巨大なハンマーを肩へ担いだヤチヨは、先ほどまで乃依に塞がれていたボトムへ戻ろうとはしなかった。竹筒を後方へ向けて腰を落とすと、轟音とともに噴射が始まり、その反動に身体を引かせるようにして自陣側を横切っていく。
「ヤチヨ、ボトムへ戻りません! 輝夜のハンマーを持って、そのままトップへ向かう!」
戦場上空のマップでも、ヤチヨの反応が大きく横へ流れていった。乃依によって長く足止めされていた場所へ引き返す気配はなく、リスポーン地点からトップまでの距離を、ハンマーの噴射によって一気に縮めていく。
その一方で、ボトムへ残された乃依はヤチヨの消えた方向を一度だけ見たあと、目の前の牛鬼へ短弓を向け直した。ここで追いかければ自分のレーンを空けることになる以上、まず牛鬼を倒して前へ進むしかない。
引き絞った一本目が牛鬼の肩へ突き刺さり、続く二本目も胴を捉える。どちらも正確な射撃だったものの、長く伸びた体力表示は僅かにしか減らず、巨体を大きく揺らすほどの威力には届かなかった。
「牛鬼の体力が全然減っていない!」
忠犬オタ公が残り体力へ目を見張ると、てゐは先ほどまでヤチヨが戦っていた場所を見返し、すぐに理由へ行き着いた。
「姫さんはわざと体力を残したね」
第一ラウンドでは牛鬼を利用しながら乃依との距離を詰め、その過程で牛鬼にも攻撃を重ねていた。しかし今回は、乃依が足止めへ徹すると分かったあたりから牛鬼へほとんど手を出さず、自分が消えたあと簡単に処理されないだけの体力を残している。
乃依がさらに矢を撃ち込んでも、削れる量は変わらない。その様子を眺めていた忠犬オタ公は、やがて先ほどヤチヨを仕留めた一矢を思い出し、はっと目を見開いた。
「……あれ? 乃依、ウルトがない!」
ヤチヨを氷結させた高威力の一矢は、すでに撃破のために消費されている。あれを牛鬼へ回せていれば攻略時間を大きく縮められたはずだが、今の乃依には通常射撃を重ね、少しずつ削る手段しか残されていなかった。
「まさか……ヤチヨ、乃依にウルトまで使わせたんですか!?」
「そういうことみたいだねえ」
てゐはそこで初めて、不自然だったヤチヨの被弾へ答えを与えた。
「ただ戻りたいだけなら、もっと早く倒されてもよかった。でも姫さんは全部の矢を受けたわけじゃない。乃依が最後に大技を使わせるところまで持っていったんだよ」
忠犬オタ公が改めてボトムへ目を向けると、乃依は何本目かも分からない矢を牛鬼へ撃ち続けていた。確実に体力は減っているものの、その速度は遅く、自分のレーンを進めるだけでも相応の時間を奪われている。
「デスルーラだけじゃない! 乃依のウルトを自分に使わせて、牛鬼の討伐まで遅らせていたあああ!」
第一ラウンドでは、乃依がヤチヨの時間を奪うことで雷の進軍を助けた。今度はその足止めを受けたヤチヨ自身が、撃破されるまでの過程まで利用し、乃依から時間を奪い返している。
その頃には、ハンマーの噴射音がトップ近くまで迫っていた。
帝と向き合う輝夜は扇子を開いて銃弾を防ぎ、その横では彩葉がブーメランを回して進路を塞いでいる。二人とも帝を倒そうとはせず、トップから離れようとした時だけ攻撃を差し込む姿勢を崩していなかった。
竹林の向こうから巨大なハンマーを抱えたヤチヨが飛び出すと、帝はすぐにマップへ視線を走らせた。ボトムには乃依が取り残され、ミドルには雷がいるため、ヤチヨがトップへ回った以上、この人数差を放置する理由はない。
「雷! 乃依のフォローに回れ!」
帝の声を受け、ミドルを進んでいた雷の反応がすぐにボトム側へ向きを変える。その変化を確認した彩葉も、ほとんど同時に戻ってきたブーメランを受け取り、帝から距離を取りながら身体をミドル側へ翻した。
「いろPもトップを離脱! 雷を追います!」
帝は彩葉の動きを見た瞬間、ヤチヨより先にそちらを止めようとした。金棒を振り上げて進路へ踏み込むが、その間へ輝夜が滑り込み、開いた扇子を正面へ構える。
「行かせるか!」
「行かせるわよ」
振り下ろされた金棒が扇面へ叩きつけられ、輝夜の靴底が地面を大きく滑った。それでも進路からは退かず、帝が横へ抜けようとすれば扇子を閉じて金棒へ打ちつけ、彩葉を追うための一歩を潰していく。
その横を彩葉が一気に駆け抜け、竹林へ入った姿が次第に小さくなっていく。帝はすぐに追おうと身体を捻ったものの、輝夜が再び正面へ食らいついたため、視線だけで遠ざかる背中を追うしかなかった。
同じ頃、ヤチヨは帝との攻防へ加わらず、そのさらに奥にいるトップの牛鬼へ向かっていた。ハンマーの竹筒から短く噴射を吹かせて距離を詰めると、巨体が振り下ろした腕を横へ抜け、そのまま懐へ潜り込む。
両手で巨大なハンマーを振り上げた瞬間、蓄積されていたウルトゲージが一気に消費された。竹筒から激しい噴射が迸り、加速を乗せた一撃が牛鬼の胴体へ叩き込まれる。
「ヤチヨ、トップの牛鬼へウルトです!」
巨大な身体が地面から浮き上がるほどの衝撃とともに体力表示が一気に零まで落ち、牛鬼は踏ん張る間もなく光へ変わって崩れ始めた。
「トップの牛鬼、一撃で撃破あああ!」
ヤチヨは消えていく巨体から視線を外し、まず彩葉が向かった方向を確認した。マップ上ではすでに彩葉の反応がトップの外まで抜け、帝に追いつかれることなく雷との距離を縮めている。
その動きを見届けてから輝夜へ顔を向けると、ちょうど帝の金棒が扇子へ重く叩き込まれたところだった。彩葉を逃がすため一人で帝を引き受けた輝夜は、片手の扇子だけで正面を支えていたものの、横からの牽制が消えたことで少しずつ押し込まれ、靴底が地面へ二本の跡を刻んでいく。
帝がさらに踏み込み、扇子ごと輝夜を押し切ろうと力を込める。輝夜の腕が大きく沈みかけたところへ、横から飛び込んできた巨大なハンマーが金棒の軌道を受け止め、重い衝突音とともに一撃を止めた。
帝が驚いて顔を向けると、そこには牛鬼を倒したばかりのヤチヨが立っていた。ハンマーを支えながら、その表情にはいつもの楽しそうな笑みが戻っている。
「お待たせ」
輝夜が扇子越しにヤチヨを見る。
「遅いわよ」
「彩葉がちゃんと抜けるまで見てたからね」
ヤチヨはそう答えながら帝の金棒を押し返し、相手が一歩下がった隙にハンマーの柄をそのまま輝夜へ向けた。輝夜も迷わず受け取り、代わりに右手の扇子を差し出すと、二人はほとんど足を止めないまま本来の武器へ持ち替える。
「ありがとう」
ヤチヨは戻ってきた扇子を開き、和傘とともに構え直した。
「これで難題達成かな?」
「まだ彩葉を倒してないから駄目よ」
即答されると、ヤチヨは僅かに頬を膨らませる。
「むぅ。厳しいなあ」
帝は目の前で交わされるやり取りへ、呆れたように眉を上げた。
「戦ってる最中に何の話してんだよ」
「大事な話よ」
巨大なハンマーを取り戻した輝夜が当然のように答えると、ヤチヨも扇子を手にしたまま小さく笑った。彩葉はすでにトップを抜け、牛鬼も倒れているため、残る目的はその先にある櫓だった。
ヤチヨが和傘を開いて帝の視界を塞ぎ、その横から抜けようと一歩踏み込む。帝がすぐ身体を向ければ、今度は輝夜の巨大なハンマーが正面から振り込まれ、二人を同時に止めようとした足が僅かに遅れた。
その隙にヤチヨは櫓へ向かって走り、輝夜は帝の前へ残る。帝が追おうとすればハンマーが進路へ振り下ろされるため、先ほど扇子で押し込めていた時とは違い、重量そのものを正面からぶつけ返されることになった。
「今度はこっちを止める気か!」
「ヤチヨが行きたいみたいだから」
「だから通さねえって!」
金棒とハンマーが激しく衝突し、地面へ震動が走る。その間にもヤチヨは櫓へ続く足場を駆け上がり、最上部に吊られた大きな鐘まで距離を縮めていった。帝もその姿を視界の端へ捉え、輝夜を強引に振り切ろうとする。だが、巨大なハンマーがもう一度正面へ回り込み、帝の一歩を遅らせた時には、ヤチヨはすでに鐘の前へ辿り着いていた。ヤチヨが鐘を鳴らすと、澄んだ音が竹林の上へ高く響き渡った。その瞬間にトップ櫓がかぐやいろP側のものへ切り替わり、Black onyX側の天守閣前には大将落としが出現した。
◇ ◇ ◇
ヤチヨが櫓を降り始める一方、帝から乃依のフォローへ向かうよう指示を受けた雷は、ミドルを外れてボトム側へ進路を変えていた。乃依がヤチヨを押さえている間に合流し、そのまま二人で動きを封じるつもりなのか、足を緩めることなく援護先へ向かっている。
その少し後ろを、彩葉も追っていた。
姿は見えない。
トップを離れたあと、彩葉はステルスを起動したまま雷との距離を詰めていた。足音も気配も極力抑え、こちらの存在へ意識を向けさせないまま、攻撃を確実に通せる位置まで近づいていく。雷は一度だけ周囲へ視線を走らせたものの、そのまま前へ向き直った。乃依のいる方向では戦闘音が続いており、急いで合流しなければならないという意識が、背後への警戒を僅かに薄くしている。
彩葉はそこで速度を上げなかった。
焦って距離を詰めれば、足音や空気の揺れで気づかれるかもしれない。雷がもう一度前方へ注意を戻し、完全に背中を晒した瞬間まで待ってから、静かにブーメランを構える。
次の一歩で、ステルスが解けた。
何もなかったはずの背後に突然彩葉の姿が現れ、同時に放たれたブーメランが至近距離から雷の肩を捉える。振り返ろうとした身体が衝撃で横へ崩れ、その隙を逃さず、彩葉は戻ってきた武器を受け取ると双剣へ分割した。
「なっ――」
雷が芭蕉扇を持ち上げるより早く、彩葉は懐へ踏み込んだ。
右の刃で武器を持つ腕を外へ弾き、続けて左の刃を胴へ滑り込ませる。雷もすぐ鬼面の盾を分離させようとしたが、完全に構える前へもう一撃を重ねられ、防御へ移るための間合いを作れない。
「悪いけど、ここで止まってもらう!」
彩葉は正面へ居続けず、雷が反撃へ切り替えようとするたびに側面へ回った。双剣の片方から伸ばしたピアノ線を盾の縁へ絡め、強く引いて向きを逸らすと、開いた胴へもう一方の刃を叩き込む。ようやく錫杖を振り抜こうとした頃には、雷の体力は大きく削られていた。彩葉は一歩だけ後ろへ退きながら双剣を再びブーメランへ結合し、反撃の軌道が完成するより先に、至近距離から投げ放つ。回転する刃が正面から雷を捉え、残っていた体力を一気に削り切った。姿を消して近づいた最初の一撃から最後まで主導権を渡さず、雷に立て直す時間そのものを与えないまま勝負を終わらせる。
「雷、撃破ぁぁぁ! 彩葉、ステルスからの完全な不意打ち! 乃依の援護へ向かう途中を一気に仕留めました!」
忠犬オタ公の声が響く中、雷の輪郭が光へ変わっていく。
彩葉は戻ってきたブーメランを受け取ると一つ肩の荷が下りる。帝が送った援護を合流前に潰せたことで張り詰めていた息をようやく吐き出せた。
◇ ◇ ◇
その間にボトムでは乃依が牛鬼へ通常の矢を撃ち込み続けていた。高威力のウルトを失っているとはいえ射撃を重ねればいずれ体力は尽き、長い時間を掛けた末、最後の一本が胸元へ突き刺さったところで牛鬼はようやく膝を崩した。
「乃依もボトムの牛鬼を撃破! ですが、かなり時間が掛かりました!」
牛鬼を倒すことには成功したものの、そこで失った時間まで取り戻すことはできない。雷は彩葉に捕まり援護へ到達できず、トップではすでに櫓を奪われているため、Black onyXが三本のレーンから同時に圧力を掛ける形は完全に崩れていた。
トップ側では、櫓を降りたヤチヨが輝夜のもとへ戻り、二人が敵陣奥へ向かって走り始める。帝もそのまま通すつもりはなく背後から追いつくと、巨大な金棒を大きく振り抜いた。
ヤチヨが和傘を開いて軌道を逸らし、その隙に輝夜がハンマーの竹筒を噴射して一気に前へ出る。帝が今度は輝夜を追おうとすれば、ヤチヨが扇子を振るって横から風圧を浴びせ踏み込みの方向をずらした。
「二人とも、素直に止まってくれよ!」
「や~だよ」
ヤチヨは楽しそうに答え、帝が自分へ金棒を振り向けた瞬間には和傘を閉じて横へ逃れる。輝夜も帝を倒そうとはせず、ハンマーを一度振り抜いて進路を空けると、相手が体勢を立て直すより早く天守閣へ向かって走り出した。
帝が追いつけば二人は最低限だけ足を止め、一度攻撃を防いで次の一撃で退路を作る。撃破するために時間を使わず、帝が体勢を整えるより先に再び前進することで、少しずつ天守閣までの距離を縮めていった。
やがて竹林が途切れ、Black onyXの天守閣が正面へ現れる。その前には、櫓の鐘を鳴らしたことで出現した大将落としが、すでに勝負を決められる状態で待っていた。
「かぐやいろP、敵の天守閣まで到達です!」
輝夜が大将落としへ駆け寄る一方、ヤチヨは足を止めて背後を振り返った。帝もほとんど遅れず追いつき、金棒を構えたまま天守閣へ飛び込んでくる。
「そう簡単にやらせるか!」
帝が振り下ろした金棒を、ヤチヨは傘面を斜めにして受け流した。正面から力を受け止めず軌道だけを横へ逃がし、そのまま抜けようとした方向へ扇子の風を叩きつけて、もう一度足を止める。
「帝様、ここは通行止めかな」
「そういうの、俺が言う側じゃねえの!?」
帝が横から抜けようとすれば和傘が進路へ回り込み、正面から押し切ろうとすれば扇子の風が踏み込みを乱す。第一ラウンドから使い続けた和傘には傷も残っていたが、帝を倒す必要はなく、輝夜が大将落としを成立させるまでの僅かな時間だけ守ればよかった。
その背後で、輝夜は大将落としへ手を掛ける。第一ラウンドで雷に先を越された一連の動作を、今度は自分たちがBlack onyX側へ返そうとしていた。帝もそれに気づき、ヤチヨの和傘を強引に押し退けて前へ出る。ヤチヨも完全には止め切れず身体を横へ流されたものの、それまでに稼いだ時間で輝夜はすでに大将落としを天守閣へ打ち込む態勢へ入って勢いよく打ち込まれ、そのままBlack onyXの天守閣へ叩きつけられる。成立した一撃と同時に巨大な衝撃が建物全体へ走り、外壁から崩壊の光が一気に広がった。
「決まったあああああ! 大将落とし成立! 二回戦は、輝夜いろPチームの勝利です!」
勝利を告げる音が戦場へ響き渡り、頭上のスコアが一対一へ切り替わる。第一ラウンドで奪われた時間を今度は三人がそれぞれ別の形で奪い返し、その積み重ねがBlack onyXの天守閣を崩す結果へ繋がっていた。
崩壊する光を見上げた輝夜は巨大なハンマーを肩へ担ぎ直し、その隣ではヤチヨもようやく和傘を閉じる。互いに一勝ずつを取り合った表示が頭上に並び、勝負は一対一の振り出しへ戻った。
◇ ◇ ◇
第二ラウンドを終えた三人が自陣へ戻ると、戦場上空には一対一となったスコアがまだ大きく残っていた。輝夜は取り戻した巨大なハンマーを傍らへ置き、彩葉は次のラウンドに備えて息を整えながら、先ほどまでの戦況を頭の中で振り返っている。
ヤチヨだけは勝利の余韻を隠そうともせず、和傘を肩へ乗せながら上機嫌に扇子を弄んでいた。乃依のウルトを使わせ、自分はリスポーンで一気に戻り、そのままトップまで駆け抜けた一連の流れがよほど楽しかったらしく、口元には満足そうな笑みが浮かんでいる。
その時、三人の前に着信を知らせる表示が浮かび、半透明のウィンドウが大きく開いた。映し出されたBlack onyX側の自陣では帝が画面の正面に立ち、その後ろに雷と乃依の姿も見えている。
「やられたよ、輝夜ちゃん」
敗れたばかりだというのに、帝の声には悔しさより楽しさの方が強く滲んでいた。輝夜も勝ち誇るように胸を張ったものの、今回の作戦を考えたのが自分ではないことは分かっており、隣にいる彩葉へちらりと目を向ける。
「でもさ、もし俺が二戦目で配置を変えてたら、どうするつもりだった?」
「彩葉が、帝なら作戦を変えないって言ってたわ」
輝夜が当然のように答えると、帝の視線がそのまま隣の彩葉へ移った。
彩葉は一瞬だけ言葉に詰まり、第一ラウンド開始時の光景を思い返した。
トップへ向かった帝、ミドルへ進んだ雷、そしてボトムでヤチヨを止めた乃依。最初はただ三人がそれぞれ強いだけだと思っていたが、試合が進むほど誰か一人を崩せなかったことよりも、三人が同時に自分の役割を果たしていたことの方が厄介だったと分かってきた。
何より、帝は二人を相手にしてもトップを維持できていた。そこまで上手くいった形を、兄が自分から崩すだろうか。作戦会議でそう考えた時、答えはほとんど迷わず出ていた。
「うん。お兄ちゃんなら、上手くいってる間は作戦を変えないって思ったから」
彩葉はそこで一度言葉を切り、画面の向こうにいる兄を見る。
「第一ラウンド、お兄ちゃんは二人相手でもトップを守れてたでしょ。雷は誰にも邪魔されずミドルを進めて、乃依はヤチヨを止めてた。あれだけ綺麗に決まったなら、わざわざ変えないだろうなって」
帝は否定せず、少しだけ口元を緩めた。その反応を見て、彩葉も続きを話す。
「でも最初から全部考えてたわけじゃないよ。乃依のことは、ヤチヨに聞いてから気づいたし」
「俺?」
画面の後ろから乃依が顔を出す。
彩葉は頷き、第一ラウンド後の会話を思い返した。ヤチヨは、一度乃依を倒したあとにはまったく近づけなくなったと言っていた。矢で道を塞がれ、本人へ当たれば鈍足まで入り、乃依自身はひたすら距離を取っていた。
その話を聞いた時、彩葉の中で引っかかったのは、乃依がヤチヨを倒そうとしていなかったことだった。
「乃依って、一回近くでヤチヨと戦って負けたあと、ずっと遠距離に徹してたんでしょ?」
「そうだね」
乃依が気怠そうに返す。
「それ聞いて、別に倒さなくてもいいんだって思ったの。相手を止めてる間に別の人が進めばいいんだって」
第一ラウンドでは、それを乃依と雷にやられた。
ヤチヨがボトムで止められている間に、雷が誰にも邪魔されずミドルを進み、その時間差をそのまま勝利へ繋げた。だから彩葉は、その形を崩すのではなく、逆に利用できないかと考えた。
「乃依は次もヤチヨに近づかないと思った。だったら、また足止めしてもらえばいいかなって」
乃依が僅かに目を細める。
「足止めされるの分かってて?」
「うん。その代わり、その時間をこっちが使う」
彩葉の視線が、自然とヤチヨへ向いた。
第一ラウンドでは乃依に止められ続けていたのに、本人は落ち込むどころか、もう一度戦いたそうにしていた。しかも一度は乃依を倒しており、帝や雷と戦う時にも普段より明らかに動きが冴えている。
そこから、リスポーン地点と各レーンの位置を思い浮かべた。
ヤチヨが自力でボトムからトップまで戻れば時間が掛かる。けれど一度倒されれば、自陣へ一瞬で戻れる。そこへ輝夜のハンマーを置いておけば、復活した直後から高速でトップへ向かえる。
作戦の形が見えたのは、その辺りだった。
「ヤチヨが乃依に止められるなら、途中まで止めてもらえばいい。戻る時は歩かないで、倒されてリスポーンすればいいし」
帝がそこで小さく笑う。
「乃依に倒させるところまで込みだったのか」
「そこはヤチヨが思った以上にやってくれたけどね。ウルトまで使わせるとは思わなかった」
彩葉がそう言うと、ヤチヨは満足そうに胸を張る。その横で乃依だけが納得のいかない顔をしていた。
「で、ヤチヨちゃんがトップに来たら、俺が雷を乃依の援護に回すと」
「うん。雷が乃依の援護に向かうところをステルスで狙えば、こっちに気づく前に落とせると思ってた」
雷は奇襲された時を思い返したのか、僅かに顔を顰めた。
「実際、気づけなかった」
「そこまでは良かったんだけどね」
そこから先を話す彩葉の声は、ほんの少しだけ小さくなった。雷を倒すところまではほぼ狙った通りだったが、予定以上に上手くいったことで、その勢いのまま次まで自分で片づけようとしてしまった。
「雷を倒したあと、そのまま乃依のところまで行ったんだけど……普通に撃破されちゃった」
画面の向こうで乃依が、あの時の彩葉を思い出したように気怠げな笑みを浮かべた。
「来たねえ。雷を倒した勢いのまま、そのままこっちまで」
「だって、そのまま乃依まで落とせたら楽になるかなって思ったんだもん」
帝はそこで腕を組み、今度はトップの攻防を思い返すように目を細めた。
「それで俺のところは?」
彩葉は少し困ったように笑った。
「そこが一番無理だった」
「無理って言うなよ」
「だって私じゃ、お兄ちゃんの足止めできないし」
第一ラウンドで輝夜と二人掛かりでも押し切れなかったことは、嫌というほど分かっている。同じことを繰り返しても、また帝一人に二人分の時間を奪われるだけだった。
だからこそ、彩葉は自分より帝を止められそうな人物へ、その役目を任せることにした。
「私が残るより、今日絶好調のお助けガッチョに任せた方がいいと思ったの。あれならお兄ちゃん相手でも、たぶん大丈夫だろうって」
隣で上機嫌に聞いていたヤチヨの表情が、その一言でぴたりと固まった。
扇子を弄んでいた手まで止まり、二度ほど瞬きをしたあと、彩葉へ勢いよく振り向く。
「お助けガッチョ!? 何その可愛くない名前は!?」
しかし、彩葉はもう帝との会話へ意識を戻していた。輝夜も何事もなかったように画面を見つめ、ウィンドウの向こうにいる帝までヤチヨの抗議を拾う気配がない。
「ねえ!? 今見過ごせない発言があったんだけど!?」
誰からも返事はなかった。
ヤチヨが納得のいかない顔で周囲を見回している間にも、帝は感心したように顎へ手を当てる。
「なるほどな。俺らが一戦目でやったことを、形変えてそのまま返したわけか」
「たぶん、そんな感じ」
彩葉自身、最初からそこまで綺麗に言葉へまとめていたわけではない。
乃依がヤチヨを止めたこと、雷が空いたレーンを進んだこと、帝が勝っている間は配置を変えそうにないこと。その一つ一つを作戦会議の中で繋げていった結果、気づけば第二ラウンドの形になっていた。
「お兄ちゃんを倒そうとしたら時間かかるし、倒せるかも分からないから。だったら、お兄ちゃんはヤチヨに任せて、私は雷を止める方がいいかなって」
「そこはもうちょっと兄貴を信用してくれてもよくない?」
「信用したから倒すの諦めたんだけど」
「そっちの信用かよ」
帝が笑い、彩葉もようやく肩の力を抜いて小さく笑った。
第一ラウンドでは、何をしても兄に届かないような感覚があった。それでも真正面から勝つことを諦めた途端、帝の強さも乃依の慎重さも、雷の判断も、全部が次の動きを予想するための材料に変わった。
ヤチヨはまだ納得していないらしく、閉じた扇子で彩葉の肩を軽くつつく。
「ねえ彩葉。もうちょっとかわいい名前がいいなぁ~」
「お助けガッチョもかわいいよ」
「むぅ」
本心から発言している彩葉を見て、ヤチヨは頬を膨らませながら扇子を胸元へ戻した。
その横で帝は画面越しに三人を眺め、敗北した直後とは思えないほど楽しそうに笑っている。第一ラウンドの勝ち方をそのまま繰り返すつもりだった自分たちが、その成功した形を逆に利用されたことを、悔しがるより先に面白がっているようだった。
「いいねえ。次はそう簡単には読ませねえからな」
彩葉はその言葉に少しだけ表情を引き締めた。
一対一。
次で勝った方が、この竹取合戦を取る。
第二ラウンドで通じた考え方を、帝がもう一度そのまま許してくれるはずはない。画面の向こうで笑う兄を見つめながら、彩葉の意識はすでに最後のラウンドへ向かい始めていた。