、気付いていただけて幸いです。エルリア様」
「そうか……本当に……」
「千年越しにはなりますが……お帰りなさいませ」
立ち上がりエルリアに向かい綺麗に腰を折る。
エルリアは大きく目を見開き言葉さえ出ないようであった。
「何故……生きて……」
「そうですな。何から話せばいいのやら」
ルフェアが言うと同時に扉が叩かれる。
「と、思いましたが用意ができたようです。冷ますのも悪いですし食べながら説明しましょう」
持ってこられた料理は非常に簡素なものだ。
クズ野菜のようなもの、野草のようなもの、木の実のようなものと肉の破片を煮込んだスープ。
丸々焼かれた魚、パンのなり損ない。
パンのようなものを一口齧ってみればパサパサとしており食感も不必要に堅い。
「なかなか、不思議な味だな」
「ハッハッハ、その様な誤魔化しは要りませぬ。微妙なら微妙、不味いなら不味いと言ってくされ」
朗らかにそう言ってくる。
どうやら嫌味ではなさそうだ。
ならば遠慮なく。
「不味い、というほどではない。ただ、美味いかって言うと……」
「まあ、そうなりますでしょうな」
特に反論するでもなく頷く。
「あれの腕がいいからこの程度で収まっていますが、まあ、何といいますか、美味い食材が無いのです」
「そうか……」
何とも言えない顔をしながらエルリアはもう一口。
「ご容赦いただけると……」
大丈夫、とだけ返してスープを啜る。
美味くないものの不味くはない。それ以上に空腹感を覚えている精神は食事をとることによって満たされていく。
食事は必要ないと言っても精神は欲するものなのだ。
最後まで食べ終えたところでルフェアが口を開く。
「さて、食べ終わった事ですし本題に入りましょう」
「ああ。聞かせてくれ」
自然と表情は引き締まり姿勢が正される。
どことなくピリついた空気が流れ、話し始める。