試合開始を告げるほら貝が鳴ると、Black onyXの三人は示し合わせたように別々の方向へ走り出した。帝はトップ、雷はミドル、乃依はボトムへ入り、三本のレーンすべてへ一人ずつ散っていく。対するかぐやいろP側も、事前に決めていた通り輝夜と彩葉が揃ってトップへ向かい、ヤチヨだけが一人でボトムへ進んだ。彩葉は呼び出したカラスの背へ乗り、輝夜は巨大なハンマーの竹筒からジェットを噴射して、一気に前線との距離を縮めていく。
六人の位置が戦場上空のマップへ映し出されると、実況席の忠犬オタ公が早くも身を乗り出し、その隣ではてゐが三方向へ伸びたBlack onyXの軌跡を眺めながら、配置だけで何かを察したように目を細めた。
「Black onyX、開幕から三人が完全に分かれました! トップに帝、ミドルに雷、ボトムに乃依! これは――!」
「トライデントだね。トップ、ミドル、ボトムへ一人ずつ置いて、三本全部から取れるものを取っていく形だよ」
「しかし、輝夜いろP側はトップに二人! 帝はいきなり一対二になりますよ!?」
「そこだけ見れば不利だけどねえ。二人がトップへ行ったってことは、そのぶんミドルには誰もいない。帝がすぐ崩れなきゃ、雷は中央で好きなだけ力を貯められるよ」
てゐの言葉を裏付けるように、雷は誰もいないミドルへ現れたミニオンの群れへ迷いなく武器を振るっていた。巨大な芭蕉扇のような武器で前列をまとめて薙ぎ払い、残った敵へ錫杖を叩き込むたび、ウルトゲージを示す表示が少しずつ伸びていく。
一方、トップへ先行していた彩葉と輝夜は、櫓を守るミニオンの射程内に入ると、カラスの背から飛び降りて着地と同時に巨大なブーメランを投げてミニオンたちに攻撃する。輝夜もジェット噴射の勢いをそのままに地面にいるミニオンたちへハンマーを叩きつける。射程内まで乗ったまま踏み込めば、ミニオンの集中攻撃を受けて撃ち落されてしまう。だからこそ空中移動は前線へ辿り着くまでに留め、ここから先は自分たちの足で戦う必要があった。
彩葉はすぐ帝の位置を確認し、隣へ降り立った輝夜へ視線を向ける。
「輝夜、最初から全部当てようとしなくていいからね。私が右から入る」
「分かってるわ」
以前なら返事をした時点で飛び出していただろう輝夜も、今は彩葉が横へ広がるまで動かなかった。二人の距離が揃ったところで、輝夜はハンマーの竹筒を短く噴かせ、地上で加速しながら帝との間合いを一気に詰める。正面から迫る輝夜へ注意を向けているように見えた帝は、ハンマーが振り下ろされる寸前に半歩だけ身体を外した。同時に右側から回り込んできた彩葉のブーメランへ金棒を当て、二人分の攻撃をほとんど一つの動作で逸らしてしまう。
その反動を利用して輝夜の懐へ滑り込むと、金棒を刀へ変形させ、巨大な武器を引き戻し切れない内側から浅く一撃を入れた。彩葉が追撃へ移るより早く距離まで取り直され、二人で挟んだはずの帝が何事もなかったように正面へ戻る。
「うわっと! 輝夜の正面攻撃をかわしながら、いろPのブーメランまで弾いた! 帝、一対二でもまったく下がりません!」
「二人を一人ずつ見ちゃいないね。輝夜が来たら、その次にいろPがどこへ入ってくるかまで、まとめて読んでるんだよ」
僅かに削られた体力表示へ視線を落とした輝夜は、すぐに取り返そうとはせず、彩葉の隣まで戻って帝の構えを見直した。攻撃を当てられなかった悔しさより、予想以上に強い相手と直接戦えている楽しさの方が勝っているらしく、口元には小さな笑みさえ浮かんでいる。
「強いわね」
「だから二人で来たんでしょ」
「じゃあ、次は当てるわ」
今度は彩葉が先にブーメランを放ち、大きな弧を描かせながら帝の右側へ回り込ませた。その動きへ合わせて輝夜も左から短くジェットを噴かせ帝がブーメランを弾いた瞬間、竹筒から鰻を射出する。帝は刀へ切り替えて鰻の軌道を逸らしたものの、その僅かな時間に彩葉は戻ってきたブーメランを二本へ分割していた。双剣を握って側面へ踏み込み、一撃目を受け止められた直後、逆側から振った二撃目で腕を浅く捉える。
「入ったあっ! 輝夜といろP、連携で帝へダメージ!」
「一回目よりずっといいね。輝夜もいろPとの連携を意識してるよ」
被弾した腕を軽く回しながら距離を取り直した帝は、僅かなダメージなど気にした様子もなく、むしろ二人の動きが良くなったことを楽しむように笑った。
「へえ。前よりちゃんと考えてんじゃん」
「前?」
「対戦する相手くらい見るだろ。前のお前、もっと真っ直ぐ来てたし」
自分たちだけがBlack onyXを研究していたわけではない。その事実を改めて突きつけられた彩葉は、帝を追おうと身体を傾けた輝夜へ声を掛け、一度距離を整えてから攻め直すことを選んだ。
「輝夜、一回戻ろう」
「次はもっと当てるわ」
「当てることだけ考えないでって」
「両方やればいいでしょう?」
強引な返事とは裏腹に、輝夜はそのまま飛び出さず、彩葉と歩調を揃えながら帝の出方を窺った。その様子を映していた戦況表示がふと中央へ切り替わると、ミドルでは雷がすでに二群目のミニオンへ取り掛かっている。
「雷、帝が二人を相手にしているのに、まだ救援へ向かいません!」
「帝が崩れてないからね。今助けに行けば、誰もいないミドルを捨てることになる。帝が一人で耐えてるうちは雷が中央にいた方が得なんだよ」
彩葉も視界の端に表示された雷のウルトゲージへ一瞬だけ目を向けた。帝を攻めるために使った時間が、そのまま雷の成長へ変わっているのだと気づいても、今ここで一人が離れれば帝を自由にすることになる。
二人で攻めているはずなのに、動きを縛られているのは自分たちだった。
◇ ◇ ◇
その頃、反対側のボトムでは、竹林の道を塞ぐ牛鬼の向こうから、葉擦れへ紛れるように短い弦の音が響く。頬へ迫った一本をヤチヨが扇子で逸らし、続けて飛んできた矢から身体を外すと、その一本が背後の牛鬼へ突き刺さった。思わぬ援護でも受けたように、ヤチヨが楽しそうに目元を緩める。
「おやおや。乃依ちゃんまで手伝ってくれるの?」
竹林の奥から姿を見せた乃依は、短弓へ新しい矢を番えながら気怠げに首を傾げた。
「手伝ってないでしょ?」
否定とほとんど同時に次の矢が放たれると、ヤチヨは牛鬼の横へ回り、その巨体を盾として乃依からの射線を切った。振り下ろされた腕を潜りながら閉じた和傘を脇腹へ叩き込み、再び牛鬼を乃依との間へ挟むように位置を変えていく。乃依が射線を確保しようと右へ動けば、ヤチヨも巨体を挟んで反対へ回る。無理に撃てば牛鬼へ当たり、待っていればヤチヨが牛鬼を削り続けるため、何本目かの矢を番えた乃依は少しだけ眉を下げた。
「やりづらいなぁ」
「ヤチヨ、牛鬼を完全に盾へ使っています! 乃依の射撃が通らない!」
「姫さんはこういうの上手いよ。牛鬼と乃依を別々に相手するんじゃなくて、乃依の攻撃まで牛鬼を倒すのに利用してる」
ヤチヨは乃依へ無理に近づこうとはせず、まず目の前の牛鬼を処理することへ意識を切り替えた。大きく振り下ろされた腕を潜って懐へ入り、開いた和傘へ手首の動きだけで高速回転を与える。
横へ投げ放たれた傘の縁が牛鬼の胴を深く薙ぎ、全身へ走った光の亀裂が一斉に弾けた。大きな弧を描いて戻ってきた和傘を受け取る頃には、巨体も光の粒子へほどけて消えていたが、それと同時に乃依との間を遮っていた盾まで失われる。
その瞬間を待っていたように弦が鳴り、ヤチヨの肩口へ一本の矢が鋭く突き刺さった。体力が僅かに削れるのと同時に淡い光が全身へ広がり、踏み出そうとした足が急に重くなったことで、鈍足効果が付与される。
「入った! 乃依の矢がヤチヨへ直撃! 移動速度が落ちました!」
「これで姫さんの速さは潰れたね。あとは本人ばっかり狙わなくても、通りたい場所を塞げば十分だよ」
乃依は続けて身体へ矢を集めるのではなく、鈍ったヤチヨが櫓へ向かうために使いそうな道へ先回りするように矢を散らした。右へ進めば右側へ一本、左へ切り返せばその先へもう一本を落とし、重くなった足で遠回りまで強制させる。何度か進路を変えさせられたヤチヨは、困ったように眉を下げながらも笑みを消さなかった。
「これはずいぶん可愛がられていますなあ」
鈍った身体で地面を走り続けても射線を抜け切れないと判断し、先ほど牛鬼を倒した時と同じように和傘へ高速回転を与える。ただし今度は横へ投げず、勢いを維持したまま上下を返し、石突を地面へ向けた状態で前方へ放った。逆さになった和傘は巨大な独楽のように回転しながら地面を走り、本来想定されていない方向から掛かる負荷によって耐久表示が見る間に削れていく。それでもヤチヨは躊躇することなく傘の上へ飛び乗り、鈍足で失った速度を別の方法で補うように身体を前へ傾けた。
「何だあれえええ!? 傘に乗ったあああ!?」
「牛鬼を倒した回転投げを逆さに使ったのか。相変わらず、道具を大事にする気はないねえ」
「耐久値がものすごい勢いで減ってますよ!?」
「だから何度も使える手じゃないよ」
眠たげだった乃依の目も、さすがに僅かに見開かれた。
「それ、そんな使い方も出来るんだ」
足元で軋む和傘へ一瞬だけ視線を落としたヤチヨは、それでも速度を緩めず、回転軸まで乃依へ向けるように重心を変える。
「たまには無茶させないとね」
「それじゃ、ちょっとお邪魔しまーす」
乃依は正面と回避先へすぐ矢を重ねたものの、先ほどまで地上を走っていたヤチヨとは速度がまるで違った。正面から来た一本だけを扇子で逸らし、足元の傘を傾けながら回転軸を変え、竹の隙間を縫うように左右へ振って距離を潰していく。右側へ矢を置かれると、ヤチヨは一度だけそちらへ傘を傾け、次の一本が飛んだ瞬間に反対へ重心を倒した。先回りした矢が誰もいない場所を通り過ぎる頃には、弓が最も力を発揮できる距離はほとんど残っていない。
「あ、そっちか」
乃依は悔しがるというより、自分の読みを一つ外されたことへ納得するように呟きながら、逃げる代わりに短弓の中央へ手を添えた。湾曲していた弓身が大きく展開し、刃を備えた両端が繋がって巨大な輪刀へ変形する。乃依はその中心へ身体を滑り込ませると、腰の周囲でチャクラムを高速回転させながら迫ってくるヤチヨを迎え撃つ。
ヤチヨは逆さ和傘から飛び降り、乗り手を失った傘だけをそのまま乃依へ突っ込ませた。高速回転する輪刀と和傘が正面からぶつかり鋭い火花を散らす。
戻ってきた傘を受け取ったヤチヨは、輪刀の連続攻撃を正面から受け続けず、傘面で外側へ流しながら後方へ滑った。巨大な円は周囲を広く制圧できるものの、その中心にいる乃依自身まで刃で覆われているわけではなく、受け流す回数を重ねるほど視線は輪刀の中心へ集まっていく。
乃依が腰を返し、輪刀を右から左へ大きく振った瞬間、ヤチヨは開いた和傘を正面から一度だけぶつけた。押し込まれる寸前に急に力を抜くと、支えを失った輪刀が僅かに前へ流れ、回転の中心へほんの一瞬だけ隙が生まれる。
和傘を閉じながら身体を低くしたヤチヨは、そのまま巨大な輪の内側へ滑り込んだ。
「そこ、ガラ空きですよ~」
至近距離で扇子が開き、放たれた風圧が乃依の身体を輪刀ごと後方へ押し飛ばした。乃依は地面へ足を滑らせながらも倒れず、すぐ輪刀を逆方向へ回して追撃を止めると、距離が開いた瞬間には短弓へ戻している。後退しながら乃依が弦を引くと、ヤチヨは指が弦から離れる瞬間へ傷んだ和傘を投げ放った。矢を正面から受け止めた傘面が乃依の視界を塞ぎ、横へ動いて射線を取り直そうとした頃には、その影からヤチヨが懐へ滑り込んでいる。
開かれた扇子から放たれた風圧が残された体力を一気に削り切り、乃依の表示が零へ落ちるのとほとんど同時に、その身体を淡い光が包み込んだ。
「決まったあああ! ヤチヨ、乃依を撃破しました!」
観客席から大きな歓声が上がるなか、乃依は零になった自分の体力表示へ視線を落とし、いつもの気怠げな表情をほとんど変えないまま小さく口を開いた。
「…ぴえ~ん」
「ふふん。まずは一人っと」
勝ち誇っている暇はなく、乃依との戦闘で使った時間だけ櫓への到達も遅れているうえ、肩へ受けた矢による鈍足効果もまだ残っていた。さらに無茶な移動に使った和傘は耐久値を大きく失っており、同じ方法を何度も繰り返せる状態ではない。
◇ ◇ ◇
ヤチヨが櫓へ向かって走り始めた頃、戦況は再びトップへ戻っていた。
巨大なブーメランを二本の刃へ分割した彩葉が、輝夜の正面攻撃へ合わせるように帝の側面へ入り込む。帝は一方を刀で受け流し、もう片方へ金棒の柄を当てて身体をずらすと、その勢いを殺さないままトップの牛鬼へ一撃を叩き込んだ。
二人を相手にしながら自分のレーンまで進め続けている帝を見て、彩葉は一対二なのに押し切れないこと以上に、自分たちが長くここへ留まっている事実へ焦りを覚え始める。
そんな攻防の途中で、帝の視線が狐の着ぐるみ型スキンへ向けられた。
「お前、彩葉だろ?」
試合前に輝夜が本名を口にしているため、名前そのものを知られたことには驚かない。それでも狐姿のいろPと迷いなく結びつけられたことに、彩葉の動きが僅かに止まった。
「チガウ、オレイロハチガウ」
帝は答えを強要せず、軽く笑ったまま輝夜の射撃を避ける。
「そのスキン、当てやすくて助かるわ~」
「うるさい!」
彩葉が双剣で踏み込むと、一撃を刀で外へ流した帝が挑発するように眉を上げた。
「そのままで後悔しない? 本気出そうぜ」
腹は立つものの、狐の着ぐるみがSENGOKUで戦いやすい姿ではないことも事実だった。彩葉は一度だけ息を吐くと狐型スキンを解除し、大きな姿が光へ変わった内側から本来のアバターを現す。
「い…いろPが着ぐるみを脱いだ~!」
観客席から大きなどよめきが上がり、それを待っていたように帝の口元が緩んだ。
「や~っぱ彩葉じゃん、元気そうで何より」
「お陰様で!」
「お兄ちゃんも久々に会えて嬉しい~」
その言葉に、今度は輝夜の動きが止まりかけた。帝と彩葉を交互に見比べ、戦闘中だということを一瞬忘れたように目を見開く。
「……お兄ちゃん? 帝って、彩葉のお兄ちゃんなの!?」
「今そこ気にする!?」
「だって聞いてないわ!」
「あとで説明するから!」
忠犬オタ公まで思わず声を上げる一方、てゐは呆れたように笑いながらも、帝から視線を外さなかった。
「ここでまさかの兄妹発覚! 輝夜、試合中に初めて知ったーっ!」
「気になるのは分かるけど、立ち止まったら帝にやられるよ」
帝が金棒を構え直したことで、輝夜もようやく意識を戦闘へ戻す。
「あとで絶対聞くからね」
「はいはい!」
狐スキンを外した彩葉の動きは先ほどより軽くなり、輝夜の大振りを双剣で補いながら帝へ圧力を掛けていった。距離が開けば二本を繋いでブーメランとして投げ、戻った瞬間には再び分割して側面へ回るが、それでも帝は牛鬼への攻撃を止めない。その最中、まるで今思い出したような軽い口調で、帝が彩葉へ声を掛けた。
「そういや、母さんにちゃんと連絡してんの?」
「してない。私にも順序があるの」
彩葉の双剣を刀で流し、続いて迫った輝夜のハンマーから身体を外しながら、帝は肩を竦めた。
「いちいち真に受けちゃうからギスギスすんの、母さんは反抗待ちなんだから」
「知らん! 口出さないで!」
彩葉はすぐにブーメランから伸ばしたワイヤーを放ち、帝が肩へ担いでいた金棒へ絡みつかせた。金属へ巻き付いたワイヤーが張り詰め、帝の腕が僅かに引かれる。
「捕まえた!」
彩葉は両手でワイヤーを強く引き、牛鬼へ向かおうとする帝の動きを止めた。
ところが帝は、絡みついたワイヤーを外そうとはしなかった。むしろ金棒を握る手へ力を込めると、そのまま大きく振り上げる。ワイヤーの先にいる彩葉の身体まで引かれ、足元が一瞬だけ浮いた。
「えっ」
帝はその勢いのまま、金棒を地面へ叩きつけた。轟音が響き、石畳が蜘蛛の巣のように割れる。金棒を中心に地面が大きく陥没し、砕けた石と土砂が一斉に跳ね上がった。ワイヤーを握ったままだった彩葉も衝撃に引かれ、足場を崩されながら大きく体勢を乱す。
「うわっ!?」
すぐ横を抜けようとしていた輝夜の前にも瓦礫が弾け、進路を塞ぐように大きな石片が転がった。
地面へ食い込んだ金棒を片手で持ち上げる。
ワイヤーはまだ巻き付いたままだった。彩葉が引けば帝も止まる。そう思っていたはずなのに、実際にはその拘束ごと振り回され、地形を壊すためのきっかけに利用されていた。
「彩葉!」
瓦礫をハンマーで弾きながら輝夜が呼ぶ。
彩葉もすぐにワイヤーを解除しようとしたが、その一瞬だけ帝の方が早かった。
金棒の内部から刀を引き抜く。澄んだ金属音が響いた直後、帝の足元へウルト発動を示す光が走った。
「帝、ウルト発動!」
忠犬オタ公の声が響くより早く、帝の姿が消える。
いや、消えたように見えるほど速かった。
地面を蹴った瞬間にはすでに瓦礫の向こうへ抜け、次に彩葉が姿を捉えた時には牛鬼の懐へ入り込んでいた。
「速っ……!」
牛鬼がハサミを振り上げる。しかし、その攻撃が落ちるより先に帝の刀が走った。
「もっと上手くやれよな!」
帝の言葉を置き去りにして牛鬼の体に無数の光の線が刻まれる。帝はそのまま巨体の脇を抜け、速度を落とさず背後へ回ると、振り向きざまにもう一度刀を振るった。牛鬼の全身にさらに光の亀裂が広がった。轟音が響き、牛鬼の身体が無数に弾け飛ぶ。
「牛鬼撃破ああああ!」
観客席から大きなどよめきが巻き起こった。彩葉は消えていく牛鬼と、その手前で何事もなかったように刀を払う兄を見比べる。
ほんの少し前まで、金棒へワイヤーを巻き付けて確かに動きを止めたつもりだった。
それなのに帝は拘束を外すのではなく、そのまま金棒を地面へ叩きつけ、彩葉の力まで利用するように地形を壊した。その僅かな時間で二人を瓦礫の向こうへ置き去りにし、最後はウルトの加速だけで牛鬼を撃破した。先ほどまで家族の話をしていた時と変わらない軽い笑みを浮かべた。
母親と衝突するたび、自分が間違っているのではないかと考えてきた彩葉には、兄のように簡単に受け流せば済むとは思えなかった。その軽い言い方へ、思っていた以上の苛立ちが込み上げる。
「俺みたいに」
返事をするより二人は急いで櫓の占拠へ向かう。
帝は彩葉へ踏み込むように見せ、途中で身体を返して輝夜の懐へ入った。刀へ変形させた一撃で体力を大きく削られた輝夜は、以前ならそのまま殴り返していただろうが、今回は短いジェット噴射で後退し、彩葉の側へ戻ろうとする。その判断の変化にも帝はすぐ気づき、戻ろうとする進路そのものへ先回りした。
「前よりいいじゃん」
「当たり前でしょう!」
「でも、まだちょっと真っ直ぐなんだよな」
横へ走った刀身が残りの体力を削り切り、巨大なハンマーとともに輝夜の身体が光へ包まれる。彩葉が名前を呼んだ頃には、すでにリスポーンへ送られていた。
「輝夜!」
「帝、ついに一人撃破! 二対一を耐え続けながら、先に片方を落としました!」
輝夜が消えた場所へ目を向けた一瞬にも、帝は止まらなかった。彩葉が一人になったことで間合いを詰め、攻撃を受け流すたびに少しずつこちらの踏み込みを読んでくる。
大きく踏み込んだ双剣を刀で外へ流され、彩葉の身体が僅かに前へ傾いた。帝はその隙へ滑り込んで一撃を与えると、振り向こうとする方向へ合わせて武器を銃形態へ切り替える。
至近距離から放たれた一発が残りの体力を削り切り、彩葉の身体も光へ包まれた。トップから二人が消えたことで帝は完全に自由となり悠々と櫓を占拠した。
◇ ◇ ◇
一方のボトムでは、ヤチヨが傷ついた和傘を手に櫓へ近づいていた。
肩へ受けた矢による鈍足はまだ残り和傘の耐久値も危険なところまで落ちている。それでも乃依を撃破した分だけ道は開いており、あと少し進めば櫓へ届くところまで来ていた。
その時、背後から小さく弦の鳴る音が聞こえた。
振り向くより早く和傘を開くと、一本の矢が傘面へ当たり、甲高い音を立てながら横へ弾かれる。竹林の入口へ目を向けると、すでにリスポーンを終えた乃依が短弓を構えて立っていた。
「やっぱり、そっち行くんだ」
ヤチヨは困ったように笑った。
「また乃依ちゃんかあ。さっき倒したんだから、ちょっとくらい通してくれてもいいのに」
「それは無理でしょ?」
乃依は返事と同時にヤチヨ本人へ矢を放った。傷んだ和傘で一射目を弾いた直後、角度を変えて飛んできた二本目が脇腹を掠め、その身体へ淡い光が広がる。
「また当てた! 乃依、鈍足を入れ直しました!」
「これで十分だね。あとは姫さんが行きたい道を塞げばいい」
乃依はそれ以上無理に体力を削ろうとせず、ヤチヨが最短で進める場所へ矢を置き始めた。右へ踏み出せばその先へ一本が突き刺さり、左へ切り返せば時間差で別の矢が落ちるため、鈍足による遅れへ遠回りまで重ねられていく。
一度目とは違い、乃依は自分から近づいてこない。
先ほどの戦闘で近距離へ入られた結果を覚えているのか、ヤチヨが距離を詰めようとするほど自分から下がり、弓の間合いを維持したまま進路だけを削っていた。
「なるほどねえ。今度は私を倒さなくてもいいんだ」
「うん。もう一回やるの、面倒だし」
「そこはもうちょっと悔しがるところじゃない?」
乃依はヤチヨから目を離さないまま、ほんの一瞬だけミドルの方角へ視線を流した。
「俺が姫さんを倒さなくても、ウチが勝てばいいでしょ?」
実況席でも、てゐがその視線を追い、中央の戦況表示へ目を向ける。
「一度撃破されたあと、乃依は完全に遅延へ切り替えています!」
「今必要なのは姫さんを倒すことじゃないからね。ここで止めておけば、その間も雷は自由に動ける」
ヤチヨが一度だけ接近する素振りを見せると、乃依は鋭い一本を正面へ放ちながら自分から距離を広げた。
「来なくていいよ」
「さっきは近づかせてくれたのに」
「一回やったから、もういいかな」
鈍足を受けたヤチヨが進路を変えさせられている間にも、中央では雷が最後のミニオンを処理していた。十分に伸びたウルトゲージを確認すると、トップとボトムの表示へ順番に目を向ける。
トップでは帝がすでに二人を退け、自由になっている。
ボトムでは乃依がヤチヨを倒そうとはせず、それでも櫓へ向かう歩みだけは確実に遅らせていた。
雷はそこで初めて、ミドルから進路を変えた。
「雷が動いたあああ!」
巨大な武器を背へ傾けながら中央を抜け、天守閣へ続く道へ踏み込んでいく。誰にも邪魔されなかったミドルで蓄えた力を、今度は勝敗へ変えるための移動だった。
「雷、ウルトまでしっかり溜めています!」
「トップへ二人置いてた間、中央の資源はほとんど雷が一人で取ってたからね」
ヤチヨも天守閣へ向かおうとするが、鈍足が残った足では急な方向転換が難しく、進路へ置かれる乃依の矢を避けるたびに遠回りを強いられた。乃依は本人へ追加の一撃を狙うより、すでに遅くなった身体へ最短経路を与えないことだけに集中している。
「うまいなあ」
「でしょ?」
軽口を交わしている間にも雷は天守閣へ近づき、ヤチヨがようやく乃依の矢を扇子の風圧でまとめて外へ押し流した時には、すでに内部へ踏み込んでいた。
鬼面を備えた盾で最後の妨害を受け流し、大将落としの前へ立つ。
「雷が入ったああああ! ヤチヨも追っている! 間に合うか――!?」
傷ついた和傘を握り直し、ヤチヨも速度の落ちた身体で前へ出る。
しかし、その一歩より早く、雷の武器が大将落としへ叩き込まれた。
腹の底まで響くような重い音とともに標的が崩れ、勝敗を示す光が戦場全体へ一気に広がっていく。
第一ラウンドの勝者は、Black onyX。
観客席から爆発するような歓声が押し寄せるなか、ヤチヨはあと僅かまで迫っていた天守閣を見上げ、それから乃依へ振り返った。
乃依はもう弓を引いておらず、勝敗が決まった以上はこれ以上ヤチヨを止める必要もないと判断したのか、いつもの気怠げな表情へ戻りながら雷のいる方角を眺めていた。
「ふぅ、耐えきった」
一度目の攻防では乃依自身が撃破されている。それでも復帰後はヤチヨを倒し返そうとはせず、鈍足を付与して進路を削り、その数秒を雷へ託した。
ヤチヨも惜しそうに眉を下げながら、悔しさを剥き出しにすることなく小さく笑った。
「じゃあ次は、乃依ちゃんも試合も両方もらおうかな」
「欲張るなぁ」
実況席では、忠犬オタ公が興奮を残したまま戦況表示を振り返り、てゐも三本のレーンへ分かれていたBlack onyXの軌跡へ目を向けた。
「Black onyX、第一ラウンドを先取! 帝はトップで二人を引きつけ、乃依は復帰後もヤチヨを遅らせ、最後は雷が大将落としを決めました!」
「それぞれ別の場所で作った時間が、最後にちゃんと繋がったね」
てゐは転送の光へ包まれていくヤチヨを眺めながら、何かを見つけたように僅かに目を細める。消えていく三本のレーン表示を眺めたまま小さく笑った。
「…次も同じように来てくれるなら、面白いことになるかもよ」
その言葉の意味を尋ねるより早く、六人の身体は戦場から消えていった。第一ラウンドの景色もゆっくりと白へ溶け、最後まで残っていた三本の軌跡だけが、一瞬遅れて画面から消えた。