ロックマンゼクス&はぴねす!2〜激闘!超次元戦争〜   作:騎士誠一郎

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第1話 狂気の天才科学者

**【瑞穂坂市街・旧イザナミ研究所跡地周辺】**

昼下がりの穏やかな陽光が照らし出すのは、復興の装いを急速に整えつつある瑞穂坂の街並みであった。重機が整然と動き、瓦礫は片付けられ、ガラス張りの最新鋭複合施設がかつての惨状を覆い隠すように建ち並び始めている。だが、その華やかな再開発区域の地下深く、警戒区域として厳重に封鎖された暗がりには、未だ『あの戦い』の痛々しい痕跡が黒々とした焦げ痕となって残されていた。

**現場リポーター(VTR):**

「皆様、こんにちは。国民栄誉賞の授与決定から早二週間。未曽有の『瑞穂坂事件』の傷痕が癒えつつあるこの街では、市民生活の完全な正常化に向けた取り組みが急ピッチで進められています。しかし、ご覧いただけますでしょうか。私の背後に広がる旧中央タワー地下遺構……イザナミが恐怖の象徴として降臨したこのエリアでは、現在も科学省およびライブメタル調査団による厳重な立ち入り禁止措置が継続されています」

(カメラのレンズが、分厚い特殊合金の封鎖扉を映し出す。そこには「危険」「立入禁止」の警告ステッカーとともに、ライブメタル研究機構の紋章が刻印されていた)

**現場リポーター(VTR):**

「事件の主犯であったイザナミこと十六夜美奈子が消滅し、狂王の遺産『新生モデルV』が粉砕されたことで、瑞穂坂を覆っていた狂気の磁界は完全に消滅したと発表されました。……しかし、一部の専門家からは懸念の声も上がっています。急造された超常テクノロジーの残骸が、この地にどのような余波を残したのか。そして、あの日、時空の裂け目から放たれた謎の高エネルギー反応の正体とは何だったのか——」

(VTRの映像がわずかに乱れる。砂嵐のようなノイズが0.1秒ほど画面を走り、すぐに元に戻る。だが、その一瞬の乱れの中に、不可解な幾何学模様……幾重にも重なる「W」の意匠を思わせる怪しいアイコンが一閃したことを、この時画面を見つめる視聴者の誰一人として気づく者はいなかった)

**【瑞穂坂警察署・治安維持対策室】**

重厚なオーク材のデスクの上に、温かいコーヒーの湯気が立ち上っていた。

書類の山を挟んで座っているのは、事件の事後処理に追われる治安維持部隊の責任者と、国家ライブメタル管理委員会から派遣された特命監察官であった。

「……で? 例の『時空歪曲反応』の解析結果は出たのかね、監察官」

責任者が煙草を咥えようとして思い直し、灰皿の横に放置したまま溜息をつく。

監察官は分厚いタブレット端末の画面をスライドさせながら、眉間に深いシワを寄せた。

「芳しくありません。イザナミが巨大化し、DIN000『アポカリプス』へと変貌を遂げた際のエネルギー消費量は、瑞穂坂全体の年間消費電力を遙かに凌駕していました。その際、次元の壁が局所的に著しく希薄化したことは確かです。ですが……問題は『事件が解決した後』です」

「……何だと?」

「イザナミが雄真氏の拳によって撃破され、アポカリプスのコアが崩壊したまさにその瞬間。爆発の中心点から、未知の『跳躍粒子』が観測されました。それはライブメタル特有のサイバーエルフ粒子でもなく、DINシリーズのナノマシンデータでもない。……もっと粗雑で、もっと古臭く、しかし呆れるほど純粋で凶悪な『磁場変異』です」

監察官は画面を操作し、立体ホログラムのグラフを表示させた。

そこには、事件解決の瞬間に発生した、一瞬の空間穿孔(ポータル)を示す波形が鮮やかに描かれていた。何かが出現したのではない。何か「巨大な力を持つ意志」が、遠い次元の彼方からこの瑞穂坂の地へと**「強引に引きずり降ろされた」**かのような、異常な時空の歪みであった。

「引きずり込まれた……あるいは、自ら時空の歪みを感知して『飛び込んできた』とでも言いたげだな」

「信じがたいことですが、その波形は既存のどの科学理論にも当てはまりません。現代のナノテクノロジーやライブメタル工学とは根本的に異なる、泥臭いまでの『巨大機械主義』……蒸気とオイル、そして莫大なプラズマエネルギーを泥臭く組み上げたような、異常な設計思想(プロトコル)の波長が混ざり込んでいたのです」

責任者は背もたれに深く体重を預け、天井を仰いだ。

「冗談じゃないぞ。イザナミの悪夢が去ったばかりなんだ。これ以上、この街に余計な『怪物』を呼び込まれてたまるか。……で、その波形の行き先は追えているのか?」

「……いいえ。歪みは瑞穂坂の地下水脈付近で消失しました。ですが、監視カメラのアーカイブに、一枚だけ奇妙な画像が残されていましてね」

監察官が操作したホログラムに、白黒の防犯カメラ映像が映し出される。

それは、旧イザナミ研究所の最も深い地下ドック……水没した廃棄区画の映像だった。

落雷のような紫のスパークが散り欠けた直後、そこに「それ」は存在していた。

水飛沫を上げて闇の中に佇む、極めて不自然な影。

頭部には二つの角のような突起。そして背後には、まるで巨大な城砦か、あるいはドクロを模した巨大な飛行戦艦を彷彿とさせる、禍々しくも巨大な建造物のシルエットが、ほんのコンマ数秒だけ空間を歪ませて鎮座していたのだ。

そして、その影の中央で、白衣を纏った小柄な人物が、月明かりに向かって狂気じみた高笑いを上げているかのような残像——。

「これは……人間なのか?」

「分かりません。防犯カメラのデータは、この直後に高熱で焼き切れました。ただ……残留音声の解析データから、一つの音声フレーズだけが復元されています」

監察官が再生ボタンを押す。

スピーカーから流れてきたのは、ノイズに塗れた、しかし恐ろしいほどに執念深く、自信に満ち溢れた老人の声だった。

『……ハハハ! ほう、ここはどこだ? ライブメタル? サイバーエルフだと? くだらん、実にくだらん! この時代のテクノロジーなど、ワシの天才的頭脳をもってすれば赤子の手をひねるようなもの! 待っておれよ……ワシの真の恐ろしさを、この新たな世界にも知らしめてやるわい!!』

重苦しい高笑いが響き渡り、ノイズとともに音声は途切れた。

部屋の中に、冷たい沈黙が立ち込める。

「……上層部には報告したのか?」

「いいえ。現段階では『原因不明の磁気ノイズ』として処理しています。国民栄誉賞の授与が決まり、街が復興の希望に湧いている今、こんな得体の知れない都市伝説のような報告を出せば、パニックは免れません。……それに」

監察官は窓の外、青く晴れ渡る夏空を見上げた。

「街を救った『六人の適合者』たちは、現在、激闘の疲労を癒すための長期休暇に入っています。彼らをこれ以上、確証のない幽霊追いかけるような仕事に巻き込むわけにはいきませんよ」

「……そうだな。彼らには、普通の『夏』を味わう権利がある」

責任者はそう呟くと、ようやく灰皿の煙草に火をつけた。

紫の煙が立ち昇り、窓の外の平和な街並みに溶けて消えていく。

だが、二人が見上げる空の向こう……遥か南の海上には、すでに不穏な暗雲が小さく、確実に発生し始めていたのだった。

 

**【瑞穂坂市・未確認地下防空壕跡】**

瑞穂坂の地下数千メートル。かつて第二次世界大戦期に掘られ、今や完全に忘れ去られた旧日本軍の地下防空壕跡。暗く湿ったその空間は、今や異様な「改造」の真っ只中にあった。

「ヒッヒッヒ……! 素晴らしい! なんと素晴らしいエネルギー構造なのだ!」

暗闇の中に、甲高い老人の声が響き渡る。

火花が激しく散り、小型の溶接用ドローンが何十台も蠢いている。

部屋の中央に鎮座しているのは、イザナミが残したとされるセルパンの破損したフレームと、幾つもの壊れたフォルスロイドの残骸であった。それらが、信じがたい速度で「解体」され、全く異なる未知のシステムへと「再構築」されていく。

老人は、ボサボサの白い髪と豊満なヒゲを蓄え、歪んだ眼光をギラつかせながら、自作の巨大なコンソールパネルのキーボードを打ち叩いていた。

「『ライブメタル』だと? 意志を持つ金属などという不確定要素に頼るから失敗するのだ! 機械とは! ロボットとは! 全てこのワシ……**最高峰の天才科学者**の完璧な制御下に置かれてこそ、真の破壊力を発揮するのだよ!」

老人は手に持った杖を床に叩きつける。

すると、モニターに映し出されたデータ群が次々と緑色から鮮烈な赤色へと書き換えられていった。

イザナミが構築した複雑極まる「サイバーエルフ変換プログラム」や「生命エネルギー吸入理論」。それらは本来、選ばれし適合者や超古代テクノロジーの理解がなければ解読不可能な代物であった。

しかし、この老人は違った。

彼は「超古代の神秘」などという概念を一切信じていない。

彼にとって、世界に存在するあらゆるテクノロジーは、単なる「回路」と「プログラミング」の集積に過ぎないのだ。

「フン、イザナミとか言ったかあの女……『狂王の遺産』などと気取っておきながら、回路の設計が甘い! エネミー・アナライジング程度でコアを見破られるような欠陥構造を残すなど、科学者として二流……いや三流以下だわい!」

老人は鼻を鳴らし、モニターに表示された「ある少年の戦闘データ」を凝視した。

画面に映っているのは、武器を捨て、渾身の右ストレートでアポカリプスの障壁をぶち破る小日向雄真の姿であった。

「……しかし、驚くべきはこ奴らの生体データか。モデルXとZの二重適合……いやそれ以上に、この人間の『根性』という名の不確定要素。物理法則を無視した突撃力。……むむむ、胸糞悪い! あの『青い不分限者』を思い出させる腹立たしい目つきだ!」

老人の脳裏に、かつて何度も自分の野望を阻んできた、あの「青いロボット」の姿がフラッシュバックする。

この世界に奴はいない。自分がどのような時空の悪戯でこの「瑞穂坂」という異世界に飛ばされたのかは知らんが、ここにはあの鬱陶しい青い正義の味方は存在しないのだ。

「ガハハハハ! 勝ちだ! ワシの勝ちだぞ! あの鬱陶しい奴がいない世界で、ワシの天才的な頭脳とロボット軍団を阻める者など存在するはずがない!……いや、待てよ?」

老人はふと手を止め、アゴを撫でまわした。

「この『六人のロックマン』とか呼ばれているガキども……放っておけば、ワシの世界征服の邪魔になるのは明白。特にこの『モデルA』とかいう変身能力を持つライブメタル……実に興味深い。ワシの新たなワイリーマシン……いや、『超・ワイリーマシン』のコアとして組み込んでやれば、この世界どころか全次元を支配する最強の兵器が完成するのではないか!?」

老人の目が狂気に爛々と輝く。

「そうと決まれば準備だ! 瑞穂坂の街に残留する電子ゴミを集めろ! イザナミの残骸、フォルスロイドのジャンクパーツ、全てをワシの『最高傑作』へと塗り替えてやる!……そう、名付けて『ナンバーズ』の復活だ!!」

老人が巨大なレバーを押し下げると、地下防空壕の奥深くで、ズシン……と重い地鳴りが響いた。

闇の中から浮き上がる、無数の赤いツインアイ。

それらは、イザナミが作ったフォルスロイドでも、ライブメタルの従者でもない。

老人の手によって、凶悪な「W」の刻印を胸に刻まれた、完全なる虐殺メカの群れであった。

「待っておれよ、瑞穂坂の英雄ども! ワシの恐ろしさを、この世界の愚か者どもに存分に教えてやるわい! ヒッヒッヒ……ワハハハハハ!!」

地下の闇に響き渡る高笑いは、地上で平和を謳歌する誰の耳にも届くことはなかった。

だが、その狂気は着実に、そして爆発的な速度で、この街を……そして彼らが向かった「楽園」をも呑み込みつつあったのだ。

 

**【沖縄本島・恩納村リゾートビーチ】**

「うっひょおおおおお! 海だぁぁぁぁぁ!!」

どこまでも澄み渡るエメラルドグリーンの海。天高く広がる青空と、眩しいばかりの白い砂浜。

打ち寄せる波飛沫に向かって、勢いよくダイブを決めたのは、八輔であった。

「こら八輔! 飛び込む前にちゃんと準備運動しろって言っただろ! 足攣っても助けないからな!」

砂浜にパラソルを立てながら、呆れたように声を上げたのは小日向雄真だ。

彼の身体には、先のイザナミとの死闘で負った傷痕がまだうっすらと残っているものの、日焼けした肌と元気な笑顔は、彼が完全に戦いのトラウマを乗り越えたことを物語っていた。

「かーっ! 雄真は頭が硬いねぇ! 見ろよこの透明度! 瑞穂坂のドブ川……じゃなかった、ベイエリアの海とは訳が違うぜ! ライブメタルの反応もここじゃゼロ! 完全なプライベート・サマーってわけだ!」

八輔が海水の中から顔を出し、アロハシャツの首元にぶら下げた「モデルA」のペンダントを自慢げに叩く。

すると、ペンダントからフッと青いホログラムの光が立ち上り、呆れたような小さな声が響いた。

『やれやれ……まったく落ち着きのない奴だ。オイラをこんな潮風と塩水だらけの場所に連れ出すなんて、正気を疑うよ。内部回路が腐食したらどうする気だい?』

「固いこと言うなよモデルA! お前だっていつも狭い骨董品店の棚に閉じ込められてたんだから、たまには南国の風ってやつを浴びたらどうだ?」

『フン……オイラは最高峰のライブメタルだぞ。南国の風などという情緒的なデータに興味はないね。……まあ、日光浴というプロセスの効率性自体は否定しないけれど』

照れ隠しのように光を滅するモデルAを見て、砂浜のベースキャンプから笑い声が上がった。

「ふふ、モデルAもすっかり八輔くんと仲良しですね」

麦わら帽子を目深にかぶり、涼しげな白いワンピース姿でトロピカルドリンクを手にしているのは、神坂春姫だ。彼女の膝の上には、美しく磨き上げられた緑色のライブメタル「モデルH」が静かに鎮座している。

『春姫、あまり気を緩めすぎるなよ。……と言いたいところだが、今の瑞穂坂の磁場安定度を考えれば、ここへの刺客の可能性は極めて低い。束の間の休息を楽しむといい』

「ありがとう、モデルH。あなたがそう言ってくれると安心するわ」

春姫が優しく微笑むと、その隣でド派手な柄のビキニにパラソルハットという完璧なリゾートスタイルで横たわっていた柊杏里が、サングラスをずらして口を挟んだ。

「ちょっと春姫ぇ〜! バカンスに来てまでライブメタルと真面目なおしゃべり? ナンセンスよナンセンス! ほら見てみなさいよ、あっちで完全にテンション上がっちゃってる二人を!」

杏里が指さした先では、水着姿の高峰小雪と小日向すももが、浅瀬で猛烈な水鉄砲合戦を繰り広げていた。

「えーい! すももちゃん、参りましたと言わせちゃいますよ! 『水流波』ならぬ、特製ウォーターガン最大出力です!」

「甘いよ小雪ちゃん! 『すもも忍法・水蜘蛛の術』……は無理だから、普通に回避! からの、反撃の『黒鉄水撃』なのだー!」

キャッキャと声を上げながら水を掛け合う二人。

かつてイザナミの恐怖に怯え、傷つき、自分の無力さに涙していた少女たちの姿はそこにはない。

そこにあるのは、ごく普通の、かけがえのない青春を享受する高校生の姿だった。

「いやぁ……本当に、みんな無事でよかったなぁ」

雄真はクーラーボックスから冷えたお茶を取り出し、パラソルの影に腰を下ろした。

空を見上げる。

あの瑞穂坂の空を覆いつくしていた紫黒の暗雲、血の磁界、そしてイザナミの冷酷な嘲笑。

それらは全て消え去り、今はこの温かい太陽の光だけが世界を照らしている。

「国民栄誉賞……なんて、正直まだ実感が湧かないけどさ。俺たちが守ったのは、この平和なんだよな」

「そうね、雄真くん」

春姫が雄真の隣に座り、一緒に海を見つめる。

「イザナミさんは……十六夜先生は、過去の怨念に囚われて、瑞穂坂の未来を奪おうとした。でも、私たちは諦めなかった。武器を捨ててでも、大切な人を守りたいって思えたから……だから、今のこの景色があるのね」

「おう。だからこそ、俺たちはこの夏を思いっきり楽しまなきゃ損だ! 傷も癒えたし、復興も順調! 帰ったらまた賑やかな毎日が待ってるんだからな!」

雄真が拳を握りしめ、力強く笑う。

その胸元で、ペンダント状になった「モデルX」と「モデルZ」が、静かに、しかし温かい光を明滅させた。

『……雄真。お前のその単純さには救われるな』

モデルZの鋭い声が脳内に響く。

『だが、油断は禁物だ。イザナミが敗れたとはいえ、彼女が残したサイバーエルフの歪みや、アポカリプス崩壊時に発生した未確認のエネルギー残留……あれらの処理はまだ終わっていない』

『まあまあ、Z。今日くらいは雄真たちを休ませてあげようよ』

モデルXの優しい声が続く。

『彼らは本当に頑張ったんだ。街を救い、みんなを救った。今はただ、この沖縄の海と空を楽しんでいいんだよ』

「ほら見ろ、モデルXもそう言ってるぞ! Z、お前も肩の力抜けよな!」

雄真が笑うと、モデルZは『フン……』と短く鼻を鳴らして沈黙した。

「よし! 全員集合! これから八輔プレゼンツ・『沖縄特製ゴーヤかき氷大食い対決』を開催するぜー!」

八輔が砂浜から大声で叫ぶ。

「ちょっと八輔! なに勝手に変な対決始めてんのよ! あたしはマンゴーかき氷じゃなきゃ嫌だからね!」

杏里が立ち上がり、すももと小雪も笑顔で駆け寄ってくる。

誰もが、この平和が永遠に続くと信じていた。

この眩しい太陽の下で、自分たちの戦いは終わったのだと、そう疑わずにいたのだ。

——だが、その楽園の平穏は、あまりにも唐突に、そしてあまりにも理不尽な形で破られることとなる。

 

**【同日・午後4時 恩納村沖合10キロ地点】**

太陽が次第に傾き、海面が黄金色に染まり始めた頃。

沖縄本島沖の穏やかな海域で、異変は起きた。

ゴゴゴゴゴ……!

突如として、海面が沸騰したかのように泡立ち始めた。

遊覧船に乗っていた観光客たちが「鯨か何かか?」と歓声を上げてカメラを向ける。

だが、海から姿を現したのは、自然の生物などでは到底あり得ない、異形の巨躯であった。

「……な、なんだあれは!?」

観光客の悲鳴が上がる。

海を割って浮上してきたのは、全身を鮮やかな赤と黒の重装甲で覆われた、体長三十メートルを超える巨大なメカ——いや、**「潜水型巨大ロボット」**であった。

その装甲には、イザナミのDINマークでも、瑞穂坂学園の紋章でもない、極めて自己主張の激しい白文字の刻印が踊っていた。

**『W』**

「ヒハハハハ! 発見したぞ! 適合者どもの生命反応だ!」

巨大潜水メカの頭部展望台から、外部スピーカーを通じて大音量の高笑いが響き渡る。

それは、瑞穂坂の地下防空壕で響いていた、あの老人の声であった。

「まさかこんな南の島でバカンスに興じているとはな! 瑞穂坂を救ったヒーローとやらも、所詮は平和ボケしたガキどもに過ぎん! ワシの設計した『ワイリー・マリン・スカル』の初陣の標的として、実に相応しいわい!」

老人がコンソールのボタンを勢いよく叩く!

「出撃せよ! ワシの新たな僕(しもべ)たちよ! ライブメタルなどという生ぬるい玩具を破壊し、その適合者どもをワシの前にひざまずかせろ!!」

ドバババババ!

『ワイリー・マリン・スカル』のハッチが一斉に開放され、中から飛び出してきたのは、鳥の形をした小型メカや、プロペラで飛行する丸い爆弾メカの群れ——かつて別の世界で「メットール」や「タック」と呼ばれた凶悪な自動兵器群の、瑞穂坂テクノロジー融合型改造モデルであった!

それらの群れは、夕焼けの空を黒く染め上げながら、一直線に雄真たちがいる恩納村のリゾートビーチへと急降下を開始した!

**【恩納村リゾートビーチ】**

「……ん? なんだか急に風向きが変わったな……?」

ゴーヤかき氷を口に押し込んでいた八輔が、ふと首をかしげた。

海からの風が、突然冷たく、そして焦臭い「オイルの臭い」を孕み始めたのだ。

『……待て! 八輔、上空だ!』

ペンダントのモデルAが、突如として甲高い警告音を鳴らした!

『高エネルギー反応! いや、これは違う……何だこの泥臭い電子波形は!? 瑞穂坂のフォルスロイドとも、セルパンの部下たちとも違う! 異常な数の「機械群」が急速に接近しているぞ!』

「何だって!?」

八輔の叫び声に、雄真たちが一斉に空を見上げる。

そこには、黄金色の夕空を覆い尽くすほどの黒い影——無数の異形のロボット軍団が、猛スピードで迫ってきていた!

「な……何なのあれ!? フォルスロイドの生き残り!?」

杏里がサングラスを投げ捨てて叫ぶ。

「いいえ違います! あの波形……イザナミのDINシリーズじゃありません! もっと荒々しくて、機械そのものの殺気に満ちています!」

春姫がモデルHを構え、表情を戦慄させる。

「とにかく、逃げ遅れた観光客を避難させないと! すもも、小雪!」

「了解なのだ!『すもも忍法・避難誘導』!」

「はいっ! 皆さん、あちらの高台へ逃げてください!」

すももと小雪が瞬時に動き、ビーチでパニックを起こし始めた観光客たちを安全なホテル街へと誘導し始める。

雄真と八輔、春姫、杏里の四人は、迫り来るロボット軍団の前に立ちふさがった。

「くそっ、せっかくの夏休みだってのに……! どこから湧いて出やがったんだ、こんな鉄くずどもは!」

雄真が胸元のペンダントを握りしめる。

「いくぞ、モデルX! モデルZ!」

『ああ! 理由は分からんが、目の前の敵を倒すまでだ!』

『ロック・システム……ロックオン!』

**「ダブル・ロックオン!!」**

雄真の全身が眩い光に包まれ、蒼と赤の装甲——ロックマン・モデルZXへと変身を遂げる!

同時に春姫がモデルHと、杏里がモデルFとダブル・ロックオンを果たし、八輔もモデルAとトランスフォームを完了させた!

「ハッタリだろうが本物だろうが、俺たちの邪魔をする奴はぶっ飛ばす! トランスオン・モデルA!」

四人の英雄たちが、夕暮れのビーチで戦闘形態へと移行する。

だが、迫り来る敵の群れは、これまで彼らが戦ってきた「ライブメタルの敵」とは明らかに異なっていた。

ドカアァァァン!!

飛来した丸い爆弾メカが、容赦なく砂浜を爆破する。

その威力は狂暴極まりなく、正確無比な集団連携で四人を追い詰めていく。

「なんなのよこいつら! 言葉もしゃべらないし、ただひたすら爆撃してくるじゃないの! 意志がないの!?」

モデルFとなった杏里が、両腕のナックルバスターから炎を撒き散らしながら悲弾を上げる。

「ええ、意志を感じません! このロボットたちは……誰か一人の『管理者』によって、完全に遠隔制御されています!」

モデルHの春姫が、音速のブレードで空中の鳥型メカを叩き斬る。

「管理者……だと? イザナミは消えたはずだろ! セルパンだって……!」

モデルZXの雄真が、バスターとセイバーの連続攻撃で敵を粉砕しながら叫ぶ。

その時だった。

上空の空間が歪み、巨大なホログラム映像が夕空全体に投射された。

そこに映し出されたのは、ドクロをあしらった巨大な飛行戦艦のブリッジで、優雅に(そして下品に)ワイングラスを傾ける、一人の白髪の老人の姿であった。

『ヒッヒッヒ……始めましてだな、瑞穂坂の「英雄」諸君!』

老人の声が、大音量でビーチ全体に響き渡る。

「誰だお前は!? イザナミの残党か!?」

雄真がセイバーを突きつけ、空のホログラムを睨みつける。

『イザナミ? ハハハハハ! あんな未熟な女科学者と一緒にしてもらっては困るな! ワシは世界最高……いや、全次元最高の天才科学者! このワシの作った完璧なロボット軍団の前に、お前たちのその「ライブメタル」などという生ぬるいおもちゃがどこまで通用するか、試させてもらうぞ!』

「何だと……!?」

『ワシの目的は一つ! お前たちの持つライブメタルを全て回収し、ワシの新たな世界征服のための兵器へと改造することだ! 抵抗しても無駄だぞ! 瑞穂坂の街はすでに、ワシの「ナンバーズ」によって包囲されているからな!』

「瑞穂坂が……包囲されている!? 嘘だ!」

八輔が叫ぶ。だが、モデルAが青ざめた声で割り込んだ。

『……嘘じゃない! 八輔、瑞穂坂の通信インフラが完全にダウンした! 街全体が、未知の強力な電磁バリアで隔離されている!』

「そんな……! 街にはまだ、復興途中の市民たちが……!」

春姫が絶句する。

老人はホログラムの中で高らかに笑い飛ばした。

『ワハハハハ! 察しがいいな! お前たちがこの南の島でウキウキとバカンスを楽しんでいる間に、ワシは瑞穂坂の地下を完全に占領させてもらった! 街を返して欲しくば……いや、街の人間を救いたくば、ワシの待つ「ワイリー・キャッスル」まで来るがいい!』

「ワイリー……キャッスル……!?」

『あ、いかんいかん! うっかり城の名前を言ってしまったわい! まあいい、どうせお前たちガキどもには、ワシの本当の恐ろしさなど理解できまい!……せいぜい、ワシが送り込んだ「刺客たち」と遊んでいるがいいさ! ワハハハハハハ!!』

ホログラムが掻き消え、同時に沖合から巨大な津波が押し寄せてくる!

海を割って姿を現したのは、先ほどまで潜伏していた超巨大潜水兵器『ワイリー・マリン・スカル』そのものであった!

「グオォォォォン!!」

スカルのドクロ状の口が開き、そこから超高熱のプラズマレーザーがビーチに向かって放たれる!

「みんな、伏せろぉぉぉぉ!!」

雄真が叫び、モデルZXのエネルギー障壁を展開する!

激しい爆風と炎が、黄金色のビーチを飲み込んでいく——。

 

**【夕闇に包まれる恩納村ビーチ】**

爆煙が徐々に晴れていく。

砂浜は大きく穿たれ、黒い煙が上がっていた。

間一髪のところで雄真の障壁と、春姫・杏里・小雪・すももたちの連携防御によって、全員が致命傷を免れていた。

しかし、沖合に君臨していた『ワイリー・マリン・スカル』は、高熱のレーザーを放った反動の蒸気を噴き上げながら、静かに海の中へと没していった。去り際に、残された通信機器から老人の嘲笑が漏れ聞こえる。

『ヒッヒッヒ……今日はご挨拶代わりだ。本気でワシに挑むつもりなら、瑞穂坂へと戻ってくるがいい。ただし……お前たちが着く頃に、あの街が原形をとどめているかどうかは保障せんがな! ワハハハハ!』

ブツッ……と通信が完全に途絶えた。

静寂が戻ったビーチに、波の音だけが空しく響く。

あんなに美しかった夕空は、今や黒煙と赤黒い雲に覆われ、まるで瑞穂坂事件のあの惨劇が再現されたかのようであった。

「……くそっ……! くそっ!!」

八輔が拳を砂浜に叩きつける。

「なんなんだよアイツは! イザナミを倒して、やっと……やっとみんなで平和をつかみ取ったんじゃないのかよ! 何でまた、こんな目にあわなきゃなんねえんだよ!!」

八輔の叫びに、誰も答えることができない。

すももは泣きそうになるのを必死に耐え、小雪は強く唇を噛み締めている。

杏里は悔しそうに拳を握りしめ、春姫は深く息を吐き出した。

「……行きましょう、瑞穂坂へ」

春姫が静かに、しかし確固たる意志を込めてつぶやいた。

「あの老人が何者なのか、どこから来たのかは分かりません。でも……私たちの故郷を、大切な人たちが住む街を、あんな狂気で踏みにじらせる訳にはいきません!」

「……ああ、その通りだ」

雄真がゆっくりと立ち上がる。

変身を解除した彼の表情には、先ほどまでの穏やかな夏の笑顔はどこにもなかった。

そこにいるのは、瑞穂坂を死闘の末に救い出した、覚悟を持った「英雄」の目であった。

「イザナミを倒した時、俺たちは誓ったんだ。この街の未来は、俺たちが守るって。どんな奴が相手だろうが関係ない……あの自称・天才科学者の鼻柱を、もう一度俺の拳でぶち折ってやる!」

胸元のモデルXとZが、雄真の怒りと闘志に応えるように、強く、激しく輝きを増す。

『雄真、相手は今まで戦ったどんなフォルスロイドとも違う。あの老人の背後にある「技術体系」は、この世界の常識から逸脱しているぞ』

モデルZが警戒を促す。

『でも、僕たちは一人じゃない』

モデルXが力強く言葉を重ねる。

『六人の適合者と、六つのライブメタル。僕たちが力を合わせれば、どんな狂気だって打ち破れる。行こう、瑞穂坂へ!』

「……よし! みんな、緊急手配で自衛隊の輸送機を回してもらう! 今すぐ沖縄を発って、瑞穂坂へ殴り込むぞ!!」

雄真の号令に、全員が力強く頷いた。

安らぎの夏休みは、唐突に終わりを告げた。

だが、彼らの心にある炎は、消えるどころかより一層激しく燃え上がっていた。

**正体不明の天才科学者。**

**時空を超えて出現した「W」の脅威。**

**そして、再び危機に瀕した瑞穂坂の街。**

南国の風が冷たく吹き抜ける中、六人の若きヒーローたちは、新たな激闘の地へと向かって、力強く歩み始める。

新たな戦いが幕を開けた。

 

**【瑞穂坂上空・自衛隊緊急輸送機『ヘラクレス01』機内】**

ゴォォォォォ……という重密なジェットエンジンの重低音が、機内に重苦しく響いていた。

薄暗いキャビンの中、赤く点滅する非常照明の光が、六人の少年の顔を不気味に浮かび上がらせている。誰一人として口を開かない。沖縄の南国リゾートで身につけていた色鮮やかなアロハシャツやビーチサンダルは、すでに戦闘用のプロテクターや耐熱スーツへと着替えられていた。

「……瑞穂坂上空、領空侵入まであと三分!」

パイロットの緊迫した声がスピーカー越しに響く。

「現在、瑞穂坂市全域は原因不明の電磁障壁——『ドーム状高周波フィールド』によって完全に遮断されている! 外部からの映像・音声通信は途絶! これより本機は低空から障壁の最薄部へ突入、諸君をダイブさせる! 無事を祈る!」

「了解だ」

雄真がシートベルトを外し、機体の降下ハッチへと歩み出た。

その隣に、八輔、春姫、杏里、小雪、すももが整然と並ぶ。

「みんな、準備はいいな?」

雄真が振り返り、一人ひとりの顔を見つめる。

「急な展開で心の準備もできてないかもしれない。だけど……街には、俺たちの帰りを待ってる人たちがいる。あの狂気じみた自称・天才科学者が何者だろうが、瑞穂坂を好き勝手にはさせない!」

「当たり前だろ!」

八輔が拳を突き出す。胸元でモデルAが青く明滅した。

「せっかくの沖縄バカンスを台無しにされたんだ! あのバカ高い高笑いのジジイに、一発デカいのをお見舞いしてやらなきゃ気が済まねえ!」

「ええ。それに、あの老人が言っていた『ナンバーズ』という言葉……嫌な予感がします。イザナミさんの時とは違う、もっと単純で、それゆえに歯止めの効かない破壊衝動を感じるの」

春姫がモデルHを抱きしめ、静かに、しかし強く頷く。

「あたしの炎で、その自称・天才のメッキを剥がしてやるわよ! 杏里ちゃん特製・超爆熱パンチのフルコースなんだから!」

杏里が両拳を打ち合わせ、火花を散らす。

「すももも、兄さんやみんなと一緒に戦うよ! 瑞穂坂は、すももたちの家がある大切な街なんだから!」

「はい……! 水流の力で、街を襲う火種を全て鎮めてみせます!」

小雪とすももも決意に満ちた目をしていた。

『突入三十秒前! ハッチ、オープン!』

赤ランプが緑色に変わり、機体後部の大型ハッチが重々しく開き始める。

目の前に広がるのは、かつて美しかった瑞穂坂の夜景——ではなかった。

街全体が、どす黒い紫と赤の放電を撒き散らす巨大な半球状の障壁に包み込まれていた。その障壁の表面には、あの老人が残した刻印……巨大な「W」のホログラムが、街を見下ろすように凶悪に脈打っている。

「……行くぞ!!」

雄真が叫ぶと同時に、六人は夜空へと躍り出た!

**「ダブル・ロックオン!!」**

**「トランスフォーム!!」**

空中で放たれる六色の光芒。

蒼と赤のモデルZX(雄真)、紫黒のモデルP(すもも)、深緑のモデルH(春姫)、赤蓮のモデルF(杏里)、清冽なるモデルL(小雪)、そして異端の能力を持つモデルA(八輔)。

六つの光の矢となって、彼らは「W」の電磁障壁へと突入した!

バリバリバリバリッ!!

「ぬおおおおっ! なんて硬い障壁だ!」

「突き破る! 『すもも忍法・穿孔突き』!」

「モデルF、出力全開! バリアごと吹き飛ばすわよ!」

六つのライブメタルのエネルギーが一点に集中し、絶対の電磁障壁に亀裂が入る。

ドカァァァン! という大音響とともに障壁が粉砕され、六人は瑞穂坂の中央通り……かつて平和な日常が広がっていたメインストリートへと着地した。

**【瑞穂坂市中央通り・瓦礫の街】**

「……な、なんだこれは……」

着地した八輔が、周囲の光景を見て息をのんだ。

街は惨状と化していた。

ビルは立ち並んでいるものの、すべての電導回路が焼き切れ、街灯もネオンも消え失せている。代わりに街を照らしているのは、あちこちから立ち上る「不自然な赤とオレンジの炎」であった。

その炎は、通常の火災とは異なっていた。

アスファルトやコンクリート、果ては鉄骨までもがまるで紙くずのように激しく燃え上がり、異常な高熱が夜の空気を歪めている。

「熱い……! 何なのこの火炎!? 普通の火災じゃないわ!」

モデルFの杏里が驚愕の声を上げる。火炎の属性を持つモデルFですら、肌を刺すような異常な熱気に眩暈を覚えるほどだ。

「消火活動を行わなければ……!『モデルL・アイス・スプラッシュ』!」

小雪が即座にハルバードを構え、周囲のビルにへばりつく炎に向かって絶対零度の氷結弾を放った。

しかし——

シュウゥゥゥゥ……!

氷結弾が炎に触れた瞬間、一瞬で蒸発し、凄まじい水蒸気が爆発的に広がっただけだった。炎は消えるどころか、さらに勢いを増して燃え盛り始める!

「嘘……!? 私の氷が……一瞬で消された!?」

小雪が絶句する。

『気をつけて、小雪!』

モデルLの声が緊迫感を帯びる。

『この炎はサイバーエルフのエネルギーでも、化学薬品の燃焼でもないわ! 泥臭いまでの超高熱プラズマ……熱量を際限なく増幅させる、異常な熱核燃焼サイクルよ!』

「ヒハハハハハ! 効かんな! 効かんぞぉぉぉ!!」

焦土と化したストリートの奥から、けたたましい高笑いと、地響きのような足音が近づいてきた。

炎の壁を割って現れたのは、一つの影。

体長二メートルほど。ライブメタルの適合者のような流線型のスマートなシルエットではない。胴体は無骨なドラム缶のように丸く、頭部には巨大なトーチバーナーのようなノズルが鎮座している。胸には、大きく鮮やかな「W」の刻印。

全身からメラメラと立ち上るプロパンの臭いと、暴力的な熱気。

「ハハハ! 瑞穂坂のヒーローとやらが、ノコノコと帰ってきたか! オレこそが、ワイリー様が誇るファースト・ナンバーズ……**ファイアマン**様だ!!」

自らを「ファイアマン」と名乗ったロボットが、両腕のトーチノズルを雄真たちに向けた!

「ファイアマン……? フォルスロイドじゃ……ないのか!?」

雄真がモデルZXのセイバーを構え、警戒を深める。

「フォルスロイドなどという気取った名前で呼ぶな! ワシはワイリー様の手によって直接改造され、この世界の『熱エネルギー理論』を組み込まれた最高峰のロボットだ! この街の科学技術など、オレの『ファイアストーム』の前には全て灰となるのだよ!」

ファイアマンが両腕を交差させると、全身の装甲が赤く発光し、周囲の温度が跳ね上がった。

「見よ! この圧倒的な熱量を! ライブメタルだかなんだか知らんが、溶けて鉄くずになれぇぇぇ!! 『ファイアストーム』!!」

ドガガガガガーン!!

ファイアマンの全身から、旋風を伴う巨大な炎の嵐が放たれた!

通り全体を埋め尽くすほどの火炎の壁が、津波となって六人に迫る!

 

「みんな、俺の後ろへ!」

雄真が前に躍り出ようとした、その時だった。

「待ちなさい、雄真くん!」

杏里が前に踏み出し、両腕の「ナックルバスター」を正面に構えた。

「炎の相手なら、あたしとモデルFの専門分野よ! 瑞穂坂を燃やしておいて、ワイリーだか何だか知らないけど……威張ってんじゃないわよ!!」

**「モデルF・ギガクラッシュ!!」**

杏里の両拳から放たれたのは、地脈を揺るがすほどの爆炎の衝撃波。

ファイアマンの『ファイアストーム』と、杏里の『ギガクラッシュ』が正面から激突した!

ズドォォォォォン!!

猛烈な爆風が周囲のガラス窓を片端から叩き割る。

炎と炎のぶつかり合い。だが、その拮抗はわずか二秒で崩れた。

「な……なに……!?」

杏里の顔が蒼白になる。

杏里の放った炎が、ファイアマンの炎に「吸い込まれ」、逆にファイアマンの熱量を増強させてしまったのだ!

「ヒハハハ! ぬるい! ぬるすぎるぞお嬢ちゃん! オレの内部にある『超耐熱・熱吸収コンバーター』は、敵の火炎攻撃をそのままワシのエネルギーへと変換するのだ! 炎でワシに挑むなど、愚の骨頂!!」

「キャアアアアッ!」

押し戻された炎の嵐が杏里を襲う!

「杏里ちゃん!」

間一髪、すももが「モデルP」の高速移動で杏里の身体を抱きかかえ、後方へと離脱した。だが、杏里の装甲の一部は焦げ付き、激しく煙を上げている。

「くっ……! 炎が効かないなら……風で吹き飛ばす!」

春姫が空中に跳躍し、モデルHの双剣を交差させた。

**「モデルH・ソニックブレード!!」**

真空の刃が旋風を起こし、ファイアマンの炎を切り裂こうとする。

しかし、ファイアマンは嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

「風を送れば、炎はさらに燃え上がる! 小学校の理科からやり直してくるんだな!!」

ファイアマンが大きく息を吸い込むような動作をすると、春姫の起こした旋風を取り込み、その火炎ストームは倍の大きさに膨れ上がった!

「キャッ!?」

旋風ごと打ち払われ、春姫が地面に叩きつけられる。

「春姫さん! 杏里さん!」

小雪とすももが構えるが、ファイアマンの爆炎はすでに二人をも射程に収めていた。

「ハハハハハ! どうだ! これがワイリー様の科学力だ! ライブメタルなど、オレ一機で全滅させてやるわい!!」

ファイアマンが勝ち誇り、両腕のノズルに全エネルギーを充填し始める。

そのトーチの先端が、白熱化していく。

「トドメだぁぁぁ! 全方位『ハイパー・ファイアストーム』!!」

瑞穂坂の中央通りが、白熱の炎で埋め尽くされようとしたその瞬間——。

**「……ハッタリ言ってんじゃねえよ、ポンコツが」**

静かな、しかし恐ろしいほどに冷めた声が響いた。

ファイアマンの足元の影が、突如として不自然に伸びた。

「なに……!?」

ファイアマンが驚いて下を見た瞬間、影の中から無数の「実体化された巨腕」が飛び出し、ファイアマンの両腕と両脚をがっちりと拘束した!

「な、なんだこれは!? ワシの動作プログラムが固定される……!?」

「おいおい、自称・天才の作ったロボット様が、ただの『ブラフ(ハッタリ)』に引っかかるのかよ?」

暗がりから歩み出てきたのは、八輔……モデルAであった。

モデルAの胸元の変形機構が高速で回転し、怪しい紫の光を放っている。

『八輔! 今だ! 奴の攻撃パターンは単純だ! 熱吸収コンバーターの限界を超えさせるか、あるいは……』

「言われるまでもねえ! 雄真、決めろ!!」

八輔が叫ぶ!

「おう!!」

ファイアマンの拘束は、ほんの1秒にも満たない。だが、雄真にとってはそれで十分すぎた。

雄真の身体から、蒼と赤の光が爆発的に噴き出す。

武器であるバスターも、セイバーも投げ捨てた。

彼はただ、右拳を握りしめ、地面を強く蹴った。

「なに……!? 武器を捨てて素手で挑むだと!? トチ狂ったかガキがぁぁぁ!」

ファイアマンが拘束を力任せに振り払い、胸の全バーナーを雄真へと向ける!

「死ねぇぇぇ!!」

極大のプラズマ火炎が雄真を呑み込もうと迫る。

だが、雄真の目はブレない。

かつて、狂王の遺産・『アポカリプス』の絶対障壁をぶち破り、イザナミの歪んだ復讐を粉砕した、あの時の感覚。

仲間を信じ、自分の魂を拳に宿す、あの圧倒的な熱量!

「イザナミの絶望に比べたら……お前の炎なんて、ちっとも熱くねえんだよぉぉぉぉぉ!!」

**「魂の……ゼクス・ナッコォォォォォォ!!」**

ドガアァァァァァァン!!!!!

雄真の右拳が、ファイアマンの放った極大プラズマ火炎を真真っ二つに切り裂いた!

衝撃波が火炎を泥のように打ち消し、雄真の拳はそのままファイアマンの胸の中央……あの誇らしげに刻まれていた「W」の刻印へと一直線に突き刺さった!

メリメリメリ……ッ!!

「ギ……ガガガッ……!? バ、バカナ……オレの……超合金装甲が……素手で……壊れ……!?」

ファイアマンの内部メカが暴走し、背中の冷却タンクが悲鳴を上げる。

「俺たちの瑞穂坂から……出て行けぇぇぇぇ!!」

雄真が拳をさらに押し込む!

ドカァァァァァン!!!!!

ファイアマンの巨体が爆発した。

激しい火柱が上がったが、それは雄真の右拳から放たれた衝撃波によって一瞬で吹き散らされ、跡形もなく消え去った。

残されたのは、焦げたアスファルトと、半ば破裂した「W」の胸マークの入ったジャンクパーツだけであった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

変身を維持したまま、雄真が深く息を吐く。

周囲に立ち込めていた不自然な熱気と炎は、ファイアマンの消失とともに急速に衰え、ただの水蒸気となって消えていった。

「や……やった……のか……?」

八輔が変身を解除し、へたり込む。

「あっけなさすぎるわよ……何だったのよ一体……!」

杏里が焦げたプロテクターを擦りながら、不満そうに呟く。

「強いことは強かったわ。でも……何というか、戦術が単純すぎたわね。イザナミさんの時のように、こちらの心を折るような巧みな罠や、ライブメタルの特性を突いた攻撃ではなかった……」

春姫がモデルHを納め、呆然と倒れているジャンクパーツを見下ろした。

そう、あまりにも「あっけなかった」のだ。

先ほどまでの猛威が嘘のように、ファイアマンというロボットは、雄真の一撃によって内部の核をあっけなく破壊され、機能を停止してしまった。

「これが……あの自称・天才科学者の言っていた『ナンバーズ』なのか……?」

雄真が自分の右拳を見つめる。

確かに攻撃力は凄まじかった。だが、あまりにも大雑把で、感情がなく、まるで「むかし昔の古い機械」をそのまま力任せにスケールアップさせたかのような、どこか奇妙な違和感が残っていた。

『……雄真、油断するな』

モデルZの低く重い声が脳内に響く。

『このロボット……中の構造を見たが、ライブメタルのような精神エネルギー回路は一切存在しなかった。ただの命令に従うだけの「完全な人形」だ。そして……』

『そして、何かがおかしいよ』

モデルXが不安そうに続ける。

『瑞穂坂を包んでいるこのバリア、そしてこのロボットを送り込んだ技術……イザナミのデータとは根本的に違うのに、どこか「過去」のにおいがするんだ。僕たちの知らない、ずっと……ずっと遠い過去の……』

「過去のにおい……?」

雄真が問い直そうとした、その時だった。

パチ……パチ……パチ……。

静かな拍手の音が、誰もいないはずの暗闇の路地裏から響いてきた。

「ひぃっ!?」

すももが飛び上がり、小雪の背中に隠れる。

六人が一斉に警戒を強め、武器を構えた。

瓦礫の影から、静かに姿を現したのは……二つの影。

一人は、漆黒の死神のような大鎌を肩に担ぎ、青い鬼火のような眼光を光らせる男。

もう一人は、氷の結晶でできた巨大な鏡を浮かべ、冷酷なまでに美しい容貌をした少女。

「……プロメテ……! パンドラ……!?」

雄真の目が大きく見開かれた。

そこに立っていたのは、かつてイザナミの手先として自分たちを幾度となく絶望の淵へと追い詰め、アポカリプス崩壊とともに姿を消したはずの最凶の適合者——プロメテとパンドラであった!

### 第9幕:死神たちの嘲笑と、語られる「幻影」

「な……なんでお前たちがここにいるんだ!?」

八輔がモデルAを構え、震える声で叫ぶ。

「イザナミとともに消滅したんじゃなかったのか!?」

「クク……フハハハハ!」

プロメテが大鎌を地面に突き立て、腹の底から湧き上がるような嘲笑を漏らした。

「相変わらずおめでたい頭だな、ガキども。俺たちがそう簡単にくたばるかよ。イザナミという『飼い主』が消えて、ようやく俺たちは自由になったんだ。この瑞穂坂の空をな」

「プロメテ……パンドラ……」

春姫が前に出ようとするが、パンドラが冷たい視線を向けただけで、周囲の空気が凍りついた。

「警戒は不要……。私たちは……あなたたちと戦いに来たわけではない……」

パンドラの無感情な声が響く。

「戦いに来たんじゃない……? じゃあ何のために姿を現したのよ! あの自称・天才科学者の仲間になったとでも言うつもり!?」

杏里が拳を握りしめる。

プロメテは吐き捨てるように唾を吐いた。

「あの白髪の狂ったジジイのことか? フン、反吐が出るぜ。自分を『世界の支配者』だと信じて疑わない、古臭い化石のような老人だ。イザナミの残したジャンクパーツを拾い集めて、おもちゃのロボットを作って喜んでいるだけのな」

「じゃあ……あのファイアマンとかいうのも、お前たちの仕業じゃないのか?」

雄真の問いに、プロメテはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「言ったろ? 俺たちは観客だ。……だがな、雄真。あのジジイの戯言を聞いていて、少しばかり『懐かしい名前』を耳にしてな」

「懐かしい名前……?」

プロメテが大鎌をゆっくりと持ち上げ、瑞穂坂の夜空を指さした。

「あのジジイ……『ワイリー』とか名乗る老人は、次元の裂け目から落ちてきた時に、狂ったように叫んでいたそうだ。『あの青い奴さえいなければ』……とな」

「青い……奴……?」

雄真と八輔が顔を見合わせる。

『……!』

その瞬間、雄真の胸元で、モデルXとモデルZが同時に激しく脈動した。

普段は冷静なモデルZすらも、かすかに動揺したようなエネルギー波を放っている。

「プロメテ……それはいったい、どういうことだ?」

モデルXの声が、雄真のスピーカーを通じて外部へ漏れた。

パンドラが静かに口を開く。

「……古いデータベース……ライブメタルの最深部に眠る、禁忌の記憶……。モデルX……モデルZ……あなたたちなら、知っているはず……」

パンドラの周囲に浮遊する氷の鏡に、過去の記録らしき幾何学模様が映し出される。

「かつて……ライブメタルが作られるよりも遥か昔……何百年も前の古の時代……。世界を何度も救い、何度もその身を賭して戦った……**『伝説の青いロボット』**の存在を……」

「伝説の……青いロボット……?」

雄真は首をかしげた。

ロックマン・モデルXのことか? いや、モデルXはライブメタルだ。パンドラが言っているのは、「ライブメタルが作られるよりも昔」の存在……。

「あの老人は……その『青いロボット』と長年、血で血を洗うような死闘を繰り広げてきた宿敵らしい……。科学の限りを尽くし、無数のロボットを作り出し、世界を征服しようとしては、その『青いロボット』に阻まれ続けてきた……哀れで、しかし恐ろしいほどの執念を持った男……」

プロメテが楽しそうに大鎌を弄ぶ。

「ククク……傑作だと思わないか? イザナミが追い求めた『神の力』なんぞよりも、ずっと根深く、ずっと狂気に満ちた『個人的な怨念』だ。あのジジイは、この瑞穂坂を……いや、この世界全体を、自分と『あの青いロボット』の復讐の戦場に塗り替えようとしているんだよ」

「そんな……そんな昔の因縁に、瑞穂坂を巻き込もうとしてるっていうのか!?」

八輔が怒りに震える。

「そうだ。そして……あのジジイはお前たちの持つライブメタルを見て、狂喜乱舞していたぜ。『モデルX』の蒼き姿に、あの忌々しい『青い悪魔』の幻影を見ているのさ」

プロメテの目が、雄真の着ているモデルZXの蒼い装甲へと注がれる。

「気をつけろよ、雄真。あのジジイが次に繰り出す『ナンバーズ』は、今日のファイアマンのような前座じゃ済まねえ。お前の中にある『青い光』を粉砕するためだけに特化された……本当の『殺戮兵器』だ」

 

「待て! プロメテ! パンドラ!」

雄真が叫ぶ。

「お前たちはどうするつもりだ!? また俺たちの前に敵として立ちはだかるのか!?」

二人は足を止め、振り返ることなく闇の中へと歩みを進めた。

「さあな……。俺たちは俺たちのやり方で、この狂った舞台を楽しませてもらうさ。ジジイが勝つか、お前たちが勝つか……それとも、全員まとめて灰になるか」

プロメテの声が、夜の闇に溶けていく。

「一つだけ……教えてあげる……」

パンドラが立ち止まり、斜め後ろを振り返った。

その無機質な瞳に、かすかな揺らぎが宿っていた。

「あの老人の本当の恐怖は……ロボットの強さではない……。『何度倒されても、どれほどの時を超えても、決して折れない悪意』そのもの……。あなたたちの『真っ直ぐな拳』が……その途方もない悪意に届くかどうか……見届させてもらうわ……」

ヒュッ……と冷たい風が吹き抜け、次の瞬間には、二人の姿は影の中に完全に消え去っていた。

後に残されたのは、静まり返った瑞穂坂の廃墟と、呆然と立ち尽くす六人のヒーローたちだけであった。

「……伝説の……青いロボット……」

雄真がポツリと呟く。

胸元で、モデルXが静かに言葉を発した。

『……雄真。いつか、話さなければいけない時が来るかもしれない。僕たちの元の姿……そして、この世界ができる前に存在した、あの「偉大な英雄」たちのことを』

『……フン、昔話に浸っている時間はないぞ、X』

モデルZが冷たく割り込む。

『プロメテの言った通りだ。あの老人の執念は異常だ。瑞穂坂の地下深くで、すでに次なる「W」の兵器が起動し始めている。全域の電磁バリアも、まだ解除されていない』

「ああ……分かってる」

雄真が空を見上げた。

瑞穂坂の夜空を覆う「W」の電磁バリア。その向こうで、あの老人の高笑いが聞こえるような気がした。

「沖縄のバカンスは台無しになっちゃったけどさ……」

八輔が口元を拭い、フッと笑った。

「帰ってきたからには、キッチリ片付けようぜ。瑞穂坂の平和を取り戻して、またみんなで……今度は全員で、笑って海に行けるようにさ!」

「八輔くん……」

春姫が微笑む。

「ええ! あんな変なオジサンロボットなんかに、あたしたちの街を渡すもんですか!」

杏里が拳を掲げる。

「すももも、最後まで戦うよ!」

「水流のように、どんな困難も乗り越えてみせます!」

小雪とすももも、力強く頷いた。

六人は互いに顔を見合わせ、深く頷き合う。

沖縄の眩しい太陽の下で育んだ絆。イザナミの絶望を乗り越えた強さ。

それら全てを胸に抱き、彼らは再び、暗雲立ち込める瑞穂坂の深部へと向かって走り出した。

時空を超えて飛来した、最凶の天才科学者「W」。

彼が解き放つ、新たな「ナンバーズ」の恐怖。

そして、語られ始めた「伝説の青いロボット」の因縁——。

瑞穂坂の街を巡る新たな死闘は、今、本当の幕を開けたばかりであった。

そして、語られるそれは、誰もが知る青き勇気。

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